第15話 人外魔境の下層へ進出
「もう下層に潜るようになってから五か月くらいだけどさ、相変わらず空気が重いというか湿度とは違う何かがまとわりつくわよね」
『下層からは霊気濃度、魔術で言えば大魔濃度が上昇しますからね。一定以上の実力者でなければ、ここの濃度に中てられて呼吸すらままならないでしょうね』
ボス戦を終えて下層に進出した美琴は、毎度感じる下層の異様な空気に少し嫌な顔をする。
下層はベテランですら一瞬も気を抜けない地獄と評するほど強力で凶悪なモンスターが跋扈しているが、それ以上に水中を動いているかのような重い感覚もある。
慣れてくるか適正レベルまで実力が上がればその感覚はなくなるが、重い感覚がなくなったからと言ってモンスターの脅威が下がるわけではない。
モンスターたち上の怪異、妖怪にはそれぞれ強さや危険度を示す等級が当てられており、下から順に四等、三等、二等、準一等、一等となっている。
基本は一等までだが、中にはその等級で測れないだけの強さと危険性、残忍性を持つ化け物が発生することがあり、それらは大規模な自然災害と同等の扱いを受け、一等よりも上の特等という特例等級が与えられる。
特等のモンスターや怪異はそうポンポン発生するものではないが、絶対に発生しないなんてことはない。
モンスターも怪異も、人に限らず全ての生き物が何かに恐怖することや憎悪や嫌悪、怒り、恥辱などの負の感情を抱くことで生まれ、どれだけ恐怖しているかによって力が増幅する。
そのため、特等なんて強さを持つ怪異はそう何度も生まれたりはしないが、この地球上に生物が存在している以上絶対に世界のどこかで発生する。
それで下層に入ると、全てのモンスターが最低でも二等となり、中層とは比べ物にならない。
二等の怪異がどれだけ脅威なのかを簡単に言えば、大型の戦車を三台用意してようやく安心できるレベルの強さだ。
準一等や一等ともなれば早急に対処しなければ町一つ消えかねないし、特等はもはや大災害並みだ。
探索者や、魔術師、呪術師、退魔師にもモンスターや怪異と同じ等級が割り振られ、同じように最大で特等まで存在する。
しかし探索者の中には特等まで至った者は一人もいないし、魔術師や呪術師は世界中を探しても魔法使いを含めて三桁まで行かない上に、退魔師に至っては特等は現時点で一人しかいないという。
基本的に一等までしか発生しないので、探索者や地上の魔術師、呪術師、退魔師も最大でも単独で町一つ潰せるだけの強さがあればどうにかなる。まあ、それができないから一等の座に就く者の数は少ないし、その上の特等もそれ以上に少ないわけなのだが。
そんな化け物が跋扈しているため、まだダンジョンが出現したばかりのころ、魔術師、呪術師、退魔師がまだそこまで公に認められていない最初期、国の軍隊が出動して軒並み下層で敗走して撤退を余儀なくされている。
そもそもが幽霊や妖怪のたぐいである怪異とほぼ同じ存在であるのだから、物理的な効果しかない近代兵器で倒せないのは当たり前。
繰り返し突撃しては敗走するを繰り返してようやく専門家ともいえる呪術師達に縋り、その力の有用性を見せつけられたわけだが。
「うーん、ここからはどうしようか。配信映えを狙うなら雷を使うけど、でもあれ使いすぎるとモンスターがビビッて出てこなくなっちゃうし」
『今のところボス以外で諸願七雷を使わずとも下層のモンスターにも通用しますが、確かに配信映えはそこまでしませんものね』
どうしようかなーと思いながらゆっくり歩いていると、ぽこん、とスマホの通知音が鳴る。
なんだと思い取り出して見てみると、昌からのチャットアプリのメッセージが送られてきていた。
確認すると、「美琴のやりたいようにやればいいよ。普段通りのやり方が一番バズるから」と書かれていた。
『あき……マネージャーからですか?』
「うん、そう。普段通りでいいってさ」
”ん? マネージャー?”
”アイリちゃんがマネージャーじゃないの?”
アイリは配信中であることと、昌が名前を出すなと言っていたからか、名前を言いかけていたが気を遣って言い切る前に訂正する。
するとコメント欄が、アイリがマネージャーではないのかと不思議がる。
「あ、そっか。言ってなかったね。私にはマネージャーが二人いるの。一人は知っての通り電子面でのサポートをしてくれるアイリだけど、もう一人はリアルの親友で、アイリが電子面ならもう一人はリアル方面のサポートをしてくれるの。中学からの友達で、私がこうして配信を始めるようになったのもその子の助言があってこそなんだ」
”親友マネちゃんナイス!”
”美琴ちゃんのマネージャーがどっちも有能な件”
”リアルマネちゃんがいなかったら、俺達は美琴ちゃんには会えなかったのか”
”メッセ送ってきたってことは配信観てるってことだね。マネちゃんありがとう!”
昌のことを名前を明かさずに軽く説明すると、美琴がこうして配信しているのは昌のおかげだと知り、昌に対して感謝のコメントが連続する。
「親友の子は名前は出さないでって言ってるから同い年の女の子ってことだけしか言えないけど、この半年間どれだけあの子に支えられたかは教えられるかな。というか教えたい。この半年間で何度も心が折れかけたけど、親友が何度も相談したり話を聞いてくれたおかげでここまでどうにか続けられたんだ。ほんと、あの子のおかげで今の私があると言っても過言じゃないなあ」
”いいですねー”
”てぇてぇ”
”親友について語る美琴ちゃんてぇてぇ”
”これはてぇてぇですわ”
”これは上質ないい百合になりそうな匂いがぷんぷんしますぜ”
「はいそこ、変な妄想しないの。そりゃマネージャーのことは好きだけど、それは親友としてなんだから」
『お互いの家に何度もお泊りする程度の親友ですものね』
「友達なんだから当然。……だからそこ! 変な妄想しないの!」
美琴のマネージャーのことが好き発言に加えてアイリの燃料投下により、コメント欄は「てぇてぇ」というコメントで溢れかえる。
いまいちその意味を理解していないが、あまりよろしくない妄想をされていることだけは分かるので、やめるようにお願いしながら下層を進む。
五分ほどしてようやく落ち着きだしたので、改めて同接とコメント欄を見ていまいち実感が湧かないなあと首を傾げる。
何しろやっていること自体は今までと何一つ変わっていないのだ。上層から始まって中層ボスを倒し、下層に潜ってそこのモンスターを倒す。この半年の間でやってきたことと同じことをしているだけなのに、ここまで視聴者が楽しんでくれているのが不思議に感じる。
(まあ、楽しんでくれているならそれでいっか)
昌の普段通りやればいいという言葉を思い浮かべて、その言葉と楽しんでくれている視聴者に甘えていつも通りやろうと気楽に構える。
すると金属のような何かが鳴る音が聞こえ、その音が鳴る方向から異様な気配を感じ取った美琴は、雷薙をしっかりと握っていつ会敵してもいいように気を引き締める。
速度を落として進んでいると、その音の正体が姿を現す。
赤い甲冑をまとった武者のようなモンスターが刃毀れのした長い刀を持って、曲がり角から姿を見せた。
そのモンスターは日本のダンジョンにのみ出現、生息している一等モンスターの、妖鎧武者と呼ばれるものだ。
『あら、妖鎧武者ですね。珍しいこともございますね、お嬢様の引きがいいだなんて』
”うええええええええ!? 下層最強格やんけ!?”
”妖鎧武者!? ナンデ妖鎧武者!?”
”ねえ、本当に運が悪いほうなの? さっきからすんごい敵とばかり遭遇してない?”
いきなり下層最強格のモンスターの一体と鉢合わせたことにコメントが爆速化する。
妖鎧武者は美琴のことを視界に収めると腰を低く落として刀を正眼に構え、美琴も上段に構えてピンと緊張の糸が張り詰める。
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