135話 ■■■バアルゼブルvs嵐神フルフル
紫電と黒雷が激しく衝突し、周囲に雷を巻き散らす。
弾けた二色の雷は地面を抉り、暗くなりつつある世田谷の町を照らす街灯を破壊し、緑色に彩る街路樹や生垣が一瞬にして炭になり替わる。
そんな被害を出している雷が発生している中央で、背後に七つの一つ巴紋を展開して、雷薙を鋭く振るいながら苦しそうな表情をしている美琴と、大剣を振り回す三日月のように歪な笑みを浮かべたフルフルが、互いの得物をぶつけ合っている。
一撃の重さは、大剣という特性上フルフルの方が上だ。
一方で速度の面で見れば、ギリギリ美琴の方が勝っている。
神性開放ができないとはいえ、速度だけはアモンよりもあった美琴が、ギリギリ勝っている。
今戦っているフルフルが、どれだけスピードに優れているのかがよく分かる。
「そぉれ!」
「うっ……!?」
振り下ろされた大剣を受け流して攻撃を仕掛けて、少しでもダメージを与えようとするが、どうしても雷薙が当たる直前で躊躇ってしまう。
その隙を突かれてフルフルに蹴り飛ばされて距離を離され、突進の勢いと体を回転させる勢いを使って水平に大剣を薙ぎ払ってくる。
雷薙の柄で受け止めるが、強烈な重さにその場で堪えることができずに振り抜かれて飛ばされる。
雷の足場を作ってそれを踏んで停止し、自身の周辺に大量のバスケットボールほどの稲魂を生成し、フルフルに向かって射出する。
フルフルはそれを、前に伸ばした左手から放った黒雷で迎撃していき、全てを自身に当たる前に破壊してのける。
同じ雷という特性上速度にほぼ違いはなく、優劣は戦闘経験や先読みといった技能だ。
持っている武器は大剣と重量級なものだが、その威力はアモンほどではない。
あの時は受け止めても深刻なダメージが入って来るほどだったので、こうして受け止めても少しだけ腕が痺れる程度なのは非常にありがたい。
美琴からすればありがたいフルフルの戦闘力なのだが、一つ美琴のことを大きく不利にしてしまうものがある。
それが、周辺にいる人達だ。
もちろん本気で彼女と戦うし、周りに被害が出ないように立ち回るつもりでいるが、全く被害が出ないわけではない。
美琴は自分の住んでいる町を破壊したくないし、誰も傷付けたくもないし死なせたくもない。
しかしフルフルはそんなことはお構いなしで、周りがどれだけ壊れようが、人が死のうが関係ない。
むしろ、それらは美琴に精神的なダメージを与えていくものだと認識しているだろうし、まさにその通りだ。
こんな人の多い町中で戦うことは自分にとって足かせでしかないので、できればダンジョンの中に連れ込んでしまいたいが、きっとそれも叶わないだろう。
とっくにフルフルにはその考えを見抜かれているのか、美琴はダンジョンの方に進もうとしているのだが、フルフルはダンジョンから引き離すように戦っている。
『お嬢様、解析の方は、』
「いらない!」
アイリがサポートしようとするが、思わず強い口調で返答してしまう。
雷鳴を響かせながらフルフルが突っ込んできて、それを迎え撃つように同じように雷鳴と共に雷の足場を蹴って進む。
雷薙を上から振り下ろして攻撃を仕掛けるが、フルフルは避ける動作を一切取らずに真っすぐ向かってくる。
それにほんの少しだけ鋒がぶれると、フルフルが下から大剣を振り上げる。
大剣と衝突した雷薙は大きく弾き上げられ、美琴の両腕も上にあげられてしまう。
がら空きになった胴体に向かって、黒雷をまとわせた蹴りを繰り出してくるが、腕を弾き上げられた勢いを利用して体を反らせて回避し、そのまま一回転しながら真下から顎を蹴り上げようとする。
顎に向かって行った右足を大剣の柄から離した左手で簡単に止められて、そこから常人なら一瞬で焼け焦げて殺されてしまうであろう電流を流し込んでくるが、同じ雷神であるため大したダメージにはならなかった。
お返しだと掴まれている足から雷を放って反撃し、ほんの一瞬だけ怯んだ隙に刃ではなく雷薙の柄で左腕を殴りつける。
掴まれていた右足が離されて、側頭部に向かって雷薙を振るう。ただし、刃ではなく柄が当たるように。
「そんなので勝てるとでも思っているの!?」
側頭部に当たる直前に黒雷で防がれて、素早く掲げられた大剣を雷光のような速度で振り下ろしてくる。
受け止めてはいけないと瞬時に後ろに下がりながら、雷薙の刀身に雷を圧縮するようにまとわせる。
「雷霆万鈞!」
空間がねじ切れるほどの威力の雷の斬撃を放つ。
七鳴神の状態で使うのは何気に初だが、やはり通常状態で使うよりもずっと威力が高い。
これだけの威力であれば、深層のボスのドラキュラも倒すことは容易だろう。
だが相手は魔神。同じ雷を操る権能を持ち、人を殺すことに躊躇いがない。
雷霆万鈞が迫りくる中、フルフルは動かずに右手一本で大剣を持ち上げてその切っ先をそれに向け、そしてにたりと笑みを浮かべる。
ぞくりと、今まで感じたことのない悪寒を感じて回避行動を取ろうとするが、後ろに何があるのかを察してすぐに全ての力を防御に回す。
直後、まず美琴が行ったことは自分が本当に生きているのかどうかだった。
「な、なんだ!?」
「急に女の子が飛んできたぞ!?」
「え、この子、美琴ちゃんじゃない!?」
「どうしてこんなボロボロなんだ!?」
次の行ったのは、どこにいるのかの確認だった。
体中を鈍器で殴られているかのような痛みを感じながら、ふらふらと立ち上がりながら確認する。
暖房が程よく聞いている広い部屋の中にはたくさんの机とパソコンが並べられており、メモが張り付けられたり空になったエナジードリンクの缶がおかれている。
どうやらどこか会社のオフィスに飛び込んだようだと確認すると、また強い悪寒を感じる。
正面の破られているガラスと壁の方に向かい、ギリギリのところで足を止めてから雷薙を水平に持つ。
(できるかできないかじゃない! 今ここでやらないと、大勢が殺される!)
「アハハハハハ! よく耐えたじゃない! じゃあ、これはどうかしら!?」
おかしそうに笑うフルフルの左手には特大の雷の塊が生成されており、それを認識した瞬間には雷速で放たれていた。
死にたくないし痛いのはごめんだが、助けられる命を見捨ててでも自分だけ助かるのは死んでもごめんだ。
何が何でもこのビルの人達だけでなく、世田谷の住民全員を守って見せると思いながら、初めてあの黒雷を使う存在と遭遇した時の感覚を思い出す。
「……へえ。器用なことするじゃないの」
「そっちは、随分と容赦ないことをするのね」
結果、どうにかして黒雷の玉をビルに衝突させることなく食い止めて、それを上空に向かって飛ばすことで被害を出させなかった。
「もちろん。私だってできれば人を殺したくはない方だけど、あなた一人を殺すのに九十万人が犠牲にならなきゃいけないなら、迷いなく殺すわ」
「そんなの、させない!」
話しながら次弾装填をするフルフルに向かって、オフィスの床を踏み砕きながら急接近する。
それを迎え撃つように、タイミングを合わせて大剣を振り下ろしてきたがギリギリのところで回避して、一瞬だけ躊躇ったが左手を雷薙から離して強く握り、腹部に向かって崩拳を使う。
「ぐ、ぁ……!?」
「セエェ!!」
ただの突きだと侮ってくれていたようで、不快な人の体を殴りつける手応えに表情を歪めながら、前のめりになったフルフルの腹部にもう一発崩拳を叩き込む。
少しだけ電磁加速も加えたその一撃で殴り飛ばされたフルフルは地面に叩き付けられ、数度転がってから停止する。
この程度で倒れることはないのは分かっているが、崩拳は使い方ひとつで一撃で人の命を奪うことができる、殺傷能力の高いものだ。
もう立ち上がらないでくれと思いつつも、今の一撃は大したダメージになっていないでくれという矛盾した願いを抱く。
「く、ふふ……! ただのパンチだと思って油断したわ。そう、これ、使い方次第で簡単に殺人拳法になるものなのね。よくそれを私に使おうと思ったわね」
「……」
「あら? もしかして、反射的に? だとしたら随分と酷いわね。あなたもとっくに分かっているのでしょう? 今の私は、この体は、アモンと違って怪異に近い肉体なんかじゃなくて、この時代に生きているれっきとした人間のものだってことに」
速度でわずかに勝っている分、何度も大ダメージを与えられる瞬間というのはあった。
それなのに、今の崩拳まで大したダメージを与えられなかったのは、フルフルの宿主が現代人であり、今も生きている人間だからだ。
アモンの時は、姿形は人間のもので最初は躊躇いがあったが、彩音達を逃がした後辺りで、人間なら死んでいるような傷を受けても再生したのを見て人間ではないと判断し、モンスターと戦うのと同じような意識で戦えた。
だがフルフルは人間だ。死体に乗り移っているとかそんなことはなく、しっかりと生きている。血が通い、心臓は鼓動し、息を吸って生きている。
今のこの時代を生きる美琴は、人を傷付けてはいけない、人を殺めてはいけないと言われて育ってきた。
そんな世の中で今まで生きてきて、一度も誰かを殴ったりしたことなんてないし、当然殺めたこともない。
フルフルと戦うことはできるが、傷付けるのに躊躇いがある。
そんな悠長なことを言っていられるような状況ではないのは分かっているが、ためらってしまうものは躊躇ってしまう。
「あなたは私を殺せない。でも、私はあなたを殺せる。何の躊躇もなしにね。それに、本気を出すことも難しい。周りには一般人がたくさんいて、本気なんて出したら巻き込んでしまう。でも私は全力を出せる。あなた一人を殺すのに九十万人の生贄が必要なら、私は喜んで九十万人を捧げられる」
逃げてくれるならそれが一番ではあるけど、と最後に付け加えるフルフル。
マラブから聞いていたフルフルは、究極の人間嫌いで人が死ぬことに心なんて痛めず、むしろ笑ってもっと殺し合えというようなサイコパスだったそうだが、現代の魔神達は宿る人間の人格や記憶をベースにしているため、話で聞いていたよりは丸くなっているようだ。
数か月前のアモン戦で尋常ではない被害が出た経験から、多くの市民達は安全なシェルターなどの避難場所に避難を始めているが、一部の野次馬達は事の重大さを理解できていないようで避難せずに、その場で立ち止まってスマホを向けて撮影している。
早く避難してくれと歯噛みしながら雷薙をしまい、陰打ちを生成する。
一番得意なのは薙刀術ではあるが、一撃の威力の高さはこちらの方が圧倒的に上だ。
殺すことはできない。本当は、自分と同じ現人神のような存在とはいえ、人間を傷付けたくもない。
しかしここで黒雷の魔神を無力化しなければ、より大きな被害が出てしまう。
だから覚悟を決めなければいけない。
「へえ? 随分と目付きが変わったわね。その感じだと、覚悟を決めたのかしら?」
「……ここは、私が住んでいる町よ。学校があって、友達もいて、家族と住んでいる思い出のある町。やっとアモンの時から復旧してきたのだから、また壊されてたまるものですか」
「いい子よねえ、本当にいい子。だからこそ、あなたは私に勝てない。強くて優しく、けれど残酷で冷酷なバアルゼブルだったら、私は勝てなかったんだけど。神性開放ができない自分を恨みなさい」
そういいながら、右手に持っている大剣を己の首に近付けて、その刃で首を斬って大量の血が噴き出る。
一体何をやっているのだと目を丸くするが、その噴き出た血が生き物のように蠢きながらフルフルの胸の中心に向かって行き吸い込まれるのを見てそういうことかと、遅れて美琴は左手の平を切る。
「『神』の『血』に『誓』って、七鳴神の継続を五分に『縛』り破らぬことを宣言する」
一撃で決着は付けられない。避けられたりでもしたら、深層に巨大な谷を作ったあの一撃が、世田谷に再生不可能なほどの傷を付けてしまう。
何より、避けられずに当たってしまえば流石の魔神でも消し飛んでしまうだろう。
美琴は厳霊業雷命、真名をバアルゼブルの権能を宿した現人神とはいえ、現代を生きる人間。
もし自分が真に魔神として覚醒していたら、今の自分の記憶や人格などをベースに魔神の記憶と経験が呼び起こされるとはいえ、今の自分より冷酷になれただろう。
今はそんなことはできない。だから、動けなくなるほどの傷を負わせて無力化することでフルフルを倒し、初めての試みとなるが二者間の神血縛誓を結ばせる。
「あははハハはハ! 行クわよ、ばアるゼぶル!」
正気を失ったかのような、獣の叫びにも聞こえる声を上げ、黒雷を滾らせて地面を抉りながら接近してくる。
七鳴神の継続時間を五分に限定し、深層ほどではないが出力を大幅に上昇させた美琴も、地面を踏み砕かぬように自身を電磁加速させながら間合いを食い潰す。




