112話 魔術師といるなら射線管理は超大事
「中層のボスに挑むとして、どのボスに挑みますか?」
「たくましくなったわねえ、灯里ちゃん」
それぞれ交代制のような感じで上層モンスターを撃滅しながら驀進していると、何かを考えていた灯里が口を開いた。
何を考えているのだろうと思っていたが、まさかどのボスに挑むのかを考えていたとは思わず、あの時怯えて涙を流して、まだ下層には行けないと震えていた女の子と同一人物なのかと疑うほど、ものすごくたくましくなっていた。
「挑むとしたらやはり、大型ボスの方がいいでしょうね。私は基本ソロでここに潜っているので、よくライカンスロープと戦いますが」
「色んな武器を使った倒し方集っていう動画があったわね、そういえば」
ライカンスロープ、日本語で言えば人狼と呼ばれるボスモンスターは、数あるボスモンスターの中でも小柄なモンスターだ。
個体差などはあれど、最大でも八メートル程度しかない。
もちろん八メートルもかなりの大きさだが、中層ボス最大の餓者髑髏や、それに次ぐ大きさのゴリアテなどと比べると、大分小柄な方だ。
美琴達のように、火力がおかしいパーティーが戦うとなると、仲間を巻き込まずに連携などができるモンスターは大分限られてくる。
幸い、新宿ダンジョンにもゴリアテがいるので、中層ボス最高の硬度を誇る巨人兵に挑むことにする。
そうと決まれば、早速連携の練習と行きたいのだが、やはり上層程度ではどうしようもない。
視聴者達は足をほとんど止めることなく進む美琴達の配信を楽しんでくれているが、美琴は少し単調すぎるからあまり見栄えしないなと感じ、できるだけ早めに中層に行くために進行速度を上げる。
そしてそれに視聴者達は尚更盛り上がる。
「美琴さん、私達は連携に向いていないようなので、下層までは連携を鍛えるというよりも立ち回りなどを鍛えませんか?」
「立ち回り?」
「はい。今のところ、リタ以外の私達三人は、遠距離攻撃の手段を有しています。そうなると出てくる問題は、射線の管理です」
「つまり、同士討ちとかをしないようにする鍛錬をするってことですか?」
「その通りです、灯里さん。美琴さんは……フレンドリーファイア以前に、雷の速度が速すぎるので、射線が重なる前にどうにかしてしまうでしょうけど」
「撃つ前に立たれたらどうしようもないわよ。だから、フレイヤさんのその提案はありね」
彼女の提案は盲点だった。
今までは、トライアドちゃんねるという連携力の塊のような人達とコラボをして、自分から意識して射線が重なっているからこう動こうと考えることはなかった。
しかし、今ここにいるのはあの三人ように連携力で互いの不足を補う必要がない、むしろ下手に連携をしようとすると火力がガタ落ちする、ソロでしか真価を発揮できない連携不適合者のような火力モンスターだ。
フレイヤの砲撃も、美琴の雷撃も、灯里の超火力魔術も、下手に撃てば味方に当たってしまう。
だからこそ、こうした面々でパーティーを今後組むことになった際に、上手く立ち回って必要な時に攻撃ができなくなる、あるいは攻撃しても味方に当たらないように立ち回る訓練が必要だ。
”てことは、それぞれが順番に前衛と後衛を交代しながら、前衛が後衛が攻撃しやすいように立ち回る練習をするって感じか”
”美琴ちゃんとフレイヤちゃんは確かに必要だね”
”灯里ちゃん、この鍛錬いる?”
”針穴に糸を一発で通すような精密動作を常にやってる灯里ちゃんからすれば、例え邪魔になるような位置にいても、その操作技術で仲間を避けて攻撃しそう”
”餓者髑髏の時に、吹雪とかをリアルタイムプログラミングして、無数にある氷の刃を動いている相手に対して同じ場所に当て続けてたしね”
”今思うと、マジで灯里ちゃんの脳内どうなってんのか気になる”
”あらゆる情報を拾い上げて、それを瞬時に処理することができる魔眼を持ってても不思議じゃない”
”もはや魔眼じゃなくて超能力だろそれ”
”なんにせよ、灯里ちゃんは後衛だけか?”
「さ、最近美琴さんから薙刀術の動画を撮影して送ってもらって自主練しているから、完全に後衛専門じゃなくなってきた、かも?」
「最近頑張っているわよね。ちょっと前と比べて、体幹よくなったし」
「美琴さんと比べるとまだまだです」
「そりゃ、薙刀をやってきた時間が違うからね。でも、灯里ちゃん大分才能あると思うよ。魔術と並行してになるから超一流まではいかなくても、一流くらいには行けそう」
短期間で体幹がよくなったのは才能というよりも、灯里自身の努力量がすさまじいからだろう。
オンライン稽古をしている時も、毎回送ってくる動画の時間が数分のものが一本二本ではなく、六本七本、日によっては十本以上来る時もある。
努力をすることはいいことだが、しすぎもよくないので根を詰めすぎないようにと注意しているが、努力すればその分だけできる幅が増えることが楽しいのか、日に日に成長していっている。
「となると、まずは灯里さんがどれだけ前衛として動けるのか、確認したほうがいいですね。ちょうど、ブラッディウルフの群れが近付いているので、任せてもいいですか?」
「む、群れですか?」
「フレイヤさん、ここは私が行くよ。ここまで私ほぼ何もしていないようなものだし」
交代制のような感じで進めてきているが、雷で瞬殺するのはどうもぱっとしない。
やはり薙刀を持っている以上、体を動かしたい。そんな衝動が抑えきれず、そして毎回美琴の時は群れからはぐれているモンスターだったり、群れを形成しないモンスターだったので、一回でいいから多数対一がしたい。
そう申し出ると、フレイヤはやや呆れたように眉を寄せながら苦笑して、どうぞお好きにと譲ってくれる。
雷薙をしっかりと握って前に出て、下段に構える。
権能は使わず、美琴自身の純粋な身体能力と技だけで挑む。
ブラッディウルフが唸り声を上げたり吠えたりしながら接近してきて、美琴の柔肌や引き締まりつつも柔らかい筋肉を食い千切ろうと、その顎を大きく開ける。
それを見た美琴は、遅いなと周りに聞こえないくらい小さな声で呟き、すっと音を立てずに流れるように踏み込んで、先頭を走っていた血色の狼を縦に振り下ろした雷薙で両断する。
続けて腰を回転させるように捻りながら右に薙ぎ払い、二体のブラッディウルフの頭を斬って倒し、ふわりと跳躍しながら空中で体を回転させて一体を胴体の真ん中から両断する。
音も立てずに着地して、そのまま振り返って残りを一気に倒してしまおうと動こうとして、ぴたりと止まる。
それを狙って正面から一体が涎を垂らしながら飛びついてくるが、振り上げた右足で蹴り上げて天井に叩き付け、落ちてきたところを鋭く薙ぎ払った雷薙で止めを刺す。
いつもの癖で一気に片を付けようとしてしまったが、もうすでにやっているかどうかは分からないが、射線が重ならないようにする立ち回りの練習中だ。
美琴が今いる場所は、灯里のほぼ正面だ。彼女の卓越しすぎている魔術の腕があるとはいえ、美琴に当たらないようにするという余計な動作を入れさせてしまう。
(結構考えて動かないといけないわね)
今思い返せば、灯里と二人で潜っている時も今のようにほぼ直線的な動きで突っ込んでいっていたので、もしかしたら負担になっていたかもしれない。
とはいえ、超精密操作ができることは知っているため、少し左右にずれたりブラッディウルフ達の位置が美琴と灯里の中心かその直線状に重ならない程度に動く。
「穿つ雷、則ち雷霆の槍!」
飛びかかってきた一体を蹴り飛ばして、戻ってくるまでに他の個体を倒してしまおうと視線を外そうとした直前に、素早く唱えられた呪文が耳朶を打ち、超速で雷の槍が蹴り飛ばされた血色の狼の頭を貫いた。
視線を向けると、杖の先からぱりぱりと雷を僅かに走らせる魔術法陣を展開させている灯里が映った。
何も言わずにいたのに、美琴がどう動いているのかを察して攻撃してくれたのを見て、本当によくできていると感心する。
こうなったら、背後の敵は特に気する必要もないなと、射線が被らないように立ち回ることを意識しつつ動き回る。
正面の狼を下から振り上げた雷薙で両断すれば、背後から喉笛を狙ってきた狼は灯里の雷槍で頭を穿ち、振り返りながらその後ろに続いていた個体を口腔に向かって繰り出した突きで内部を蹂躙して倒せば、ほんの僅かな隙間を狙って放たれた雷槍で心臓を貫く。
所々立ち回りが甘く、かなり精密な狙撃をさせる場面もあったが、こうした立ち回りをやってこなかったうえに指導してくれる人もいないので、持っている自分の知識を駆使してやったにしては上手くできたほうだろう。
殲滅速度ではなく立ち回り重視で戦ったため、上層にいるにしては二分とやや時間をかけてしまったが、上出来だ。
「早速さっき言ったことを実践しましたね」
「もちろん。……最初の数秒はそれを完全に忘れて動こうとしてたけどね」
『いきなりお嬢様が動きを止めた時、視聴者の皆様が困惑なさっていましたよ』
「その後に灯里様が精密狙撃を披露して、余計に困惑しておりましたね』
”美琴ちゃんも灯里ちゃんも、適応力というか瞬時に合わせる能力が高すぎる”
”普段の超スピード攻略に見慣れているから二分は遅いって感じるけど、あの数のモンスターの群れを二人で二分って大分異常だな”
”立ち回りを超意識すると速度が落ちるって何だこれ”
”美琴ちゃんの超火力を抑えるのが連携っておかしいな”
”連携は仲間の長所を活かすためのものであって、火力を抑えるものじゃないんですけど”
”もうどこまでも常識が通用しないパーティーだ”
”美琴ちゃんと灯里ちゃんでこれなんだから、フレイヤちゃんとリタさんの連携とかどうなってるんだろう”
”超スピード処理と超火力殲滅が合わさって、もう止められないだろうな”
”幼馴染だし、阿吽の呼吸でやってのけそう”
コメント欄は、むしろ火力的に弱体化している美琴について多く書き込まれている。
火力的に弱体化しているというが、権能を使わずにいるのだからそりゃ火力も落ちるだろと言いそうになったが、上層は権能も使わなくてもまだ封印が健在の時でも、大体の戦闘を秒で終わらせていたので、確かに弱体化を受けている。
「では、次の立ち回り練習は私とリタですね」
「今更やる必要があるのかと疑問はありますが」
「新しい装備を使っているのですから、やったほうがいいでしょう」
フレイヤとリタ。幼馴染で、主とメイドという不思議な関係な二人。
この二人が連携をしたらどうなるのか、そしてどのようにして互いの長所を最大限生かすように動くのか、勉強になりそうだと期待する。
そのすぐ後にコボルトの群れと遭遇して、一瞬で半分をリタが処理し、射線が重なっていないもう半分をフレイヤの五連砲撃で瞬殺することは知らずに。




