146話 クランへのお誘い
廊下で綾人と会話したことで関係を疑われ、クラスの女子達の誤解を解くのにえらい時間がかかった。
幼馴染だと説明してもなぜか信じてもらえず、テンションがぶち上っていた女子達は付き合っていることを一年以上隠し通していたという風に捉えていた。
これは口で説明しても無理だなと判断した美琴は、速攻でアイリを介さずに自分のスマホの写真フォルダーを全員に見せることで、綾人とは本当に廊下で会話するまで話したことがないと証明した。
フォルダの中に山のようにあった、秘蔵の猫爺あーじの写真コレクションもさらけ出してしまったことは少し恥ずかしかったが。
そんなこんなで終業式も終わり、また人が集まる前にバアルゼブルの権能の中にある、不可視になる能力を使うことで囲まれる前に教室から逃げ、真っすぐ屋上に向かった。
雷の神なのにどうしてそんなものまであるのかと甚だ疑問だが、状況が状況だったので使えることに感謝している。
『調べたところによりますと、ソロモンの魔神のバアルは召喚者を不可視にする能力を持つそうですね。お嬢様が姿を消すことができたのも、恐らくはそれでしょう』
「これ、使用者によっては簡単に犯罪に使えるってことよね。随分恐ろしいものね」
『雷神の力の持ち主がお嬢様でよかったですね。もしこれが他の一族の人間であれば、好き放題やっていたでしょうね』
「否定できない辺り、私って本当に京都の実家が嫌いなんだ」
表立って言われることはなくとも、美琴がいないところでひそひそと悪口を言っていたのを何度か聞いたことがあるし、覚醒してからは手のひらを返したように気持ち悪い笑顔に気持ち悪い猫なで声ですり寄ってきて怖かった。
あの当時はどうして急にそんな風になったのか理解しきれていなかったが、今ならばよーく理解できる。
「こうして屋上来るの、何気に初めてね」
初めて屋上に来た美琴は、取り付けられているフェンスに軽く寄りかかりながら呟く。
『非常に珍しい、屋上が解禁されている学校ではありますが、今までの習慣もあってくる人など皆無ですからね』
「だから俺をここに誘ったってことか」
屋上に出る扉からではなく、五メートルほど離れた場所に綾人がいきなり姿を現す。
前触れもなしに急に来たもので体をびくりと震わせるが、すぐにその正体を察して呆れたように眉尻を下げながら息を吐く。
「剣城家の秘術を使うほど急いでいたの?」
「秘術を使わざるを得ないほど追いかけまわされてたんだよ。どっかの誰かさんのおかげで」
「……なんかごめん」
「その右耳のピアスの中にいるAIにもよく言われるんじゃない? とてつもない人気者になっているっていう自覚を持てって」
「アイリだけじゃなくて視聴者にもよく言われる」
「じゃあ直してくれ」
つかつかと近付いてきた綾人は美琴の隣に立ち、彼もまた初めて屋上に来たようで、フェンスの向こうに見える街の風景を眺めている。
こうして見ると、本当に大きくなったと感じる。
龍博に似て身長の伸びが早く、八歳の時にはすでに百五十センチ弱とこの時から長身だった。
一方で綾人は百三十センチ強と平均よりは数センチ高かったが、それでも美琴よりも十センチ以上低かった。
顔も可愛かったし性格も引っ込み思案な方だったし、何より美琴の方が数か月ほど早く生まれていたためお姉ちゃんと呼ばれていたこともあって、まさに弟だった。
そんな弟のように可愛かった彼が今では、美琴の方が見上げるほど大きくなり、剣城家長男の肩書に恥じない姿となっている。
「それで、わざわざ耳打ちしてまで俺をここに呼び出した理由は? なんとなく察しているけど」
本当に変わったなーとじっと横顔を見ていると、ほんのりと頬を赤くしながら綾人の方から話題を切り出してくる。
「えっとね、昨日私のクランでクリスマスパーティーやってたんだけどさ」
「ツウィーターでものすごい話題になってたな。綾香が配信観て少し羨ましがってたぞ」
「綾香ちゃん私の配信観ているんだ」
「美琴だから観ているんだとさ。昔から美琴のことをお姉ちゃんって言って懐いてたしな」
「綾人くんもだけどね」
「俺はもう卒業してるだろ」
綾香は綾人の妹で、現在中学一年生だ。
姉が欲しかったらしく、綾人と親しくしてよく家に遊びに行っていたため、彼女も美琴のことをお姉ちゃんと呼んで慕ってくれていた。
「ふふっ、そうね。それで、そのクリスマスパーティーの中で、二人だけの男性メンバーの慎司さんと和弘さんが、一人でいいから男性メンバーを増やしてくれってお願いしてきてね。OKしちゃったんだけど男性の知り合いなんて全くいないからどうしようと思ったら、そういえば綾人くんが学校にいるじゃんって。それで誘ってみようかなって」
「やっぱりそういうことか。昨日綾香が、知り合いの祓魔十家って言ったらうちしかないって騒いでた」
「華奈樹と綾人くんと霊華さんを除けば、他は顔を知っているくらいで知り合いとは言えないしね。それで、どう、かな?」
綾人は既に、呪術師として祓魔局に名前を登録している。
階級はどれほどのものかは分からないが、剣城家なのだから決して低くはないだろう。
昔と比べて呪術師や退魔師の数が圧倒的に増えたとはいえど、それでもなお怪異の発生件数が多すぎるあまり人手不足が否めない。
祓魔十家はもっとも力に優れた中の家系に与えられる称号であるため、その家の呪術師・退魔師は常に多忙。今回冬休みだからとこちらに来た華奈樹と美桜は、かなりの特例と言えるだろう。
特例と言っても、祓魔局長が霊華で人と人との繋がりを大切にする人で、国内最強の呪術師で大量の式神を従えているから、華奈樹が抜けた穴を埋めることができるから遊びに行って来いと送り出されたそうなのだが。
序列は十位でも祓魔十家。
きっと忙しくしているだろうから、それを理由に断られるかもしれない。
「……まあ、俺は別にいいけど。一応、家に帰ったら父さんにも聞いてみる」
「え、いいの?」
「自分から誘っておいてその反応はないだろ」
「だって、呪術師って多忙って言うから」
「多忙っちゃ多忙だけど、華奈樹と美桜ほどじゃない。それに、俺よりも多忙を極めている二人が君のクランに所属しているんだから、あの二人ほどじゃない俺だって入れる」
「あの二人はまだ正式に所属しているわけじゃないんだけど。でもまあ、入ってくれるならいいや」
「ちゃんと入るって決めるのは父さんに聞いてからな。多分、美琴の名前出した瞬間に頷くと思うけど」
綾人の父親の勝人は、なぜか昔から美琴に対する評価が極端に高い。
ただよく一緒に遊んでいただけなのに、どうしてあんなに勝人の中の美琴の評価が高いのか、今でも理解できていない。
「綾人くんは私のクランに入りたいとは思っていたの?」
「もし可能なら、程度に思ってた。本人からのスカウトがなければ、ひっそりと今後あるであろう募集に応募しようとは思ってたし、落ちたら落ちたで呪術師として本腰を入れてそれ一本にしようと思ってた」
「それって、要するに就活するのが面倒だからってことじゃない?」
「そうとも言えるかもな。何より、美琴のクランに入ることができれば安泰は間違いないだろうし」
「昌と同じこと言っているのね」
マネージャーとしてクランに加入させると昌に言った時も、彼女も同じようなことを口にしていた。
そこまでして就活はしたくないのだろうかと首を傾げそうになるが、面接をいくつも受けても尽く落とされてしまうという話はいくらでも転がっている。
美琴は将来、龍博の会社に入るか琴音が関わらないという誓約を立たせたうえで琴音の事務所に入るかの二択を考えていた。
入るからには優遇などなしに真っ向勝負で挑むつもりでいたが、それには優遇という点を感じさせないほど自分のアピールポイントなどを考え出して、それをしっかりと相手に伝えなければいけないという手間が存在する。
何かを考えたり、人の前で何かを発表することに抵抗はないし、地道な積み重ねをするのも好きなので、結果的にもうする必要はなくなったが就活というものに多少の楽しみを抱いていた。
「母さんの方のいとこが二年前に社会人になったんだけど、何十社も受けても中々採用通知が来なくて絶望してたのを目の当たりにしたら、そんな感想を持つさ」
「もとより呪術師の道を進む身だとしても?」
「美琴もいずれ、そういう人を見かけたらそう思うようになるんじゃないか?」
今のところ周囲にそういう人がいないので就活に楽しみを持っていただけで、もし近くに就活に苦労している人を見たら昌と綾人と同じようなことを考えるようになっていたかもしれない。
そんな自分を想像してみたがあまりできず、これはもう考えないほうがいいだろうと頭の隅の追いやっておく。
「とりあえず、綾人くんは家に帰ってからおじさまに話をして、その結果を私に教えるってことでいいかしら」
「おう」
「じゃあさ、連絡先交換しておきましょう。そうしておけば、わざわざ探し回るってことをしなくて済むでしょうし」
そう言いながらスカートのポケットの中からスマホを取り出し、メッセージアプリを起動してQRコードを表示させる。
綾人は一瞬固まっていたが、確かに交換しておいた方が便利だからと小さな声で呟きながら、美琴の表示したコードを読み取って登録する。
「それじゃあ、家に帰ったらお願いね」
「……おう」
「……どうしたの? なんか顔が少し赤いけど」
「な、何でもない。もう帰るけど、美琴も帰り道に気を付けろよ」
何かをごまかす様に、綾人は手に持っているスマホを雑にポケットの中に突っ込んでから、ちらりと振り返ってからそう言って屋上から立ち去っていく。
「気を付けろって言われても、何に気を付ければいいのかしらね」
『お嬢様は男性人気が異常ですから、ストーカーに気を付けろという意味かもしれませんね』
「襲われたところでって感じなんだけどね」
しかし確かに気を付けておく分には越したことはないので、いつものようにそれなりに周りに注意しながらゆったりと、華奈樹達が待っている家に帰ることにした。




