105話 黒い怒り
パーティーリーダーを務め、アタックチャンネルというセンスの欠片もない名前のアワーチューブチャンネルを運営している、二十を超えた成人男性猪原進。
チャンネルの登録者数やアーカイブ、切り抜き動画の再生数が伸びない理由を自分で考えず、恐らくではあるが自分が気に食わないルナに全ての責任を擦り付けて追い出し、その後灯里をパーティーに入れた。
パーティーに入れたのだって、最初は新人ということで嫌がっていたが、燈条家の次女と知って態度を変えて加入させ、あわよくば雅火とのコネクションを手に入れるため。
そして、何を思ったのか、魔法使いではないのに灯里のことを魔法が使える魔術師だと都合のいい風に解釈し、その力を自分達のチャンネルとクランの勢力拡大に使おうとした。
しかし、魔法は魔術師である間は何があっても使えないし、魔法は魔法使いのみが使うことを許された最高の奇跡。
雅火という炎の魔法使いが存在している以上、彼女が死ぬかその力を誰かに継承させない限り、次の炎の魔法使いは何があっても現れない。
この部分はあまり知られていないこととはいえ、炎というものが持つ特性がそのままあらゆるものに適用される魔の法律そのものなのだから、ちょっと考えれば分かることだ。
それなのに魔法を使うことができないと知ったらまた態度を変え、灯里を通常種の妖鎧武者の前に放り出して囮にして逃げ出し、灯里が美琴に保護されてパーティーを組むまでの一か月間、毎日のように暴言を浴びせられた。
更に、灯里という十五歳の誕生日を迎えたばかりの中学二年生の未成年を、成人四人が揃いも揃って見捨てて我先にと通常種のモンスターから尻尾を撒いて逃げ、その様子がばっちりと人気が爆発しまくっている美琴の配信に映ったことで、ブラッククロスは超超超特大炎上し、最終的にクランの崩壊を招いた立役者のような存在。
それが怒りで顔を赤くして、肩で激しく呼吸しているぼろぼろな装備に身を包んだ男、猪原進という男だ。
『───そして現在、イノケンティウスの討伐、魔神アモンとの大激戦、深層上域攻略の最大の立役者であるお嬢様率いる、現状最強パーティーに無謀にも喧嘩を吹っかけてきた、マントルすら通り抜けてそのまま地球の反対側まで突き抜けそうなほどアホで可愛そうな二等探索者(笑)でございます』
「てめぇらさっきから俺に向かって喧嘩売ってんのか!? 俺達がどこのクランに所属してんのか分かってんだろうな!?」
嘲るように視聴者達にナレーションをしていたアイリに向かって、猪原が唾を飛ばしながら怒鳴り付ける。
灯里に対して怒鳴ったわけではないが、一か月間も暴言を吐かれ続けたトラウマか、体をびくりと震わせる。
「あの、灯里ちゃんが怖がっているので、そのうるさい口を縫い付けてでも黙ってくれないですか?」
「あ゛!?」
「バカ原、美琴先輩が口を糸で縫い付けて黙れって言ってんだから、その通りにしなさいよ。じゃないと神罰が下るわよ」
”バチギレ美琴ちゃん初めて見た”
”灯里ちゃんと初めて会って事情説明した時もかなり怖い顔してたけど、表情を一切変えずに怒るともっと怖いな”
”せっかくのてぇてぇタイムを邪魔されたんだ。殺されたって文句は言えねえよなあ!?”
”つーかこいつら脳みそ素粒子程度も詰まってないじゃん。なんで建設した瞬間から世界最強クランになった夢想の雷霆のスーパー美少女マスター美琴ちゃんに、そんな強気で喧嘩売ってんだよ”
”今お前が全て言ったゾ。素粒子程度にも脳みそが詰まってないからや”
”小柄ロリの灯里ちゃんをあんなに怖がらせて……。そんなに自殺願望がおありなら、回りくどい真似しないでさっさと〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇”
”やべー暴言コメント書き込んだせいで伏字になってるやつおって草”
”諸君、私は戦争が大好きだ。諸君、私は至高の尊い空間を穢し邪魔する愚か者を粛正するのが大好きだ。諸君、我らの雷神様を崇拝し眷属を名乗る同志諸君。君達は一体何を望む?”
”戦争!”
”戦争!!”
”戦争!!!”
”よろしい、ならば戦争だ。さあ、我々の最高の魂の癒しである高身長ナイススタイル美少女と小柄ロリのてぇてぇを邪魔した愚か者に、生きていることさえも後悔するほどの地獄を見せてやろうではないか”
”ここにもあのイカれた少佐がおるwwwww”
コメント欄も予想外の闖入者に大盛り上がりを見せ、美琴自身に対してではないと分かっていても、まるで自分のチャンネルが炎上しているような錯覚に陥る。
『随分とみすぼらしい格好になりましたねえ。ルナ様が抜けてから灯里様を加入させ、彼女がパーティーにいる間はまだ何とか中層を探索できる程度の強さはありましたが、その強さは協力という言葉ですら生ぬるい実力を持った、もはや世界のバグと言っても差し支えない二人の幼い魔術師によって成り立っていたことを、骨の髄まで理解できましたか?』
「黙れAI! そんなわけない! 俺には最上呪具があるんだぞ!? なのに中層程度すら突破できないのは、そこのルナ・エトルソスが俺達に呪詛をかけたに違いない!」
「あんたバカじゃないの? 呪詛は魔術でも呪詛魔術っていうジャンルに含まれているもので、死ぬほど面倒な儀式をしないと発動させることができない、超高等魔術の一種なのよ? 呪術の方だって、呪詛は面倒な発動条件をクリアしないと発動できないし、失敗したらかけようとした倍以上の呪いが自分に帰ってくるリスクがあるんだから、あんたみたいな雑魚に命かけてまで呪いをかけるわけないじゃない」
呪詛は相手に災いが降りかかるように呪い、祈ることを指す言葉だ。
もっとも有名な呪詛は、藁人形を五寸釘で神社の御神木に打ち付けて呪い、丑の刻参りが知られている。
丑の刻参りは、七日間にわたって神社の御神木に藁人形を五寸釘で打ち続けなければ効果を発揮せず、またその最中を他人に見られると効果を発揮しなくなってしまう。
他にも必要な道具もいくつかあり、お手軽に使える呪いという印象があるが、実は意外と手間がかかる呪いだ。
しかも呪いをかけることができたからと言って必ず全て相手に行くとは限らず、相手にかけようとした呪いが全て自分に帰ってくるという、呪詛返しが発生する可能性もある。
呪詛返しは相手にかけようとした呪いがそのまま返ってくるのではなく、倍増して返ってくるので、呪いの内容によっては返ってきた瞬間に死ぬ。
ルナな魔術師だがしっかりと術の勉強をしているようで、呪いというものがどれだけ強力で、それ故にどれだけリスクが高いのかを理解している。
だからこそ彼女は呪いなんてものを猪原達にはかけなかったし、彼らが思うように探索ができないのは百パーセント自分達の実力が圧倒的に不足しているからだ。
「第一、あんたらどうやって下層の中域まで来たわけ? まさか、ずっと私達の後ろを付けてきたわけ? うっわ、気持ち悪っ。ストーカーまがいな行為して恥ずかしくないわけ?」
自分に合った階層で地道に活動を続けて、核石や素材などで収益を得ている駆け出しの方がまだいい装備をしているくらい、彼ら四人はぼろぼろだ。
中層ですら何度も撤退を余儀なくされている程度の実力しかないのに、どうして下層中域にいるのだろうかと、首を傾げる。
考えられることとしては、ルナが言った通りずっと後ろからストーキングすることで、安全を確保して付いてくることだが、もしそうだとしたらこのタイミングで声をかけてきた理由が分からなくなる。
ならば何なのだろうかと頭を捻るが、何か嫌な気配が猪原からするだけで何も分からない。
「そこの化け物はともかく、お前らみてえな体が小さくて乳臭いガキをストーキングして何の得があるんだよ! どうでもいいからさっさと俺らにかけた呪詛を解除しやがれ! できねえなら詫びに俺達のパーティーに入れ!」
「自分で追い出しておいて何狂ったこと言ってんの? どんな大金積まれようが私はそっちには戻らないわよ。今の私はね、人生で一番幸せなの。背が高くて美人でいい匂いがして優しい先輩と一緒にパーティー組んで探索する。こんな夢のような場所から離れて、あんた達のいるドブの方に行くわけないでしょ。ましてや、美琴先輩を化け物呼ばわりするバカがいるところなんて」
『そもそもブラッククロスはただでさえ、あのマスターの息子の愚行のせいで落ち目。今更どれだけ勧誘したところで、誰も加入したがらないでしょう。それでなくとも、お嬢様の側が一番安全なのは火を見るよりも明らかですから』
「ルナちゃんもアイリも随分煽るわねえ」
『お嬢様も中々いい言葉をお使いになられておりましたよ』
何もかもが思い通りに行かない猪原は、ぶるぶると体を震わせて、まともな手入れもできていないのか、せっかくの最上呪具なのに着ているもの同様にぼろぼろになっている刀の呪具を抜き、構える。
探索者同士の私闘は、原則禁止だ。程度の軽い手合わせならば問題ないが、下手をすれば命を落としかねない戦いは禁止されている。
他にも故意に他探索者を傷付ける行為なども禁止であり、それを破れば大きなペナルティが課される。
過去に暗殺のような形で襲撃してきた黒の驟雨が、どのような末路を送ったのか、彼らも知らないわけではあるまい。
それなのにああやって武器を抜くということは、もはや考える力もないのだろう。
「一応、私の配信は百万人近くに見られているんだけどなあ」
ツウィーターで何かがトレンド入りを果たしたのか、少しずつ増えて来ていた同接数が一気に跳ね上がった。
こんな不健全な話題で同接が増えても全く嬉しくないのだが、視聴者側は破滅の道を強烈な推進器を積んだロケット並みに突っ走っている、憎たらしいブラッククロスの自滅を楽しんでいるだけだろう。
「ね、ねえ、進。やっぱりこんなこと───」
「俺の言うことが聞けないってんなら……痛い目見たっていいってことだよなあ!」
メンバーの一人である女性が猪原に何か話しかけるが、それを無視して飛びかかってくる。
はっきり言って、探索者を始めて二か月くらいの新人の方が、まだいい動きをするくらいには、洗練された無駄な動きをしている。
足運び、呼吸、何もかもがめちゃくちゃで、まるで戯れで武器の形をした玩具を持ってチャンバラごっこをしている子供を見ているような気分になる。
恐らくは自力でどうにかここまで来たのだろうが、あんな素人以下の動きしかできないのにどうやってここまでと、疑問が尽きない。
とりあえず、真っ先にルナに向かって突撃してきているので、そっと優しい手付きで裾を掴んでいる灯里の手を放させて、安心させるようにふわりと微笑みかけてから、電磁加速の道を作ってその中を一瞬で駆ける。
本来であれば鏡のように美しく輝いているであろう刀も、手入れがろくにされておらず刃ががたがたになっているし、刀身が可哀そうなくらい曇っている。
こんな性能を十分に発揮できない、未熟にもほどがあるろくでなしの所有者の手にわたってしまい、可哀そうだと思っても持ち主登録されている以上強引に奪って自分のものにすることもできない。
だがとりあえず、こんな素人にいつまでも持たせておくわけにもいかないと、合気で来た道を返す様に投げ飛ばしながら、太刀取りで刀を手から奪い取る。
「うわ、間近で見ると本当に酷い。せっかくいい刀なのにこんなにがたがたにして。刃もぐら付いて鍔鳴りもしているし。最上呪具だからって、手入れをしなくていいってわけじゃないのに。って、よく見たら刀身に錆も浮いているじゃない!? しかもこれ、唾でできたやつ!? 刀をこんな風になるまで放っておくなって、最っっっ低」
「なっ!? お、俺の刀!?」
投げ飛ばされた猪原は、いつの間にか自分の手から刀がなくなっていることに気付き、観察するように見られている美琴の手にある刀を奪い返そうと、立ち上がってまた突進してくる。
身長は同じくらいだが、シンプルな筋力で言えば彼の方が上だ。押さえつけられたら、恐らく抜け出せないだろう。
だがそれは掴まれて組み伏せられればの話で、どれだけ体重や筋力に差があろうと、鍛え上げられた技はそれを遥かに凌駕する。
「ほい」
「うがっ!?」
掴みかかろうと伸ばしてきた両腕を軽く叩いて受け流し、一センチでも灯里の方に向かわせないように襟首を掴んで足払いして転ばせて、雷で筋力を増幅させてそのまままた来た道を戻すように投げ飛ばす。
「げほっ、げほっ! てめえ、俺の刀を返しやがれ!」
「返しますよ。でも、こんなぼろぼろになるまで手入れをされていないのを見て、道具を大事にしない人にはすぐに返したくないです。せめて、ギルドにあるお店で研いでもらうなりしてもらってからじゃないと」
「うるせえ! ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと返せ!」
がばっ、と起き上がって飛びかかっては投げ飛ばされ、また起き上がっては投げ飛ばされる。
はたから見れば、美琴が武器を奪ってそれを奪い返そうとしている絵面で、実際その通りだが、そもそもは最初に彼が刀を抜いて襲いかかってきたから、攻撃手段を奪っただけだ。
探索者の規約に「故意に他探索者から武器を奪い取り、それを自らのものとしない」とあり、それに抵触してはいないだろうかと内心若干不安になる。
掴みかかられそうになっては投げ飛ばすを十回以上繰り返すと、猪原の無駄に高いプライドが爆音を立ててへし折れたのか、投げ飛ばされて仰向けになったまま起き上がらない。
「くそ……。どうして、どうしてだよ……!」
頭を打って気を失ったのではないかと思ったが、絞り出すような細い声が聞こえてきたので、意識はあるとホッとする。
「なんでそこのガキ二人をパーティーに入れているのに、俺達だってそいつらを仲間にしたってのに、どうしてここまで結果が違うんだよ……!」
「え、それ自分で言います?」
『果てしなく自業自得の結果でしょう。今までの配信アーカイブを見返しますか?』
猪原は自分のために二人を利用し、成長しない理由を全て灯里とルナに押し付けて自分の行動を反省せず、直すべきところを直さなかったから成長しなかった。
美琴はシンプルに厚意と、自分の連携力強化と新人である灯里の育成のためにパーティーを組んだ。
灯里が援護しやすいように立ち回ったり、彼女が戦いやすいように露払いをしたり、戦っていない間は意見交換などをして行動を振り返って反省し、それを次の戦いに活かして磨き上げていく。
そうすることで、美琴自身の力は大きく変わらずとも、連携力という部分では大きく成長していった。灯里の火力も壊れていき、次第に連携に向かないパーティーとなって行ったわけだが。
「ふざけるな……! お前のような、背が高くて胸がデカいだけの小娘が、俺達よりも先に行っていい道理はない……! 俺達のパーティーが、チャンネルが、クランがこうなったのだって、全部……全部全部全部全部! お前のせいだ!」
「責任転嫁止めてもらえません?」
「勝てないからって子供みたいに駄々こねて、みっともない。それでも大人?」
途中からやることがないからと、灯里の方に行っていたルナが、後ろの方から茶々を入れる。
「許さない……何があっても、例えお前が泣いて土下座で謝っても許さない!」
呆れたようにため息を吐くと、妙な気配を猪原の方から強く感じる。
それは彼がここに現れてからずっと感じていたもので、それは爆発的に強くなっていく。
「お前が俺達から全てを奪ったように……今度は俺が! その地位も、名声も! お前の純潔さえも! 全てを奪ってやる!」
強烈な憎悪と怒りのこもった声で叫ぶと、猪原の胸の中心から《《黒い雷がほとばしる》》
「なっ!?」
黒い雷は天井と壁を抉り壊していき、それがそのまま美琴の方に向かって飛んできた。
咄嗟に左腕を前に突き出して、紫電を放出して相殺しようとするが、どういうわけか黒い雷は美琴を避けるように四方に弾けて、壁と地面を傷付ける。
今のは一体どういうことだと首を傾げるが、今はそれよりも、謎の力を覚醒させたのか元々持っているものなのかは不明だが、ダンジョンの壁を破壊できる威力の雷を放つ猪原を無力化する方が優先だ。
持っている最上呪具を一旦ブレスレットの中にしまい、雷薙を取り出す。
相手は完全に丸腰の状態なので、斬りかかったら大怪我を負わせてしまうため、刀身に分厚い布を巻き付けて斬れないようにする。
「み、美琴さん!」
「大丈夫。安心して。すぐに終わらせるから」
心配そうに声をかける灯里に優しく語りかけ、ふわりと微笑みかける。
「雷電、美琴おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
獣のような絶叫と共に、辺りに黒雷を巻き散らしながら猪原が飛び込んでくる。
そんな彼を迎え撃つように、雷を体にまとわせて雷薙を開放して己を強化し、雷鳴と共に踏み込む。




