126話 雷の行く先
深層で鳴海が襲撃を仕掛けて来てから三日が過ぎた。
この三日間、世間の関心はずっと京都にある雷一族に向き続けている。
二千万人もの視聴者が見ている中での、鳴海の一族のダークマターもびっくりな真っ黒な闇を暴露。
美琴という雷一族宗家の長女が、ダンジョンの中で大暴れしているため多少なりとも関心は向けられていたのが、今回の件で違う意味で注目を浴びるようになった。
もちろん一族は鳴海の言ったことを否定していたが、美琴の個人的な依頼でかつての師匠であった霊華に、鳴海の戸籍がどうなっているかを確認してもらって、霊華の口から直接公表してもらった。
結果はもちろん、鳴海の言った通り彼女は病死したことになっていた。
基本的に嘘を吐かない、祓魔局局長で日本最強の呪術師、精炎仙人の異名を持つ霊華がそう言ったのだからと大勢はその情報を信じ、世田谷の雷電家以外の全ての雷一族が猛バッシングの対象となった。
ちなみに、鳴海はどうなったのかというと、マラブが権能をフルに使って彼女の暴走の原因に探りを入れた。
一族からの異常なまでの抑圧、暴力、暴言、等々。それらによる過剰なストレスによって精神が参っているところに、フルフルという七十二柱の魔神の中で最も性格が悪いサイコパスがそれに付け込んで、甘い言葉で誘い出して眷属に仕立て上げ、その影響で性格が攻撃的になってしまい、感情の制御ができなくなってあのような行動に出たことを証明した。
とはいえ何の処分もくださないわけにもいかないだろうということで、フルフルを捕まえて当人の口から全て白状させるまでの間は、ギルド職員が監視することになった。
この件に関しては美琴も触れないわけにもいかなかった。
ネット上では一方的に鳴海のことを悪く言っているのを見かけたので、普段なら口にしないようなかなり強い言葉で、彼女のことを擁護した。
どんな行動を取ったとしても、美琴にとっては数少ない友人の一人で、親戚程度ではあるが血の繋がりのある家族なのだ。
鳴海を庇うのだから、もしかしたら自分のチャンネルが炎上して、登録者などが減ったりするかもしれないと覚悟していたが、意外とそんなこともなかったのには面食らった。
「うーん……」
こんな状況でもグッズ制作を進めないといけないため、琴音の事務所に足を運んでその中にある撮影スタジオにある椅子に腰を掛けて、スマホをすいすいと操作しながら小さく唸る。
『どうなさいましたか?』
「いや、思っている以上に私が叩かれていなくてびっくりしてさ。もしかして、アイリが私の目にそういうのが映らないようにしてたりしてるんじゃないかって思って」
『普段なら、お嬢様の精神衛生上悪口やお嬢様の言いつけを守らない愚か者が描いた十八禁イラストが目に入らないように、今回の件が目に入らないようにしておりますが、今回はお嬢様がこの件についての投稿は一切隠さないようにと命令しましたから、しておりませんよ。つまるところ、予想以上に叩かれたり炎上もしていないのは、お嬢様の人徳の成したことですよ』
「それは嬉しいんだけどさ。テレビとかでははっきりと酷い言葉で鳴海のことを話していたし、配信中もフルフルによって感情の制御ができなくなって暴走していたとはいえ、やっちゃいけないことをやったわけだし、それを庇うんだから燃えるものなんじゃないの?」
『その、魔神フルフルの影響下にあった、というのが大きいでしょうね。お嬢様、アモン、マラブ様もといバラム、名前だけですがフェニックスにベリアル。これら魔神は、マラブ様の口から魔法使いを超える常識が微塵も通じない神だと言っておりますから。フルフルの影響下にあったということが、鳴海様のあの極端な行動を緩和しているのだと思われます』
いつもなら自分で行くことはない、ネット掲示板に行って鳴海のことが書かれているスレッドを覗いたのだが、そこでもツウィーターと同じように非難する声は上がっていたが、ものすごく多いというわけではなかった。
むしろぼっこぼこに叩かれていたのは、この件の元凶になった雷一族の方だった。
特に殴られていたのは雷門家で、比較対象が美琴であったこと、そして龍博と美琴以外すべての一族が頭がおかしいと言われるレベルで掟に忠実で、本人の意思関係なしに全てを奪ったことがあまりにも非人道的だとして、大量の書き込みをしていた。
一方で雷電家はというと、本当の意味での実家である京都の方も同じように酷く叩かれていて、その飛び火で世田谷に家を構えている美琴達の方にも誹謗中傷がいくつか届いたが、こんなことになるまで何もしなかったため甘んじてそれを受け入れている。
何も言い返さないことをいいことに、調子に乗った一部のマスコミがしつこく龍博と琴音の会社に鬼電を仕掛けたらしく、流石に仕事の邪魔だと本気で切れたそうだが。
美琴も登下校中に一人になる瞬間を狙っているのが丸分かりな記者がいたので、付きまとわれるのも嫌だったので昌に助けを求めている。
「厄介なことになっちゃったわよね。私もあんな時代錯誤にもほどがある人達と関わりを持ちたくなかったからずっと避けてきたわけだけど、その結果がこんなことになるなんて」
「お母さん。そっちのお仕事は終わったの?」
「まあね。これから娘の、二度目のファッションモデルの撮影なんだし、見逃すわけにはいかないでしょ」
「こんな時でも変わらずなんだね」
今日の分の仕事を終えたらしい琴音が、困ったように腕を胸の下で組みながらやって来た。
大分疲れたような顔をしているので、怒ったにもかかわらずまだ仕事中にマスコミが電話をしてきているのかもしれない。
しばらく仕事が忙しくなって帰れないそうなので、今日家に帰ったらクッキーでも焼いて、明日の帰りに事務所に寄って渡そうかと計画する。
「マラブさんからは何か聞き出せた?」
「フルフルのこと? ちょっとだけなら聞けたわよ。なんでも、バアルゼブルが全盛期の頃に、手も足も出ないくらいぼっこぼこにされてそれがトラウマになって、魔神時代の後半は大分大人しくしてたらしいわよ。なんでも、放っておけないくらいの悪行をやらかしたんだとか」
「昔の魔神達って、一体どんな生活を送っていたのよ」
マラブは他の魔神達を騙しすぎたせいで、現代になってもトップクラスの戦力を持つフェニックスとベリアルからは信用が全く獲得できていないというし、ベリアルは大噓吐きで人の血と臓物、そして死に直面した時の絶望した表情と絶叫が何よりも大好物だと教えられた。
アモンはベリアルに何度も戦いを挑んでは大地が燃え尽きて荒野になるか、ベリアルの権能の影響で全てが塵になるまで粉微塵にされるまで戦って、そんな化け物達をバアルゼブルは純粋な武力で統制していて誰も逆らえなかったという。
ぶっちゃけ話だけ聞いても全く想像も付かないし、仮にそれを見せられたとしても幻か何かだと思うかもしれない。
そしてそんな常識が全く通用しない化け物の中でも、性格もトップクラスにイカレているフルフルが、ボコられすぎてトラウマになるくらい全盛期バアルゼブルは強かったと言われても、実感が湧かない。
魔神はその名前に神が入っている通り、畏怖などを含めた信仰心がそのまま力になる。
バアルゼブルは聖書やそのほかの書籍などで、悪魔として書かれているが元はとある地域での豊穣の神である。
それもあって、豊穣の神として集めた信仰と悪魔として向けられた恐怖や畏怖という感情。それら二つが合わさることで、力の強さが序列ではない七十二柱の魔神の中で、最強の地位を欲しいままにしていたという。
「その話を聞いてさ、フルフルは計三回自分で眷属を作って美琴と戦わせたじゃない? もしかして、自分で戦うのが今でも怖いからそうしているんじゃないかって思って」
「ありえなくはないけど、三回目は一番やっちゃいけないことよ」
「同じ一族であの中では仲よくしているのを知ったうえで、それがあなたにとって一番精神的に効くって思ったんじゃないかしら。結局、美琴を本気で怒らせただけだったけど」
「けど、私以外の魔神ってみんな、神性開放ができるってマラブさんが言ってた。それができるのとできないのとで、権能の性能が雲泥の差だって」
そもそも神性開放とは何かというと、現代に蘇った魔神達は魔神の肉体ではなく人間の肉体を持っている。それはソロモンが封印する際、もし封印が解かれた時にそうなるように仕組んだものらしい。
魔神の使う権能は、到底人間の肉体が耐えられるものではない。魔神時代の権能をそのまま人間の体で使うと、あり得ない負荷がかかって一回使うだけで死んでしまうそうだ。
だが魔神達は一枚岩ではなく、アモンやベリアルのように常に殺し合いを求めている魔神もいる。
そのため、時間制限こそ付けられているが全盛期の肉体の情報を現在の肉体に一時的に上書きして、権能を百パーセント使えるようにするのが神性開放なのだという。
アモンの権能「亡者の炎」。マラブの権能、「千里の神眼」と「知者の導き」。これらの権能も、神性を開放しているのとしていないとで、その性能は明確に違ってくるそうだ。
美琴もバアルゼブルである以上、本来であれば覚醒させた時点で記憶も一緒に呼び起こされて、神性開放も使えるらしいのだが、覚醒させてから今まで一度も魔神の記憶を見た覚えがない。
どういうことだと不思議そうに首を傾げていたが、権能を使って過去を見たのか何かを察したような顔をしたので、何が原因なのかとしつこく食い下がったが頑なに教えてくれなかった。
「私に直接戦いを挑んでこない辺り、確実にフルフルは記憶を完全に呼び起こしている。だから神性開放も確実に使えるから、戦う時はかなり苦労するかもって」
「魔神との戦いねえ。マラブさんに頼んで、フェニックスとベリアルを味方にできないかしら」
「フェニックスはそもそもが戦いを好まない性格だし、ベリアルは今の器がものすごく常識的でそっちに強く影響されているから、魔神時代ほど戦闘狂じゃなくなっているのと、器となっている人には何よりも優先すべきことがあるから無理だろうってさ」
「そう……」
神血縛誓による強力な自己バフ。常時七鳴神のような状態で、性質が変化した諸願七雷による過剰な強化。
少なくともアモンとの戦いの時よりは強くなっているのだが、それでも琴音は不安なようだ。
できれば美琴も人とは戦いたくないのだが、フルフルを放置しておくと次々と関係のない人を巻き込んでくるだろうし、最悪学校の友人すら己の手駒にして向かわせてきそうだ。
肉体はアモンの時とは違って完全に人間であることはマラブの権能によって確定しているので、本気で戦うことになった場合はかなり怖いが、しかしやるしか選択肢はない。
「さて、もうこの話はおしまいよ! そろそろ撮影始めちゃいましょう」
「え、お母さんここに残るの?」
「残るも何も、私が撮影するのよ。娘の着飾った可愛い姿をカメラに納めるのは、他でもない母親であるこの私の役目よ。というわけで、そのカメラ貸して頂戴ね」
「どーりで、カメラマンさんがすっごく困った顔をしているわけね……」
娘を優遇することは変わりないようで何よりだとため息を吐きながら椅子から腰を上げて、軽く伸びをしてからライトに照らされてセットアップの完了したスタジオに向かって歩き出す。




