115話 短くも確かな絆は龍の鱗を超える
灯里の魔術で逆鱗に触れられた龍は、激しく怒り狂いながら雷を強烈に巻き散らし、飛び出して注意を引き付けようとした美琴とフレイヤを無視していった。
「させるわけないでしょう! 雷霆万鈞!」
雷鳴を響かせて正面に回り込み、下から振り上げながら空間を捻じ曲げる威力の斬撃を放つ。
流石の龍もそれを受けたら危険だと感じたようで、急停止してから上昇して、天井付近で口から雷を漏らす。
ただ先ほどよりもずっとチャージする時間が長く、美琴一人だったら真正面から御雷一閃を放てば四方に散らせることもできるが、それを今すると間違いなくフレイヤ達三人が巻き込まれる。
「美琴さん! 防御は任せてください! ですので、あのブレスを思い切り弾いてもかまいません!」
輝きが強くなっていくのを見てどうしようと思考を高速で巡らせていると、地面に降りたフレイヤが灯里とリタと合流して一か所に集まり、左手に巨大な楯を構えながら叫ぶ。
本当に大丈夫なのかと問いたかったが、時間もないので信じることにして、一気に雷を蓄積して四つ金輪巴に変化させて、雷を刀身に凝縮しながら陰打ちを鞘に納めて構える。
限界まで雷を蓄積した龍が、特大のブレスを放ってくる。
もしあんなのに巻き込まれでもしたら、瞬く間に体が消滅してしまいだろうと、強い死が急速に迫ってくるのを感じる。
だからこそ、こんなものを下に向かわせるわけにはいかないという強い思いを陰打ちにありったけ乗せて、鯉口を切り抜刀する。
「諸願七雷・御雷一閃!」
超高速で放たれた抜刀術は、前方に迫ってくるブレスに向かって放たれる。
何かを守るという強い人間の感情や願いを叶えるために諸願七雷特有の強化が入り、かつてイノケンティウスを倒した時のように、抜刀術を放った方向の壁と天井を破壊する。
「……嘘でしょう?」
封印が壊れ、諸願七雷がどれだけ雷を開放するのかの指標から、どれだけ美琴を強化するかに変化し、四鳴を開放した上で強い願いを込めて御雷一閃を使った。
なのに、全身ぼろぼろにはなったが、いまだ健在の龍の姿が視界に映った。
”はああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?”
”うっそだろ……!?”
”明らかにあの時よりも威力がバカ高くなってる抜刀術を、しのぎ切った!?”
”なんだよこのクソモンス!?”
”硬すぎんだろ!?”
”ほんまに直撃したのか疑ったけど、ぼろぼろになってる時点で当たってるのは明白なんだよな”
”なんで美琴ちゃんの真打以外での奥の手的な抜刀術喰らって平然としてんのこいつ!?”
”これ、もしかして七鳴神まで行かないと駄目なパターン?”
”そんなの使ったらダンジョンぶっ壊れちまうって!”
”い、一応四鳴でもかなりダメージ入ってるから、そこまで行かなくても倒せるっぽいけど”
”ボス部屋の上半分以上が消し飛ぶ一撃受けてなんで生きてんだよマジで”
”おめーさっきまで、陰打ちの通常攻撃だけでもそれなりのダメージ負ってただろふざけんな!”
つきっぱなしの配信を観ている視聴者達も、御雷一閃を食らってなお存命の龍がどれだけ脅威なのかを察し、本来のボスではないのだからすぐに逃げたほうがいいというコメントや、逃げられないなら増援を待った方がいいというコメントが流れていく。
もちろん美琴も、できるなら全員を逃がした後で一人で戦えば、周りの被害を気にせずに思い切り行けるが、この龍があの三人が逃げるのを見逃すとは思えないし、あの三人も分かっていても美琴を一人にすることはしないだろう。
こうなったら、まだ付け焼刃ではあるが四人で連携をして、現状ダメージを与えることができるリタと美琴が切り札的立場となって、ここで倒してしまった方がいいだろうと再生していく龍を見ていると、その上に何か巨大な人影のようなものが現れる。
まさか、イノケンティウスの時と同じで、この龍は魔神の手によって作られた者かと警戒したが、はっきりとその姿が見えるとすぐにそれを否定するような行動を取る。
龍の上に現れたどこか女性的なシルエットの巨大な人影は、右手に持っている巨大な無鋒の剣を振り上げ、一瞬で音速を超える速度で振り下ろして叩き付ける。
龍はその人影に気付いていなかったのか、剣が直撃してようやくそこに何かがいると悟りながら、地面に叩き付けられる。
「───……ォォォォオオオオオオオオオオオ!!」
「やば!?」
地面に叩き落とされた龍は、そのまま動かずに土煙に隠れるようにして雷を口腔内にチャージしていき、フレイヤ達の方に向かって放つ。
「守護の王!」
左手に持つ楯を前に突き出しながらそう口にすると、彼女の楯の前から別のエネルギーシールドのようなものが三人の前に展開され、その内側に巨大な楯を持った男性的なシルエットの何かが姿を見せる。
よく見ると全体的に機械的で、足はなく、そこに浮遊しているようだ。
龍のブレスはそのシールドに防がれ、盾の形に添って流れて行った雷で周りが破壊されて行く。
「殲撃の女王!」
左の楯を動かさずに、右のランスを掲げてまた大きな声で口にして、龍の方に向かって掲げたランスを振り下ろす。
すると上に残っていた女性的なシルエットの何かが急降下してきて、その勢いのままカーテナを叩き付ける。
ズドォッ! という鈍い音が響き、龍が苦悶の声を上げる。
今の行動からしてあの機械的な人影のようなものはフレイヤの魔導兵装なのは間違いないが、一体どのように作ったらあんなものができるのだと、こんな状況だというのに不思議に感じる。
「美琴さん、今です!」
フレイヤの呼びかけにはっとなって陰打ちを大上段に構え、鋭く振り下ろす。
最大の脅威認定はそのままなようで、逃げようとするが殲撃の女王と呼ばれた魔導兵装が、カーテナでそこに押さえつけているため動くことができずにいた。
すぐに逃げることを諦めて、短いチャージでブレスを放ってくるが、僅かな拮抗の後にブレスを両断してそのまま龍の頭を傷付けるが、美琴の攻撃も減衰したようで倒しきれていなかった。
だが頭を深く傷付けられて、数秒はそれの再生に集中するだろうと雷鳴と共に一瞬で間合いまで近付き、首を刎ねられるように横に立って再び大上段に構える。
そこから振り下ろして刃が首に触れた瞬間、激しい悪寒を感じて陰打ちを手放してまで撤退を優先する。
「どうしましたか!?」
「あのまま斬ってたら、多分死ぬまではいかなくても動けなくなってた」
何をしようとしたのかは分からないが、これ以上はいけないと本能が強く叫んでいた。
恐らくは首を刎ねることを条件に、ボス部屋全体を巻き込む自爆でもしようとしていたのかもしれない。
『恐らく、唯一の弱点である逆鱗をピンポイントで狙わなければいけないのでしょうね』
「果てしなく面倒なんだけどそれ。でも、やっぱりきちんとそこを狙わないといけないっぽいし、仕方ないわね」
龍の首に刺さったままの陰打ちを消して、新しく陰打ちを抜刀して構える。
まさかここまで戦いづらい相手だとは思わなかったので、一瞬前よりもより気を引き締めて、意識を完全に侍のそれに切り替える。
尻尾で殲撃の女王を弾き飛ばした龍は、やはり逆鱗に触れた灯里を狙って猛進するが、シールドを展開したままにしているフレイヤの守護の王と衝突し、そこでギリギリと押し合いをする。
やや龍の鱗の硬度の方が勝っているようで、少しずつシールドにひびが入っていくが、戻ってきた殲撃の女王の振り下ろして地面に叩き付けられる。
「風は自由に、|思いのままに吹き抜ける《AAIW》。汝、その音を聞き、どこから生まれ、|どこへ去っていくのかを知ることはない《YNKWYGTL》!」
ノタリコンで切り詰めた呪文を超速で唱え切った灯里が、レギオンを倒した時と同じ風の塔の魔術を起動させる。
その竜巻に巻き上げられた龍は、すぐにまた咆哮で魔術を吹き飛ばそうとするが、竜巻が発生すると同時にフレイヤが投げた何かが龍にぶつかり、その中で大爆発を起こす。
竜巻でよく見えないが、上げた悲鳴的にダメージは入っているようなので、フレイヤは大量にソフトボールくらいの大きさの球体を竜巻に向かって飛ばし、そしてそれが連鎖的にその中で爆発を起こしまくる。
「接続───属性付与、炎、継続燃焼、爆裂、術式再起動、多重化!」
再びノタリコンで唱えた灯里は、竜巻の中で起こる爆発の炎を火種に炎を生成し、それを一気に拡大させて風の竜巻を炎の竜巻に変化させる。
更にその炎の竜巻の中では、まるで機関銃のように連射している大砲のような爆音を響かせながら、連続して大分規模の大きな爆発が発生している。
「再接続───属性付与、炎、強化付与、強靭化、鋭利化!」
少しだけ辛そうな顔をしながら、殲撃の女王のカーテナと美琴の陰打ちにバフをかけ、刀身に炎をまとわせる。
大分離れた場所にいるのによく届かせたなと感心し、炎に自分の雷もまとわせながら紫電と炎の軌跡を描きながら、自ら炎と爆撃の竜巻に向かって行く。
一番近くにいた女王が、左の腰に構えたカーテナを鋭く振るい、竜巻の中にいる龍を捉えて吹き飛ばす。
武器の威力と切れ味そのものを強化してくれているようで、さっきまでは特に目立ったダメージを与えられていなかったのに、今の一撃で龍の鱗がいくつか砕けているのが見えた。
本当に優秀な魔術師だと、地上に戻ったら思い切り褒めちぎろうと笑みを浮かべながら、吹っ飛ばされた龍に向かって突っ込んでいく。
それに追随するように、恐ろしい速度で走りながら壁を当然のように走るリタを見た時は、一瞬心臓が止まりそうになったがすぐに気持ちを取り直して、顎の下にある逆鱗を狙って突きを放つ。
ぐるんと強引に姿勢を戻した龍は、体の周りに雷の球体を大量に生成して、機関銃のように一斉掃射してくる。
美琴はそれを真っ向から全て切り払い、リタはさらに加速しながら回避する。
瞬く間に龍の視界から外れたリタは、後ろに回り込んでから壁を蹴って急接近し、脳天に向かって大鎌を振り下ろす。
すぐにそれは察知され、大鎌が勢いに乗り切る前に自ら少し近付くことでダメージを最小限に抑え、頭を大きく振って乗っているリタを振り落とす。
フレイヤのように空中浮遊できず、美琴のように自分で足場を作ることもできない。一番不利な状態になったリタを排除しようと黒雷を一つ彼女に向かって放つが、怯えた表情をするどころかふわりと笑みを浮かべた。
「無茶はしないで下さいと、普段から言っているでしょう」
「わたしはフレイヤ様のことを信頼しておりますので」
地面に頭から落ちる前にフレイヤがリタを横抱きにするように救出し、龍が一人になった灯里を狙う前に元の場所に戻る。
あのように命を無条件で預けられるほどの信頼関係を築いているのはいいなと、少しだけ羨ましく感じながら、機関銃のように撃ち出され続ける雷の玉を切り払い、一瞬の隙を突いて自分の雷として打ち出して、恐らく首に当たる部位に蹴りを叩き込む。
そこから体を捻って真下から顎を蹴り上げて、情報処理速度を急加速させながら、灯里が見つけたであろう逆鱗を目を皿にして探す。
そして見つける。真ん中より少し奥側に一つ、他の鱗とは違って逆さに生えている鱗を。
すぐに蹴り上げられた頭を戻そうと龍が動き出すが、美琴の真後ろから巨大な氷の槍がスレスレを通過していって戻そうとしている顎を叩いてまたのけぞらせ、女王がどこからともなくいきなり現れて、頭を固定するようにカーテナを腰の鞘に納めて両手でがっしりと掴む。
深く呼吸をして、ただ一つの願い。この龍を倒すという願いをありったけ陰打ちに乗せて、また一から蓄積していって完了した四つ金輪巴から雷を取り出して、刀身にまとわりついている炎すら巻き込んでぴたりと凝縮しながら鞘に納める。
非常に珍しい龍のモンスターだが、ダンジョンにいるモンスターはダンジョンから出た瞬間死ぬし、仮にこれが怪異だとしてもこんなものを自分の式神にする手段を、美琴は有していない。
何より、自分の式神にできたからと言って、完全にこんな化け物を飼いならすことができるかどうかはまた別の話で、もし暴走して町を破壊することになってしまう未来があるのであれば、先に倒してしまった方がいい。
ここで珍しい龍を倒してしまうことはややもったいなくはあるが、自分に言い聞かせながら倒すという願いを込めて鯉口を切る。
「諸願七雷改・絆雷一閃!」
腰の発条を使って抜刀し、一瞬で振り抜く、美琴の最速の抜刀術。
雷と炎が合わさったその一閃は、硬い鱗をバターのようにやすやすと切り裂き、ピンポイントで逆鱗を中心にして頭を左右に両断する。
そのまま勢い余って後ろにいる女王まで斬ってしまったが、そこは後で五体投地の土下座を決めながら弁償代を払うと誓えば、多分どうにかなるだろう。
逆鱗を斬られた龍は、最後のあがきを見せようとぱりぱりと雷を発生させたが、すぐに力尽きてその体をぼろぼろと崩壊させていく。
「……なんとか、倒せたようね」
『お嬢様には、別の敵も現れたわけですが』
「謝って許してくれるかな」
『もし無理なのであれば、フレイヤ様の助手として白衣を着て働くのも悪くはないでしょうね』
龍を倒したことですさまじい大盛り上がりを見せるコメント欄を眺めながら、美琴の前に現れた新しい問題という名の敵を、どうやって解決しようかと小さく息を吐く。
とりあえず、まずは龍が落としたものの回収を先にしてから、フレイヤの許しを請おうと地面に降りた。




