134話 地獄の後の地獄
フレイヤとの突発コラボ配信から二日後の、学校終わり。
クリスマスまであと一週間足らずという現在、ちょうどクリスマス当日の二十五日から冬休みになることもあって、恋人持ちの学校の生徒達は早くその日になってくれないかと、浮かれているのが見えた。
そんな中で、恋人もいない一部の独り身の男子生徒諸君は、恋人を作るまではいけなくとも思い出に残るような日を過ごしたいと、躍起になっているのもうかがえた。
「あ、あの! も、もしよかったら僕と、く、クリスマスの日に一緒に出掛けませんか!?」
「……ごめんなさい、クリスマスはもう予定が入っているから」
机の中の教科書を鞄の中にしまって帰宅の準備を進めていると、同じクラスにいる男子生徒が声をかけてきた。
彼もまた、クリスマスを家族とではなく異性と過ごしたいがために躍起になっている生徒の一人のようで、思い切って美琴のことを誘ったようだ。
だが、名前や顔は知っていてもそれ以外は全く知らないし関わったことも特にない。
こうしたイベントにかこつけて誘われても居心地が悪いだけだし、信用も信頼もない状態で二人きりだと何をされるのか分からないので、一緒に出掛けようと言われても無理な話だ。
断られた男子生徒は悲壮感たっぷりな顔をして肩を落とし、とぼとぼと自分の机に向かって歩いて行った。
「土台無理な話だって分かってても、理由付きでやんわりとはいえ断られるのは精神的にきついみたいね」
男子生徒が去ると、鞄を肩にかけた昌がやってくる。
呆れたような目を向けているのは、このクリスマスデートのお誘いを受けたのがこれが最初ではなく、今日だけで既に六人くらいから受けているからである。
「一応、本来のクリスマスって家族と過ごす日なんだけどね」
「今の風潮になったのって、バブル期の時の洋服店とかが恋人とのクリスマスデートをするのを促進させるような広告を出したのがきっかけだっけ」
「一説では、だけどね。……私はどっちかというと、好きな人と過ごしたいって答えるタイプだけど」
「おやおやあ? 人気者の美琴ちゃんには、気になる男の子でもいるのかなあ?」
「い、いないわよっ」
「そうやってムキになって返すと、余計に怪しまれるわよ」
にまにまと笑みを浮かべる昌。
彼女の言う通り、今の発言に対してムキになっていないと言ってしまうと、余計に怪しまれてしまう。
その証拠に、教室のあちこちから「雷電さんに好きな人が!?」「一体どんな男なんだっ!?」というような声が上がっている。
きっちりと誤解されてしまったが、全くの誤解だとも言えない。
気になる男子はいないわけではないのだが、もうここ五年はまともに顔を合わせていないし会話もしていない。
京都にいた時から親しくしていた所謂幼馴染いう間柄で、昔から勉強は得意だったし親から中学も公立ではなく私立の進学校に進んだという話は聞いたし、中学を卒業した後で世田谷に引っ越してきたことも知っているし、同じ高校に進んでいることも分かっている。
ただ今更どんな顔をして会って話をすればいいのか分からないし、同じ学校に進んだということを知った時にはすでに、美琴は学校内で多くの男子から注目を浴びていたこともあり、話しかけに行く機会を完全に失ってしまった。
そのままずるずると元の関係に戻ることなく、廊下ですれ違いこそしても時々目が一瞬だけ合う程度で、幼馴染という認識はあっても今はお世辞にも親しいとは言えない。
それでも、昔のようにとは行かずともまた普通に会話するような間柄には戻りたいなとは思っていて、そういった意味では気になっていると言っていいだろう。
彼とは幼馴染だということは、言ってしまったら迷惑が恐ろしいほどかかってしまうのが容易に想像できるので、何があっても口にできないが。
「それで、今日の予定は? そろそろグッズの制作の方は終わるころじゃないの?」
「……こほん。ま、まあね。…………最後に死ぬほど恥ずかしいASMRのボイスの収録が残っているから、それを終わらせることくらいね」
「ASMRて。美琴がやったら、下手すると死人が出るわよ。あなたの声、ただでさえ綺麗で聞き心地がいいって評判なんだから」
「そんなこと言われているんだ」
「言われているわよ。オリジナルMVの時だって、散々言われていたわよ? 普段の声が綺麗なんだから、歌声なんて天上の至宝の如き美しいものだって」
「それは言いすぎ」
日々の自分磨きと周りから聞こえてくる評価から、自分の容姿にはそれなりの自信はあるが、声に関しては配信に多くの視聴者が集まってくるまでは特に言われてこなかった。
声が綺麗とはよくコメントにも書きこまれているが、聞き心地がいいと言われているのは今初めて知った。
「で、主犯は?」
「アイリとお母さん」
「でしょうね。そりゃあもうノリノリだったんじゃない?」
容易に想像できると、苦笑を浮かべる昌。
シナリオはすでに完成しており、後は収録するだけ。ここまでこぎつけるのに、本当に苦労したものだ。
琴音は台本を読むだけで羞恥心で顔が真っ赤になりそうな、恋人のシチュエーションボイスをやろうとしていたのだが、それだけは無理だと駄々をこねまくることで、寝坊助幼馴染を起こすところから始まる休日をまったり過ごすようなものにしてもらった。
「ま、頑張りなさい。それが最後なわけなんだし、ハズいのを耐えれば解放されるわよ。最後に一番ハズいの残したのは予想外だったけど」
「先に終わらせなかった過去の自分を恨んでいるところよ……」
面倒なことは基本、先にさっさと終わらせる。それが普段の美琴だ。
だがただのボイスかと思ったらまさかのASMRだと知らされた挙句、抗議に抗議を重ねて駄々をこねまくった末でも、甘すぎて恥ずかしくなるようなものなのだ。
先に終わらせた方がいいと分かっていても、無意識のうちにそれを避けてここまで来てしまっていた。おかげで最後の最後に地獄を見る羽目になった。
「終わったら教えてね。次のお休みの時にケーキ奢ってあげる」
「え、本当? 嬉しいんだけど、いいの?」
「いいのいいの。どうせイブの時の親睦会に行って、そこで美琴の手料理食べるんだし。今回頑張ったご褒美と、イブのお礼って感じね」
昌はあまりアクティブな性格ではなく、かなり穏やかで口数が少ない。
アイリと結託して悪ノリしてくる時はままあるし、誘えば快く承諾して遊びに出かけることも多いが、自分からはあまり外に出てこないインドア派だ。
外に出る回数が少ない分、一回のお出かけの満足度を上げるためにも事前調査は徹底的にするタイプで、それもあって連れて行ってくれるお店は今まで一度も外れたことがない。
今回はケーキを奢ると言ってくれて、スイーツ好きであるためどういうお店に連れて行ってくれるのかが気になる。
こういうところではしっかり餌付けされているなと自分自身に呆れつつ、今日の羞恥心たっぷりな収録を頑張ろうと意気込んだ。
♢
「う、うぅ~~~~……!」
収録を終えて自宅に向かう途中にある公園で、ベンチに腰を掛け耳まで真っ赤に染まった美琴が両手で顔を覆いながらうめき声を上げていた。
「もう二度と……絶っっっっっ対にっ、あんなことはしたくないっ……!」
『先ほどからずっと心拍が上がりっぱなしですね』
「最初に見せてもらった台本に当日手を加えられて、より甘くさせられているなんて誰が予想できるのよっ」
『奥様でしたらやりかねないことくらい、お嬢様も理解しているはずでは?』
「えぇそうね、予想しなかった私がバカだったわよっ!」
こういう時、琴音は絶対に信用してはいけないことくらい分かり切っていた。分かり切っていたはずなのに、そうなることを予想しなかったことを心底後悔している。
ボイスの内容だけは変わっていないのだが、糖度が爆増していた。
最初の方の、眠っている幼馴染を起こそうとしたり、起きないから軽い悪戯を仕掛ける辺りはそのままだったが、その後から雲行きが怪しくなってきた。
そして最後の方は、顔を真っ赤にして恥ずかしさのあまり瞳を涙で潤ませながら、声が震えないように必死にこらえながら台本を読んで演技していた。
終わった瞬間録音室から飛び出して、琴音にこれはどういうことか追及しようとしたが、収録終了する直前で逃げ出されており追及できなかった。
数日すれば許してくれるとでも思っているかもしれないが、結構根に持つタイプだ。
次家に帰って来た時に、徹底的に追及するつもりだ。
「はぁー……。なんで事前に相談しないであんなことするのよ……」
『お嬢様が最近、奥様や旦那様に甘えるということをしなくなった反動ではないかと思われます』
「そうだとしても、あれはやりすぎよ。流石にちょっと神経を疑うわ」
『危険な場所に足しげく通っているからその罰も含まれているかもしれませんね』
「きちんと対策と警戒していれば怪我をするような場所じゃないって、お母さんも分かっているでしょうに」
『親というもの、特にお腹を痛めて子を産んだ母親は、自分の子供を心配するものですよ』
アイリの言っていることは分かるし、琴音と龍博が美琴を授かるまでにかなり苦労したことも知っている。
知っているが、そうだとしてもやりすぎだ。
とにかく疲れたので、数度深く息を吸って肺いっぱいに十二月の冷たい空気で満たしてから立ち上がる。
そういえば、学校で収録が終わったら教えてくれと昌に言われていたことを思い出し、スカートのポケットにしまっているスマホを取り出して、メッセージアプリを起動する。
タプタプとローマ字キーボードで文字を打ち込んでいると、右側から一人若い女性が走ってきたので、邪魔にならないように二歩ほど後ろに下がってから、手早く残りの文字を打ち込んで送信して、ポケットに戻すのが面倒だったので鞄の中に放り込む。
その瞬間、目の前を通過しかけていた女性が急にこちらを向いて、体に黒い雷をまとわせながら地面を強く蹴って踏み込んで来た。
「ッ!?」
いきなりのことで若干反応が遅れたが、反射的に雷で体の敏捷を底上げすることで強引に間に合わせて、みぞおちに向かって繰り出された突きを両手で受け止める。
強烈な衝撃を感じた後、遅れて自分が殴り飛ばされたことに気付く。
冷たい風が頬を鋭く撫でつけ、バサバサと髪の毛が空を遊んで大きく乱れる。
後ろ向きに飛ばされており、このままだとまずいと体を捻りながら空中で体勢を立て直し、雷で足場を作ってそれを踏むことでようやく停止する。
突きを防いだ両手はびりびりと痺れを感じており、どれだけの威力を持っていたのだろうかと冷や汗を流す。
『お嬢様! 上空で不自然な雲の発生と動きを観測しました!』
「分かっているわ!」
アイリに言われるよりも早く顔を上に向けると、暗くなって星々が散りばめられている夜空に雲が急速にかかっていくのが見えた。
この不自然な雲の動きを、美琴はよく知っている。
「神立の雷霆!」
知っているからこそ、空の掌握をさせまいと同じように空を掌握する力を行使して、そこでせめぎ合いする。
可能なら支配権を乗っ取ってしまおうと試みるが、相手も力が強いのかできない。
深層で襲撃した鳴海の時は、彼女本来のものではなかったということもあるだろうが、支配権をじわじわと奪うことはできていた。
それができないとなると、あれ以上の強さ。つまりは、本体だ。
「バアルゼブル!!」
黒い雷をまとわせた幅広の剣を大きく振りかざしながら突っ込んでくる。
今までの黒雷使いと違って、胸からではなく体そのものから発生させている。
支配権を奪えない天候支配にその特徴を合わせれば、もう疑いようもない。
あの女性こそが、魔神フルフルだ。
そう認識してすぐに、雷薙をブレスレットから取り出して迎撃しようと鋭く振るうが、すぐに薙刀の勢いがなくなる。
それを見たフルフルはにたりと笑みを浮かべて、大きく振りかぶった大剣を勢い良く振り下ろしてくる。
咄嗟に雷薙を横にして頭上に構えて防ぐが、あり得ないほどの重さに耐えきれず大剣を振り抜かれて、地面に向かって急降下する。
叩き付けられまいと自分の体を弾丸に見立てて雷のレールを敷き、何とか着地する。
そのすぐ近くに、黒雷と共に落雷のようにフルフルが着地する。
「さあ、バアルゼブル! あの時私に圧倒的武力による恐怖とトラウマを刻んだように、今度は私があなたに武力による恐怖とトラウマを植え付けてあげる!」
前例三つとは比べ物にならない膨大な量の雷を発生させながら、周辺に突風を吹かせ始める。
『お嬢様。フルフルはお嬢様と同じように雷を発生させるだけでなく、突風や暴風雨を発生させることができるそうです』
「能力の数だけで言えば、私よりも多いわけね。初代はよく、それ相手にしてぼこぼこにできたわね」
そういいながら周りに目を向ける。
美琴とフルフルがいきなり空から落ちてきたこと、そしてフルフルが雷と風を発生させたことでなんだなんだと野次馬が集まり始める。
このままではまずいなと思いつつ、相手は戦闘が得意なタイプの魔神であるため加減は難しいと判断し、一気に七鳴神まで開放する。
「うふ……うふふ……! あははははは!!!! やっぱり、やっぱりそうだ! 今まであんなに怯えていたことがバカみたい!」
周りに被害が出ないように、魔神相手に市民を守りながら戦えるようにという願いを胸に込めて力を底上げしていると、フルフルが大きな声で笑いだす。
恐らく、美琴が神性開放を使えないことを今ので分かったのだろう。
マラブの口からは、美琴以外の現代に蘇った魔神は全員、一時的に全盛期の肉体を現代の体に上書きする神性開放を使えると教えられている。
そうなった時の戦闘能力の上昇幅は数倍どころではなく、七鳴神まで開放したとしてもギリギリ互角まで行けるかといったところだそうだ。
事実、アモンの時も七鳴神まで使ってもどうにか互角まで持ち込めた程度で、倒せたのだって異常なまでに使用時間が短い代わりに威力が上がっていたであろう真打を使ったからだ。
今は常時開放状態だし、諸願七雷も蓄積だけでなく自身を強化する効果が追加されている。
あの時と比べればずっと強い状態ではあるだろうが、やはり神性開放ができないのは大きいだろう。
「楽には死なせてあげない! 何千年も恐ろしい思いを、現代に蘇って謳歌していたのにそれを楽しめなくなった苦しみを感じた報いを受けなさい!」
「何その怖いくらいの自分勝手な報復理由!?」
思わずツッコミを入れながらも体に紫電をまとわせて、地面を蹴る。
同時にフルフルも踏み込んできて、二つの大きな雷鳴が鳴り、現代に蘇った二柱の雷神が衝突する。
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