111話 メイドの速いお仕事
ドッゴオオオオオオオオオン!!!
フレイヤが使ったガンランスの爆撃音を擬音で表現するなら、少々安っぽいがきっとこんな感じだろう。
きっとまだ他にも様々な機能が搭載されているだろうとは思っていたが、弾倉にある大きな専用弾を撃つでもなく、砲身そのものに何かしらの機構があるのか、チャージした魔力を余さず爆炎に変えて前方に指向性を持たせて発射していた。
先ほどの五発同時砲撃の時も後ろにノックバックしていたが、今の爆撃は強く踏ん張っていても同時砲撃以上大きく後ろに下がっていた。
「うーん……。威力は申し分ないですが、やはりチャージ時間がネックですね。あまり一撃に重きを置くより、チャージを短くして連発できるようにした方がいいのでしょうか」
「そんなものを連発できるようになったら、もう一人で深層行けるんじゃないかな」
「どうでしょう。何度かあなたの深層攻略のアーカイブを見返して研究していますが、この程度で渡り合えるとは思えません」
”多分美琴ちゃんの言ってることの方が正しいかも”
”なwんwだwよw今wのw”
”ガンランスの前方爆撃とか、もうあれじゃん”
”威力やっべえwwwww”
”オーディオインターフェースにヘッドセットぶっ刺して配信観てるから、あらゆる音が超高音質で聴けるんだけど、今の爆撃すら音質よすぎてお茶吹いた”
”リアルでゲームの武器作る人初めて見た”
”段ボールとかで再現している人はいるけど、そのままどころか凶悪度マシマシにして再現するのを見たのは流石にこれが初めてや”
”あの大剣といいランスといい、フレイヤちゃんの配信でよく出てくる白い翼といい、どうなってんだよwwwww”
”もうこの子一人で魔導兵装販売会社作れるだろ”
”フレイヤちゃんパパの会社は探索者御用達のEA社社長で、数多くの探索者がEA印の武器持ってるけど、フレイヤちゃんがお店立ち上げたら瞬く間にみんなそっち持ちそうなくらい性能えぐい”
視聴者達もフレイヤのガンランスの爆撃の威力がおかしいと思っているようで、美琴が言ったソロで深層攻略可能ということや、もし彼女が店を持ったらなどを想像して、数々のコメントを送ってくる。
「い、今のところ私達何も出番ないですね」
「このパーティーにいるのなら、今後もこうなることくらいは覚悟した方がいいでしょうね。それこそ、下層最深域や深層に行かない限りは、まともな連携はできないでしょうね」
「流石に全部そうならないように、権能は使わないでおきますよ。フレイヤさんも、あまり火力が高すぎるものは使わないでね?」
「あくまで試運転と軽い性能テストを兼ねているだけですから。ここからは、この武器の機能は使わずに、槍術だけで行きますよ」
フレイヤはそのまま引き続きガンランスを出したままにするそうだが、余程な出来事がないか下層まで行かない限り、あのトンデモ威力の機能は封印するようだ。
そのことに少しホッとしつつも、上層だと連携の練習になるようなモンスターがいないので、さっさと中層に行ってしまおうと提案し、全員それを了承してハイペースで進んでいく。
「そうだ。美琴さん、今日はお弁当とかは作ってこないで来ましたか?」
「フレイヤさんに言われたから作ってこなかったけど。理由はリタさんが作るから?」
「おっしゃる通りです、美琴様。本日のお昼はわたしが丹精込めて作ってきましたので、お楽しみに」
「リタさんの手料理かー。本当にフレイヤさんとはプライベートで会うこともなかったし、当たり前だけど初めて食べるなー」
「リタの作る料理は絶品ですよ。一度味わってしまうと、お店の料理では満足できなくなってしまうほどに」
「大げさですよ、フレイヤ様」
「大げさなものですか。私は本当にそう思っているんですよ」
フレイヤとリタは、二人で会話する時は母国語である英語で話すようだ。
それは癖なのか、それともやはり日本語よりも英語の方が楽なのか、恐らく後者だろう。
綺麗なイギリス英語を聞いて、この二人と頻繁にコラボしたり日常で会えば、友人と遊べる上に英語の勉強にもなるのではと考える。
『フレイヤ様のチャンネルは、英語と日本語が織り交ざった配信ですので、視聴者からはリスニングの勉強になると評判だそうです。お嬢様もリスニングや英語力強化のために、フレイヤ様の配信やアーカイブを日常的に見返してみてはいかがでしょう』
「確かにいいかもそれ。洋楽もリスニングにいいけど、歌で聴くのと実際に英会話を聞くのとでは、大分違うし」
「人の配信やアーカイブを、勉強のために利用しようとしないでください。流石に会話内容をしっかりと聞き取られるのは、少し恥ずかしいです」
基本英語を使う時はリタとの会話であることは間違いないのだろう。
彼女との会話となると、きっとその日の夕飯の相談とか、どうすればいいのかなどのアドバイスを聞いたりとかしている時だろうし、それを聞かれるのは恥ずかしいようで、ほんのりと頬を赤らめている。
それを見たリタがふわりと妖艶で妖しい笑みを浮かべ、フレイヤに近付いて耳元で何かを囁くと、瞬間湯沸かし器のように顔を一瞬で真っ赤にして激しく狼狽える。
”金髪碧眼美少女の照れ顔破壊力高s”
”あ゜”
”金髪美少女とメイド美少女百合とか最高すぎる”
”元々自宅配信とかで、フレリタてぇてぇを山ほど見せつけてくれてたからこの二人の百合カプ推しだけど、改めてフレリタは最高だな”
”何を言ったのか超気になる”
”顔真っ赤にして狼狽えるフレイヤちゃんに、ドキドキするような妖艶な笑みのまま追い打ちかけるリタさん、最高すぎ”
”俺もあんなメイドさんに、ドキドキする悪戯をされたい人生だった”
”美琴ちゃんとコラボして、そういうシチュボとか出してくれません? というか出しやがれください”
「あわわ……。り、リタさんってあんなに大人なんですね……」
「大人というか、フレイヤさんの反応が可愛くて見ていて面白いからやっているだけじゃないかな?」
『だとしても、あの二人の距離感はメイドと主の関係のそれではないですね』
「雑談の時幼馴染って言ってたし、立場がそれなだけで根っこは変わらないんじゃない? 仲がいいことはいいことだしさ」
数年ぶりに会っても変わらぬ態度で接してくれた、京都の幼馴染組二人。
当時仲よくしていた友達からすら化け物といわれ酷く傷付いている中、今まで通り、どんな力があっても美琴は美琴だと言って接してくれた。
今の彼女達は特等と一等の退魔師と大出世しており、美琴も同じように世田谷という町を救った英雄として大勢から認められた。
そうなってもあの二人は何も変わらず、ただ幼馴染として一緒に話してくれて、命を預け、預かることができた。
フレイヤとリタの関係も、それに似たようなものだろう。
「あ、美琴さん。モンスターの反応があります」
索敵魔術を使って周囲を警戒していた灯里が警告を出してくる。
もはやこのメンバーで上層で苦戦することなんて確実にないが、体はしっかりと人間なので、もし不意打ちを頭にでも受けてしまえば気絶あるいは死亡する可能性だってある。
「反応的に……かなり小さくて数が多いのでグレムリンですね」
「グレムリンかあ。私あれ嫌いなのよね」
「美琴さんにも嫌いなものあるんですね」
「だってあのモンスター、機械にいたずらして不具合起こすんだもの。まだ同接一人時代に、いつの間にカメラに張り付いて配信が切られて、そのままの状態で配信もしていないのに話し続けてた過去があるから」
グレムリンは小さな妖精型のモンスターで、基本群れで行動している。
その小さい見た目通りに力はほとんどないが、代わりに機械に対していたずらを仕掛け、不具合を発生させたりものによっては暴発させることもある。
本当に初期のころに配信を落とされて、そのまま二時間過ごしたこともあったことを思い出し、少し苦い顔をする。
そしてあのモンスターとフレイヤとの相性はよくない。
彼女の魔導兵装は、ギミックや機構などが数多く搭載されているため、分類上は機械に当てはまるだろう。
不具合が発生して上手く作動しなかったり、あの砲撃が不発に終わるとかだったらまだいいが、前方爆撃が勝手に起動して暴走して暴発でもされたら、溜まったものじゃない。
フレイヤもあのモンスターは苦手なようで、灯里の警告から少ししてから姿を見せた大量のグレムリンを目の当たりにして、すごく嫌そうな顔をしている。
「でしたらあれはわたしが。フレイヤ様と美琴様のお手を煩わせるわけにはいきません」
こつこつと踵を鳴らしながら前に出たリタが、どこからかあちこちに薔薇と棘の意匠が施された大鎌を取り出して構える。
一等探索者という非常に高い位にいるリタの強さや戦い方を知るいい機会だと、彼女を止めなかった。
「「「キキキキキキキキキキキキ!!!」」」
多くの声が重なって聞こえるグレムリンの甲高い笑い声。
いつ聞いても耳障りで不愉快な声だなと思っていると、瞬き一つの間にリタが群れの背後まで移動していて、優雅な佇まいで血払いをした直後に一斉にグレムリンが細切れにされる。
「……え?」
大鎌を出した時点で近接型なのが分かったので、細かい情報を読み取ろうとしっかりと見ていたはずなのに、全てが瞬き一つする間に終わってしまった。
「リタは加速系の魔術が大の得意なんです。彼女が本気を出して加速魔術を使うと、私でさえも防戦一方にならざるを得ません」
「速すぎる」
”速すぎるなんてもんじゃねえ!?”
”何が起こったマジで”
”リタさんの姿が消えたと思った時にはグレムリンが細切れになってた”
”あ、ありのまま起こったことを話すぜ……! 俺は確かに、リタさんの戦闘を見逃すまいとしっかりと見ていた! なのに、気が付いた時にはその戦闘が終わっていた! な、何を言っているのか分からねえと思うが、俺も何を言っているのか分からねえ……!”
”やっぱりリタさんも、普通の一等探索者としてカウントしちゃいけないタイプの女の子だったか”
”ねえ、まじでどうして美琴ちゃんの周りには、異常スペックの女の子たちが集まってくるの?”
”全員何かしらの魔神で、実は魔神パーティーでしたって言われても信じるぞ”
”メイド服着た美少女が大鎌持つとか最高だなーって眺めてたら、マジで気が付いた時には終わってて草”
”あのー、なんだろう。まだ上層にいるのに下層並みの取れ高持ってくるのやめてもらえます?”
権能を使っていない状態でも、美琴の情報処理速度などは人よりも大分早い。それはきっと、現人神となった時の影響なのだろう。
それにしたって、いくら権能を使っていないとはいえ、全く目視すらできないのは流石におかしいだろと思い、灯里の方を見る。
「ち、ちゃんと魔力を消費して魔術を起動しています。フレイヤさんが言った通り、卓越した加速魔術の使い手のようです」
『こちらも魔力の流れを確認いたしました。ハイスピードカメラを用いても、動き出しの瞬間と、ほぼ同時に放たれた大量の斬撃の軌道と群れを抜けた後の挙動しか見えませんでした』
「さらっとすごい情報が飛んできたけど、むしろよく撮影できたわね」
『十万分の一まで落としても、辛うじてそれが見えただけです。もし本気を出せば、これでも無理でしょうね』
一秒を十万コマで撮影してやっと、辛うじて撮影できたリタの高速処理。
フレイヤが、リタが本気を出したらと言っていることから、彼女の本気はこの程度ではないのだろう。
灯里という例が隣にいるから、どれだけ常識外な性能をした魔術を持っていてもそれを魔法と勘違いすることはないが、もしいい例が隣にいなかったらあの加速魔術を魔法なのではと疑っていたかもしれない。
「お掃除が終わりました。さあ、先に進みましょう」
優雅に一礼して道が開いたことを伝えるリタ。
今日のコラボ相手は、今まで以上に連携をするのが難しいほどの強さを持っているなと、後悔はしていないがせめてもっと事前に情報を集めるなり、もっと早めに彼女達と合流して手合わせをしておけばよかったと反省する。
ともあれ、過ぎたことは仕方がないのでまずは最初の見せ場である中層のボス部屋を目指して上層を突き進んでいく。




