119話 ダンジョンアフタヌーンティー
ネメアの獅子を討伐し、巨大な核石を回収して下層深域に進出した美琴達は、フレイヤが開発した安全地帯発見装置(仮称)を使って、迷うことなく安全地帯に到着した。
そしてそこで、フレイヤが雑にお茶会セットを取り出して、リタが手早くパパっと準備を済ませてしまう。
ポカンと呆けている間に、ダンジョン下層深域というモンスター地獄にいるにもかかわらず、立派なお茶会会場的なサムシングが完成していた。
「まさか本当にこんな場所でやるなんて」
「わたし達ブリティッシュにとって、紅茶は日常生活において欠かせない必需品。例えダンジョンに潜っていようと、関係ありません」
「学校の時はどうするのよ」
「学校の時は、断腸の思いで学業を優先しております。帰宅後は、簡易的なティータイムを設けていますが」
用意された椅子に腰を掛けて、どこでもあっという間に沸くポット(仮称)でお湯を沸かして、手慣れた手付きで着々と準備を進めるリタに呆れた目を向ける。
イギリス人はとにかく紅茶が好きなのは有名だし、この二人も例に漏れず紅茶好きなのだろう。
だからって、時間だからダンジョンの中でアフタヌーンティーをするのはどうかと思う。
「私、こういうお茶会に参加するの初めてです」
「私もよ。こういうのって、何かルールとかあるんだっけ」
「ありますけど、今回は別にこだわらなくてもいいですよ。本格的なティータイムではなく、あくまでアフタヌーンティーという名前の三時のおやつ的なものですし。」
いつの間にかほぼ全てテーブルの上に並べられたものを見て、なるほどと納得する。
並んでいるのはスコーンや一口サイズのケーキ、マカロンなどのお菓子達で、時間もちょうど三時ごろなので確かにおやつ時だ。
「今回はってことは、本来は違うんですか?」
「えぇ。本来であれば、アミューズ、スープ、サンドイッチ、温料理、スコーン、デザート、チョコレートといったものが並んで、今並べた順番で食べていくんです」
「ティータイムっていうより軽食ね」
ドラマとかでよく見る、紅茶を高いところから入れるリタを見ながら、今まで単語だけで内容を知らなかったことを知る。
「お待たせしました」
「ありがとうございます、リタ。……今日はあなたのオリジナルブレンドなのですね」
「その通りでございます」
「飲む前に種類当ててるよ」
『毎日飲んでいるでしょうから、もはや香りだけで当てられるのでしょうね』
”あっるぇー? おっかしーなー? 安全地帯とはいえ超危険な下層深域でお茶会開いてるよー?”
”普通冗談だと思うじゃん? おれもそう思ってた。でもマジだった”
”ぶっちゃけこのメンバーならどんなイレギュラーが発生しても、即対応できるから心配ない”
”美琴ちゃんの格好が格好だから、一人だけ紛れ込んでいる感がすごいwwww”
”灯里ちゃんの制服も、きっちりとゴスロリっぽさのある魔術師ローブだし、フレイヤちゃんが軍服っぽいの来ているし、リタさんはメイド服だから違和感ない(場所を除けば)けど、美琴ちゃんだけ和服なのが受ける”
”これで全員ドレスとか着ていれば、マジもんのお茶会になってただろうけど、美琴ちゃんのドレス姿があまり想像付かない”
”洋服が超似合うのは私服の自宅配信の時に証明されているけど、ドレスは確かにイメージできないな”
”お嬢様だから、そういうパーティーとかに参加しているだろうし、着こなしているんだろうけど、俺達の中で美琴ちゃんは露出多めな着物着ている美少女だからなあ”
”フレイヤちゃんが、本格的じゃないとか言ってるけど、素人からすれば十分本格的なお茶会です”
”アニメとかで見る紅茶の入れ方を、リアルで見ることになるとは思わなかった”
”並んでいるスコーンとかケーキが美味しそう”
”女の子のお茶会を眺めることができるなんて最高だね! ……場所がダンジョンじゃなければなあ”
出された紅茶を受け取り、ソーサーを持ちながらそっと口を付ける。
非常に香り高く渋みもなくて美味しい。恐らく、手順を説明されても同じ味にすることは難しいだろう。
「何から食べましょう。こういう時、どれも美味しそうだと困るんですよね」
「私はスコーンにしようかしら。普段あまり食べることないし」
「じゃ、じゃあ私はこのケーキにします」
いつの間に目の前に置かれたお皿を取って、ティースタンドの真ん中にあるスコーンを一つ取る。
ナイフとフォークがないのでどこだと探すと、リタがスコーンはそれらを使わず手で割って、そこにジャムとクロテッドクリームを両方塗ってから食べるのがマナーだそうだ。
言われたとおりに、スコーンを半分に割ってからまた食べやすいように割り、それにいちごジャムとクロテッドクリームを塗って食べる。
いちごジャムの甘酸っぱさと、クロテッドクリームの濃厚でバターよりあっさりしているけどコクのある味わいに、目を丸くする。
「お口に合うようで何よりです」
「これ、本当に美味しい。どうやって作っているのか気になる」
「あいにくですが、これはわたしの秘密のレシピですので」
「残念」
「ですが美琴様も、時間さえかければ同じものを作れると思いますよ? お料理は相当お好きなようですし」
「確かに好きだけど、リタさんには敵わないよ。……うわ、紅茶との相性よすぎ」
計算されつくされた味に感嘆の声を漏らす。
リタはそれが嬉しいようで、ふわりと笑みを浮かべて「ありがとうございます」と頭を下げてお礼を言う。
「お店で売っているケーキよりもずっと美味しくて、お口の中が幸せです……」
一口サイズのケーキを食べていた灯里が、本当に美味しそうに表情を蕩けさせている。
そんなに美味しいのかと気になったので、お皿の上に乗っているスコーンを食べた後にケーキを取り、食べる。
控えめな甘さでありながら物足りなさを全く感じさせず、灯里が言ったように口の中が幸せになる。
今まで食べてきたものの中でダントツで美味しいし、どれだけ時間をかけて頑張っても、絶対にこれに敵わないだろうと思ってしまうほど、リタのケーキは完璧だった。
料理が好きで、琴音が美琴より先に帰宅している時か自分でお願いする時以外は、ほぼ一人暮らしのような状態なので毎日楽しんで作っているため、認めてしまうのは悔しいが認めざるを得なかった。
「ところで、美琴さんは今のところ、灯里さんとトライアドちゃんねるの方々、京都の幼馴染以外で、自分のクランに人を誘う予定はないのですか?」
ケーキの次はマカロンにしようか、しかしいくら体をたくさん動かすとは言え、甘いものをたくさん食べすぎると、ちょっと油断したらすぐお腹に無駄なお肉が付くからどうしようと悩んでいると、フレイヤが聞いてくる。
「あき……私のマネージャーは近いうちに、正式に私のクランに加入させようかなって考えているくらいかな。あと他にはルナちゃんとか」
「エトルソス家のご令嬢ですね。彼女も誘うのですか?」
「灯里ちゃんと同い年で気が合うみたいですごく仲よくしているからね。仲間はずれにはしたくないし」
灯里と同じ十五歳で、性格は大分逆ではあるが趣味が合ってすぐに意気投合して、次の休日に二人でどこか遊びに行く約束までしているらしい。
灯里が通っている中学は普通の共学の学校なので、魔術師がほとんどいない。
数少ない彼女以外の魔術師は、一つ上の三年生だったり年下の後輩だったりして、同年代には一人しかいない。
しかもその同年代の魔術師は、使う魔術のジャンルにダイブ傾倒しているタイプのようで、あまり魔術談義をしないらしい。
それに対してルナは、かなり豊富な魔術の知識を有していて、バフデバフに特化しているっぽい月魔術の使い手であることもあって、様々な視点から意見を出してくる。
灯里にとってそれが非常に楽しい時間のようで、できるならその時間をより長く確保してあげたい。
「なんというか、どんどん戦力がおかしくなっていますね」
「それはよく言われているわ」
『そもそもお嬢様一人で、日本最強クランになるほどですからね。そこに灯里様、華奈樹様、美桜様、トライアドちゃんねるの彩音様、慎司様、和弘様、ルナ様が加われば、世界中のクランの中でも上から数えたほうが早いくらいになるのではないでしょうか』
「しかもあなたが大学生になれば一般募集もするわけですし、戦力は常に上がり続けるわけですね」
「一体何人応募してくるのか、今から怖いよ」
毎日ツウィーターでは、かなりの数の夢想の雷霆に所属したいという投稿が見られる。
理由は様々で、今一番話題だから、何があっても給料を踏み倒したりクランのためにメンバーを酷使することもないだろうから、美琴に会うことができるから、頑張ればきっとたくさん褒めてくれるから、等々。
まだ一年強は募集がないと公言しているから大人しく見えているが、見えていない部分ではかなりの人達が募集に向けて動いているだろうと、アイリに言われている。
一応、応募を始めて最初に送られてくる書類審査の段階では、アイリが全て経歴を含めて徹底的に精査すると言っているので、そこは楽できるのは確定している。
「……美琴さん。私達もそこに一つ嚙ませてくれませんか?」
「………………え?」
聞き間違いかと思い、長い間の後に聞き返してしまう。
「現状私一人でもどうにでもできてしまいますし、どこかに所属するメリットはないと思っていたんですが、美琴さんのクランがもたらす特大の影響力を考えると、私が個人で活動するよりも一員になってしまった方がメリットになると考えたんです」
「えーっと、それってつまり……?」
「私を美琴さんのクラン、夢想の雷霆に入れてはくれませんか?」
”あかーーーーーーーーーーん!?!?!?!?!?!?”
”一番美琴ちゃんのクランに加入しちゃいけない子が、自分から参加したいですって言いだしおった!?”
”ダメダメダメダメダメダメダメダメ!?!?!?!?!?”
”もうこれ以上、少数精鋭なのに世界と渡り合える戦力にならないで!?”
”とんでもない爆弾発言だなあオイ!?”
”フレイヤちゃんが所属したら、後のクランメンバーにフレイヤちゃん印の魔導兵装が行きわたって、一人一人がソロで下層で大暴れできるようになっちまう”
”世界で一番同じクランにいちゃいけない二人が、今一つになろうとしている”
”もうこれ世界征服できるだろ”
”そこにリタさんも来るだろうから、世界征服可能なのが冗談じゃなくてガチに思えてくる”
”フレイヤちゃんが所属したら、もう何があっても、天地がひっくり返ってタップダンス踊るような出来事があっても、最強クランの座から落ちることはなくなるだろうな”
フレイヤの申し出に、一瞬だけ流れが硬直したコメント欄が、堰を切ったように猛烈な速度で流れていく。
灯里も彼女の申し出には驚いたようで、火傷しないようにゆっくりと飲んでいた紅茶を、危うく溢しそうになっていた。
「フレイヤさんもそのうち誘おうかなとは思っていたけど、でもいいの? 今のあなたの知名度なら、自分でクラン建ててもいいと思うんだけど」
「確かにそうでしょうけど、私ってあまり人の上に立つタイプじゃないんですよ」
「結構率先して物事をお決めになられておりますけどね」
「学校行事とかならいいんですよ。ただ、自分のクランを持つとなるとかなりの責任が生じますし、それをしたらやりたいことをやれなくなりそうで嫌なんですよ。それに、美琴さんのクランだとビジネスの面で考えればずっとメリットがあります」
『つまり、お嬢様のクランに所属しながら魔導兵装を大量生産とはいかずとも、ある程度の量産体制を整えて、夢想の雷霆の中に作った自分の店からそれを販売し、売り上げの一部を取り分としてクランに納めつつ、自分でも様々な方法で利益を上げることができる。そういうことですね?』
「……あなた、本当にAIなんですか?」
フレイヤは大勢とは違って、美琴に会いたいからや給料が確実に他よりいいからではなく、自分で店を構えて魔導兵装の販売体制を整えて、美琴と美琴のクランの名前を利用して利益を得るために、所属したいようだ。
一見すれば人のクランを自分のお金稼ぎのために利用しようとしていると捉えられかねないが、美琴にもメリットはかなりある。
まず、フレイヤが兵装をメンバー全員に配ることができるように量産体制を整えることができるようになれば、それだけでもメンバーの殉職率を大幅に減らすことができる。
また、彼女の兵装の威力の規格外さはもう十分見ているので、彼女の持っているものよりも威力を落としたものが支給されたとしても、下層のモンスターくらいは余裕だろう。
全員に兵装を支給できない場合は、それを持っている人を中心にチームを組んでダンジョンに向かわせることもできるし、どっちにしろ死亡事故は大幅に軽減できる。
美琴にとってフレイヤが所属してくれれば大きなメリットになるし、フレイヤも自分が一番やりたいことである兵装の開発に専念しつつ、性能を試すためにダンジョンに潜って戦う自由を得られるメリットもある。
これは逃す手はないだろう。
「うん、確かにビジネスとしてはこれ以上ない利害の一致ね。でも、私はそういう変な思惑で繋がるよりも、シンプルに行きたいわね」
「要するに、私のことは知り合いとして招待するということですか?」
「ダメかしら?」
「……ふふっ、いいえ。美琴さんらしいですね。利害の一致による繋がりではなく、シンプルに友情を選ぶ。そういう性格だから、大勢に好かれるのでしょうね」
フレイヤはそう言いながら右手を差し出してきたので、美琴はその手を取る。
「まだ正式に決まったわけじゃないけど、よろしくね、フレイヤさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします、マスター」
「ま、マスターは勘弁してほしいな……」
「では、今まで通り美琴さんと」
くすくすと小さく笑いを漏らすフレイヤ。
こうして、異常火力を誇る魔導兵装を大量に所持しているフレイヤは、まだ正式ではないが美琴のクラン夢想の雷霆に所属することが決定した。




