104話 最悪な再会
”美琴ちゃんも伝説を連続樹立してるやべー子だけどさ、灯里ちゃんがだんだん美琴ちゃん化してきて怖い”
”もう何回、この幼女にすごいって言ったか分からんwwww”
”あのー、あなたの言う苦手っていったい何なんですか?”
”苦手どころか普通に得意だろwww”
”有識者曰く、灯里ちゃんのあの風魔法は余裕で高等魔術に分類されるものだそうです”
”流石は魔法使いの妹。このまま魔法使いになってもおかしくない腕をしてる”
”ルナちゃん目当てで配信観てたら、三人の美少女のファンになってしまった”
”女の子だけのパーティーって字面だけ見れば心配するけど、美琴ちゃんと灯里ちゃんの名前を見れば安心できるの不思議”
”女の子だけでも世界中のどのパーティーよりも強いの草”
”もう灯里ちゃんが魔法使いって言われても信じるくらいすごい”
マリオネット・レギオンを討伐した後、大きな核石を回収して先へ進む。
せっかくボスを倒したのだし、まだ時間もあるのだからもう少し先に進もうと申し出て、そのまま進んだのだ。
進んだ先で灯里とルナの魔力の回復を待つ休憩を取り、その間雑談というような形で視聴者達とあれこれ話していると、次第に先ほどのボス戦の話題になって行った。
「ちょっと、私がヤバい子ってどういうことよ。女の子にそんなこと言わないの!」
『数々の記録を更新しまくった挙句、化け物相手に市民全員を守り抜きながら倒し、深層攻略の最大の功労者となっておきながら何を言いますか』
「うぐっ……」
それを言われると、ヤバい子と言うものを否定することができなくなり、言葉に詰まる。
最近このAIの進化が激しく、元から言いくるめられたり騙されることもあったが、最近は特に酷い。
トップダウン型のAIだと言って渡されたが、本当は実現不可能とされたボトムアップ型だと言われても信じるほど、人間っぽさが出てきている。
ボトムアップ型AIは人間の脳の構造そのものを完全に再現して、そこに知性を発生させるという手法で作られるのではと考えられていたものだ。
結局それは実現不可能という結果になったが、もし完成していれば人間と全く同じように、トップダウンのように知っているものしか答えることができないのではなく、持っている知識を元に習っていないものの答えを導き出すことができるようになる。
最近のアイリは、知っていないだろうなと思いながら聞いても普通に答えてくるので、学習している量がすさまじく膨大な知識があるから答えられているのかもしれないが、あまりにも機械的ではなく自然に答えてくれるので、そう思うようになってきた。
『それはともかく、先ほども言いましたがやはりクランを建てて正解ですね。灯里様の魔術師の腕は、日々異常なほどに上昇しています。このまま行けば、理論的には魔法使いに到達できる可能性があるほどに』
「やっぱりそんな度合いで成長していっているんだ。もしクラン建てなかったら、今頃どうなっていたのかしら」
『少なくとも、今のようにのびのびと自分のやりたいように探索者活動はできなかったでしょう。今回はブラッククロスという大きな腐敗にメインスポットが当たって荒れましたが、ブラック企業も真っ青なブラッククランはほかにもたくさんありますから』
ブラッククロスという日本三大クランという超大手のブラック振りが露見し、あまりにも数多くの悪行なので異常なまでに注目を浴びていたが、アイリの言う通りそこだけではない。
もし夢想の雷霆に灯里を入れなかったら、今頃は大量のパーティー、クラン、企業などから昼夜問わず勧誘されて、今のような活動はできないのは確かだ。
もしかしたらどこかのクランや企業に所属して、いいところであれば楽しくそこで活動できるかもしれないが、もし労基法をガン無視したブラックな場所だったら、中学生にして社畜のようになっていたかもしれない。
「本当、先手を打ててよかった。そこは冗談抜きで助かったわ、アイリ」
『私はお嬢様にお願いされたことを、徹底的に守っただけでございます』
「そのまま私のこともからかうことを止めてくれたらもっといいんだけど」
『視聴者の皆様が、拗ねるお嬢様を観たいという時がありますので』
”美少女が拗ねているのを見ることでしか得られない栄養がある”
”アメリカの大学では、美少女が拗ねているのを眺めているだけで寿命が延びるっているデータがあるの知ってる?”
”ただでさえ超美少女なのに、ちょっと不機嫌になってむすっとしたり頬をむくれさせるとね、その威力はギガトン級の爆弾よりも破壊力があるのさ”
”アイリちゃんは俺達の味方”
”ワイの味方だけど、ワイの写真フォルダを圧迫するからある意味敵でもある”
”Why she is so cute and her hair style is cat ear!?”
”Aaaaaaaaaaaaaaa!! How cute & beautiful she is!!!!!”
”Please be my WAIFU!!”
”外国人ニキ? がなんか発狂しとるwww”
”おい、今やべーこと言ってる外国人ニキおったぞ”
深層攻略以前からじわじわ増えてきている海外コメントが目立ってきて、随分と自分のチャンネルも大きくなったものだなと、少し感慨深い気持ちになる。
かつては、半年間も配信を続けながらも視聴者も登録者も全く伸びなくて、久しぶりにコメントが送られてきたかと思ったらつまらないと言われて、そこで心が折れかけてそのまま配信活動を止めてしまおうかと思ったほどだ。
あの時、感情に任せてカメラを破壊せず、あの雷の中壊れずにいてくれて本当によかったと、今は亡き中古カメラに感謝する。
「そろそろ休憩はいいかしら?」
十分ほど軽い雑談タイムを行い、もうそろそろ消費した魔力が回復する頃だろうと声をかける。
「はい、大丈夫です。すみません美琴さん。いつも大きな戦闘の後に休憩を入れてもらって」
「気にしないの。無理して連戦するより、大変な戦闘の後はしっかり休んだ方がいいもの」
壁にもたれかかって座って休んでいた灯里が立ち上がり、美琴の方にととと、と近付いてくる。
魔術師であるため、魔術を使えば魔力が減るのは仕方がないことだが、大量に魔力を使った後にこうした休憩を入れてもらうことに、少し申し訳なさを感じているようだ。
そんなの気にしなくたっていいのに、と微笑みながら頭を優しく撫でる。柔らかくてサラサラで指通りのいい髪の感触はまるで絹のようで、美琴の配信に入るようになってから髪の手入れにより一層力を入れている様子だ。
肌も白くてもちもちの卵肌なので、これだけ手入れをしっかりとしているのを見ると、もっといいものを使ったらより輝くのではないだろうかと考える。
「……? あ、美琴先輩、モンスターが来ます。……せっかく美琴先輩に頭なでなでしてもらえると思ったのに、空気を読みなさいよ、このバカモンス!」
ちょっと羨ましそうにルナがこちらを見ていたので、手招きしてあげるとぱっと顔を明るくして小走りでやってくる。
しかしその途中で足を止めて振り返り、首を傾げてから戦闘態勢に入る。
撫でてもらえることを余程楽しみにしていたようで、それを邪魔されたことに非常にご立腹だ。
美琴も灯里の頭から手を離して雷薙をブレスレットから取り出し、すぐに踏み込めるように構える。
ルナが今一番モンスターに近い位置にいるので、モンスターの種類によっては姿を見せた瞬間に入れ替わって切り伏せる。
そう思いながら鋭い目付きで、ルナがモンスターが来るという方向を見ていると、全身が灰色の体毛に覆われているアッシュコングというモンスターが現れる。
このモンスターの落とす毛皮は防具だけではなく毛皮のコートにもなり、肌触りもいいので女性には非常に需要の高いものとなっている。
しかし男性探索者の間ではとてつもないトラウマを植え付けるモンスターとして知られる。なんでも、オスもメスもどちらも人間の男性を文字通りの方ではなく、もう一つの意味で襲ってくるそうだ。
そんな謎の習性があるため、男性探索者からはホモゴリラと非常に恐れられており、全男性探索者からぶっちぎりの一位で嫌われている。
その背景を、一応勉強して知っている美琴は、ゴミを見るような目を向けてルナにあれ以上近付かないように、そして自分も近付きたくないし雷薙も穢したくないので、稲魂を一つ作ってピンポイントで脳天目がけて発射する。
真っすぐ放たれた稲魂は狙い通りに眉間を撃ち抜き、地面に倒れて慣性の法則に従って地面を滑って、ルナの二メートルほど手前で止まり、体をぼろぼろと崩壊させていく。
「美琴先輩、これが見えた瞬間に攻撃しませんでした?」
「情報処理速度を底上げできるからね。ルナちゃんにモンスターが近付かないようにってやってたんだけど、まさかこんな汚らわしいのが来るなんてね」
「み、美琴先輩のゴミ虫を見るような目……。ちょっといいかも……」
「あの、どうしてそんなに嫌悪感丸出しなんですか?」
「まだあなた達は知らなくてもいいことよ。その核石もいらないから放置しましょう」
「過去にこのモンスターと何かあったんですか?」
『灯里様。この世の中には、知ってもいい情報と知らなくてもいい情報があります。どうしても知りたいとおっしゃるのであれば、あのアッシュコングについてお教えいたしますが、おすすめはしかねます』
本当に何があるのだと灯里が目を白黒させる。
美琴はどれだけ教えてほしいと言われても絶対に教えないが、アイリはどうしてもと請われれば教えるらしい。
できれば教えてあげないでほしいが、後で超特大の精神ダメージを受けるよりも、先に知ったほうがいいのかもしれない。それでも美琴の口からは言わないが。
「ルウウウウウウナアアアアアア!!」
核石にすら嫌悪感丸出しで絶対零度の如き目を向け、ここから離れてしまおうと背を向けると、びりびりと響くような男性の大声が鼓膜を激しく叩く。
一体こんな下層で誰だと眉を寄せながら振り返ると、やけにボロボロな格好をしている男性二人女性二人の計四人組が、アッシュコングが姿を見せた通路に立っていた。
どこかで見た覚えがあるのだが、どこで見たのかを思い出せずにいて首を傾げる。
思い出せないということは果てしなくどうでもいい人物なのだろうとは思うが、見た覚えがあるのに思い出せないのはなんとなく気持ち悪い。
「うげっ!? バカ原じゃん! あんた雑魚なのにどうやってここまで来たのよ!?」
「喧嘩売ってんのかてめえ!?」
ルナが彼女の名前を大声で叫んだ男性のことを、速攻で煽る。
バカ原と言っていたが、それで名前を思い出せた。
ブラッククロス所属の成員で、ルナの視聴者の大部分を引っ張られて行ったアタックチャンネルの運営者、猪原進だ。
灯里は彼が姿を見せると、かつて一か月間も暴言を言われ続けたのを思い出したのか、顔を青くして美琴の背後に隠れて、着物の裾をきゅっと握る。
猪原進の登場は、灯里にとってもルナにとっても、美琴にとっても非常に最悪なものとなった。




