129話 金色の兵装女神に助けを求められる雷神JK
(ホラー耐性マイナス値カンストしている美琴にとっての)地獄のホラー映画鑑賞女子会配信から二日後。
世間を騒がせていた元日本三大クランにして日本三大ブラッククラン、ブラッククロスが解散することとなった。
昌に少し働きすぎだと叱られて休みを強制的に取らされ、課題を終わらせたら部屋のベッドの上でぼーっと天井を眺めるしかやることがなかった。
暇潰しにスマホを取ってニュースサイトを開いた瞬間、「ブラッククロス、違反行為に不正行為の数々によりクラン登録を抹消し、解散命令が探索者ギルド本部から出される」というタイトルが目に入った。
『つまるところ、あのアホの息子がフレイヤ様にまた撒き餌を使ってモンスターを押し付けようとして、案の定返り討ちにされてしまったのですね』
「学習能力なかったのかな」
『お嬢様も時々、ものすごく辛辣なコメントをなさいますよね。私のことは言えませんよ』
「そお?」
きっとフレイヤの配信中を狙っての行動だろうと思い、アワーチューブを開いてクリップを検索してみると、案の定大量にクリップが上がっていた。
危険な薬物でも決めたのではないかと思ってしまうほどやばい顔でフレイヤの前に立ち、どれだけの材料を使ったのか人の顔ほどはある特大の撒き餌を、何を考えたのか三つも作ったようで、それを全てその場で割った。
流石のフレイヤもそのサイズの撒き餌を三つ全て使うとは思っていなかったようで、最初はやや狼狽えていた。
御影ジンもとい黒原仁輔は、彼女の表情を焦りや恐怖からくるものだと勘違いしたようで、ゲラゲラと笑いながら一目散に逃げようとしていた。
しかし、特大すぎるサイズの撒き餌を三つも使ったことで、逃げ道がなくなってしまうほどの数のモンスターが一か所に集まってしまい、あわや自分で自分を殺してしまいそうになっていた。
それをフレイヤが翼型移動用デバイス、名を「イカロスの翼」を使って仁輔を救出し、地上に戻るのではなく一気にその時潜っていたダンジョンの下層最深域まで飛んで行った。
ボス部屋の中に飛び込み、姿を見せた下層最後のボス、全身を岩で包んだ翼のないドラゴンのようなモンスターを、取り出した炎を噴出して攻撃する大剣型魔導兵装「紅天」を自壊させるという制約魔術で威力を爆発的に高め、一撃で粉砕していた。
もうこれだけでも十分人間が作る兵器の威力じゃないのだが、遅れて転送陣を踏んでボス部屋の中までやって来た無数のモンスター達は、展開したままのイカロスの翼と、新しく取り出した真っ黒なブレードランス「シリウス」を使って、猛烈な速度で狩りつくしていった。
シリウスは白く見えるほどの高温を発する炎を操り、背中と腰の翼の羽を音速以上の速度で飛ばすことで、一撃一殺で次々と部屋に飛んでくるモンスターを屠って行った。
終わるころには、ボス部屋の中にはイカロスの翼の攻撃で空いた穴と、シリウスの超高温で溶けてガラス化した壁と床が出来上がっており、いかに彼女の作る魔導兵装の威力が狂っているのかがよく分かった。
なお、諦めが悪いのかシンプルにバカなのか、黒原仁輔は戦闘を終えたばかりで警戒を解いていないフレイヤに背後から奇襲を仕掛けていたが、反射で強烈な回し蹴りを顔面に食らってしまい、強固なボス部屋の壁に叩き付けられてワンパンKOされていた。
これで一件落着かと思われたが、最後にまだデカい問題が飛び出てきて流石のフレイヤもいい加減にしてくれと言ったような顔をしていたが、シリウスの後に出した別の魔導兵装を用いることで即殺していた。
ちなみに、新しく飛び出てきた問題は深層モンスターで、思わぬところでフレイヤの魔導兵装は深層モンスターにも有効だということが証明された。
「えぇ……」
『これでも、フレイヤ様の持つ兵装の中では威力が低い方だと配信内でおっしゃってはいましたが、まさかそれ以上の兵装があそこまで威力があるとは演算できませんでした』
「しかも何、最後のやつ。結構余裕で深層のモンスター倒しちゃってるじゃん。……今度フレイヤさん深層探索に連れて行こうかな」
『きっと今回で自信が付いたでしょうから、二つ返事で了承してくれるかもしれないですね』
「だといいけど」
ツウィーターの方はどうなっているのだろうかとアプリを開くと、やはりトレンドには全てフレイヤ関連のワードが入っており、一位から十位を独占している。
現在の一位は『ブラッククロス解散』だが、フレイヤが配信している時間帯だったらその座には彼女の名前か、あのイカれた性能の魔導兵装の名前が入っていたかもしれない。
フレイヤはすでに美琴のクランに所属しており、活動場所は違うが呼べばきっと来てくれるだろう。
流石にまだ何も判明していない新宿ダンジョンの深層に行くと、世界中のギルドやダンジョン関連企業が大騒ぎして行けないので、行くとしても世田谷しか選択肢がない。
行くとしたらいつがいいだろうかと考えていると、スマホにフレイヤの方から着信が入る。
「もしもし? どうしたのフレイヤさん」
『も、もしもし、美琴さん? その、助けてほしいのですが……』
電話に出ると、ものすごく困惑したような声で助けを求めてくるフレイヤ。
何があったのかと話を詳しく聞くと、今彼女が抱えている悩みはかつて美琴が通ったものだった。
♢
「はい、というわけで、昨日部屋でぼーっとしてたら助けを求められて急遽やってきました、美琴です」
「本当にすみません……。この状況、どうしたらいいのか分からなくなってしまいまして……」
翌日。
フレイヤは昨日あんなことをやったにもかかわらず、いつも通り配信をするとのことだったのでヘルプに呼ばれ、突発ゲリラコラボ配信となった。
フレイヤが昨日美琴に頼んだ助けとは、マラブの権能による予言によって事前に知らされていたブラッククロスの末路を、フレイヤが叶えてしまったことによる視聴者の爆発的大増加だ。
深層攻略の時にマラブの残した予言により、あのクランの行く末が日本全国で注目を浴びており、その予言の中で言われていた女子高生がフレイヤだと分かってからは、彼女の方にもすさまじい注目が向いていた。
それが昨日、遂にあの予言を完全に的中させてしまったこともあって、それはもうお祭り騒ぎ。
まだ配信を始めたばかりだというのに、視聴者の数はどんどん増えて行き、美琴も一緒にいるということもあるからか既に七百万人を突破している。
いくら頭がよく、非常識レベルで火力がぶっ壊れている魔導兵装を大量に抱えているフレイヤでも、配信を始めたばかりの新人なのだ。
ある程度初配信からとてつもない数の視聴者が来ることが確定している、バーチャルアワーチューバーの有名な二大事務所と違い、フレイヤは始めた頃は完全に個人。
今でこそ美琴のクランに所属しているので、クラン所属の探索者兼配信者と名乗っているが、それでも始めたばかりの頃は視聴者の数は多くても二桁かそこいらだった。
それが一回目の黒原仁輔ボコ事件をきっかけに大爆発し、熱が冷める前に再び燃料が投下された。
つまり、美琴のように大バズりの熱が冷める前に更なる燃料を大量投下したような状態なのだ。
美琴はこの状況を経験している先輩配信者なので、助けてほしいと連絡した来たのだ。
「えー……皆さん、昨日は本当に色々とお騒がせしました……」
”全然! むしろ超すっきりした”
”最初はあんなバカでかい撒き餌を三つも使われたから焦ったけど、冷静に考えるとフレイヤちゃんだし”
”長いこと放置されていた、日本の探索者業界の膿の一つを排除してくれてありがとう!”
”これ以上ないくらいスカッとしたわ”
”これで名実ともに、夢想の雷霆が日本三大クランに仲間入りを果たしたね”
”元々一瞬で三大クランに入り込んでたけどな”
”あの腐れマスターは意地でも、三大クラン最恐は自分のものだってツウィーターで大騒ぎしていたみたいだけど”
”情けねぇwwwwww”
”最強クランのマスターは超美少女JKで、三大クラン入りを確定させたのも超美人JK。もう最高っすね”
”¥50000:とりあえず、あの腐ったごみを捨ててくれたお礼のスパチャを(゜∀゜*)ノ ⌒ ゜ ポィッ”
”¥50000:これでもう、心置きなくフレイヤちゃんも新宿ダンジョンで暴れられるね! これは魔導兵装開発資金です”
”¥50000:くそ! どうしてアワーチューブは、一度に投げられるスパチャを五万円にしたんだ! こんなんじゃ感謝の気持ちを表しきれないじゃまいか!”
「あの、いきなり限度額スパチャ投げないでもらえませんか!? いきなりそんなの貰ったらどう反応すればいいか……ですからやめてくださいってば!?」
次々と投げられる赤スパ達に、フレイヤが目を白黒させて慌てる。
実に初々しい反応だなと、微笑ましそうに眺める。
「み、美琴さん! どうしたら彼らを止められますか!?」
「……ようこそ、こちら側の世界へ」
「美琴さん!?」
こういう時の視聴者達のノリは止められないことはとっくに身を以て経験しているので、時間はかかるだろうがそのうち慣れるだろうと、にこりと笑みを浮かべる。
数分してからやっと真っ赤に染まっていたコメント欄が落ち着きを取り戻し、ちらほらと青や黄色、オレンジのスパチャが混じるくらいになった。
「えっと、今更ですけど今日美琴さんに来てもらった理由は、大部分はこうなった時どうすればいいのか分からないからだったので、何もしてくれないと分かった以上どうしようか割と悩みます」
「何もしないんじゃなくて、何もできないの。こうなった視聴者は止められないから、慣れて行こうね」
「あんなのに慣れて行ってほしいとは言われても、できる気がしないのですが」
「私もそう思っていたんだけど、時間の流れって不思議よね。何回も同じようなことをされながら月単位で時間が過ぎると、不思議と慣れてくるものなの。そりゃ、いきなり限度額をぽんと全力投球されると驚くけど」
美琴も配信をしているので、フレイヤの配信の赤スパ爆撃の余波を食らって同じように赤スパ爆撃を食らっていたが、最近ではもう無理をするなという気持ちの方が強くなってきた。
今でも心臓に悪いのは、コメントを一文字も書かずに送ってくる無言赤スパだが、それは滅多にないので来ない限りは気にしないようにしている。
「とりあえず、フレイヤさんは今日普通に下層まで行く予定なの?」
既にダンジョンの中にいるので、二人の会話の声に寄ってきたモンスターを小さい稲魂で瞬殺しながら、今日の予定を聞く。
「はい。できれば最深域まで行きたいんですけど、それだと美琴さんの帰りが少し遅くなってしまいますよね」
「別に平気よ? 暗くなっても平気だし、仮に帰り道に不審者に襲われても返り討ちにすることくらい簡単だし」
「あなたの影響力を考えて、襲ってくる人はなかなかいないと思うんですけどね」
「そう思うでしょ? 今でもギルドの方に行くと、本当にたまにだけどセクハラしてくる男性探索者っているからね。こんな格好している私が悪いんでしょうけど」
「自覚あるなら直しましょうよ。それよりも性能のいいアーマー型魔導兵装とか作れますよ?」
「あまり硬いものだと体を動かしづらいのよね。慣れるまでは恥ずかしかったけど、この着物の性能は高いしデザインはいいからね。丈とかそういうのはともかく」
きっとフレイヤの言うアーマー型魔導兵装を受け取れば、今よりも身体能力などが大幅に上昇するだろうが、今のところそれがなくても十分オーバーパワーなので必要ない。
深層の先にあるとされている深淵層や奈落層、そしてその更に先にある無間層とかまで行けば、そういったものに頼ったほうがいいのかもしれないが、それらはあくまで都市伝説に過ぎないので今は何とも言えない。
「それじゃ、今日は下層まで行きましょう。行けるんだったら深層とかも行ってみたいけど、ノリで行ったら後でギルドの方から何か言われそうだし」
「そうですね。あ、でしたら、次また深層攻略配信をする時、私も一緒に行っていいですか? 図らずとも、私の兵装が深層モンスターにも有効だと分かったので」
「自分から言ってきた……。いいわよ、じゃあ次の土曜日に行きましょう。深層はいいわよ。下層までと違って超広々としていて、結構激しく動き回れるから」
「そんなセリフを言えるのって、世界広しと言えど美琴さんだけですね」
「そのうちフレイヤさんも言うようになるわよ」
できればそんなことを言うようにはなりたくないなと、苦笑を浮かべるフレイヤ。
そんな軽口を叩き合いながら、緩い雰囲気で攻略を開始しようと歩き始める。
そして十数分後には、揃って中層に足を踏み入れるという爆速で上層を踏破していた。




