124話 黒雷の偽神と紫電の現人神
鳴海の胸から黒い雷が放たれ、真っすぐ美琴に向かってくる。
雷薙で払おうと構えるが、直感でこれはダメだと構えを解いて回避行動を取る。
「ゼアァ!!」
「くっ……!」
その先に鳴海が突っ込んできて、野太刀を水平に薙いでくる。
咄嗟に反応して雷薙で防ぐが、電磁加速されているのか強烈な衝撃を感じて、そのまま吹っ飛ばされる。
地面を数度転がってからその勢いを使って起き上がり、三鳴を開放。
蓄積ではなく強化を最優先して、自分を弾丸にして電磁加速して突っ込んできた鳴海を迎え撃つ。
上から振り下ろされてきた野太刀を、下から振り上げた雷薙で弾く……つもりでいたのだが、予想以上の重さに押し込まれてしまう。
先ほどと同じように、力をあえて抜くことでバランスを崩そうとするが、その動き出しを察知されて顔面に向かって蹴りを放ってきた。
後ろに回避しようにも上から強く押し込まれているので、致し方ないと雷薙に雷をまとわせてからそれを暴発させることで、無理やり引き離す。
”ちょ、美琴ちゃんが奇襲受けたとはいえちょっと後手に回ってんのやばすぎんだろ!?”
”つーかこの女の子誰!? なんで急に!?”
”美琴ちゃんが鳴海って言ってたし、美琴ちゃんのことを知ってて、二人とも顔立ちがどことなく似ているってことは、もしかして雷一族の子?”
”だとしても何でここに? そもそも、雷一族って現人神をとにかく病的なまでに信仰しているんじゃなかったっけ?”
”死ぬほど憎悪に満ちた顔してて怖い”
”それより、この鳴海って子も黒い雷使ってんですけどお!?”
”今まで二回戦ってきたけど、そのどれよりも規模がヤバいな”
”まさか、この子が今回の騒動の主犯か?”
”とにかく通報! 美琴ちゃんが危ないって!”
”通報したところで舞台が深層だから行けるわけねー!?”
つきっぱなしになっている配信のコメント欄が、混乱に満ちている。
眷属達の言う通り、雷一族は厳霊業雷命を異常なまでに崇め奉っている。
何があっても攻撃してこないし、一部のことを除いて要求を断ることも、ましてや殺意を向けることすらしない。
鳴海はかつての雷電家であった現雷門家の長女ではあるが、彼女は自分の家に生まれたことをかなり後悔しているのを知っている。
まだ京都にいた時、美琴が雷神として覚醒してしまう前までは、理由がどうであれ一緒に遊んでくれていた。
その時に、美琴は両親に恵まれていて羨ましいと何度も口にしており、帰る時間になると涙を流して帰りたくないと言うほどだった。
なのでよく彼女の家族に黙って家に泊まらせたこともあった。家に帰った後に、どんな仕打ちを受けるのかを理解せずに。
「どうして……どうしてあんたばかり恵まれているのよ!? 父親は同じ雷一族の、雷電家と雷門家の長男なのに、どうしてそこまで娘に対する態度が違うの!? どうして掟を破ってでも、他所から嫁を迎え入れることができたの!? どうして、どうして! あんただけがそんなに家族から愛されているの!?」
激しく振るわれる鳴海の持つ野太刀、雷薙と同じ初代雷神厳霊業雷命が作り上げた、一族に伝わる雷神だけが使える神器、雷断。
両親に連れられて家を出る際、一族からの猛反発を受けて置いていくことになった二つある神器の一つは、鳴海が雷を使っているにも関わらず込められている能力を全く発動させていない。
それはつまり、彼女が本物の雷神ではないことを証明している。
となると、あの雷も猪原と白雪同様に、本来の持ち主から与えられたものを意味する。
本来の能力は、雷薙と同様所有者の全ての能力の大幅な底上げともう一つ、雷薙にはない雷の蓄積と放出だ。
それを使えるのも現状美琴ただ一人であるため、雷断は刃毀れせず折れず曲がらないだけの頑丈な刀に過ぎない。
だが、刃毀れすらしないのだから普通の刀と違ってかなり大胆に使うことができる。
それを理解しているようで、体中の力を使って強烈に野太刀を叩き込んでくる。
雷薙の刃と衝突して、すさまじい音を巻き散らす。
染まり切った憎悪を抱いているためか、攻撃を仕掛けることに何のためらいもなく、一つ振るわれるごとにその威力が増していく。
「あんたも知っているでしょう!? 一族の中から雷神が生まれた時、その者は名前を奪われる! あんたの祖父母も、他の一族も全員歓喜に湧いている中、あんたの両親だけが絶望したような顔をしていた! あんたの両親だけが、あんたが覚醒したことを悲しんでいた! 雷一族千年の歴史の中で唯一、あんたの両親だけがあんたのことを心から、雷神の器ではなく自分の血を分けた娘として愛した! 千年の歴史の中で唯一! あんただけが! 親から与えられた名前を奪われずに、あの箱庭の中に捕らわれず自由に行動できている! なんであんただけが、そんなに特別扱いされるのよ!」
「っ……!」
心の、いや、魂の奥底からの叫びを受け、美琴の行動が遅れる。
ほんの一瞬体が硬直したように鈍くなり、それを狙って鳴海が突きを放ってくる。
雷鳴と共にその場から離れて草履の底を地面で削って停止するが、左の頬に小さな切り傷ができていた。
本気で殺しに来ている。頬に付けられた傷が発する熱い痛みを感じて実感し、雷薙を持っている右手が震える。
「あんたには分からないでしょうね。私のこの痛みが。知ってる? 私の両親はね、私が何でも一番を取らなきゃ容赦なく暴力を振るってくるの。運動でも勉強でも、音楽や美術、どのジャンルでも絶対に一位を取らないと許してくれない。そのくせ一位を苦労してもぎ取っても、それを取るのは当然だって褒めてくれやしない。対してあんたは、努力していないわけじゃないでしょうけど一位を取るなんて当たり前。勉強も運動も、音楽も美術も踊りすらも、必ず一位を取ってきた。その容姿だって、どこに行ったって美人だって言われてきた。一位を取れば、あんたの両親はもろ手を挙げて喜んで褒めてくれていた。他の連中もそうだった。唯一貶されていたのは、あんたが一族なら誰でも使える雷を使えなかったこと」
今でも覚えている。鳴海の体に付けられた、たくさんの痣や腫れ。
自分が宗家の娘だと言うことは早い段階から自覚していたため、龍博に話して彼女に対する暴力を雷門家の人に止めるようにしようと彼女から話を聞こうとしたが、結局最後まで話してくれなかった。
そんな理由があったのかと数年越しに知り、何もできずにいた当時の自分と今の自分に歯噛みする。
ビリッとした感触があり、四鳴まで開放して真っ向から突っ込んで来た鳴海の一撃を受け止める。
しかし受け止め切れずに後ろに押し飛ばされて、姿勢を崩したところを左下に野太刀を構えた鳴海が、強く踏み込んでくる。
咄嗟に右手を雷薙から離して、空いた右手に陰打ちを生成して逆手に持って受け止めるが、体の発条を使った薙ぎ払いを逆手で持った刀で受け止められるはずもなく、また押し飛ばされる。
鳴海の雷の使い方はかなり粗い。
それもそのはずだろう。あの雷は彼女のものじゃないし、そもそも鳴海も美琴と同じように雷を使うことができなかったから。
美琴と同じで、雷を使えない落ちこぼれ。
宗家の娘の美琴は表立って悪口を言われることもなかったが、鳴海はそうではないからかなり酷い扱いを受けていた。
きっと、何者かからあの黒い雷を扱う術を授かったのも、藁にも縋る思いだったのだろう。それさえあれば、きっと、今までのことが帳消しになるわけじゃないが、少なくとも認めてくれるようになってくれると思ったのだろう。
だが、彼女はこうして憎悪を募らせて本気で殺しに来ている。その理由に思い至り、ずきりと胸の奥が酷く痛む。
ざり、と草履の底で地面を削って止まり、追撃するように突撃してきた鳴海の薙ぎ払いを受け流す。
彼女は紛れもない人間だ。傷付けることはできるならしたくないし、返り討ちにして殺すなんてもっての外だ。
何か彼女を、傷付けずに無力化する方法はないかと模索していると、明らかに加減していることを察した鳴海が青筋を浮かべて、胸の中心から黒雷を圧縮して砲撃してくる。
「この期に及んで、私と本気で戦うつもりがないようね!? だったら、否が応でも本気を出させてやるわ!」
ぐん、と鳴海が急加速する。
繰り出す攻撃全てが電磁加速されていて、下手に受け止めるとそれだけで骨が折れてしまいそうな威力を内包している。
自分の力ではないのに、荒い部分が目立ちこそすれ、よくここまで使いこなせている。
ただその使い方は負担が大きいようで、表情が痛みに歪むのが見えた。
少しでも彼女の動きを止めるために、無理やり鍔迫り合いに持っていく。
「鳴海、その使い方は───」
「黙れ! 黙って本気を出して、そして私に殺されろ!」
強引に押し離されると、鳴海は雷断を上に掲げる。
それに呼応するように、深層上域の空が美琴の真上に生成されて行く。
あの雷雲は危険だと、同じように雷薙を上に掲げて神立の雷霆を発動。空の支配権を奪い取ろうとするが、それを狙って鳴海が自分を射出してその勢いを使って左拳を突き出してくる。
突きを回避して通り過ぎて行こうとする鳴海の首を目がけて、刃が当たらないように柄で殴ろうと振り下ろすが、かなり無茶な方向転換をして雷薙を弾き上げる。
そのまま袈裟懸けに振り下ろしてきたので、半歩下がってギリギリで回避して、雷薙を長く持って柄に雷をまとわせ、側頭部を狙って振るう。
しかし、やはり自分の見知った相手を傷付けたくないという意識が強くあるからか、当たる直前で急速に速度が落ちていくのが自分でも分かった。
それが気に食わない鳴海が舌打ちをして、雷薙を下に叩き落してから柄の上を滑らせるように野太刀を振るってくる。
足を大きく開いて下に回避し、体を回転させて足払いで足を刈って転ばせ、身動きが取れないように関節を極めるが、空の支配が疎かになっていたため、鳴海の作った黒雲から雷が落ちてくる。
自身を巻き込んでの一撃だったので、落ちてくる前に鳴海ごとそこから離れ、抵抗されて分かれて二人は地面を転がる。
腕の力だけで飛びあがって着地すると、鳴海は転がった勢いを使って立ち上がる。
「私は! ただ一度だけでいいから家族に認めてもらいたいだけだった! たった一回だけでいいから、すごいって、よく頑張ったって、褒めてもらいたいだけだった! その一心で私はこの雷の力を授かって、ようやく能無しや落ちこぼれって言われずに、痛い思いをせずに済むって思った! なのに、今度は私のことを娘とすら見なくなった!」
高まり続ける怒りと憎悪に呼応するように、強大な黒雷が鳴海の華奢な体から放出される。
ほぼ暴走状態にあるようだが、今の鳴海にとってそんなのはどうでもいいことなのだろう。
ついに雷鳴を轟かせながら踏み込んで来て、体の発条を存分に使った鋭い一閃を首目がけて振るってくる。
雷薙を振り上げて弾き、靭帯を斬って動けなくしようと鋭く振るうが、なおも働く傷付けたくないという思いから速度がいまいち乗らず、全て捌かれる。
一方で鳴海は、どんどん増していく殺気をぶつけながら雷断を振るい、その速度と鋭さが増していく。
速度や威力だけで言えばアモンの方がずっと上だが、技のキレは鳴海の方が上だ。
細かい駆け引きや合間に挟み込んでいるカウンター。先読みから誘導。美琴も普段から意識せずに使っている、超実戦向きの武術。
美琴は常に後手に回り続けており、鳴海の行動よりも速く動いて状況を打破しようにも、それすら先読みされてまた後手に回ってしまう。
上から振り下ろされた野太刀を、袈裟懸けに振り下ろした雷薙で迎撃し、左からの薙ぎ払いを柄で受け止め、引き戻した野太刀から繰り出される突きを横に跳ぶことで回避する。
「分かっているでしょうけど、この力は厳霊業雷命のものじゃない! なのに、空を支配することができる雷神の力だって知った途端、バカな連中は私のことを現人神だと言って騒いだ! そのすぐ後に、私は事故で死んだことにさせられて、私はまだ生きているのに勝手に葬式まで開かれた! 友達だってたくさんできて、冬休みに入ったらスキーに行こうって約束していたのに!! 好きな人だってできて、やっとの思いで告白してクリスマスを一緒に過ごそうって約束したのに!!! 全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部!!!!!!! 何もかもを奪われた!!!!!!!!!」
強引に雷断の刀身に黒雷を収束させて、圧縮したそれを斬撃として飛ばしてくる。
少しだけ後ろの四つの一つ巴紋に蓄積されている雷を取り出して圧縮し、同じように斬撃を放って迎撃する。
二人の間で衝突し、すさまじい轟音を立てて炸裂して紫電と黒雷を辺りに巻き散らし、破壊の跡を深く刻む。
もうもうと立ち上がる土煙を吹き飛ばしながら鳴海が突っ込んできて、再度鍔迫り合いに持ち込まれる。
彼女の憎悪に染まり切った瞳からは、滂沱の涙が流れていた。
雷一族の中から現人神が生まれた場合、その者は名前を奪われて人の名を名乗ることを強制的に禁止され、老いて死ぬか自死か病死するまでの一生涯、自分自身でも厳霊業雷命を名乗り続けなければいけない。
普通の一族であれば、現人神になれることは最大の幸福であるため何の抵抗はない。千年の歴史の中で見ても、龍博のように自分の娘を神にしたくないと考える者は少ない。というか、確か龍博が初だったはずだ。
九年前に百鬼夜行で覚醒し雷神となり、両親を除いた一族は全員、数百年ぶりに雷神が生まれたと大歓喜した。
本来ならこの時点で美琴は両親から与えられた「雷電美琴」という名前を奪われ、人として生きているという情報があっては困るため、本人の意思に関係なく死亡届を出される。
そして生きているのに葬式を開かれ、生前の友人などを招いて遺体のない空弔いを行うことで、覚醒した人物を外界と隔絶する。
九年前、もし両親が他の一族と同じような人物であれば、あの時美琴は生きながらにして死んでいた。
だが龍博が自分で選んだ妻である琴音との間に、七年間望み続けてやっと授かった美琴を何があっても失いたくないという一心で、千年続いた一族の掟を捻じ曲げた。
だから今の美琴がいる。世田谷に逃げてきて、小学校から中学、高校と順調に進んでいき、友達もたくさんできた。
普通の女の子として生活できていた。そしてそれが、当たり前だと思っていた。
そんな当たり前を、鳴海は奪われた。
一族の証でもある紫電ではなく、黒雷だというのに、空を支配して雷を落とすという権能が一部被っているだけで現人神認定し、本来なら美琴が受けるはずだった理不尽が彼女に降りかかってしまった。
「私は死んでなんかいない!! 私は生きているんだ!! それをくだらない空弔いに来た私の友達と恋人に言いたかったのに!! 神の力を抑え込む封神結界が張られた部屋に押し込まれて、全てが終わるまで外に出ることすらできなかった!! 私は生きているのに!!! 友達と恋人は空っぽの棺の前で涙を流した!!!」
「が、ぁ……!?」
怒号のように叫びながら、鳴海がみぞおちに膝蹴りを叩き込んで来た。
強く鈍い痛みを感じ、息が一瞬できなくなる。
ぐらりと姿勢を崩しそうになるが気合と根性で耐えて、左手から雷を放って牽制する。
「全部!!!!!! 一族の責任から!!!!!!! あのバカみたいに時代遅れて封鎖的な掟から逃げたあんたのせいよ!!!!!!! あんたが大人しく、この理不尽に縛られていればこんなことにはならなかった!!!!!!!」
鳴海の言う通りだ。全て、自分のせいだ。
自分が理不尽の犠牲になることを、自分の心を殺して耐えていれば、鳴海は普通の女の子として暮らせていただろう。
自分を殺して耐えていれば、友達と遊びに行くことも、恋人と幸せなひと時を過ごすこともできたはずだ。
こんな大勢に観られる配信者になるまでは、やっていることは普通ではない自覚はあるが、それを無視すれば鳴海と同じように女子高生を全力で謳歌していた。
クラスの仲のいい女子と喫茶店に行ったり、目的もなくぶらぶらと町を歩いている時に昌に拉致られてカラオケに連行されたり、一人で大きなデパートに行ってショッピングを楽しんだりと、青春を楽しんでいる。
もしそれらが、親族の勝手な行動で全て奪われてしまったらと思うと、胸が締め付けられる。
美琴は鳴海の立場にいない。もし自分がそうだったらと考えてほんの少しだけ理解することはできても、全てを理解することはできない。
だが、ただ一つはっきりといえることは、あんな時代遅れにもほどがあるくそったれな掟があるからって、人の人生を奪っていい理由には絶対にならないということだ。
だから───
「私が、あなたを救って見せる」
ただその願いで心が満たされ、背後に煌々と輝く七つの一つ巴紋が現れる。




