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132話 新宿のレギオン(いい練習相手)

 割と本気で雷薙をモチーフにした、ヤバそうな機能を追加しそうな雰囲気のあったフレイヤを現実に引き戻してからしばらく。

 二人は少し前の時はフルフルの眷属になっていた白雪と遭遇し、ボス戦ができずじまいだった新宿ダンジョン下層上域のボス部屋の前に立っている。


「前回は白雪と鉢合わせたこともあって、ボス戦できなかったのよね。ちょっと前の出来事なのに、なんだかもう懐かしく感じるの不思議」

「その間に色々ありましたからね。私はブラッククロスのマスターの息子を返り討ちにしましたし、美琴さんも……一族の件もありましたし」


 あれから特に日にちがものすごく経っているわけではない。

 それなのに懐かしいと感じてしまったのは、その間にあった出来事があまりにもいい意味でも悪い意味でも濃密だったからだろう。


 覚悟を決めたら、いい加減背を向け続けている己の過去に立ち向かうべく、冬休みを使って京都に戻って、いつまでも神に縋り続ける愚者達にガツンと言ってやらなければいけない。

 ただ、そこに行くとなるとトラウマは克服したとはいえど、今も心の奥に残っている痛みが僅かに蘇ってしまうことは確かだ。


 痛いのは嫌だ。肉体的にも精神的にも。

 社会人になればそんなものは嫌というほど感じるというのだから、学生の内はそんなものをできる限り感じずに生きていきたい。

 しかしいつまでもそんな甘いことを考えていると、いつまでも、それこそ歩けなくなってしまうほど年老いてしまうまで、逃げ続けてしまうだろう。

 そうなったら残るのは、後から生まれてくる自分の子孫に対して何もしてやれなかったという後悔だけだ。


 そうならないためにも、覚悟を決めて過去に立ち向かわなければいけないが、それは今考えることではない。

 余計な思考を頭の中から追い払って、新しい相棒である雷断の柄に手を添える。

 ちなみにだが、京都本家の方から雷断を返せという問い合わせが鬱陶しい程龍博の方に行っているそうだが、アイリと結託して届いた瞬間に迷惑メールファイル送りにして、速攻で消しているから詳しい内容は知らないらしい。


「さて、それじゃあレギオンに挑みましょう。何しろ、こっちには集団殲滅のスペシャリストがいるしね」

「スペシャリストって、私そこまで頻繁にレギオンと戦っているわけじゃありませんからね? それに、集団殲滅の点で言えば美琴さんも同じことですから」

「あてっ」


 ガントレットを装着した右手で、軽く頭をこつんと小突かれる。

 金属製なので、小突かれるだけでもそれなりに痛みはある。


”どっちもどっちなんすわ”

”フレイヤちゃんも美琴ちゃんも、十七歳の女子高生がしていい火力していないからね?”

”二人そろって集団殲滅のスペシャリストですわ”

”違いは兵器によるものか、自分の権能によるものかしかない”

”フレイヤちゃんは兵器があるからって納得できるけど、美琴ちゃんの権能は美琴ちゃん本人の能力だから、いかに壊れているかが浮き彫りになるなあ”

”《探索者ギルド新宿支部》☑:そのまま新宿ダンジョンの深層に行っても構いませんよ?”

”新宿支部の支部長もよう観とる”

”ここにいないで仕事しろ!”

”あの腐れ十字の問題は完全に解決したんですかあ!?”

”《探索者ギルド新宿支部》☑:探索者の活動を知り、情報を集めるのも仕事なのに……(´;ω;`)ブワッ”

”ぜってーこいつ、美琴ちゃんリスナーの眷属かフレイヤちゃんリスナーのラボメンだろwww”

”この二人に張り付いていれば間違いないのは確か”


「最近美琴さんの影響なのか、支部長が私の配信にいるんですよね」

「じゃあこの流れってもうテンプレなんだ」

「そうなりますね」


 ここから先、敵の数が爆増するので諸願七雷・三鳴まで開放しておく。


「よし、それじゃあ行きましょう」

「はい」


 そう言って一緒に転送陣を踏んで、ザザッという音と共にボス部屋の中に飛ばされる。

 見慣れたボス部屋。振り返れば、そこには退却用の転送陣もない見慣れた景色。

 再び正面を向くと、タキシードのような恰好をしたレギオンの本体が、深々とお辞儀をしてからばっと体を起こして両腕を広げる。

 そして次の瞬間には生成される、七百体もの全く同じ顔をして同じように無表情の人形達。

 つい最近クランの女子メンバー全員でホラー映画鑑賞女子会をしたばかりで、前に昌とマラブの共謀で見る羽目になった人形のホラー映画を思い出し、背筋を震わせる。


「……美琴さんって、ホラー本当にダメなんですね。神様なのに」

「能力が神様なだけで、それ以外は全ていたって普通の乙女よっ」

『でしたら、ホラー耐性を付けるために今後は毎週末にホラー映画鑑賞でもしましょう』

「絶対に嫌!」


 雷断を抜刀し刀身に雷をまとわせ、きっぱりとホラー映画鑑賞はしないと断ってから、雷鳴と共に踏み込む。

 マリオネット・レギオンとは幾度となく戦闘しているし、戦闘パターンなどはとうに頭の中に入っている。


 体の発条を使って人形を数体まとめて両断し、振り抜いた遠心力を利用してくるりと回転して、更に遠心力を乗せて振り抜く。

 右上に振り上げた雷断をぴたりと止め、がちゃがちゃと迫ってくる虚ろな表情の人形を、袈裟懸けに振り下ろすことで切り伏せて、刀身にまとわせたままの雷を水平に右へ薙ぐと同時に斬撃として飛ばす。


 フレイヤの方はどうしているのだろうかと振り向いた瞬間、大量の人形が粉々にされて吹っ飛ばされていくのが見えた。

 何をしたんだと冷や汗を流すが、部屋に入る前に脚力を超大幅に強化する金属長靴に履き替えていたし、それとセットになっているガントレットと、受けた衝撃全てをそのまま敵に向けて飛ばすランスを持っていたので、恐ろしくそれらがかみ合った攻撃をしたのだろうと予想する。


 ばらばらと砕けた人形が雨のように上から落ちてくるのを見て、このままさぼっても彼女一人でどうにかしてしまうだろうなと思ってしまう。

 そんなことをしたら後でアイリが彼女に密告するし、そうなったら何をされるのか分かったものじゃないので真面目に戦うが。


「ギ、ギガガガガガ!」


 するとレギオンの本体が地団駄を踏みながら、壊れた分を補充しながら追加で三百体ほどの人形を召喚する。

 しかし本気を出した瞬間、フレイヤが邪魔だと言わんばかりにイカロスの翼を展開して羽一枚一枚を分離して射出し、千体まで増えた人形の軍勢が一気に半分以下まで減る。


 それに追い打ちをかけるように美琴も雷を体から放出して、フレイヤに当たらないよう操作しながら人形を消し炭に変えていく。

 連携なんてとっていない。ただお互いに暴れたいように暴れている状態なだけで、レギオンの手先である人形は為すすべなく破壊されて行く。


”もうやめたげてよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?”

”あまりにも酷いワンサイドゲームだこれ”

”前に美琴ちゃん引率の灯里ちゃんルナちゃんコラボで世田谷のレギオンと戦って、その時も結構一方的みたいな感じだったのに、これはそれの比じゃねえwww”

”もっとやれ! レギオンの㏋はマイナス千よ”

”美琴ちゃんとフレイヤちゃんの配信でよく言われること。戦 う モ ン ス タ ー が 可 哀 そ う”

”レギオンも、マジかこいつら、みてーな顔してんじゃんwww”

”もしボスモンスターだけ記憶が共有されるとかだったら、今頃はこの二人が入ってきた瞬間自死を選ぶだろうな”

”連携していないのにこの強さ。流石は夢想の雷霆最強戦力の二人だ”

”連携する必要がないくらい強いとかもうおかしいだろ”

”普通、こういう大量に湧いてくるモンスターだと連携力が問われるのに、個人個人が強すぎるおかげでそんなことしなくてもいいとかいう謎現象が発生してて草”

”この二人だからこそ成り立っているけど、腐れ十字のイノシシ頭みたいなやつがこれ見たら何か勘違いしそう”


 イカロスの翼の羽の射出攻撃に、超強化された脚力による踏み込みと超強化された腕力から繰り出される、自分に向かって行くはずの衝撃を全て敵に向けて放つランスによる攻撃を繰り出すフレイヤ。

 京都にいる退魔師の幼馴染二人ほどではないが、優れた剣技と卓越した体捌きから繰り出される鋭い一閃と、防ぎようのない紫電の攻撃を繰り出す美琴。

 分かり切っている結末だが、レギオンに勝ち目など億が一もなかった。


 それでも負けじと破壊された傍から人形を次々と生成していくが、ならばと美琴とフレイヤがギアを上げて破壊速度を上げていく。

 野太刀という今まで使ったことのない武器ではあるのだが、基本的な使い方は普通の打ち刀とそう変わらない。

 なにより、間合いが長いという薙刀と似た特徴もあることもあって、雷薙ほどとは言えないがだんだんと使いこなせるようになってきた。


霹靂神(はたたがみ)


 刀身に雷を集中させて強化する。

 バチバチと紫電が音を立て、まとわりつく。

 素手でも妖鎧武者の鎧を容易く貫通する威力を持ち、全力状態なら深層のドラゴンにも有効打を与えることができる威力を持つ。


 霹靂神を使用すると、世界的に人気な忍者漫画の忍術を真似て開発したという背景を知っていることもあり、コメント欄が大盛り上がりを見せる。

 また最近海外からのコメントも増えてきており、その技を使うキャラクターの名前が書かれたりする。


 紫電の尾を(きっさき)から引かせながら人形との距離を詰め、無感情で同じ顔をしているそれらを拒絶するかのように雷断を振るう。

 右へ薙ぎ払って上下に両断し、その勢いを使って回転しながらまた右へ薙ぎ払い、振り抜いた勢いを殺さずに袈裟懸けに振り下ろしてから、鋒が地面に触れるすれすれでぴたりと止めて返す刀で振り上げる。


 どの人形も美琴のその斬撃を受け止めることも回避することもできず、やすやすと切り裂かれて行く。

 レギオンも一方的に壊されてたまるかと、美琴の周りを人形で覆ってじわじわと迫っていくが、刀身にまとわせている雷を拡張して間合いをより広くして、体の発条を使いながら一回転するように薙ぎ払うだけで全てが地面に倒れて塵となる。


 ならばと、レギオンは美琴から視線を外してフレイヤの方を見て、彼女のように同じように大量の人形を向かわせる。

 美琴は体から雷を放出しているが、フレイヤは全てが兵器による攻撃だ。それを学習して、先に美琴よりも弱いと感じたフレイヤを倒してしまおうとしたのだろう。


 しかし現実はあまりにも非情。

 大部分の人形が向かってきたことを確認したフレイヤは、持っているランスをしまうと彼女よりも大きく武骨な赤い大剣、紅天を取り出して刀身から膨大な炎を噴出して、大きく薙ぎ払うことで周辺の人形を一瞬で灰塵にする。


 どっちに行っても広範囲殲滅攻撃を、息をするかのように繰り出してくる。

 それを理解したレギオンはどうしたらいいのか分からなくなったのか、突然変な動きをする。

 今までにない行動に美琴とフレイヤは警戒して、美琴以上の防御手段を持っているフレイヤの場所に急いで移動して、フレイヤはエネルギーシールドを正面に展開する。


「フレイヤさん、あれは何か分かる?」

「いいえ、分かりません。私も今初めて見ました。あの動き、なんというか……」

「エラーを起こしたロボットか、ゲームで言うバグで挙動がおかしくなったNPCよね」

『お嬢様にしては的確な表現ですね。ゲームなんてほとんどしたことがないのに』

「私にしては、は余計よ。ゲームをやったことがなくてもネットに触れていると、そういう情報は入ってくるものよ」


 そう、レギオン本体の突然の奇行は、エラーを起こしたロボットやバグで挙動のおかしくなったNPCのものと酷似しているのだ。

 美琴は基本真面目で空いた時間は勉強に使ったり、勉強がなければ読書や音楽を聴いたり、読みたい本や聞きたい音楽がない時はネットで調べ物をしている。

 なのでゲームセンターのアーケードゲームや、一時期大流行した卵型の小さなゲーム機くらいしか、ゲームを知らない。


 それでも現代は広大なネットの海が存在し、そこにアクセスすれば欲しい情報を好きな時に得られる。真偽を見極めるのは別として。

 なので知識に乏しい美琴でも、適当にツウィーターを眺めていればそういうおかしな挙動をするものの動画を見かけることがある。

 そういうのは見ずにスルーするのだが、興味を引くような文章が書かれている投稿はつい見てしまうことがある。

 そのおかげで、現在のレギオンの処理落ちでもしているかのような謎の行動を、そのように表現することができた。


「フレイヤさん。地上に戻ったらすぐにギルドに掛け合ってみて。他に同じような行動をしたモンスターがいないかどうか、確認してほしいの」

「分かりました。美琴さんは?」

「私も優樹菜さんに直接聞いてみる。ダンジョンは発生した理由もその条件も何もかもが不明なままな場所だから、こういう謎なことが出てくるのは当たり前だけど、こんな分かりやすい謎は興味を持つ以前に怖いわ」


 こんなやり取りをしている間にも、レギオンは変わらず奇妙な動きをするだけで、攻撃どころかそこからほとんど動かない。

 何かとてつもない攻撃の前行動とかだったら嫌なので、雷断を鞘に納めて名を呼んで開放し、同時に三つ金輪巴となった三鳴から蓄積した雷を全て載せる。


「もう少し雷断の練習に付き合ってほしかったけど、怖いから倒しちゃうね」

「どうぞ。私も十分、反動反転機構付きランスの試運転もできましたから」

「なんてものを作っているのよ、全く。……諸願七雷・三紋───白雷!」


 雷断の特性蓄積と放出。それに諸願七雷に貯めた雷エネルギーを利用した攻撃、白雷を上乗せして抜刀する。

 大音量の雷鳴が響くと同時に超特大の雷が放たれ、刹那の内にレギオンを飲み込んでしまう。

 白雷が消滅すると、そこには美琴の頭ほどの大きさの核石が転がっていた。


「……まさかとは思いますけど、魔神出現の前兆とかじゃないですよね」

「そんな不吉なこと言うのヤメテ」


 美琴が何か大きな問題に巻き込まれるときは、決まってダンジョン攻略中に何かが向こうの方からやってくる。

 一回目のアモンの時も、二回目のブラッククロスの周りを巻き込んだ傍迷惑な自滅も、三度目のフルフル関連も、全てがダンジョン攻略の配信中に起きている。それも、美琴が自分から行くとかではなく行った先に待ち構えていたりしている。

 よく神社に行ってお祓いでも受けたほうがいいのではないかと冗談で言われることがあるが、ここまで連続して面倒なことが起こっているので、本格的に悩み始める。


「結局何だったのか、よく分からずじまいだったわね」

「あの数十秒しか見ていませんからね。でも配信に映っていますし、家に帰った後に何度か見返してみます」

「私もそうしようかな。あ、アイリ。今のうちにあのレギオンの行動を見返しておいてくれる?」

『もうすでにしております』

「流石、仕事が早いね」


 あの行動は何だったのか。

 一分足らずという短い時間でしか見ていないため何も分からないが、じっくりと何度も見返すことで何か発見があるかもしれない。

 フレイヤとアイリにばかりそういうのを任せておくわけにもいかないので、この二人ほどではないだろうが自分なりに色々と推論でも立ててみようかと、頭の中で計画を立てる。


「支部長に相談したいので、今日は中域のボスまでにしましょう」

「その方が賢明かもね」

「代わりに、次美琴さんと行く深層では思う存分新作の魔導兵装を試しますからね」

「ほ、ほどほどにね?」


 他にどんな破壊兵器を隠し持っているのか分からないので、あまり暴れすぎないようにとやんわりと釘を刺しておく。恐らくというか、確実に何の意味もないだろうが。

 フレイヤのことを深層攻略に誘ったのは、早計だったかもしれないと少しだけ後悔しつつも、一緒に行ける仲間ができて嬉しくもあるので非常に複雑な気分だ。

 とりあえず今は、そんなことを考えたところでどうしようもないので、一緒にいられる時間が限られているのだから、友達と一緒に攻略することを楽しむことに専念しようと切り替えた。

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