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137話 魔神■バアルゼブルvs嵐神フルフル

 上段に構えられた大剣を受け流そうと陰打ちを頭上で水平に構えるが、それはすぐに悪手だと気付いて左に避ける。

 振り下ろされる瞬間、音を軽く突破したのか何かが弾けるような音が鳴り、大剣が地面に叩き付けられてから若干遅れて砕ける音が響いた。

 普段から雷の速度で移動している美琴からすれば、音速程度はまだ回避できる範囲内だが、体はある程度鍛えているとはいえ比較的非力な部類に入るほど華奢(一部を除く)なので、ただでさえ勢いが付く振り下ろしは受けないほうが妥当だろう。


 速度があればその分威力が上がるし、それが大剣となればなおさら。

 陰打ちはそう簡単に折れるものではないが、アモン戦で一度折れているという前例があるため、強度を過信しないほうが身のためだ。


「あナタらしクない! 本物のバアルゼブルは、小細工なしデ真っ向カラ戦う気高き武神! そんな逃げてバかりなら、アナたはバアルゼブルじゃない!」

「あたりっ、前でしょうっ!? 私はっ、バアルゼブルでもっ、厳霊業雷命でもないのよっ!」


 追いかけてきたフルフルの追撃を、冷や汗を流しながら回避したり受け流し続ける。

 突進の勢いをたっぷり乗せた突き、それを横に回避すれば体を捻るようにしながら薙ぎ払いを繰り出してきて、体を仰け反らせつつ顎目がけて蹴りを放ち、ぱしっと簡単に左手一本で止められる。

 その受け止めた右足を斬り落とそうと引き戻した大剣を大きく掲げ、雷速で振り下ろしてくるが、仰け反らせていた体を戻しながら一歩前に踏み込んで当身をして押し離す。


 刀身に雷を圧縮するように集め、袈裟懸けに振り下ろして雷霆万鈞を使う。

 狙うは大剣。分裂してて数が増えるあれはあまりにも厄介なので、ここで破壊できれば重畳だと考えるが、雑に振り払った大剣で弾かれてそう甘くはないかと考えを改める。


 どうにも魔神達、特に戦闘狂気味な一面のある魔神は、権能が同じだからという理由で最強の魔神であるバアルゼブルと同一視してくる節があるようだ。

 同じ権能だから当たり前だと思われるかもしれないが、美琴自身がそう言われているだけでその記憶がないので、現人神であることは多少受け入れていてもバアルゼブルであると言われても、あまりしっくりこない。


「なら、紛イ物は死んデ!」


 この戦いの中で何度も使われている、大振りの振り下ろし。

 一歩下がって避けようとするが、振り下ろされている大剣の先がなくなっていることに気付く。

 自分の周りに磁力を発生させると、左右から同じ大きさの分裂した大剣の刃が飛んできて、発生させた磁力に引っ張られてギリギリで停止する。

 その対応にリソースを少し割いたため、フルフルの振り下ろしを回避する余裕がなくなってしまい、それを受け止める羽目になる。


「ぐ、ぅ……!?」


 ずしりとした重さを両腕に感じ、その衝撃で腕に痺れを感じる。

 刀は叩き斬るのではなく、技を用いて斬る武器であるため、本来は今の一撃を受け止めるだけでひしゃげるか折れていただろう。

 こういう時に折れないようなものであってよかったと、持っている陰打ちに感謝するが、折れないだけで状況が好転する代物でもない。

 当然、上から押し込まれる力の方が強いので、じりじりと押し込まれてくる。大剣という大きな得物である分なおさらだ。


 押し返そうと力を籠めるが、やはり魔神の肉体を得ているフルフルと、権能を使えるだけの人間のままの美琴とでは、力に大きな乖離がある。

 体勢の不利もあって鋭利な刃が眼前まで迫り、死が近付くのが感じた。


「こ、のぉ……! 負けて、たまるものかああああああああああああ!!」

「っ!?」


 死にたくない。殺されたくない。友達と、大好きな家族とまだ一緒にいたい。

 ただそれだけのありったけの思いを爆発させると、美琴の中の神の力がそれに応えるように、美琴に強化を入れる。

 諸願七雷。それは、人の諸々の願いを神が叶えること。


 押し込まれていた大剣を押し返していき、遂に上に弾き上げる。

 思考速度を加速させ、周りの状況を把握する。

 周りに人はいない。正確にはまだ隠れて撮影している人がいるようだが、戦い始めた時と比べればマシだ。


 それなら、建物や道路などに被害が出ないように加減しつつ、手加減せずに戦える。

 とにかく感情を爆発させることで自身を大幅に強化していく。そうしなければ、負けてしまう。


 大剣を上に弾き上げられたフルフルは、一瞬だけ驚いた表情を浮かべるがすぐに狂喜に満ちた表情になり、強い磁力で引っ張られている二つの大剣の刃をそれ以上の磁力で引っ張り戻し、電磁加速させながら振るってくる。

 迎え撃つように美琴も陰打ちを加速させて振るい、武器の重さもあってぶつかったら後ろに押されたが、それだけだった。


 それにまた驚いたような表情を浮かべ、僅かに大剣を持つ腕から力が抜けるのを感じた。

 美琴を押そうとしているのは変わらないので、あえて力を抜くことで前に姿勢を崩させて、立て直される前に自分自身を雷として撃ち出しながら高速で斬り付ける。

 人の体を斬るという不快極まりない手応えに顔を歪ませながらも、先ほどと同じように剣の檻を形成して追い込んでいく。


 強引に抜け出すことができるのを知っているフルフルは、力任せの一撃で美琴の軸を崩そうとしたが、強化が入った美琴は少しだけ後ろに下がる程度で、軸を崩されることはなかった。

 戦い方はそのままで、さっきよりも強くなっている。それを感じたのか、とても嬉しそうな顔をする。

 バアルゼブルにぼこぼこにされてトラウマになり大人しくなっていたと聞いていたが、本質はアモンと同じ戦闘狂らしい。


 長引かせるわけにはいかない。神血縛誓によって得られた強化の残り時間は、二分を切っている。

 自分でやったことだが、ここまで短い時間に決めてしまった数分前の自分を恨む。


「スゴイスゴイ! 急に強くなっタ! こノままモっと強くナッて、ソシテその上デ倒しテアげる!」

「そんなのっ、お断りよっ!」


 とにかく、少しでもフルフルを削る。

 これだけの騒ぎだ。マラブ曰くだが、不死身の魔神フェニックスと最速と偽りの魔神のベリアルは、美琴の肩を持っている。

 美琴と直接顔を合わせたくないようだが、ここまで騒ぎが大きくなれば姿を見せないわけにはいかないだろう。


 フェニックスは全てを焼き払う破壊の炎と、傷付いた人間や病に侵された人間、果てには死んでしまった人間すらも癒すことができる治癒の炎の両方を扱える。

 ベリアルは嘘を吐くという部分がそのまま権能となっており、現実に起きている出来事を全て偽ることができる。

 つまり、仮に人が死んでしまったとしても「死んだ」という部分を偽ることで蘇らせることもできるし、逆にその人間が「そこにいる」ことを偽ることで、最初からいなかったことにすることもできるそうだ。


 流石に存在そのものを消すには、神血縛誓を用いて権能を強化しないとできないそうだが、それでもなおあまりにも破格すぎる性能だ。

 そして神性開放は権能で偽るものを一つに限定することで、その性能を数百パーセント上昇させるという反則っぷりだ。

 そんな魔神が自分の味方に付いてくれている。そして美琴が死ぬようなことはできるだけ避けるように、マラブに色々と命令している。

 頼りにしているわけではないが、殺されかけている時に戦闘ができないマラブの代わりに出てくる可能性も否定できない。


 もちろん自分で無力化することができればそれがいいが、神性を開放して魔神化しているとはいえ根は人間であるため、自分で傷付けたくない。

 そんな葛藤を胸の中で抱えながら、剣の檻から抜け出そうと繰り出す技全てが強引で力任せなものになっているフルフルと、真っ向から打ち合う。


 魔神二人の得物が強く激しくぶつかり合う大音響が、人が避難し静かとなった世田谷の町に響き続ける。

 魔神と戦えるのは今のところ美琴一人。ここに味方だと言われているフェニックスとベリアルがいれば、より被害を抑えられたかもしれないし、戦う力はなくともマラブがいればフルフルの行動をより先読みできたかもしれない。

 そんなこと言ったところで来てくれる確証はないのだし、数秒経過するごとにフルフルの表情に狂喜が強くにじみ出てきて、それに伴って攻撃が荒々しくなっていくので、余計な考えを放棄して戦闘に集中する。


 首筋と背中を虫が這うようなおぞましい感覚がして、自ら形成している剣の檻を破壊するようにフルフルと押し離して、左に飛ぶ。

 支配されたままの空から黒雷が落ちてきて、一瞬前まで美琴が立っていた場所に直撃する。

 滑るように止まってから、狙いを定められないように雷速で不規則に移動しながら距離を詰めていくが、点での攻撃が難しいならと範囲の広い大きな竜巻を発生させることで、接近を防がれる。


 どうしようかと攻めあぐねていると、また空から黒雷が落ちてきそうな気配があったので、美琴から空に向かって雷が上る帰還雷撃を放つことで、上空で雷どうしを衝突させる。

 やはり神性開放状態の黒雷の威力は恐ろしく高く、完全に相殺することはできなかったが、相殺しきれなかった分程度なら雷神として覚醒した時に得たある程度の耐性で耐えられる。


「器用ナコトヲスル! デモ、ソンナ小手先ニ頼ルノハ雑魚ノ思考!」


 ここまで来れば、フルフルが神血縛誓で何を代償としているのかが分かる。

 彼女は自分の正気や理性を代償にすることで自ら狂い、能力を底上げしている。

 全てが終わった後に正しい手順で縛りを破棄すれば、破った時とは違って得た分以上の力を失うことはない。

 それでも、どうしてそこまでして美琴のことを殺したいのかが理解できない。


 アモンからも、マラブからも、バアルゼブルと呼ばれている。

 魔神は魔神の存在を見抜くことができる能力を持っており、見間違えることはまずないらしい。

 過去にトラウマを植え付けられたフルフルも、美琴のことをバアルゼブルと呼んでいるのだからそうなのかもしれないが、雷一族の雷神であるという自覚はあっても、魔神であるという実感は未だないままだ。


 魔神の記憶がない。神性開放も使えないから、本当の意味でバアルゼブルとは呼べないだろう。

 それなのにフルフルは、自ら狂ってまで殺そうとしてくる。

 もしかしたら、本当の意味で覚醒しているわけではなくとも、同じ時代に雷の権能(トラウマ)があることが嫌なのではないかとすら思える。


 空からの攻撃を全て帰還雷撃のように雷を放つことで迎撃しつつ、陰打ちに雷をまとわせて突進しながら、柄から離した左手から大量の雷を放つ。

 紫電の万雷を全て同じように大量の黒雷で迎撃し、飛び込んできた美琴を叩き潰そうとするように、タイミングを合わせて大剣を叩きつけてくる。

 それを頭上で受け止めて、すさまじい衝撃が体を突き抜けて行き膝が折れそうになるが堪えて、今までにフルフルにされたように力技で押し返す。


 押し返されたフルフルはまた大剣を振り下ろしてくるが、袈裟懸けに振り下ろした陰打ちで強引に軌道を逸らしながらそのまま斬りかかり、後ろに下がって回避された後に大きな薙ぎ払いを繰り出してきた。

 それをギリギリ当たらないところまで下がってから斬撃の外側に陰打ちを差し込むように振るい、振り抜かれる勢いに美琴の攻撃分の勢いを加えることで姿勢を崩す。

 すぐに陰打ちを引き戻して左腕を狙って振るうが、大剣の先端を分離させることで姿勢を崩しながらも防がれ、やや無茶な体勢のまま体をくるりと回転させて再び薙ぎ払いを仕掛けてくる。


 後ろに下がって回避する、のではなく姿勢が崩れて力が上手く入っていないのを見抜いて受け止めて、左手で腹部に触れてゼロ距離の雷撃を離れられるまでの一秒未満の間に数十発叩き込む。

 無数の雷鳴が一つに重なり、長く間延びしたような紫電の悲鳴が響き轟く。


「ぁ、ぐぁ……!?」


 すぐに美琴から離れたフルフルだが、一瞬の間に数十発の高電圧高電流の雷を叩き込まれたのは流石に効いたのか、膝を突く。

 今ので意識を刈り取りたかったのだが、雷を扱うということもあってか耐性は大分高いようだ。


 じろりと鋭い目付きで睨み付けられ、彼女は左腕を上に掲げてから雷を空に放つ。

 黒雷が空に昇り、激しくゴロゴロと空が鳴ってからこの戦いの中では最大火力の黒雷が落ちてくる。

 全力で迎撃しようと七鳴神に蓄積されている雷をいくらか使い、落雷に向かって斬撃を放つ。

 僅かな拮抗の末に美琴の斬撃が押し負けるが、雷となって移動できる美琴にとってそのわずかな拮抗は十分な時間だった。


 ドォンッ! という音と共に飛び出した美琴は袈裟懸けに陰打ちを振り下ろし、フルフルは大剣の陰に身を隠して、楯にするように構える。

 あの大剣の耐久値は異常なほど高いが、あれだけ固いのなら今諸願七雷に残っている雷を全て攻撃に使っても、殺してしまうなんてことはないだろう。

 数秒でいい。抵抗できなくなるほどまで弱らせることができれば、無理やり神血縛誓を結ばせることができる。


「諸願七雷・七ツ神鳴(ななつのかんなり)───鳴雷神(なるかみ)!」


 残った雷エネルギーを余さず陰打ちに乗せて、範囲を限界まで絞り鳴雷神を放つ。

 百億ボルトを優に超える雷撃がフルフルに襲いかかる。


「ぐ、うぅうううううううううう……!!」


 苦悶の声が、雷の中から聞こえてくる。

 真打を使っていない状態では、最大火力。それを受けて意識を飛ばしていないだけ流石と言えるが、それもここまでだろう。


 鳴雷神が終了する。表面が黒く焼け焦げた大剣に身を潜めていたフルフルは、肩で激しく呼吸しているのか、剣が震えている。

 あと一歩だ。やはり魔神とは言え人間の体を傷付けるのは不愉快極まりないが、それもあと少しで終わる。

 雷霆万鈞を使おうと雷を刀身に収束させているところで、強い違和感を覚えた。


 何か見逃してはいけないものを見落としているかのような、そんな感覚。

 一体何を見落としているのだと凝視して、気付く。


 大剣は地面に刺さっていないのに、切っ先が見えない。


「ッッッッ!?」


 それに気付いた瞬間、その場から全力で離れようとするが、遅かった。

 何かで思い切り殴られるような衝撃を腹部に感じる。何かが喉をせり上がってくるのを感じる。

 口の端の方から何かが零れるのが分かり、激しく震える左手で触れて離す。

 左手の指に付いていたのは、真っ赤な血だった。


「………………ぇ?」


 口からこぼれる声があまりにも弱弱しかった。

 恐る恐る腹部に目を落とすと、そこには深々と突き刺さっている大剣の大きな切っ先があった。


「ぁ……ぁぁ……」


 腹部に受けた衝撃の正体が大剣が突き刺さったものだと理解すると、ようやく体がそれを認識したのか今までに味わったことのない激痛が、腹部を中心に全身を駆け回る。

 無慈悲にも、血を止める障害物となっていた刃が腹部から引き抜かれ、自分でも驚くほどの量の血が流れていき、体の中から命の赤い雫が失われて行く。

 立っていられなくなり、地面に倒れる。呼吸が激しくなっているのに、空気が肺にまるで入ってこない。


「殺すとは言ったけど、ここで殺すつもりはなかったのになあ。まあ、後でこの(むくろ)全世界に配信しながら辱めるとしよう」


 耳に届くフルフルの声が遠く聞こえる。その間も流れる、美琴の血。

 神血縛誓を使えば傷は治せる。それに賭けて、人間らしい感情を代償にしてやろうと口を動かそうとするが、最悪なことにここで先にかけていた五分間の時間制限が切れ、追加で加えた解除後に訪れる強制的な睡魔が襲ってくる。

 ここで眠ってしまえば、確実に死ぬ。それが分かっているから、意識を手放してたまるかと抗おうとするが、自分でも驚くほどに抵抗できずに意識が沈んでいってしまった。


(嫌だ……。こんなところで死ぬなんて……、嫌だよ……)


 完全に意識が消えてしまう直前に、魂の奥底からの強い願望を抱いた。願望を抱いたところで、何もできないと分かっていながら。














「やあ、今の君には初めまして、そして九年ぶりだね。現代を生きる、もう一人の私」

「……………………はぇ?」


 気が付けば美琴は、見慣れた自分の部屋のベッドの上に座っていて、学校終わりはいつも嚙り付いている机の椅子には、美琴と瓜二つの誰かが座って柔和な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

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