109話 お嬢様とお嬢様とお嬢様とメイド
それはある日の午前中だった。
なんとなくツウィーターを開いて、適当にぼーっと流し読みしている時に、一通のメッセージが届いたのだ。
昼休みで昼食のお弁当も食べ終え、暇で、冬とはいえ窓際は比較的暖かいこともあって、眠気付きでボーっとしているところに届いたそのメッセージは、一瞬で眠気を吹っ飛ばした。
メッセージの内容は、全文英語で「If you're okay with it, would you like to do a collaboration livestream? From Freya」とあった。
ここ最近、何かと話題に上がっている新宿に現れた超大型新人配信者、フレイヤ。
数々の異常な性能を持つ魔導兵装を用いて、次々とモンスターを蹂躙していく様は、瞬く間に人気を獲得してあっという間に登録者百万人を超える大物配信者となった。
フレイヤとは、どこかしらの大企業が主催のパーティーなどで何度か顔を合わせており、年齢も同じであることから一緒になった時は会話するようにしていた。
意外と話が合うのですぐに意気投合し、連絡先を交換するだけしていたのだ。
今回メッセージが飛んできたのはその交換した、周りが緑色で白い吹き出しのあるメッセージアプリの方に来たため、間違いなく本人からだ。
一体いきなりどうしてと思ったが、最近何かと話題に上がってきて少し話をしてみたかったので、ちょっとだけ悩んだがコラボ配信を了承した。
せっかくなので、コラボをすることだけは明かして誰とするのかは配信するまでは完全に伏せて、視聴者達を驚かせてやろうと企み、フレイヤもそれにノリノリだった。
そして、土曜日の午前中。たまにはいつもとは違うダンジョンに行こうということで、美琴の方が新宿ダンジョンに足を運ぶ形となった。
「新宿ダンジョンなんて初めていきますけど、あまり変わらないんでしょうか」
一応灯里にも声をかけたら、魔導兵器というものが気になるということで連れてきた。ルナは、一か月ぶりの体調不良で欠席だ。ものすごく悔しがっていた。
「ダンジョンの内部構造はそこまで変わることはないと思うわよ。出現するモンスターとか、ボスモンスターの種類とかは、場所によって変わるっぽいけど」
『新宿ダンジョンは世界屈指の難易度を誇る「難解ダンジョン百選」に常に選出されている場所ですから、そこいらのものとは違いますよ。世田谷ダンジョンも、百選に選ばれたり選ばれなかったり年によって違いますが、あそこも十分難解ダンジョンと言っていいでしょうね』
毎年世界中の探索者ギルドからのデータを統合して発表される、難解ダンジョン百選。
世田谷ダンジョンはそれに二年連続で選ばれる時もあれば、五年連続で選ばれない時があったりと、その時でまちまちだ。
それに対して新宿ダンジョンは、常にかなり上位の方に食い込んでいる。
理由としては、新宿が人と欲望、負の感情の呪いの坩堝だからだろう。
新宿自体、日本全土で見ても怪異の数がかなり多い場所で、怪異と同じ仕組みでモンスターが生まれるダンジョンがその下にあれば、同じように強力なモンスターがわんさか生まれる。
そういった事情背景もあって、新宿は選出が始まってから常に、上位に食い込んでいるのだ。
「ところで、フレイヤさんってどんな人なんですか?」
「うーん、一言で言うと、紛れもないお嬢様って感じかな。上品さとか気品とか優雅さがまるで違うの。でも性格はすごく穏やかで優しくて、多分灯里ちゃんもすぐに打ち解けるわよ」
金髪委碧眼でスタイルもよく、一挙手一投足が常に優雅なフレイヤ。
まとっているオーラというか、雰囲気が本当にお嬢様で、物腰は柔らかいし話す時も必ず敬語なのだが、その雰囲気もあって嫌味な感じがしない。
『お嬢様も社長令嬢であり、祓魔十家の娘であることをお忘れなく』
「しっかりとお父さんとお母さんの娘だって自覚してますー。でも日常ではあまり目立ちたくないから、フレイヤさんみたいに常にあんな優雅にはしていられないよ」
「そんなにオーラがあるんですか?」
「会えば分かるわよ」
これ以上は口で説明するより、直接会った方が分かりやすいと判断し、そう伝える。
それに、会ってからずっと妹のように可愛がっているが、灯里だって燈条家の次女、つまりは美琴やフレイヤと同類ということになる。
探索者ギルド新宿支部に先に足を運び、そこの更衣室で美琴と灯里はいつもの着物やローブではなく、琴音が張り切って作ったクランの制服を着る。
元々着ていたローブをベースに、灯里の可愛さが引き立つようにかなり手が加えられ、そして家族三人で頭を捻って作った、七鳴神使用時に現れる七つ金輪巴と全ての力を物質化して作る刀、夢想浄雷の描かれたエンブレムが左胸に付いている。
もちろんただのローブではなく、きっちりとかなり強力な術式が編み込まれている呪術礼装で、下層のモンスターの攻撃でもそう簡単に破れないほど頑丈になっている。
美琴は、普段着ている着物と大差ないが、所々デザインに変更がなされていて、同じように左胸に夢想の雷霆のエンブレムが付けられている。
こうして身にまとってお互いを見ると、いよいよクランとして本格的に動き始めたなと実感する。
「うん、よく似合っているわよ」
「美琴さんも、普段のと大きく変わったわけじゃないですけど、とても似合っています」
「ふふっ、ありがとう」
着替え終わり、更衣室を出る。
フレイヤとはダンジョンの入り口近くで会う約束をしている。
今回は雇っているメイドのリタも連れてきているとのことなので、恐らくすぐに分かるだろう。あの二人はどこにいても目立つ。
ギルドを出てまっすぐダンジョンに向かって行くと、次第に人だかりが増えてくる。
女性はやや妬まし気な目を向け、男性は頬を赤らめて一か所視線を釘付けにされている。
灯里とはぐれないように手を繋いで人だかりを抜けると、その先には上品で優雅な二人組の少女がいた。
「相変わらず、どこに行っても注目の的ね、フレイヤさん」
「美琴さん、お久しぶりです。それはあなたにも言えることじゃないですか?」
声をかけると、緩やかなウェーブのかかった長い金髪をふわりとなびかせながらこちらを向いて、思わず同性でもどきりとしてしまう微笑みを浮かべながら言葉を返してくるフレイヤ。
全体的に上品で穏やかな雰囲気をまとっているのに、軍服のようなものを身にまとっていることもあって、ギャップが激しい。なのにしっかりと着こなしているのがすごい。
「お久しぶりです、美琴様。灯里様ともお会いするのはお久しぶりですね」
メイド服を着たリタが、折り目正しく腰を曲げて頭を下げる。
「え、リタさんと灯里ちゃんて面識あるの?」
「み、美琴さんが深層に行っている間に、友達とお出かけした時に偶然昌さん一緒にお出かけしていたリタさんと会ったんです」
「そうだったんだ」
どうして昌がリタと知り合いなのだと思ったが、彼女はよく分からない交友を結構広く持っているので、恐らくそれでどこかの紹介で知り合って友人関係になったのだろうと、自分の中で結論付ける。
「こうして見ると、美琴さんには和服がよく似合いますね。私ももう少し、背が高ければよかったんですけど」
「そうかしら? フレイヤさんも着物とかよく似合うと思うけど」
「美琴様の場合、丈が短くミニスカートのようになっているから、そう見えるだけではないでしょうか」
「二人は背が高くて足も長いからそう言えるんですよ」
「フレイヤさんも足長いと思うけど」
ちょっぴり不機嫌そうに頬を膨らませるフレイヤ。
美琴とリタが揃って百七十を超えているため、自分だけ百六十ちょっとなのを気にしているらしい。
日本人の視点で見れば、フレイヤも十分長身だが、隣の芝生は青く見えるのだろう。
そろそろ人の目も集まり始めて、時間も迫ってきたので、ダンジョンの中に入ることにする。
守衛にライセンスを提示して入り口をくぐり、見慣れているのに普段とは違うダンジョンの壁に新鮮さを感じる。
「リタさんはメイド服のまま?」
「もちろんでございます」
「……日本のアニメとかに影響を受けて、とかじゃないよね?」
「とんでもございません。ですが、メイド服はわたしにとってはある種の戦闘服ですから」
「やっぱり影響受けてない?」
アニメや漫画では、メイドがやたらと強く描かれることがあるが、リアルでそんなものを見るとは思わなかった。
さっき入り口を通る時にリタもライセンスを提示していたが、見た目のせいでものすごく疑われていたのに、一等探索者であると判明した途端に守衛が手のひらを返していた。
なんでメイドをやっているのに一等探索者なんだとツッコミたいが、何を聞いても多分「メイドですから」とか「メイドにだって秘密はございます」とか言われそうだ。
「よし、ここら辺からかな。フレイヤさんも準備はいい?」
「ばっちりです。……配信に関しては美琴さんの方が先輩なんですから、分からないことがあったら助けてくださいね?」
「私もまだ活動歴一年未満の、新人の部類なんだけどね。まあ、何とかすると思うけど。それじゃ、準備を始めましょう」
配信開始時刻まであと数分だったので、髪や服の乱れ、配信の環境などをチェックする。
すでに待機人数が百万近くになっており、毎回どこからこの人数が来ているのだろうかと、少しだけ不安になる。
そして約五分後、配信時刻になったので二人同時に開始ボタンを押して配信を始める。




