131話 もう一つの雷の神器、雷断
「ところで、例の魔神の件はどうなりましたか?」
「フルフルのこと? どうなったも何も、フルフルが誰に宿っているのかが分かっていないし、マラブさん曰く私という存在が怖くて動けなくなっているから、当面は出てこないんじゃないかって」
「となると、捜索そのものができなさそうですね」
「アイリに頼んで、私が魔神であるとアモンに言われたあの日から、行動がおかしくなった人を探してもらっているんだけどね」
『いかんせん数が多すぎて、難航しております』
キマイラを片手間で倒しながら、フレイヤが話しかけてきた。
今も時々、ツウィーターに名前が入り込むことがある、新しく判明した魔神の名前、フルフル。
とてつもないサイコパスではあるのだが、バアルゼブルにワンサイドゲームでボコされたトラウマで大人しくなった経緯があり、現代のフルフルもその当時の記憶があるので同じようにトラウマを発症しているかもしれない。
現に、最初に出現が確認されたアモンは、肉体そのものが怪異に近いものというかなり特殊なこともあって、性格そのものは魔神時代と何一つ変わっていなかったようで、美琴と本気で戦った。
「では、あなたの従姉妹はどうなりましたか?」
「……鳴海ね。あの子なら、ギルドが用意した部屋で一人暮らししているわ。フルフルに与えられた眷属としての力の影響とはいえ、やっちゃいけないことをやったわけだし。でも、本人の意思を捻じ曲げてそういう行動を取らせるものだってマラブさんの証言もあって、フルフルをどうにか探し出して無力化した後に、彼女の口から全てを聞くまでは監視付きの一人暮らしよ。……外出はできないし、学校にも行けないんだけどね」
「……そうですか」
美琴も鳴海に会いに行きたいのだが、鳴海の方からこれ以上迷惑をかけたくないからと、今住んでいる場所の情報を一切与えないようにしている。
アイリというネット面での最強がいるので、そこから探し出されないようにネット断ちをしており、それもあってか今美琴が言ったように、ギルドがどこかに用意した部屋に住んでいるということしか知らない。
一応龍博と琴音は支部長の優樹菜から直接話を聞いているようだが、制誓呪縛で話せないようにしているようだ。
美琴の近くにいれば殴られることも暴言も言われないからという理由とは言え、昔は一緒に遊んだりした仲なので、今彼女がどうしているのかが気になって仕方ない。
けれど、一人にしたらどうなるのか、美琴が何か一言いえば境遇は大分改善されたかもしれないのに何もせず、何も言わず、両親に連れられて世田谷まで逃げてしまったこともあって、会う資格はないのかもしれないとも考えている。
”急に重い話になったなー”
”今でも美琴ちゃんを襲ったことも、傷を付けたことも許せていないけど、背景を知るとな”
”美琴ちゃんの両親以外ほぼ全ての一族の頭がイカレているっぽいし、今取っている方法が最善なんじゃないかな”
”雷神となった美琴ちゃんが一言いえばどうにかなると思ったけど、自分達にとって都合の悪いことは意地でも、例え神様の言葉であっても聞き入れないっぽいな”
”ここまで自由に動ける現人神が美琴ちゃんが最初ってのがいっちゃん怖い”
”聞けば聞くほどダークマターもびっくりな闇が出てくるの草枯れる”
”本当に美琴ちゃんは両親に恵まれたんだな。おかげで人生最高の推しに出会えたけど、内情を知ると素直に喜べなくなってきた”
”八歳までそこに住んでてよく性格曲がらなかったよね”
”今の美琴ちゃんみたいに、ぽんこつだけど素直でかわいい子に育ててくれた龍博パパと琴音ママに、ただ感謝を”
”もっと明るい話しようぜー! 例えば、モスマンの大軍が大量に鱗粉バラまきながら向かってきていますけど、どう対処するの?”
少し気まずく重い空気が流れるが、それを壊す様にモンスターが現れる。
モスマン。それは腕のない人のような胴体と大きな蛾の翼を持つモンスターで、赤く輝く瞳とストローのような口を持つのが特徴だ。
下層トップのクソモンスターとして知られていて、大量にばら撒いている鱗粉は猛毒で、吸い込んでしまうと体が麻痺して動けなくなり、ストローのような口を獲物に刺してそこから溶解液を流し込んで体の中身を溶かし、吸い取って捕食する。
年間でかなりの数の下層を探索する探索者が被害に遭っており、運よく助けられたとしても社会復帰不可能な重篤な障害や後遺症を抱えることとなる。
そんな下層筆頭クソモンスであるモスマンが、数十体隊列を成して大量の鱗粉をばらまきながら向かってきている。
フレイヤは言うまでもなく、持っている兵装がおかしいだけで体は普通の十七歳の少女そのもので、美琴も権能という魔法以上の能力を持っているが、その肉体は人間だ。
もちろん両者揃って鱗粉を吸ったら影響を受けるし、ストローを刺されれば溶かされて死んでしまう。
「モスマンですか。しかもあの数、結構面倒ですよ」
「あの鱗粉どうにかできない?」
「できますよ。では、私が鱗粉を排除するので、本体の殲滅をお願いできますか?」
「いいわよ。……やっと、雷断を披露できるわね」
しゅりん、と鈴のような音を微かに鳴らしながら野太刀の神器、雷断を鞘から抜き放つ。
特性は雷薙と同じ所有者に対する強力なバフ、そして雷断固有の特性、雷の蓄積と放出。
フレイヤが大きく武骨な弓を取り出し、右手に魔力を集めながら弦を引く。
すると引いていく傍から淡い緑色の矢が生成されて行き、周りに風をまとっているのか無風であるはずなのに、彼女の髪の毛がふわりとなびく。
その様は非常に美しく、思わずほう、と息を漏らしてしまうほどだった。
「開放───暴風」
その宣言と共に放たれた通路全体を埋め尽くすほどの暴風を放ったことにより、その美しさは瞬く間に脅威へと変貌したのだが。
ドンッ!!! という音と共に放たれた風は、鱗粉を吹き飛ばすと同時にモスマンたちを巻き込んできりもみさせながら来た道を返していく。
もはやこれ一発でどうにかなってしまうのではなかろうかと思ったが、殺傷能力をゼロにして鱗粉処理に全てのリソースを割いているそうなので、倒すことはできないらしい。
そういった調整ができるのなら、普段からも少し火力を抑えてくれと内心で呟きながら、雷断と体に雷をまとわせながら踏み出して、急加速する。
竜巻のような一撃で目を回したのか、地面に落ちてぐったりとしているモスマン達。
こういった、下手に行動すると被害が出るタイプのモンスターは、戦意を削いでから蹂躙するか行動不能にさせてから蹂躙するに限るなと思いながら、まだ舞っているかもしれない鱗粉を吸わないように息を止め、雷断を振るう。
確実に倒せるように首を刎ねる、あるいは胴体を真っ二つにしていく。
リーチが長いので数体まとめて倒していくが、だんだんとモスマン達が復帰してふわりと浮かび上がり始める。
下層モンスターはこういうところはタフだなと思いながら、浮き上がり始めた個体を優先的に倒していく。
雷を無制限に使うことができるので、いくらか雷断に雷を回してもさほど影響はない。
あくまで武器の持つ特性に過ぎないので、美琴の代名詞となっている諸願七雷と違って、蓄積を優先することで攻撃に使える雷が少なくなるなんてこともない。
「キィッ!?」
おかげで、真後ろから奇襲を仕掛けられても一切振り向かずに雷でワンパンできる。
こうして雷断を実戦で使うのは初めてなので、どれくらい蓄積できるのか試してみようとするが、やはりあくまで武器に貯められる分だけなようで、あっという間に蓄積限界が来る。
このまま貯め続けるとどうなるのかも気になったので、解放せずにモスマン達をばっさばっさ斬り続けるが、特に何もない。
壊れる心配もないようなので、深層のボス戦とかでは結構使えるかもしれない。
雷を蓄積させながら近接戦に持ち込み、激しく打ち合っているさなかでいきなり開放する。
些か卑怯さを感じなくはないが、相手はそもそもモンスター。倒さなければこちらが殺されるのだし、卑怯も何もない。
「雷断!」
もう十分分かったので、胸に向かって伸ばして攻撃をしてきたストローを後ろに跳んで避け、雷断を開放する。
しかし何も起きない。
「あれぇ!?」
”安定だなあwww”
”これだから美琴ちゃんは可愛いんだ”
”おかしいねえ。普通だったらピンチな状況なはずなのに、メンツが強すぎて心配のsの字も出てこないねえ”
”雷薙みたいにそうポンポン使えるものじゃないんだ”
”何か特殊なモーションとか入れないとダメな感じ?”
”刀だし、鞘に納めるとかしないといけないのかな”
”敵前でそれやるのやばすぎって言いたいけど、自分にリスクあることを強制すればするほど威力が上がるのが魔術や呪術だし、神血縛誓を利用した鬼ヤバ攻撃なんじゃね?”
”で、結局どう使うん?”
雷薙と雷断はどちらも、明確に使いたいという意思を込めて名前を呼べば、その力を開放する。
今も、蓄積された雷を使いたいと思いながら名を呼んだのに、何も起きない。
一体何がどうなっているんだと、大きく息を吸って止めてから踏み出して、近付いてくるモスマンを切り伏せて体を崩壊させていく。
「美琴さん! 一度鞘に納めてみるのはどうですか!? コメント欄にも書かれていました!」
後方からボルトアクション型のスナイパーのような魔導兵装を使って支援してくれていたフレイヤが、声を張り上げる。
真価を発揮できる条件を、雷神の力を覚醒させた女性だけと限定させることができたのだから、もしかしたらそうなのかもしれないとフレイヤの隣まで下がり、雷断を鞘に納める。
「雷断」
落ち着いて名前を呼ぶと、それに呼応するように鞘に納められた雷断の刀身から暴れるような雷が放たれるのが分かった。
蓄積した雷を使うには、鞘に一度納めないといけないようなので、戦いの中で不意打ちでいきなり使うという戦法はできそうにないなと苦笑を浮かべ、抜刀する。
雷は刀身にピタリとまとわりついているが、一目見て分かった。これは、一回開放したら貯めた分を一気に使い切る奴だと。
なら一番威力があって、なおかつ一番基礎的な攻撃で放ってやろうと、上段に構える。
短く息を吸ってから構えた雷断を振り下ろす。
その軌跡に沿って、高圧縮された雷が斬撃として放たれて前方にいるモスマンの残りを蹴散らした。
「なるほど。蓄積完了までは非常に早いですが、発動条件を限定させることで威力をためた分以上にまで底上げさせているのですね」
「これは確かに、最上呪具ね。こんなの、本当に戦況とタイミングを見極めないと使い物にならないわね」
最上呪具は基本、例外を除けば癖が強いものばかり。
雷薙は使用者にすさまじいバフをかけるというシンプルな能力だが、使えるのが雷神だけと限定されており、美琴はそうは感じないが他からすれば癖が強いどころではない。
雷断は、同じく使えるのは美琴ただ一人であり、その上で蓄積と放出の方の能力を使える条件も、かなり限定されている。
これを作った初代は、一体何を思ってこんな使いづらいものにしたのだろうかと言いたかったが、前方に刻まれた雷断の一刀の跡を見ると、ある意味正解だったのではないかと思えてくる。
「ふむふむ……。この能力はいいですね。今後の裁決の鍵の改良に加えられですね」
「やめて」
フレイヤのことだ。きっと興が乗ってきたからとかそんな理由で、確実にとんでもない威力になってしまうことだろう。
ただでさえ、彼女の魔導兵装なしでも過剰な戦力なのだ。これ以上増やす必要はどこにもない。
普段からブレスレットを着けておりその中に色々しまい込んでいるので、その中にフレイヤ特製のやばい兵装が入っていると思われたくない。
美琴のやめてという声が聞こえていなかったのか、顎に手を当ててものすごく真剣な表情でぶつぶつと呟くフレイヤを現実世界に引き戻そうと、肩を掴んで激しく揺さぶった。




