114話 女子パーティーvs黒雷の龍
龍に向かって雷鳴と共に踏み出し、真っ先に目を狙う。
卑怯だとかそんな悠長なことは行っていられない。それほどまでに、この龍は異質な強さを持っていると、直感が叫んでいる。
たとえモンスターであろうと、目を潰されれば当然視界を塞がれるので何も見えなくなり、その間は攻撃を当てやすくなる。
それを狙って目を潰しに行ったのだが、驚くことに龍は雷速の突きを見切って回避し、天井付近まで上昇する。
逃がさないと足場を作ってそれを蹴り、ぐん、と加速しながら追いかけると、龍の巨大な顎と牙の間から黒い雷が漏れるのが見えた。
瞬時にそれがブレスによる攻撃だと察知した美琴は、更に加速して攻撃を止めさせるか、それができなくても大きく狙いを逸らそうと攻撃を叩き込む。
「いっ!?」
分割した力を元に戻した上で三鳴を使って強化までかけているというのに、美琴の攻撃は金属音のような音を響かせながら白い鱗に止められた。
これはただのモンスターではなく、それこそ深層レベルの化け物だと認識を改め、四鳴を開放して、更に雷薙の名前を開放してバフを重ね、引き戻した雷薙を薙ぎ払いながら追撃を発生させる。
それでようやく顔を上に弾き上げることができ、ほぼ同時に超圧縮された黒い雷のブレスが龍の口から放たれる。
天井を抉り、壁を貫通し、あちこちにとてつもない破壊の跡を軽々と刻み付ける。
どうしてこんな化け物がこんな下層の上域にいるのだと冷や汗を流しながら、弾かれた顔を戻して、龍から見れば小さな体の美琴を飲み込もうと突撃してくる。
「ハァア!!」
雷を放って勢いを削がせるか牽制しようと左腕を前に伸ばすと、真下から超加速してきたフレイヤが下顎にガンランスを突き立てるが、鱗の強度に負けたのかバキィンッ! という金属が折れる音が響いた。
「高速蓄積!」
驚いたように目を見開いたフレイヤは、すぐに表情を引き締めてそう叫ぶ。
すると、ガンランスが猛烈な唸りを上げて一気に魔力を蓄積していき、弾倉についている五つの弾丸模様が五秒で赤く染まる。
「全弾砲撃!」
再度叫びながら引き金を引くと、弾倉にある五つの弾丸を同時に撃ち出しながら、強烈な炎の爆撃も同時に放つ。
計六つの爆撃音が響き、その反動でフレイヤが下に吹っ飛んでいくが、すぐに腰と背中の翼で姿勢を直して距離を取る。
美琴も龍から距離を取り、フレイヤの方に向かう。
彼女の近くに着くと、持っているガンランスは今の攻撃でボロボロになっていた。
「まさか、強度強化をかけているブレードが一撃で折れるなんて思いませんでした」
「三鳴の私の攻撃を余裕で弾くくらいの硬さがあるみたいね、あの鱗。多分、今の六連撃爆撃もあまり効果がないんじゃないかしら」
そう言いながらもうもうと上がっている煙の方に視線を向けると、全くの無傷の龍が姿を見せる。
一応、今のフレイヤの爆撃は多少効果はあったようで、怒ったような顔を向けている。
「あれ、完全に怒らせましたね」
「怒ってるねえ。……雷薙じゃキツイわね」
雷薙はあくまで美琴に数々のバフをもたらすだけの呪具なので、極端な話にはなるがフレイヤのガンランスより火力は低い。
こうなると長期戦になってこちらが不利になってしまうので、雷薙をブレスレットにしまって、陰打ちを抜刀する。
最近何かと出番が増えてきているなと、頼りになるもう一つの相棒の柄の感触を確かめ、試しに一刀龍に向かって振り下ろす。
空間すら切り裂く斬撃が放たれ、龍に向かって飛んで行く。
回避行動を取ろうとしていなかったが、ぶつかる直前に理解したのかギリギリで回避行動を取る。
胴体を両断されることはなかったが、尻尾が巻き込まれて斬り落とされる。
陰打ちくらいの火力なら、あの鱗を破壊できるらしい。
「その威力でやっとですか。では、私も相棒を使うとします」
破損したガンランスをしまい、大きなランスを取り出して構える。
黒を基調としているそれは、軍服のような衣装に身を包んでいるフレイヤとマッチしており、格好良さと美しさを両立させている。
「美琴さん、どうにかあなたに合わせますので、思い切りやってください」
「いいの? 私、雷と同じ速度で動くけど」
「大丈夫です。あなたなら、私が合わせると言えば絶対に合わせやすいように行動してくれますから」
「深い付き合いじゃないのに随分と信頼してくれるわね」
「それが雷電美琴という、雷神でしょう?」
ふっと笑みを浮かべるフレイヤに、敵わないなと同じように笑みを浮かべてから、足場を蹴って雷鳴と共に急接近する。
龍は美琴の刀が危険だと先の攻撃で分かっているため、接近されないように離れようとする。
雷と同じ速度で動く美琴からは逃れられず、下段に構えた陰打ちを振り上げて致命傷を負わせようとするが、龍が予想外の行動を取る。
黒雷を体から放出して、美琴がやったようにそれを物質化することで攻撃を防ぐという芸当をやってのける。
それには流石に美琴も驚いて目を瞠り、上から落ちてきた刀を後ろに下がりながら回避する。
龍は色んな創作物では人間よりも遥かに頭がいい存在として描かれるため、これにも反映されているのだろう。
でもまさか、目の前でやったことを一回で真似されるとは思いもしなかった。
下手に龍の前で自分の手を明かすようなことはしないほうがいいなと、地面に深々と刻まれた裂傷を見て冷や汗を流しながら思う。
「灰は灰に、塵は塵に!」
にらみ合いをしても意味がないので、踏み込んで間合いに一瞬で入り込み、少しでもダメージを負わせて動きを鈍らせようとするが、だんだんと美琴の速度に適応してきているので短期決戦必須だなと思っていると、灯里が魔術を放つ。
相変わらず、基礎の炎魔術だというのに大規模な炎の津波を発生させて、なおかつそれを自身の異常なまでの操作能力と杖による補助で、ミリ単位で調整して攻撃している。
「セエェ!」
更に、超加速をしながら壁を走ってきたリタが、自分の足に強化を集中させてから壁を蹴って直線状に龍に向かって行き、雷をたてがみから発生させて放って撃ち落とそうとするが、リタが大鎌を振って何もないはずの場所に突き刺して腕力のみで上に跳躍し、狙わせないように翼で加速してきたフレイヤの一撃を受けてから、リタの大鎌の渾身の一撃を叩き込まれる。
ザシュ! という肉を切るような音が鳴り、龍の鱗を傷付ける。
本当にこの二人はどうなっているのだと頬が引き攣りそうになるが、変わらず美琴が一番の脅威認定されているのか、他を無視して突っ込んでくる。
その突撃を上に跳んで回避して、体を捻りながら刀を振るおうとするが、直前で行動を止めて大きく迂回するように行動してから、右に振り抜く。
『厄介ですね』
「この龍、本当に特等くらいの等級が与えられててもおかしくないわね」
美琴が迂回するように動いたのは、攻撃しようとした瞬間に、射線が灯里と重なるような場所に移動したからだ。
陰打ちの一撃は、フレイヤのガンランスの六連爆撃を余裕で防ぐ鱗を、容易く断ち切るだけの威力がある。
そんなものが人に当たれば、怪我どころか即死する。
灯里の方を見れば、彼女も非常にやりづらそうにしている。
精密な操作で誰も巻き込まずに魔術を使えているが、やはり使いやすい状況で思う存分使える方が、彼女にとってありがたいのだろう。
龍は可能な限り美琴からは接近させず、自分のペースに巻き込んで美琴を殺そうとしてくるが、それを尽く躱して雷を撃ち込んだり斬撃を叩き込む。
雷は、猪原の時のように変な方向に向かって逸れるということはなく直撃するのだが、陰打ちのように鱗を砕くまでには至らない。
「征雷!」
徹底的に美琴とは距離を取って最も威力が高くなる至近距離で攻撃させないようにするが、美琴からすれば距離という概念はあまり関係ない。
離れられたら詰めればいい。そんなシンプルな戦法を取れる最大の要因は、雷と同じ速度で動けることだ。
雷鳴を轟かせながら踏み込み、すれ違いざまに斬り付ける。
切り傷からは血が噴き出るが、その程度の傷は瞬時に修復されて癒えて行く。
「相手は美琴さんだけではありませんよ!」
天井付近まで上昇したフレイヤが、周りに衝撃波を発生させながら急降下してくる。
それを一瞥した龍は回避行動を取ろうとするが、灯里がノタリコンで瞬時に唱えたであろう氷の箱の中に閉じ込められ、身動きが取れなくなる。
そこに音速を突破したフレイヤが着弾し、氷の箱を粉砕しながら龍共々地面に堕ちる。
「フレイヤさん、大丈夫?」
「平気です」
ギュン! と上に戻ってきたフレイヤは、涼しい顔をしていた。
あれだけの硬度のものに音速でぶつかり、更にそのまま地面に堕ちたのに無傷なんて、何をどうしたらそうなるのか不思議だ。
「万雷!」
地面に堕ちた龍は、周りに雷の塊を生成してから、そこから美琴達に向かって黒雷を放ってくる。
それに美琴は万雷を以って迎え撃ち、紫電と黒雷が激しく衝突する。
雷鳴が雷鳴をかき消し、その雷鳴をまた別の雷鳴がかき消す。
それを幾度となく繰り返し、広いボス部屋の中で落雷の音が幾重にも反響している。
「恵みを与え 破滅を与え命を愛おしく育み命を無慈悲に奪い取る)。闇を祓って忘却させ|新たに闇を創造して記憶する《CNDARI》!」
いつの間にかリタに抱えられて、安全な場所まで移動していた灯里が呪文を唱え、巨大な炎の塔を龍の下から発生させる。
炎の螺旋の塔に飲み込まれた龍は、咆哮を一つ上げるだけでそれを霧散させるが、灯里がローブの中に隠し持っていたガラス球をたたき割ることで、呪文を唱えずに発動させた氷魔術で猛吹雪と無数の氷の刃を生成し、かつて餓者髑髏にやったようにリアルタイムプログラミングで龍の全身を氷の刃で斬り付ける。
数秒間そのまま攻撃を続けていると、はっとした表情を浮かべる。
その直後、今までにないほど大きな咆哮を上げた龍が、灯里の氷の吹雪を蹴散らして姿を見せる。
「美琴さん! 顎の下が弱点です!」
「弱点……まさか龍の逆鱗!? 灯里ちゃんそれに触れちゃったの!?」
龍の逆鱗は、龍の弱点であると同時に決して触れてはいけない最悪の起爆剤だ。
ひとたび触れてしまえば、触れたものを塵一つこの世に残さないほど殺しつくすほどに怒り狂う。
逆鱗に触れるという諺は、龍の逆さの鱗に触れるという禁を犯した人間を殺していたと伝えられていたことから生まれたものだ。
灯里はその逆鱗に、魔術を通して触れてしまった。つまり、これからはあの龍は美琴やフレイヤ、リタを無視してまで灯里を殺しに来るだろう。
今まで以上に黒雷を体にまとわせた龍は、常人ならばそれだけで命を落としてしまいそうなほど濃密な殺気を放ちながら、部屋どころか下層が揺れているのではと錯覚するほどの、特大の咆哮を上げた。




