表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/186

127話 Side フルフル

「雷電美琴に強い怒りと憎しみ、劣等感を抱いている猪原は、本体が雑魚過ぎて大した力を発揮することができなかった……。産土神信仰で生まれた神獣であるこの国の龍は、猪原よりも能力を使いこなせていたけど、神獣とはいえど怪異の一種であるという点から敵わなかった……。雷電美琴に猪原以上に怒りと憎しみを抱いていた雷門鳴海は、今までで一番いい出来だった。あの一族の狂った掟のおかげで、彼女に与えた能力は際限なく高まり続けた。でも、それでも届かなかった……。ど、どど、ど、どうしよう……!? 配信でも怒っているって言ってたし、もし対面したら殺される……!」


 電気の点いておらず、空気清浄機とデスクトップパソコンの冷却ファンの音がやけに大きく暗い部屋の中で、病的なまでに体が細い掠れた声をしている女性が、椅子の上で膝を抱え体を震わせながら呟く。

 その正体は、魔神フルフル。三度にわたる、美琴を襲撃した黒い雷持ちの眷属を生み出した元凶で、今最も美琴の怒りが向けられている存在だ。


 美琴の使う権能によって作られる紫電は、例えモニター越しでも魔神であればバアルゼブルのものであると判別できる。

 現代に覚醒した魔神達は、どんな形であれその姿を見ることができれば、どの魔神なのか分かるのだ。

 その能力のおかげでフルフルは、ネット上で大拡散された美琴がスタンピードをソロ殲滅した動画を観た瞬間から、彼女が最強の魔神バアルゼブルであることを理解し、長らく記憶の奥底に封印していた強烈なトラウマが蘇った。


 せっかく魔神時代よりも便利な世の中になって、人間嫌いは変わらずだが外に出なくても衣服や食事、時には性欲や己の欲求を解消することだってできるようになって現代を最高に楽しんでいたのに、よりにもよって最強も蘇っていたと知って純粋に楽しめなくなってしまった。


 一歩でも外に出たら、あの最強と出会うかもしれない。もしあの最強と鉢合わせたら、きっと歩くことも呼吸することすらできなくなって、その場にへたり込むか気絶するだろう。

 そう思うと夜も眠ることができなくて、美味しくて仕方ないはずの現代の食事も、己の体を自分で慰めて得られる、頭が真っ白になる快楽すらも、楽しめなくなってしまった。


 幸い、会社勤めではなく部屋に引きこもってできる、商業アダルト漫画を描いてそれなりに利益を叩き出しているので、満員電車に乗ることも嫌味な上司から怒鳴られることもない。

 毎日それらを味わっている人よりかはストレスがないはずなのに、たった一人、バアルゼブルの力を覚醒させた人物が外にいると思うと、この世界で最もストレスを感じていると感じてしまう。


 おかげで食事も喉を通らないから体はがりがりに痩せて、強すぎるストレスで明るい茶色だったセミロングの髪の毛は真っ白になってしまった。

 睡眠もろくに取れないから目の下のくまは酷く、肌は色白を通り越して青白くなって荒れている。


「ど、どうにかしてバアルゼブルを排除しようとしたら、尽くを返り討ちにされるどころか、彼女の怒りがこっちに向いた……。ボクはどうして、触れてはいけない雷神の逆鱗に触れてしまったんだろう……」


 がたがたと体を震わせ、焦点が合っていない双眸も同じように激しく揺れて、滂沱の涙が流れている。

 魔神時代、ちょっと放置するだけで蛆のように大繁殖して、寿命は百年持てば長い程度でありながら、時々その中からバグみたいな力を持った存在が出てくる人が気持ち悪くて大嫌いだった。

 なので間引くことも含めて人間同士の大戦争を引き起こそうと引っ掻き回し、ついでに味方同士でも疑心暗鬼にさせることで、最終的に両陣営ともに壊滅するように仕向けた。


 目論見通りちょっと相手側に疑惑を抱かせるだけで、あっという間に他の国を巻き込んだ大戦争にまで発展したし、ちょっとそれぞれの陣営の人間に紛れ込んで味方を殺して回れば、すぐに自分の陣営を疑い始めた。

 感情を有して言葉を操り、獣よりも脆弱でありながら食物連鎖の頂点に立つことができる知性を持っているからこそ、少しでも疑わしいのが出てくるとすぐに他も疑い始める。

 それが堪らなくおかしくて、堪らなく愚かすぎて、戦争しながら内戦迄勃発した時はもう笑い転げて涙を流し、そのまま笑い死ぬかと思ったほどだ。


 もっとそういうのを見たいといろんな国に行って同じことをやってきたのだが、最悪なことにバアルゼブルを信仰している国に手を出してしまい、それに怒ったバアルゼブルがブチ切れてぼこぼこにされた。

 その後、それがトラウマになって引きこもりがちになり、魔神時代最後の百年で意見の食い違いがきっかけとなり、人間に友好的、あるいは人間を理由を問わずに好いている穏健派三十六柱と、人間を嫌悪し滅ぼすべきと考えている殲滅派三十六柱に分かれ魔神大戦が勃発した。フルフルは人類滅ぶべしと考えていたため、殲滅派に加わった。

 途中で魔神より上位の存在である、神の命令によってやって来た天使から渡された指輪を用いたソロモン王が七十二柱の魔神の統率者となり、最後は決着が着かないままソロモンによって封印されるという結末を迎えている。


「どうしよう……本当にどうしよう……! ボクはまだ、こんなに素晴らしい世界を堪能しきっていないのに、死にたくなんてないよ……! そ、そうだ……! 心を一度落ち着かせよう……! こういう時は、ネット掲示板に行くに限る……!」


 すっかりネットの住人と成り果ててしまい、小物臭溢れるようになってしまったフルフル。かつては魔神として恐れられていたというのに、もはや見る影もない。

 震える指でカチャカチャとキーボードを打ち込み、マウスを操作して行きつけのネット掲示板に行く。

 ここが心のオアシスだと表情を緩めるが、その掲示板は話題性の順で上から表示されて行く仕様となっており、真っ先に目に飛び込んで来たスレッドのタイトルを見て固まる。


「嘘……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!?!?!?!?!?!?」


 ぐりぐりとマウスホイールを回してスクロールしまくっても、どこまでも続く似たタイトルの付いたスレッド達。

 本来ならば恐怖されてしかるべきだというのに、誰よりも目を引く美しすぎる容姿と、時折見せるその姿から感じる大人で清楚でクールな美少女という印象から真逆のぽんこつのおかげで、恐れられるどころか可愛いという文字で埋め尽くされている。


「ついに……バアルゼブルに……雷電美琴に……ボクの心のオアシスすら奪われてしまった……」


 ガクゥ、と肩を落としてぼたぼたと涙を流すフルフル。

 暗い部屋の唯一の光源であるパソコンのモニターには行きつけの掲示板が表示されており、映っているスレッドタイトルには全て美琴の名前が入っている。


「ボクの世界……ボクの部屋の中では、彼女の名前なんて見たくもないのに……」


 この世の全てに絶望したかのような表情を浮かべ、虚ろになった瞳で天井を見上げるフルフル。

 だが、そうして考えること数分。ピクリと体を震わせて、がばっとモニターに向きなおる。


「今、何かとても重要なものを見つけたような気がする」


 ぐりぐりとマウスホイールを回して上にスクロールしていき、見つける。

 スレッドのタイトルは、「【善性の美琴ちゃん】美琴ちゃんの今の強さって、もしかしてマラブさんがいる全盛期の半分なのかな【なら悪性は?】」だった。


 美琴という存在が現れて、宿す権能がバアルゼブルの雷の権能であることが広く知られてから、見られるようになったスレッドタイトル。

 アモン戦の時に、アモンが美琴の権能というより復活した魔神としての部分は善性だと明言している。

 わざわざ善性だと言ったのだから、悪性の部分もあるよねということでネット上で一時期ものすごく話題になり、現在でも掲示板では人気の議論だ。


「そうだ……。バアルゼブルは、今のバアルゼブルは、豊穣の神としての側面しかない。それだけでも十分化け物クラスに強いんだけど……悪性部分、つまり悪魔として恐れられることで得た負の側面はない」


 ぶつぶつと呟きながら、スレッドを開かずにタイトルだけを凝視する。


「信仰されることで得られる力は強い。事実、世界最大の宗教の唯一神は、ボク達が束になっても勝てないくらい強い。実際、バアルゼブルはウガリット神話の主神として崇められていたし、それだけでも全ての魔神の中でも突出した強さを持っていた。そこに力の変換効率が高い恐怖心や畏怖が加われば、より強くなる」


 あまりにも一方的に、ワンサイドゲームという言葉でも生ぬるい程叩きのめされたトラウマが蘇っていたため頭が回っていなかったが、現在のバアルゼブルは神話の主神としての側面の力しかない。


「どれだけ劣勢になっても、神性を開放していない。いや違う。していないんじゃなくて、できないんだ。完全に覚醒しきっていない完全な証拠。つまり……今のバアルゼブルは、全盛期の約四分の一強程度の強さしかない。」


 その結論を口に出すと、体と心を蝕んでいた恐怖心が嘘のように消えて行った。

 豊穣の神としても完全に覚醒しきっていない。神性の解放をせずにアモンを倒せている時点で、フルフルとの実力差は歴然だ。

 だが、完全に覚醒できていないのなら、彼女の雷神としての力の増加は完全に打ち止めだ。


 あの諸願七雷とか言う、元は人間がかけた封印術だったくせに完全に開放されてからは権能の強化に回るとかいうバグがあるし、人間の部分がしっかり残っているから人間の美琴の願いを叶えるため、現人神の美琴がそれに応えるように力を増加させることもできる。

 しかし、所詮は人間一人の願いの力だ。その力の増加具合は目を瞠るものはあるし、真打まで取り出されると勝ち目はより薄くなる。

 それでも、人々から向けられる信仰心を力に変換させることができていない以上、真打を出した状態が今の美琴の限界値だ。


「ふ、ふふふ……あっはははははははは!!!」


 なんて単純なことを見落としていたのだろうかと、フルフルは狂ったように笑う。

 アモンほど戦闘狂ではないし、ベリアルほど戦闘に優れているわけでもない。

 フェニックスのように不死身ではないし、バラムのように無限に分岐する未来を見て最適解を選ぶこともできない。


 実力的に言えば圧倒的に不利だが、たった一つ、殺されたアモンとは違って優位に立つことができる手札を有している。

 これは、確実に美琴の精神を追い詰めて、酷すぎるワンサイドゲームをさせることができなくなる、美琴特攻の切り札だ。


「これで……ついに……! ボクはあの怪物の恐怖の束縛から抜け出せる……! そうすることでボクは……! 何にも怯えることなく自由に! この素晴らしい現代を謳歌することができる!」


 フルフルの目には、恐怖など微塵も宿っていなかった。

 かつての魔神時代、ボコられる以前の時と同じくらい、その瞳は生気で満ち溢れており、進んだ先にある希望を見ようとしていた。


 実力の差は圧倒的だが、この手段を使えば確実にあの最強を殺せる。しかもただの最強じゃない。

 町で見かければ誰もが振り返るほどの美少女で、誰もが羨む抜群すぎるスタイルをしている美少女が、自分を倒しに来たのにその一手で全てが覆されて、地面に座り込んで怯えた目で見上げてくるのは背が高いだけの小娘となる。


 きっと、嫌だ、死にたくないと、懇願するだろうな。

 土下座までして、どんな命令でも聞くから命だけは奪わないでと必死に命乞いをして、体を震わせて涙を流すだろうな。

 もしそう懇願して来たら、どう彼女の尊厳をズタズタに引き裂いて、穢れを知らないであろうあの体を汚して、心を徹底的に叩き折ろう。

 次の日も、そのまた次の日も、そしてそのまた次の日も、嫌悪感を抱かせる醜い性欲を持て余した獣の相手をさせ続けて、殺してと懇願しても殺さずにとにかく人としての、女としての全てを踏みにじってやろう。

 神血縛誓を使って心臓と頭を潰されない限り死ねないように縛り、じっくりと、時間をかけて足先から細切れにしながら殺してやろう。


「あぁ……! 一体どんな悲鳴を、絶望の表情を見せてくれるのだろう……! 想像するだけで、使い道のないボクの子宮が強く疼く……!」


 息を荒くし、頬を上気させて体をくねらせる。

 そうと決まれば、まずはろくにしていなかった食事を済ませようと、スマホを手に取ってお気に入りの黄色い文字が目印のファストフード店のビッグサイズバーガーのセットを注文する。

 届くまでにはそれなりに時間がかかるので、その間に睡眠以外のもう一つの欲求を解消しようと、後ろにあるベッドにダイブする。


 美琴のあの端正な顔が、性欲の獣に穢されて感じたくもない快楽で歪み、その後の迫りくる死の恐怖から絶望の表情を貼り付けながらも生に執着し、じっくり殺されて行くのを妄想し、高ぶりを慰める。

 パソコンのモニターだけが唯一の光源である暗い部屋の中からは、久しぶりに何にも怯えることなく快楽を貪るフルフルの嬌声が、微かに外に漏れる。

 そのように一人で乱れているフルフルの声に、部屋の前に立っているフードを深くかぶった少女が、すとんと感情をなくしたかのような顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こいつずっと自慰しかしてないな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ