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148話 推薦試験

「なあ美琴」

「何?」

「俺達さ、俺が君のクランに加入するためにまずライセンス取得しに来て、君から推薦を受けてたはずだよな」

「そうだね」

「じゃあなんで今俺達はダンジョンにいるんだ?」


 綾人が両親から許可をもらい美琴のクランに所属していいということになり、ライセンスを持っていないため二人でギルドに行ってそこで美琴が綾人を推薦したところ、祓魔十家の人間で祓魔局でも準一等呪術師ということもあってすんなり申請は通った。

 これで綾人も晴れて探索者デビューかと思われたが、ただ推薦するだけでは二等探索者になることはできないと言われた。

 その資格を得る条件としてギルド職員を連れてダンジョンに行って、その職員の前で二等探索者に足る実力を持っていることを証明しなくてはいけなくなった。


 美琴も推薦システムのことはよく分かっておらず、まさかこうしてダンジョンに連れてくることになるとは思ってもいなかった。


「雷電特等探索者。これより被推薦者の剣城綾人様の実践試験を行います。これは彼の実力を確かめるものですので、雷電特等は一切手出しをしないでください」


 今回同行してくれた女性職員が、タブレットを片手に言う。


「え、じゃあ私をここに連れてきた理由は何なんですか?」

「……支部長曰く、あなた様の近く以上に安全な場所はこの世界に存在しないとのことですので」

「あぁ、そういう……」


 まだブラッククロスが健在で灯里が狙われている時も、この地球上で最も安全な場所は美琴の隣だと言われていた。

 それはトライアドちゃんねるの三人にも、世田谷支部の優樹菜にも、龍博と琴音からも言われていたことだ。


 今回は綾人の実力を確かめることに注力するため、それ以外の障害の一切を排除してもらうために美琴に同行してもらったのだろう。

 そこも綾人がカバーすることも試験の一環なのではないかと思うが、万が一ということもあるので深くは考えないようにする。


「刀は支給してもらったけど、流石に私服のままだと動きづらそうだな」

「意外とどうにかなるものよ。深層まで行かなければ綾人くんの敵じゃないだろうし」

「ダンジョンのモンスターってそんなもんなのか?」

「雷電特等探索者が火力的におかしいだけで、ダンジョンは基本どの階層も危険なんですが」


 呆れたように言うギルド職員。

 確かにダンジョンはどの階も危険だと言われているが、準一等呪術師の実力者である綾人であれば、何の呪術礼装を用意していない綾人でも下層は余裕だろう。


「というか美琴も私服のままだけど平気なのか?」

「私を誰だとお思いで?」

「あー……、それもそうだな」

「こほん。それでは早速試験を始めますが、聞きたいことはございますか?」

「まず試験で何をすればいいのかが分からないんですが」

「シンプルです。ただモンスターを倒していけばいいのです。ですが、ただ倒すだけではなく、どの階層のどの階級にいるモンスターをどれだけ早く、どれだけの数倒したのかで決められます」

「なるほど。じゃあ初めてのダンジョンだし肩慣らしで中層に行って、把握できてきたら下層に行こうかな」

「い、いきなり下層ですか?」


 美琴やフレイヤなどの反則級探索者が出てきたことで忘れられがちだが、ダンジョン下層は世間一般で言うところの怪物地獄と呼ばれるほどモンスターが多く、かつ強力な個体ばかりがいる場所だ。

 ここ数か月間下層のボスどころか深層に進出できるだけの強さを持つ女子高生二人が出たことで、実は下層はたいして危険ではないのではないかという声も出ているそうだが、それは比較対象が狂っているだけなので勘違いしないでほしいというのがギルドの主張だ。


 そのギルドの職員が、初めてのダンジョンなのに下層まで行く宣言をした綾人のことを、信じられないものを見たというような目を向ける。

 今綾人が手にしている刀も、ダンジョンから採取された鉱石を加工することで作られた代物で、呪具や魔術道具ではないが呪力や魔力を通さずともモンスターや怪異を倒すことができる。

 しかしあくまで倒すことができるというだけで、華奈樹の持つ九字兼定やその他長い年月を重ねた物や逸話のある古刀のような怪異に対する暴力的な特効性などは全くなく、モンスターに有効打を与えられること以外何の特殊能力を持たない、良くも悪くも初心者向けのものだ。


「下層まで行った方が手っ取り早いでしょう?」

「確かにそうですが……いえ、分かりました。では、早速始めましょう」


 何か言いたげな雰囲気だったが、それを飲み込んで若干疲れたような顔をしながら試験の開始を宣言した。





 推薦試験を開始して一時間。

 サクッと上層は踏破し、散歩感覚で中層を進んでいき、中層最深域まで進んだところで美琴達は問題に出くわした。

 その大問題を目の当たりにしたギルド職員は、顔を青くして腰を抜かして地面に座り込んでしまい、美琴もやってしまったと苦い顔をしている。

 その中で唯一、重大さをあまり理解できていない綾人だけが涼しい顔をしていた。


「なんかやたらデカい部屋に入った途端にこうなったんだけど、これはなんていう奴なんだ?」

「モンスターハウスよ。原理は知らないけど、足を踏み入れて一定時間経過したら大量のモンスターが出てくる仕組みになっているの。ちなみに、ダンジョン内で発生する怪物災害の一つで、毎年結構な数の探索者がモンスターハウスが原因で亡くなっているわ」

「なるほどね。だからそこの職員さんは絶望感たっぷりな顔をしているのか」


 理由を察した綾人は、「美琴がいるんだし確実に生還できるのにな」と言いながら鞘に納まっている刀を抜いて下段に構える。


「ま、まさかあなたが戦うのですか!? 無茶です! これだけの数のモンスターがいるのですから、ここは無理せずに雷電特等探索者に───」

「この程度のモンスターなら大した脅威じゃないですよ。それに、いつまでも昔みたいに美琴に守られてばかりなのは嫌なんで」

「あら、危なくなったら助けてあげようと思っていたのだけど」

「必要ないよ。昔の俺ならともかく、今の俺は……剣城家長男として恥じることないよう鍛えてんだ。これくらい一人でどうにかできないようじゃ、祓魔十家の名折れだよ」


 そう言ってから深く深く呼吸をする綾人。

 呪術師でありながらも退魔師でもあるため、錬気呼吸法と呪力励起状態に移行することで得られる強化を同時使用することで、純粋な身体能力だけで言えば刀崎家を超えることができる。

 ここに来るまでは本当に肩慣らし程度で、呼吸法も呪力励起も行わず剣術のみで進んでいたため、現在の綾人の本来の戦い方を見るのはこれが初めてだ。


 九年前はビビって腰が引けていた弱虫で泣き虫だった綾人がどこまで成長したのか、しかと見させてもらおうかと目を向けると、綾人のことを食い殺そうと前方から押し寄せてきたモンスターの軍勢が、瞬く間に細切れにされて行く。


「はえぇ!?」

「おー、流石は剣城家の呪装剣術ね。多対一との相性がいいわね」


 錬気呼吸法と呪力励起による強化の同時使用。その状態から繰り出される剣術と呪術による超速戦闘。

 名前に剣という文字が入っている通り剣に非常に長けており、使用する呪術も霊華が理論立てて汎用化した汎式呪術やその汎式から外れた古式、そして霊華自身が新しく編み出した外典式ではなく、剣城家独自の剣戟呪術という特殊なものだ。

 呪装剣術はその呪術を組み込んだ剣城家独自の剣術だ。


 美琴が知っている範囲だと、振るった刀の周囲に呪術で斬撃を発生させる、あるいは斬撃の範囲を拡張しつつ鞭のようにしならせて一度に複数回斬り付けるという非常にシンプルなものだが、二種類の強化を同時に使うという特性上速度も手数もすさまじく、相性がとてつもなくいい。

 一応五歳頃には既に剣戟呪術を使えており、剣城家始まって以来の天才と呼ばれてはいたらしいのだが、いかんせん性格があまりにも戦闘に不向きだったこともあって、使うことができるだけの弱虫くんと呼ばれていた。

 そんな綾人が今やあそこまで動けて、モンスター相手に臆することなく立ち向かっては細切れにしていくのを見て、まるでずっと甘えっぱなしだった弟が成長している姉のような気分になる。


 強く踏み込んで薙ぎ払い、正面にいたモンスターの首を刎ねるだけでなく剣戟呪術で発生させた斬撃でその周辺のモンスターも両断し、人の顔程度の大きさの羽虫のようなモンスターが綾人を取り囲んで襲ってくるが、これもまた刀の周囲に斬撃を発生させて全て斬り落とす。

 呪力を刀身にまとわせて鋭く振るって噛み付こうとしてきたブラッディウルフを、その開いた口から上下に両断し、振るった軌跡に残っていた呪力が刀が振るわれた時以上の速度で撃ち出されて、数体のモンスターがまとめて両断される。


 背後から|ナイトメア・ポーキパイン《毒持ちヤマアラシ》が体当たりを仕掛けてくるが、見向きもせずに刀を振るって近付かれる前に頭を刎ね飛ばし、慣性の法則に従って転がってくる体を避けつつ呪力で強化して保護した足でけり飛ばして他のモンスターにぶつける。

 強力な神経毒はモンスターにも有効で、棘が刺さったモンスターは苦悶の声を上げながら体をこわばらせて地面に倒れ、綾人に向かって行くモンスターに踏みつぶされて体を崩壊させる。


「いや、本当に多いな?」


 かなりハイペースでモンスターハウス内に発生したモンスターを倒していっており、もうすでに半分以上倒しているのだが、まだ残っているのを目の当たりにして少し嫌そうに眉を寄せる。


「助けてあげましょうか?」

「いや、いい。俺はいつまでも美琴に助けられてばかりな弟じゃないってことを示さないと」

「お姉ちゃん離れしてくれてお姉ちゃんは嬉しいよ」

「数か月早く生まれただけでお姉ちゃんぶるのはやめてくれ」

「昔は私のことをお姉ちゃんって呼んでいたくせに」


 そう言うと恥ずかしそうに頬を赤くしながらやめてくれと言ってそっぽを向き、迫ってくるモンスターに向きなおる。

 美琴のように雷鳴を轟かせることで追加のモンスター(おかわり)を防ぐという手段はとれないため、戦闘音を聞きつけたモンスターがやってくるかもしれない。


 ここからどうやって残りのモンスターの集団を倒すのだろうかと楽しみにしていると、綾人がたくましくなった体から呪力を漲らせる。

 何をするのだろうかとじっと見ていると、何か流れのようなものを感じて、その直後に綾人が人間であればまず目視することはできないであろう速度で移動し、残りのモンスターを全て切り伏せて行った。


「おわぁ!?」


 最後の一体を回転しながら左右に両断するが、着地に失敗して派手に地面を転がる。


「綾人くん!?」


 かなりの速度で転がって行ったので心配になり、開いた口が塞がらない様子のギルド職員の周りに稲魂をいくつか設置してから、綾人の下に向かって走り出す。


「いてて……。なんで最後に着地をミスるんだよ俺……」

「綾人くん大丈夫!? 今かなり派手に転んでたけど!?」


 何事もなかったように起き上がるが、自分の体の状態を把握できておらずそれ故に痛みがあまりないが実は致命傷だったという話は、ダンジョン界隈に限らずたくさんある。

 刀を持ったまま派手に転んだのだからかなり危険ではないかと思ったが、綾人の右手には刀は握られておらず、着地に失敗したところに目を向けるとそこに刀が転がっていた。


「だ、大丈夫だ。派手に転んだけど、呪力で強化していたから掠り傷程度」

「本当? 本当にそれだけ?」

「本当だよ。嘘吐く必要ないだろ。まあ、治療呪術は使えるから骨が折れててもある意味では大丈夫だけど」

「全然大丈夫じゃないからね!?」

『お嬢様、綾人様は確かに掠り傷程度の軽傷とも言えないほどの怪我しかしておりません。それほど心配なら、もはや自在に扱えるようになった権能から電磁波だけを掌握して、X線による透視でもすればどうでしょうか』

「そんなことしなくたって平気だって。ほら、膝擦りむいた程度でどこも怪我してないって」


 そう言って綾人は美琴のことを安心させようとしてくるが、やはり心配なものは心配なので、本当にどこも骨折などの重傷をしていないのかとぺたぺたと触って確認する。

 触られている本人はものすごくいたたまれなさそうに身動ぎするが、心配をかけてしまったという自覚があるのか逃げようとはしなかった。


「……こほん」


 一通り触れてどこも怪我していないのを確認して安堵していると、後ろから咳払いが聞こえた。

 びくりと体を震わせてばっと振り返ると、ほんのりと頬を赤くしているギルド職員が。

 そこでようやく自分が何をしているのか自覚して、瞬間湯沸かし器のように一瞬で顔を真っ赤にする。


「仲がよろしいのは結構ですが、そういうのは他所で人目のないところでお願いします」

「ち、ちが……!」

『勘違いされても仕方ありませんよお嬢様。強く否定なさると余計に勘違いもされますので、自業自得ですね』

「あぅぅぅぅぅ……!」


 自分の迂闊な行動の結果とはいえ、付き合っていると勘違いされたままなのはどうにかして誤解だと伝えたいが、年頃の男女があそこまで近寄って怪我の確認のためとはいえぺたぺた触ったのだから、アイリの言う通り勘違いされても仕方がない。

 どうすればギルド職員の誤解を解けるのか、恥ずかしさで沸騰しそうになっている頭で必死に考えるが、結局なにも思いつかなかった。

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