149話 久しぶりの幼馴染と昼食
結論から言えば、綾人の推薦試験は心配する必要は全くなかった。
中層のモンスターハウスを五分かからずにワンサイドゲームで殲滅できていたのだし、それだけの強さがあるなら装備がきっちりと揃っていない状態でも、余裕で下層の中域くらいは行けるだろうとは思っていた。
しかし中域のボスをソロ三分で討伐した後に、まだもう少し先に行けるなとデカいボスモンスターの核石を眺めながら呟いており、試験官として同行していた女性ギルド職員が目をひん剥いていた。
もう十分実力は分かって推薦されている二等探索者以上の実力があること、これ以上先に進むのは危険だということ、もうこれ以上やらなくても十分分かったということ、この三点で綾人を説き伏せて地上に戻った。
戻ってすぐにギルドに直行し、記録として撮影していた綾人の試験動画を精査したのちに、美琴の推薦であることと下層を美琴の手助け一切なしで中域まで行き、しかも全然余裕を残しているということで二等探索者として登録するところを、祓魔局に与えられている階級と同じ準一等探索者として登録された。
そしてそのままギルドにて綾人の夢想の雷霆加入申請も済ませてきて、晴れて綾人もクランメンバーだ。
「なんというか……あっさり取れたな」
「本来推薦だから厳しめな試験になっているはずなんだけどね。それだけ綾人くんが強くなっているってことよ」
取得したばかりのライセンスを片手に、綾人がぽつりと呟いた。
推薦試験というのだからもっと難しいものを想像していたのかもしれないが、彼には簡単に感じたのだろう。
美琴から見たら、今回綾人が受けた試験の難易度はかなり高めに感じた。
内容としては、試験官の前でモンスターを倒して実力を示すという非常にシンプルなものだが、被推薦者はその推薦を受けるに値する人物と実力者なのかというところが重要になるので、かなり厳しく見られる。
それを綾人は、試験官にもうこれ以上はやめようと言わせるほどダンジョンモンスターを一方的に切り伏せて行き、その討伐動画を見た他のギルド職員に二等じゃ釣り合わないとして準一等として登録させた。
昔のあの泣き虫で弱虫だった弟のように可愛かった綾人が、すっかり頼りになる立派な男の子になったのだと感激する。
「なんか失礼なこと考えていないか?」
「いいえ?」
「嘘吐け。ものすごく温かい目で見られているんだが」
「気のせい気のせい」
薄かった体もすっかり剣士らしく胸板が厚くなって逞しくなり、学校の廊下で会った時からずっと思っていたが、今や美琴が綾人を見上げるほど大きくなっている。
本当に成長したなと姉のような気分になっていると、それを見抜いたらしい綾人に痛みを感じない程度にデコピンされる。
「それにしても、登録してすぐに準一等探索者になるだなんて思わなかったわ」
「俺も。てっきり美琴が推薦していた、二等探索者になるんだとばかり思っていたよ」
『それに関しては綾人様の実力が、どう考えても二等探索者に収まらないと判断されたからでしょうね。ぶっちゃけ私には、どうしてそれほどの実力を持ちながら祓魔局で一等ではなく準一等なのかが不思議でならないのですが』
「……今どこからAIがしゃべった?」
「最近私でもよく分からなくなってきたから考えないようにしているの」
しかしアイリの言いたいことも分かる。
退魔師・呪術師の基準が華奈樹、美桜、霊華と極端に高くはあるが、ダンジョン下層の大部分は準一等から一等のモンスターだらけだ。
今回の試験の中で綾人は、一等級のモンスターを余裕で倒していた。
相性というのもあるし、自らに縛りを科すことで能力の底上げなどを行う呪術制誓呪縛と言うものもあるので、一概に一等を倒したから一等級、特等を倒したから特等級ということはできないのだが。
それを加味しても、中層とはいえどモンスターハウスの分速殲滅、下層ボスソロ分速討伐と、持っている肩書きと実力が嚙み合っていない。
「で、アイリの疑問に対する返答は?」
「……一等になったら祓魔局からアホみたいな数の依頼が飛んでくるって父さんが言ってたし、美桜って言う実例もいるから」
「ダンジョン出現前の日本と比べると増えたとはいっても、それでも人手不足だものね。やっぱりそういうシンプルな理由なのね」
「まあ、な」
ダンジョンと言うものが出現してから、怪異に対する恐怖心というのも強まって力が増し、本来であれば見えないはずのいわゆる霊感のない人間でも見えるようになってしまった。
こういった背景から、呪術師や退魔師、魔術師という怪異に対する攻撃手段を持つ人間が増えて行ったのだが、それでも未だに人手不足が否めない。
そして、昔と比べて人が増えた分下限と上限の実力の差というのも大きくなり、それに伴って実質的な最上位となっている一等に対する負担というのがバカでかくなった。
綾人は準一等と実質的な最上位から一つ下となっており、それ以下の二等と比べると当然任務の数というのは多くなっているが、一等よりは少ない。
今の綾人は高校生で、そういう任務よりも勉学の方を最優先しているのだろう。
きっと大学を卒業した後からは、本格的に退魔師と呪術師として活動を始めるつもりだったのだろうかと思っていると、綾人のお腹からぐぅ、という音が聞こえた。
「……ぷっ、あははは! そう言えば、お昼まだ食べてなかったわね」
「……ダンジョンに潜っていたからな。どこか適当な店に入って昼を済ませるか?」
恥ずかしいのかほんのりと頬を赤くしている綾人は、丁度進む先にあるパスタ専門店の看板を指さしながら言うが、美琴は首を振る。
「ううん。家に華奈樹と美桜と志桜里がいるから、ご飯作ってあげないと」
時間はもうすでに一時を過ぎているが、美琴の家で待機している幼馴染組はお昼は美琴の手料理がいいと朝から言っていたし、綾人と一緒にギルドに行って推薦してくると言った時も、帰ってくるまで待っていると言っていた。
ギルドで綾人がライセンスを発行してもらっているのを待っている間にも、メッセージアプリに「おなかがすいた」と美桜からのメッセージがあったので、まだ食べていないのは確実だ。
なので今から家に帰って作ってあげないといけない。
と、ここで一つ思いつく。
「綾人くん、久しぶりに幼馴染組でご飯食べようよ。丁度華奈樹と十六夜姉妹がいるんだし」
「……は!?」
美琴のその提案に綾人は成大に狼狽えた反応をするが、せっかくいるのだからと有無を言わさずに手を取って家まで引っ張って連行していった。
♢
時間も時間だったので簡単な魚焼き中心の和食と、美桜の強い要望で稲荷寿司を作り食卓に着いた。
「…………トライアドちゃんねるの男性二人の気持ちがよく理解できた気がする」
美琴が綾人を自宅に連行し、そのまま幼馴染組で昼食会を始めて少しした後、綾人が疲れた表情をしながらぽつりと呟いた。
「今ここにいる男の人って、綾人お兄ちゃんだけだもんね」
「くふふ、いわゆるハーレムと言う奴じゃな。少しは喜んだらどうじゃ?」
「美桜、あまりおちょくらんといて。綾人は純粋なんやから」
「華奈樹も変なこと言わない。他意はないのは分かっているけどさ」
五人の幼馴染がこうして揃うのは実に九年ぶりで、美琴としては中々に嬉しくてテンションが上がっているのだが、五人中四人が女の子ということもあって綾人は少しいづらそうだ。
幼い頃特有の恥じらいのなさは、高校生となった今ではきれいさっぱりなくなって、しっかりと美琴達のことを異性として認識しているようだ。
それは美琴も同じで、実は家に戻っている途中で自分が綾人と手を繋いでいることに気付いて恥ずかしくなり、でもここで手を放したら意識していると思われてしまうからと、恥ずかしいのを我慢して家に着くまでそのままだった。
ちなみに、華奈樹は幼馴染しかいないからと標準語ではなく京言葉になっている。
「冗談じゃよ。それにしても……この美琴お手製の稲荷寿司、実に絶品じゃな! 昨日のクリスマスパーティーの料理もよかったが、妾はやはりこういうものの方が好きじゃ」
「そっちじゃ洋食なんて出ないでしょ」
「華奈樹の家はそうでもないぞ? 妾は他の十六夜と違って刀崎家とは仲よくしておるから、よく遊びに行くし泊まりもする。そこでは、流石に和食の方が多いが洋食も出てくることも多いぞ」
「和食かて美味しいものがぎょうさんあるさかい、食べなもったいないやろう?」
「刀崎家の人って、考え方が柔軟よね」
むしろ美桜と志桜里以外の十六夜一族が、巨岩のごとく頑固すぎるだけなのかもしれない。
その頑固さだけは美桜もしっかりと引き継いでいて、一度決めたことは志桜里に怒られない限り絶対に曲げない。
「綾人くんの家はどうなの? やっぱり和食中心?」
甘じょっぱさがとても美味しく仕上がった稲荷寿司を一つ食べて、飲み込んでから綾人に聞く。
「いや、洋食の方が多いかな」
「え、意外」
「全員知っているだろうけど、俺の母さんは元々都会住みの人で結婚するまでは喫茶店で働いていたから。父さんは料理が下手だから必然的に母さんが作ることになって、それで洋食の方が多いんだ。というか、四人ともしょっちゅううちに来てご飯食べていたんだし、知っているだろ」
「そういえばそうだったわね。あ、ねえ、結香おばさまは元気?」
「元気すぎて疲れるくらいだよ。今日も綾香が余計なこと言ってくれたおかげで、父さんも母さんも大興奮していたし」
「綾香ちゃんも相変わらずなんだね」
その余計なことは何なのか気になるが、あまり言いたくなさそうなので詮索しないでおく。
「それよりもさ、綾人お兄ちゃんは美琴お姉ちゃんのクランのメンバーになったんだよね? 祓魔局のお仕事の方は大丈夫なの?」
最後まで大事に取っていた鮭の皮をぱりぱりと食べていた志桜里が綾人に聞く。
「両立はさせようかなとは思っているさ。美琴にも、優先したい方を優先していいって言われているし、両親からも似たようなこと言われているからダンジョン攻略四割、地上での活動六割になるかもな」
「おー、忙しそう」
「志桜里の隣に俺よりも忙しくしているのに高校卒業後に所属が決まっている、日本国内剣術最強の特等退魔師がいるんだけどな」
「拠点は京都のままやからなあ」
「それでも忙しいだろ」
「華奈樹と美桜は本業優先でもいいって言ってあるし、ネットの反応でもこの二人なら仕方ないって言うのが多かったわね」
「だろうね」
世界唯一の特等の位に位置している退魔師。テレビや雑誌にはほとんど姿を見せず、配信を始めるまでは戦っている姿などが時々野次馬によって撮影されてネットに乗る程度だったため、無口でクールな美少女侍という認識だった。
実際口数は大分少ない方で物静かな女の子だが無類の可愛いもの好きで、千年前から増改築を繰り返してきた屋敷にある部屋には、現在もたくさんのぬいぐるみなどが飾られている(美桜からの情報)という。
今や、深層攻略に参加していたという大きすぎる功績と、あまりにも強すぎる特等の肩書きもあってあっという間に人気配信者となっているが、本業の方を最優先しているので配信頻度はかなり低い。
配信頻度が少ないと人が離れる原因となるのだが、華奈樹はその立ち位置のおかげもあってか頻度が少なくても仕方がないと捉える人がほとんどで、驚くくらいファン離れが少ない。
「だからこそ、華奈樹お姉ちゃんとお姉ちゃんが美琴お姉ちゃんの配信にいるって分かった途端に大盛り上がりしていたしね」
『華奈樹様のチャンネルの視聴者が一気に流れてきましたね』
「配信も告知もなにもしてへんかったんやけどなあ」
「もうそれだけ、華奈樹が大勢の視聴者の心を射抜いておると言うことじゃろう」
『美桜様目的の視聴者もおりましたよ』
「妾は配信活動をするつもりなどなかったんじゃがな。まさか無理やり引きずり込まれるとは思わなんだ」
「うちだけ矢面に立つのは嫌やからな。道連れにしいひんと気ぃ済まへんかったわ」
華奈樹が配信者となったのは、美桜がせっかくだしやってしまえと引きずり込んだからなのだが、自分一人は嫌だからと美桜を道連れにした。
なので名義上は華奈樹のチャンネルだが、華奈樹が活動できない時は美桜が配信をやっているということもある時はあるらしい。
「それでそれで、綾人は今後美琴と一緒に配信活動をするようになるのか?」
「なんでそんな期待した目を向けてんだよ美桜。そりゃ誘われれば一緒に行くけど、誘われない限りはソロで行くつもり」
「その理由は聞いてもよいか?」
「祓魔十家で祓魔局に準一等で登録されていても、探索者としては何の実績も記録もないぽっと出の新人だぞ? いくら幼馴染だからって言っても美琴は女の子で俺は男。視聴者は男性が多いって言うし、知らん男が自分の推しの配信に映ったら嫌だって言うし」
「そこは別に気にしなくてもいいんじゃないかしら。アイリ曰く、ガチ恋勢? って言うのは一定数いるみたいだけど、基本的にみんな私の幸せを応援してくれている人達みたいだから」
『ネット掲示板でも、将来お嬢様に恋人ができたり結婚することになっても、それはお嬢様が決めた人生でお嬢様が選んだ幸せだから、赤の他人である自分達が口を出すわけにはいかないという声が大多数です。ですので、実績なしで文句なしの新人である綾人様がお嬢様と共に配信を行っても、何ら問題はないでしょう』
「大、丈夫なのかあ……?」
『何でしたら既に、昨日のクリスマスパーティー配信の後から誘おうとしている人が綾人様なのではないかと予想が立てられて、どういった人となりなのかが気になると言っている人もおります。実力はお嬢様が誘うくらいだから問題ないだろうとも』
「なんか大丈夫そうだなあ……?」
そんな風になっているのは知らなかったが、確かに大丈夫そうだ。
よく考えれば今まで美琴が誘ってきたメンバーは、高すぎる連携力で余裕で一等以上に挑める三人組、単体火力最強(フレイヤの兵装と美琴を除く)、ぶっ壊れバフデバフ要員、魔神を殺せそうな魔導兵装複数持ち(常に進化&兵装増加中)、美琴を除いた最速メイド、剣術日本最強の特等退魔師、始まりの退魔師の家系の末裔の一等退魔師と見事に全員実力者だ。
こういう実績があるから、美琴が誘うから実力は疑わなくていいと思われているのかもしれない。
早速明日綾人を誘って下層の攻略に行こうかなと考えつつも、先に冬休みの宿題もやっておかないとなと優等生っぷりを発揮しながら、ぽりぽりとたくあんをかじった。
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