121話 龍の名は
フレイヤ達とのコラボ配信の翌日。
美琴は灯里を誘って、分厚くて超ふわふわなリコッタパンケーキが美味しいと女性の間で人気な喫茶店に来ている。
「どうしましょうかこれ」
「どうしようかしらねえ」
たっぷりミルクのカフェオレを飲んでいた灯里が、左に目線を向けながら言い、美琴も喫茶店のオリジナルブレンドコーヒーを片手に、灯里と同じ方に目を向ける。
周りからは異常なまでに視線が集中している。
ひそひそと聞こえる声は、大半が美琴や灯里に関するものだが、その中には二人が視線を向けて少し困っている原因のものもある。
『ギルドの方で精密な検査などを行った結果、これは紛れもない本物の龍だと判明したのですよね』
「そうなのよ。しかもただの龍じゃなくて、そこの土地の土地神様として崇められている産土神信仰で生まれたもので、ただの龍じゃなくて龍神だってさ」
『今は灯里様のペットのようになっておりますが』
「なんで灯里ちゃんに懐いたのかしらね」
「な、なんででしょうね?」
テーブルの上に乗っている、ミニサイズになった白い龍。
それは、灯里と美琴がパンケーキを食べているところを凝視していたので、少しいたたまれなくなったため追加注文したミニパンケーキを、美味しそうに食べている。
味覚があるのかどうかは分からないが、食べるたびに体をうにょうにょと動かしているので、多分美味しさを感じているのだろう。
『あの戦いで止めを刺したのはお嬢様ですし、ゲームや漫画など、そういった創作物ではお嬢様の味方になる流れですが』
「現実、そんなうまいこと行かないでしょ」
『創作物よりも奇抜なものがわらわら出てくる世の中なのにですか?』
「……」
何も言い返せない。
「灯里ちゃん、それに懐かれてから何か体調に変化とかある?」
「昨日の今日ですので、まだ何とも。あ、でも、なんとなくなんですけど魔力の回復が早いように感じるんです」
「魔力の回復が?」
「はい。美琴さんは、術師がどうやって魔力や呪力を回復させるのかは知っていますよね?」
「かじった程度だけどね」
魔術師も呪術師も、呼吸することで大気に溢れる大魔を取り込み、心臓の魔力・呪力刻印に蓄積させていく。
この時点では魔力でも呪力でもないが、使用する際に負の感情を使うことで変化して術が使えるようにするため、変換前の状態でも回復したという表現をする。
呼吸は人間に限らず、生き物である以上絶対に行う。なので、それぞれに存在している特殊な呼吸法なんてものをしなくても、普通に生活しているだけでも回復する。
ただしその場合、それなりの時間がかかってしまう。貯蓄できる量によって大体変わるが、灯里の場合は全て使い切った状態から全快するまでに、普通に呼吸するだけだと半日もかかるらしい。
昨日のコラボ配信の時は、下層を進んでいたこともあって灯里はかなり大規模で強力な魔術を連発しており、何回も休憩を挟んで回復に専念させていた。
それでも終わるころには体力も魔力もほぼ使い切ってしまい、少し辛そうにしていた。
「大体なんですけど、あの時間から呼吸法を使わずに全快に持っていくなら大体十二時間はかかるはずなんですけど、昨日は十時間と少し早かったんです」
「それでも十時間だと、誤差にも感じちゃうわね」
「実際誤差ですから。息を吸う量だって、毎回同じじゃありませんし。走ったりすれば大きく呼吸しますし、そうすればその分多く大魔を取り込むことになりますから」
『となると、その龍がいるからと言って、魔力の回復が早まっているわけではないわけですね』
「龍神だっていうから、近くにいる人には何か恩恵があるものだと思っていたけど、予想が外れたかしらね」
満足したのか。ふわりと浮かび上がって灯里の頭の上に乗って丸くなる。
あの時戦っていた時のような威圧感や恐ろしさというのは感じず、今はただ龍神という言葉が当てはまりそうな神聖さを感じる。
感じるのだが、庇護欲掻き立てられる可愛さの灯里と一緒にいるからか、どうにも彼女のペットという認識になってしまう。
『ギルドの職員も、どうして灯里様にそこまで懐いているのか不思議がっていましたね。手元に置いておきたいと言った瞬間、逃げるように灯里様の方にすっ飛んできた時は、思わず笑いそうになってしまいました』
「AIが何を言っているのよ。言わんとしていることは分かるけど」
検査の後は、どうにかして捕まえようとする職員たちの間をするするとすり抜けながら龍が飛んで戻ってきて、丁度近くにいたので美琴に捕まえてほしいと頼まれたので捕まえようとしたら、指を噛まれた。
幸い噛まれはしたのだが全く痛くなくて、歯が当たった部分が少しだけ赤く跡が付いたくらいで、その赤身も数分したら消えた。
とにかく龍は灯里にだけ極端に懐いており、それ以外には触れようとしたりしつこく追いかけまわすと敵愾心を向けられる。
ここまで小さくなれば何もできないだろうという推測、そして灯里には非常に懐いており、職員の前で灯里の指示には渋々といった様子ではあったが従っていたこともあり、ギルドにて龍は灯里の使い魔ということになった。
ただし、どれだけ小さくなっても存在そのものは龍神と人間よりはるかに上の存在なので、龍が灯里の使い魔になると言うより灯里が龍の眷属のような何かになっていると言った方が正確かもしれない。
もっとも、龍が灯里と契約を交わしているのかどうかすら分からないが。
「これからそれも私達の行動に加わるんだし、名前とか付けたほうが今後やりやすいんじゃないかしら」
「そうですね。でも名前ですか……。私、名付けするの苦手な方なんですよね。ゲームする時とかも、色々悩んだ結果結局自分の名前にしますし」
「私もあまり得意な方じゃないのよね」
『その癖ご自身の技のネーミングセンスは中々いいと思いますが』
「雷の他の呼び方とかを調べてそのまま付けているだけよ。諸願七雷だって、お父さんが封印した時に付けたものだし」
アイリも美琴が付けたのではなく、龍博がアイリの正式名称の|人工知能《Artificial Intelligence》|高適応個体《Labile Individua》の頭文字A.I.L.Iから取って名付けたものだ。
美琴は自分のネーミングセンスが高いとは思っていない。
暇潰しなどは読書が映画鑑賞で済ませていることもあって、ゲームは基本やらないしあまり興味を持たない。
せいぜいやったことのあるゲームといったら、ゲームセンターにある音ゲーやエアーホッケーくらいだ。
なので何かに名前を付けると言うことは今までほとんどやってきておらず、自分のネーミングセンスがどのようなものなのか、把握できていたいのだ。
「白い龍で、ちっちゃい龍神……。何がいいかしらね」
「お母さん達は白いから、白ちゃんって昨日は呼んでいました」
見た目をそのまま名前にするのは、悩んでいる時には非常に手っ取り早く楽な方法だが、灯里の頭の上にいる龍はそう呼ばれることはあまり好きじゃないようで、くねくね動いて灯里の髪を少し乱す。
「私としても、そんな安直な名前にしたくないので、白い見た目の龍の逸話とかいろいろ調べたんですけど、全然見つからなくて」
「能力とかが分かれば、それにちなんで付けられそうなんだけどね。雷は多分、猪原進さんと同じ方法で与えられたものだろうから、黒とか雷にちなんだものは付けられないだろうし」
うーんと頭を捻りながら、少しぬるくなったコーヒーを一口飲むと、龍がふわりと浮き上がってテーブルの真ん中に来て、そこでくるくると回り始める。
一体何をしているんだと見つめていると、円を描きながら回っている場所に少しずつ白いものが形成されて行く。
それはじわじわと大きくなっていき、回るのをやめて灯里の方に戻る時には小さくて可愛い雪だるまができていた。
「雪だるま? あなたは、雪を使うの?」
灯里が自分の顔の前で、見てと言わんばかりに近くまで来ている龍に聞くと、少し悩むようにうねうねと体を動かした後に、頭を左右に振って雪だるまの方に向き直る。
それに近付いて小さな前足で触れると、雪だるまだったものが瞬く間に氷に変化する。
どうやら雪を作ると言うより、雪と氷の両方を作る能力らしい。
「雪と、氷。見た目は日本の龍だからできるだけ和名にしたいし……白雪とかどう?」
灯里がそう口にすると、気に入ったのか嬉しそうに彼女の顔の周りをぐるぐる回る。
きっと雪と氷を使うことと、おとぎ話の白雪姫から取ったのだろうなと思うが、それを口にするのは野暮だし龍も気に入っているしいい名前だと思うので、小さく笑みを浮かべる。
『……おや?』
「どうしたの?」
『灯里様の魔力の量に変動がありました。恐らくですが、名を付けることによって灯里様と白雪との間に正式な契約によるパスが繋がったのでしょう。白雪は小さくとも龍神。今は力が弱くとも、それでも灯里様に与えられる恩恵はかなりのものになるでしょう』
白雪という名前を付けることで、灯里の魔力量が変動した。それはつまり、今まで白雪と灯里は契約状態ではなかったということであり、白雪はその名前を与えられたことで恐らく力が少し増したのだろう。
それもあって、二人との間に名を付けることで繋がったパスを通じて灯里に白雪から何かしらの恩恵がもたらされ、魔力が増えたのかもしれない。
「灯里ちゃん、具合は?」
「平気です。でも、驚きました。ただ名前を付けただけなのに、魔力が少し増えました」
「その名前を付けることが大事だったんでしょうね。名は体を表すって言うし」
どれくらい力が増したのかはさておき、まるで子猫のように灯里にすり寄る白雪が、本当に龍神なのかと疑ってしまう。
これで時間が経過していくごとに本来の強さを取り戻して、その名に恥じない強さになるようなら認識を改めるが、今の行動からだと驚くほど想像が付かない。
昨日戦った時のあれは、何かの間違いだったのではなかろうかと思ってしまうほどだ。
何がともあれ、呼び名も決まったし灯里とは正式な契約状態になったので、これで白雪が美琴達のことをダンジョンの中で裏切ると言う可能性は少しは減っただろう。
これが灯里の使い魔になるとかであればなんともないが、灯里が眷属のようなものになっている状態なので、主従関係だけで言えば白雪が主ということになる。
これだけ懐いているし灯里も可愛がっているようなのでないと信じたいが、産土神信仰で生まれた龍神とはいえ根っこは怪異に近い存在だ。何もないとは言い切れない。
もし何かするようであれば、すぐにその首を刎ねて被害を最小限にしようと決めながら、喜びを全身で表しすぎて自分の体を絡ませてしまった白雪を、おかしそうに笑う灯里を眺めながら、またさっきよりもぬるくなったコーヒーに口を付けた。
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