141話 常識と良心の壊れた狂人達
観測されているだけで、アモン、バアルゼブル、バラムに続き、四例目となる魔神が出現したことで、世間は大騒ぎとなった。
最初の魔神同士の戦い程規模は酷くはなく、またその時に発生した損壊などは、バラムの口から説明されているだけではあるが、偽りと最速の魔神ベリアルが権能を用いて修復された。
すでに起きている事象を偽りにすることで、全てをなかったことにするという反則過ぎる能力に、日本の政府は血眼になってベリアルを探している。
ただ、魔神はバラム曰くほとんどが現代に蘇っており、今日に至るまでその存在を一切悟らせることなく過ごしているため、見つけることは困難だとされている。
そんな魔神関連の話題でいっぱいになっている中、京都にあるあまりにも広い敷地の中に縛られるように生きている、祓魔十家序列第二位雷電家が宗家を務める雷一族は、全く別のことで騒ぎになっていた。
「皆、時間がない中よく集まってくれた。お前達を集めた理由だが……それは言うまでもあるまい」
八十ほどの総白髪で髭すらも全て白くなっている老人が、重々しく口を開く。
ただそこにいるだけですさまじい存在感を放つその老人は、雷電家先代当主、龍博の父親、美琴の祖父である雷電龍人だ。
親子らしく強面で、見る人に威圧感を与えるが、今日の龍人の表情は普段と比べてかなり穏やかだ。
それを他の雷一族のそれぞれの当主たちは感じており、全員その理由に心当たりがある。
「先日、フルフルなどという不敬にも命様と似通った力を持った魔神が現れ、命様を襲撃した。その戦いの中で命様は危うく命を落としかけたが、果たして奇跡なのか、我ら一族に口伝でのみ伝わる初代様だけができた神降ろしを成功させ、神のお姿をお見せになった。これは我ら総出で祝杯を上げなければならないほどめでたいことだ」
美琴の祖父だというのに、龍人の瞳には龍博に似て背が高くなり、琴音に似て美しく整った今の美琴ではなく、神性開放を会得してその肉体に宿した、全盛期の雷神の姿が浮かんでいる。
自分よりもずっと年下の女子高生である孫娘についての話なはずなのに、崇める神について話している信者のような話し方をしている。
そもそも、龍人は美琴の覚醒以降は一度たりとも、龍博達が美しい音色を奏でる琴のような女の子に育ってほしいと付けた美琴ではなく、厳霊業雷命から取った命としか呼んでいない。しかも様付けで。
もし美琴や龍博、琴音がこの場に入ればあまりの違和感に表情を歪めたかもしれないが、ここにいるのは千年前の初代以降から始まった埃を被ったうえでカビが生えているような掟を何よりも重要視し、最優先する雷一族の当主達。
誰一人としてそれに違和感を持った様子はないし、むしろ龍人の言葉に賛同するように頷いている。
「しかし、しかしだ。当の命様は、ここ雷庭にいなければ、京都にすらいない。汚らわしい只人の集まりである世田谷という不浄の地に、ここを出ていった儂の血を分けた息子とあの女狐と共に暮らしている。こんなにも嘆かわしいことはない」
「全く、その通りだ!」
「龍博のやつ、かつては神童などと呼ばれていたというのに、何を考えている」
「全てはあの女狐を、無理やり嫁として迎え入れたのが悪いんだ! あんなものがいなければ、今頃命様はこの世の一切の危険と穢れに触れることなく、この雷庭で安全に暮らすことができたというのに!」
当主達は口々に、美琴を敷地どころか京都から連れ出した龍博と、龍博が迎えた琴音のことを悪く言う。
全員が全員、雷庭に美琴が住んでいれば幸せだと本気で思い込んでいる。
一人の少女の生涯を全て犠牲にしてでも、一族達の間で神として崇められることが一番の幸せだと、信じてやまない異常者達だ。
「皆の言うことはよく分かる。だが、今回ばかりは連れ出してくれてよかったと言わねばなるまい」
「それはどういうことですか、龍人殿」
「あのバカ息子が命様をここから連れ出すことがなければ、神降ろしを使えるようにはならなかっただろう。非常に悔しいことではあるが、あのような危険な目に遭ったからこそ、真の雷神としてこの世に降臨なさったのも事実だ」
龍人が言うと、確かにそうだと全員悔しそうな顔をしながらも納得するように頷く。
「だが、これ以上あのような場所に住まわせるわけにはいかぬ。ゆえに今日は、どのようにして命様をここに連れ戻すのかを、全員で話し合おう」
そう言うとすぐに、五十ほどの男性が手を上げる。
名を、雷門海斗。現在の雷電家になる三百年ほど前まで、雷電家を名乗っていた一族の当主であり、フルフルの眷属となり美琴を襲った鳴海の実父だ。
「はい! やはり、無理やりにでも連れ戻すのが最善かと」
もちろん雷一族の当主の一人らしく、常識なんて微塵も感じさせない発言をする。
しかもそれを指摘する人がいないというのだから、恐ろしいものだ。
「確かに、それも手段としてはいいだろう。だが、命様は雷神。下手な襲撃など、容易く返り討ちにできるだろう」
「ましてや、どこで覚えたのか失伝させたはずの神の血を用いた制誓呪縛を使えるようになっている。雷を使えない状況まで追い詰めることができても、たったそれだけでも簡単に状況をひっくり返されてしまう」
雷の力がまだ一切使えていない時期は、バカにされないようにととにかく武術を鍛えていた。
その中で無双の仙人である、精炎仙人の異名を持つ朱鳥霊華と一時的な師弟関係となり、基礎中の基礎だけではあるが崩拳をも習得している。
ダンジョンに潜ってモンスターとばかり戦っており、対人戦闘経験などないに等しいはずなのに、その経験のなさを補って余りある圧倒的過ぎる武力を有している。
誘拐するように雷庭に連れ戻そうにも、まず美琴以外の一族の使う雷では太刀打ちできないし、雷が使えない状況に持ち込めてもそもそものスペックが高すぎる。
地面に抑え込むことに成功したとしても、舌を噛むなりして血を流させれば神血縛誓による強力な強化を得られるし、どう頑張ってもこの計画は上手く行かないことが分かる。
「一番現実的なのは対話による説得だが、龍博が会わせてくれないだろうし、何か余計なことを吹き込んでいて対話すらさせてくれない可能性もある」
「そう考えると、やはり強引に連れ戻すのが正解か?」
「だが一体どうやって。我々には、神の御力を抑え込む手段はない。初代の遺骨の一部を用いて作られた封神釘は、決められた幅の四方に設置しなければいけないから、初代様以降の雷神様の使ったあの部屋でしか機能しない」
「誘拐しようにも、あの雷はほぼノータイムで命様の体から発せられる。人を傷付けることは躊躇っている様子だが、一瞬でも拘束に隙が生まれればその瞬間に逃げられてしまうだろう」
あれでもないこれでもないと、どうしたら美琴を敷地に連れ戻すことができるのだろうかと議論し合う当主達。
もしこれを美琴が聞いていたら、あまりの恐ろしさに顔を青くして体を震わせていただろう。
どうしてここまで雷神に固執しているのか。
もちろん自分達が崇める神であることもあるが、その雷神がいるおかげで雷電家のみではあるが、祓魔十家という呪術界全体で最も力に優れ、同時に権力を持つ十の家系に選ばれていること。
何より、生まれながらにして雷神の眷属であるため権能の一端である雷を使うことができ、雷神となった女性と特殊な盃を交わすことで眷属としての能力が大きく底上げされるようになるのだ。
雷神と杯を交わすことで力が増し、その眷属が子供を作ると高確率で、その一家の子孫に次代の雷神が生まれるようになる。
こうすることで確実に後世に雷神の能力と血を残してきており、未だにそれが正解だと思っている。
龍博はそんなことをするつもりは一切なく、高校生の時から両親の反対をガン無視して自分で恋愛をしては失恋するを数度繰り返し、大学生の時に琴音と出会い結婚した。
こんな異常者の中からありえないほどまともに育った龍博だが、一族からすれば龍博の方が異常者扱いだ。
現代まで続いてきた由緒正しい血統に、呪術師でも退魔師でも何でもない外部の人間を招き入れた。そしてその人間との間に子供を作り、溢れんばかりの愛情を注いで育てた。
その甲斐あって美琴は、幼少期をこの一族達に囲まれながら過ごしているにもかかわらず、素直で優しい女の子に育った。
龍博という、一族からすれば大事な雷神を連れ出した極悪人のせいで、美琴は二度も魔神の襲撃に遭い、その二回とも怪我をしている。
結果的に不幸中の幸いともいえるが、フルフルとの戦いで神性開放を覚えたため事なきを得ているが、もしそれがなければあの時点で死んでいた。
もしそうなっていたら、美琴という雷神と特別な杯を交わすことで初代から続く生まれながらの眷属としての力の底上げもできず、雷電家から再び雷神が生まれる保証がなくなっていたかもしれない。
そんなのはごめんだと全員思っており、決して叶うはずもない美琴の帰郷計画を熱く議論し続ける。




