118話 午後のお茶会の前座
下層上域のボス部屋で予想外な敵と戦ってから二時間と少し。
美琴達一行は順調に中域を進んでいき、次々とモンスターを薙ぎ倒して遭遇したところから核石に変えて回収していった。
深層に行った経験のある美琴だが、あそこは数も多いしここよりも強力なモンスターがうじゃうじゃいるため、その分核石の質と大きさは段違いなのだが、回収効率はやはり下層の方がいい。
今日の探索だけでもかなりの数の核石を回収できていて、もしかしたら過去で一番なのではないだろうかと思っている。
帰還後はギルドで換金してそれを四人に山分けすることになっているが、それでも一人でやるよりも多くの収益になっていることだろう。
そのお金で、そろそろ両親の結婚記念日なので何をプレゼントしてあげようか、やはり無難に服やアクセサリー、あるいは休みを無理やり取らせて冬休みの間に家族旅行かと考えながらモンスターを薙ぎ倒している間に、中域のボス部屋の前に到着する。
「次は変なモンスターはいないですよね?」
ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞いてくるフレイヤ。
「なんで私を見るのよ」
『何かしらイレギュラーが発生する時は、大体お嬢様が中心にいますから』
「好きでいるわけじゃないのに……」
「と、ところでここのボスって何なんですか?」
若干凹んで肩を落とすと、灯里が話題を変えるようにフレイヤに尋ねる。
「新宿ダンジョン下層中域のボスモンスターは、ネメオス・レオン。日本語で言い換えれば、ネメアの獅子です」
「えっ」
『ネメアの獅子ですか。揃って細腕で、様々な強化がなければ非力な女学生パーティーにはやや厄介な相手ですね』
「確か、毛皮が異常に頑丈で、下手な攻撃は大抵弾くんだっけ」
”そうだった、ここは戦士殺しのボス部屋だった!”
”相性最悪……なのか?”
”美琴ちゃんがいれば何でも行ける”
”フレイヤちゃんもふっつーに攻略してたしなー”
”灯里ちゃんという激ヤバ魔術師がいるし、リタちゃんもあの龍の鱗を斬ってたし、行けるやろ”
”なんでだろう。本来だったら心配して戻るように言う場面なのに、俺は今あのライオンに同情しているんだけど”
”どこのボスモンスターとかにも言えるけど、戦う相手が悪すぎる”
”雷神、魔法使いじゃないかと疑いをかけられるロリっ子魔術師、マジで魔神殺せるんじゃね疑惑な兵器を大量に抱えるJK、壁走るメイド。……うん、大丈夫だな!”
”リタさんだけ壁走るメイドっていうシンプルな紹介なの草”
”でも実際に、あり得ん速度で壁走ってたし”
ネメアの獅子は、ギリシャ神話に登場する化け物だ。
一番よく知られている逸話は、ギリシャの雷神ゼウスと人間の女性の間に生まれた半神半人の英雄ヘラクレスが、第一の試練として討伐を命じられて倒したというものだろう。
あの神話では、弓矢や棍棒で攻撃しても倒せなかったので、三日間首を絞めて倒されたとされているが、四人とも強化がなければ非力な女の子なので、そんな無茶ぶりはできない。
「フレイヤさんは何度も倒しているのよね?」
「えぇ。確かに硬いですけど、防御を突破する威力で殴ればいいだけですし」
「解決方法脳筋すぎない?」
しかしあの王と女王を見た後だと納得できてしまう。
「本当はあのガンランスで挑みたかったんですけど、仕方がありませんね。もう一つの試作品で行きます」
「あれで挑もうとしていたことも驚きだけど、もう一つ試作品があることの方が驚きだよ」
小さくキューブ上の何かを取り出して起動し、両手に大きなブレードランスを持ったフレイヤにツッコミを入れる。
見た目だけで言えばあのガンランスの方が強そうだが、あれの代役として出しているのだから、きっとこれも常識外の威力を持っているのだろう。
持っている魔導兵装を全部出してギルドに申請すれば、彼女も美琴の仲間になれるのではなかろうか。
「美琴様。アフタヌーンティーの時間が迫っておりますので、早く終わらせてしまいましょう」
ポケットの中から取り出した、お洒落な懐中時計で時間を確認していたリタが、耳を疑うようなことを言う。
「待って、リタさん、こんなダンジョンの中でお茶会を開くつもり?」
「? その通りですが何か?」
「オッケー、もう何も言わなくていいわ。フレイヤさんのメイドなんだから、私の中の常識が通じないなんて当たり前よね」
「まるで私が常識知らずみたいな言い方ですね」
『こんな場所でお茶会を開こうとしているリタ様に何も言わない時点で、割と当てはまっているように思えますけど』
”どっちもどっちwwww”
”美琴ちゃんは火力が非常識なだけで、それ以外はガチの清楚系常識人だから(震え声)”
”前に基礎を徹底しているって言いながら、絶対に真似できないことやってたけどね”
”美琴ちゃんも十分フレイヤちゃん達側だと思うの”
”この中で一番の常識人は灯里ちゃんだけど、遠くないうちにこのJK組に染め上げられそう”
”幼い女の子がお姉さん色に染まっていくの……イイネ!”
何かコメント欄に見えたが、なにも見なかったことにする。
「そういうわけですので、さっさと終わらせてしまいましょう。視聴者の皆様には申し訳ないですが、リタお手製のスコーンと美味しい紅茶の方が優先です」
やる気に満ち溢れたフレイヤが、やや急ぎ足で転送陣に向かって行く。
どれだけリタの紅茶を楽しみにしているのだと呆れつつも、少し前に食べた極上のサンドイッチを思い出して、納得できてしまう。
転送陣の前で立ち止まったフレイヤの横に立ち、他二人も並んだところで一緒に陣を踏んでボス部屋の中に入る。
ザザッという音と共に景色が変わり、妙に滑らかな床や壁のある部屋の真ん中付近に立っていた。
「うわ」
「ひっ」
転送してすぐに、美琴達は部屋の主と目が合った。
他のボス達は、少し時間が経ってから出てくるか中央からやや離れた場所にいることがほとんどだ。
それなのにネメアの獅子は、転送された場所から五メートルほど先というド至近距離にいる。
「ガァアアアアアアアア!!」
そして先手必勝といわんばかりに、いきなり飛びかかってくる。
「セエェ!」
脚力を超強化する金属長靴と、何かすさまじい噴射音が鳴っているエネルギーシールドを構えたフレイヤが、すさまじい速度でチャージシールドで突撃して、ネメアの獅子と衝突する。
獅子はぶつかってきたフレイヤを先に始末しようと、ナイフのように鋭い爪ですさまじい連撃を繰り出すが、フレイヤはそれを全てその場から動くことなく防ぎ続ける。
彼女が前衛になるから、美琴達が攻撃して倒せと言う意味なのかと捉えて動こうとすると、リタに制止される。
どうしてだと顔を向けると、すぐそこで大爆発でも起きたかのような轟音がなり、いきなりのことでびくりと体を震わせて、ほんの少しだけ跳び上がった。
なんだと顔を向けると、エネルギーシールドを右に振り抜いたような体勢で立っているフレイヤが先に目に入り、ネメアの獅子が彼女の正面から消えていた。
どこに行ったのだと探そうとするが、その必要はなかった。
フレイヤの正面のダンジョンの壁に、深々と減り込んでいる獅子の姿があった。
「どういうこと?」
「端的に申し上げますと、あのシールドは受けた衝撃を蓄積することができ、それを自分のタイミングで一気に放出することができる、カウンター特化のシールドです。ネメアの獅子は下層のボスですから、その攻撃力は一般湧きとは比べ物になりません。それを数秒間受け止め続けたのですから、それはもうすさまじい威力になります」
「何が何でも、速攻で片付けるという意思を感じる」
予想外な、防具なのに攻撃力マシマシな魔導兵装に度肝を抜かれるが、流石にボスがそれで倒されるわけではないようで、ややふらつきながらも減り込んだ体を壁から引きはがして、すぐに回復してから雄たけびを上げて突進してくる。
フレイヤばかりに任せるわけにはいかないので、雷薙をぐっと握りなおしてから美琴も走り出し、雷鳴を連れて獅子に突撃する。
すれ違いざまに目を潰そうとするが、獣の本能で避けられる。
ならば足を狙おうと鋭く振るうが、毛皮とは思えない硬い感触が伝わってきた。
「ギャア!?」
しっかりと神話を再現しているなと感心していると、ネメアの獅子が悲鳴を上げる。
顔を上げると、いつの間にか獅子の頭の上に立っていたリタが、大鎌で右目を深々と突き刺していた。
「アフタヌーンティーの時間に遅れてしまいますので、空気を読んで早く倒されてくださいね」
にこりと笑みを浮かべながら刺さっている大鎌を引き抜いて、残っている左目にも突き刺そうと振り下ろすが、激しく暴れることでリタを頭から振り落とす。
ふわりと着地したリタを狙って、右目を再生させながら突っ込んでいくが、リタの姿がぶれたかと思うと瞬く間に体中に大量の切り傷を刻まれる。
彼女の大鎌は一体何でできているのか、あるいはどんな効果が付与されているのだろうかと気になるが、傷ができたのならとそこに自分の攻撃を重ねることで、回復を阻害しながらダメージを与えていく。
ついでにそこに雷の追撃を発生させながら。
「星の槍・流星!」
左腕に構えていたシールドを消したフレイヤが、一条の光となってネメアの獅子の右前足を軽々と抉り飛ばす。
その勢いのまま上に方向を転換していき、途中で止まってくるりと振り返りながら右手に持っているブレードランスを投擲してから、左手のブレードランスをしっかり構えて投擲以上の速度で突進してくる。
まるで隕石でも落ちたのかと思うほどの音を鳴らしながら獅子の体の一部を抉りながら着地し、遅れてやってきた投擲したブレードランスも後ろの左足を吹っ飛ばす。
”ふぁーーーーーーーーwwwww”
”な に こ れ”
”ガンランスもやべーと思ってたけど、これがそれ以上にやべー”
”イギリス人JKコンビが揃ってバケモンすぎる件”
”フレイヤちゃんのリスナーからすれば、雷を無尽蔵に使うJKもバケモン”
”つまりどっちもバケモンってことやね! 美琴ちゃんこの呼び方死ぬほど嫌ってるけど”
”あの、ネメアの獅子っていわゆる近接殺しって言われるくらいには硬いボスモンスなんですけど”
”深層ソロで行ける(本人談)JKと、あの廃棄物の下層モンスの怪物譲渡をワンパンしたJKには、そんなものは通じない”
”一応美琴ちゃんは、できるだけ見せ場を作ろうと加減してくれているみたいだけど、イギリス人美少女がアフタヌーンティータイムに間に合わせるために、今までにないくらい本気になってるの草”
”もうこのまま深層行ってもいいんじゃないかな”
”灯里ちゃんがいるからダメです”
ネメアの獅子との戦いは初めてなので、できるだけ自分の視聴者達にその戦いを見せたい美琴と、幾度となく戦っていることと、アフタヌーンティーの時間が迫っているから、サクッと倒してしまいたいフレイヤとリタ。
この意識の差一つで、本来であれば美琴が一番火力を出すはずなのに、フレイヤとリタが美琴以上にダメージを与えている。
「|燃ゆる業にて人は焼かれ《ITFFMSBB》、|彼災いの支配者の御名を汚す《ATNOTROHCSBD》。|悔い改め栄光回帰は叶わず《RARTGWNC》、|彼らは災禍によって忘れ去られる《ATWBFBTC》!」
灯里も長い呪文をノタリコンで唱え、杖による強化と補助を得て基礎魔術とは比べ物にならない規模の炎の高波を発生させる。
前線で戦う美琴達三人のすぐそばを炎の波が通過していくのに、その熱さを感じないし、状況をよく見ているのか獅子の視界を塞ぎながら、美琴が移動しやすい道を作ってくれている。
灯里が作ってくれた炎の道を雷速で通りながら、雷薙の穂先に雷を集中させる。
ただ集中させるのではなく、前に妖鎧武者相手に使った手の平に集めた雷を刃とするような感覚で、収束させる。
バチチチチッ! という音を鳴らし、ネメアの獅子に急接近する。
その音に気付いた獅子が、再生させた前足で叩き潰そうとしてくるが、炎の壁を突っ切って飛んできた暴風の斬撃がそれを斬り飛ばす。
「セェイ!」
行動が遅れた獅子に向かって飛びかかり、雷をまとわせた雷薙を振り上げて、振り抜いた雷薙で獅子の体に深い傷を付けた。
「ガアァ!」
「おっと」
細い胴体に食らい付こうとしてきたが、雷の足場を作ってそれを蹴って回避し、雷薙をしまいながら並行して七つに分割した力の内二つをくっつけてから、弓として物質化して胸から取り出す。
「普通の弓矢は効かないっぽいけど、こっちはどうかしら?」
陰打ちを作る要領で矢を生成して、空中で番えて引き絞る。
落下していく美琴を追撃しようと飛び出してくるが、また足場を作って回避して、さかさまになった状態で引き絞った矢を放つ。
ドンッ! というおおよそ矢を放つようなものではない音を鳴らして放たれた矢は、やや不安定な体勢で射ったからか、顔の上半分を削ぎ落していくだけで大きなダメージを与えることはできなかった。
「ナイスタイミングでしたよ、美琴さん!」
「なんて危ないことをしているのよ!?」
矢が飛んで行って炎の壁に空いた穴から、また展開している左腕のエネルギーシールドに若干のひびを入れながらフレイヤが姿を見せる。
矢を放ったのは自分だが、確実に射線上に人がいたとしても当たらないよう、やや上を狙って放ったというのに、自らそれに当たりに行ったようだ。
むしろあの速度で飛んで行った矢に追い付いてぶつかりに行けたなと、逆に感心する。
美琴の一矢を受けてすさまじい衝撃を蓄積していたシールドで獅子の頭をぶん殴り、ドッパァンッ! という爆裂音を響かせて地面に叩き付ける。
顔が半分近く潰れながらも、なおも息絶えずに再生をしようとするが、周りを囲んで絶え間なく攻撃を浴びせ続けていた炎が激しく揺らぎ、一斉に上に集まっていく。
「邪悪を罰する裁きの紅、|偉大で愚かなる始まりの紅《ROTGAFB》、|幸福を覆滅し妖しき者を殺す王《KOTSTOHAKTW》、|冷たく命を奪う虐殺の王《TKOSWTLWC》、|魔女の血を啜りて力を成せ《STBOWABP》!」
再び長い呪文をノタリコンで唱えると、上に集まった炎の塊が人の姿を形どる。
そして完全に形が定まると、それを見た美琴は驚愕に目を瞠る。
どういうことか、その炎はかつて世田谷ダンジョン下層最深域で対峙した、アモンが生み出したであろう炎の怪物、魔女狩りの教皇イノケンティウスだったのだ。
”えぇええええええええええええええええええええええええええ!?”
”イノケンてぃうしゅ!?”
”ナンデ!? イノケンティウスナンデ!?”
”どういうことだってばよ!?”
”あれってアモンの作り出した化け物じゃねーの!?”
”魔術師の有識者説明プリーズ!”
コメント欄が混乱して騒然とする中、指示を受けたイノケンティウスがボォオオオオオオオオオオオ!! という咆哮のような何かを上げて、両手に形成した炎の十字架で獅子をぼこぼこに殴り始める。
杖の補助と強化を受けて作られたからか、一撃一撃が強烈な威力を誇っており、ネメアの獅子が悲鳴を上げる。
「どうなっているのよ……」
『元々、イノケンティウスという名の魔術が存在しており、アモンが魔力を持っていてそれであの時は魔術で作られていたか、あるいはイノケンティウス自体はアモンの使い魔で、灯里様が自分で見た目を再現したオリジナルの魔術のどちらかでしょうね。どちらにしても、すさまじいことですが』
灯里がオーケストラの楽器隊を指揮するように杖を振り、それに従ってひたすらに炎の十字架で殴り続ける炎の教皇。
なんにせよ、予想外過ぎることではあるが獅子を倒せるのなら何でもいいと一旦頭の隅に放り投げ、持っている弓を体の中に戻さずに刀に作り替える。
刀身に雷を圧縮しながらまとわせると、それに合わせて灯里が炎を付与してくれる。
ちらりと彼女の方を見てふわりと微笑み、雷鳴を響かせて獅子に接近する。
雷鳴が鳴ると同時に、イノケンティウスは灯里の指示を受けて下がる。
一体どれだけの温度なのか、鋼のように硬い毛皮があちこち焼け焦げてその下の肉体すら爛れている。
下段に構えている刀を右上に振り上げ、首を刎ねる。
首がごろりと地面を転がり、これで決着だと残心していると、頭を失った体が暴れ出してナイフのように鋭い前足を伸ばして、美琴を潰そうとしてくる。
だが、超加速しながら駆け寄ってきたリタの大鎌で足を全てブロック状に切り刻まれ、両手に持っていた二本のブレードランスを一本に重ね合わせたフレイヤが、巨大なエネルギーの弓を形成してブレードランスを矢として、体を回転させながら石突を思い切り蹴ることで射出し、胴体の真ん中に特大の風穴を開ける。
びぐんっ! と体を跳ねさせたネメアの獅子の胴体はパタリと動かなくなり、そのままぼろぼろと体を崩壊させていった。
「戦闘時間およそ八分ですか。想定していたよりも三分オーバーしてしまいましたね」
「むしろ五分でボスを倒そうとしていたことが驚きだよ、リタさん」
戦闘終了後、すぐに懐中時計を取り出したリタがそう呟き、どんなハイペースで倒そうとしていたんだと苦笑する。
何がともあれ、下層中域のボスを倒せたのだし、美琴からすれば少し時間が短かったがコメント欄は盛り上がっているので良しとしよう。
「わぁ! こんなに大きな核石なんですね!」
「そうなんです。もう一つ下の深域のボスの核石は、もっと大きいですよ」
フレイヤの胴体くらいはありそうなほど大きな核石に駆け寄った灯里は、目を輝かせながらフレイヤから先のことを少し聞いていた。
ああやって年相応にあどけない表情をして可愛らしいのだが、先ほど使った魔術が気になりすぎて仕方がない。
今それを聞くのは野暮っぽいので、タイミングを計ってどこかで聞いてみようと心の中で決めておく。




