103話 軍勢の魔物、風の大鎌
いつも通り、部屋の中央に跳ばされる美琴達。
深層に行ってから思うようになったが、どうして下層まではあのような転送陣を踏むことでしか、部屋の中に入ることができないのだろうか。
美琴からすれば余裕で踏破できる場所とはいえ、超危険区域であることに変わりはない。
それなのに、正真正銘の地獄ともいえる深層のボスだけ、転送陣で中に跳ばされるということはなく、巨大な扉を開けて入っている。
まだ上域だけしか攻略していないだけで、他の階層は今までと同じになっているかもしれないが、仮にそうだとしたらどうしてヴラドの場所だけあのようになっているのだという疑問も出てくる。
創作物とかでは転送陣入室ではなく、扉を開けて入室するというのが当たり前なのに、どうして現実はこうなのだろうかと考えている間に、タキシードのようなものを身にまとったレギオンの本体が現れ、それが両腕を掲げて軍勢を瞬く間に生成していく。
『それでは、レギオン全体を映すためと被害を受けないよう、私は安全地帯で配信をお届けいたします』
軍勢が現れて速攻で攻撃を仕掛けられたので、二人を抱えて真後ろに下がって距離を取る。
それについてきたアイリは、美琴の前でふわりと滞空してからそのままボス部屋全体が俯瞰できる場所まで移動していく。
「さて。流石にこの数の軍勢を雷なしで行くのはきついから、少しだけ開放していくけど、灯里ちゃんとルナちゃんもここからは普段通りでいいわよ」
「い、いいんですか?」
このまま炎禁止のまま行くと思っていたらしい灯里は、本当に炎を使っていいのだろうかと首を傾げながら聞いてくる。
「ここは中層のボスとは違うからね。別に炎が効きにくいってわけでもないでしょうし」
「じゃあ、私は本業の支援の方に集中します」
「ルナちゃん、本業支援だっけ……?」
「支援だよー。さっきも言ったけど、自分の魔術も支援対象だから大火力出せるだけで、バフデバフを除けば私の魔術の腕ってせいぜい二等かそこらだし」
「つくづくルナちゃんの月魔術の異常性が浮き彫りになってくるわね」
一応一鳴を開放しておこうと、背後に一つ巴を一つ出現させながら、苦笑を浮かべながら呟く。
「よし、では早速バフとデバフをかけます。月夜の繚歌・氷輪の宮殿、月魄の王冠!」
ルナが杖を地面に突き立てると、彼女の頭上に冷たく輝く満月が現れて、それを背景にうっすらと霧のかかった氷の宮殿が形成される。
それと同時に、三人の頭に淡く輝く女王の王冠が乗せられて、体が軽くなって力が湧いてくる。
前に、あまり強くかけすぎると感覚が狂ってしまうと言ったからか、初めてその魔術をかけてもらった時と比べると、大分弱くかかっているのが分かるが、それでもかなり強化されている。
ルナの月魔術によるバフと一鳴開放と合わせるとどんな火力になるのか、少し気になったので籠手調べに刀身にぴたりと雷をまとわせる。
「雷霆万鈞!」
名の宣言と共に振り上げると、空間がねじ切れるほどの電圧の斬撃が放たれ、地面を深々とえぐり飛ばしながら、前方にいる軍勢を百体以上消滅させる。
「わぁ……」
予想していたよりも高い威力が出て頬を引きつらせる。
今からでもこのバフを解除してもらえないだろうかとルナの方を向くが、ものすごく期待したような、キラキラした目を向けて来ていたため、そんな目を向けられたら言い出せないとこのまま行くことにする。
雷鳴と共に強く踏み込み、普段以上の加速を感じながら雷薙を振るう。
薙ぎ払い一つで数体まとめて破壊し、わらわらと取り囲んでくる人形達を体から直接放出した雷で焼き壊していく。
レギオンは瞬く間に美琴を脅威認定して、美琴に八、残りの二を灯里とルナに向けて仕向ける。
しかし、先にルナが展開した氷の宮殿による効果で、軍勢の動きが非常に遅い。
一歩踏み出すのも緩慢で、攻撃を仕掛ける動作すらスローモーションがかけられているように感じてしまう。
攻撃を弾くでもなく、振り下ろされるよりも先に動いて先に破壊することで、回避行動も防御行動も一切せず、素早く足を動かしながら激しい踊りでも舞うかのように雷薙を振り回し、倒していく。
「接続───燃焼、形状付与、螺旋玉、射撃、術式再起動、多重化!!」
「起動───氷塊、分割、成形、形状付与、弾丸、高速回転、照準、射出!」
後方にいる灯里達が呪文を唱え、魔術を放つ。
体を捻りながら数体まとめて破砕しながら彼女達の方を見ると、灯里が炎の弾丸、ルナが氷の弾丸を放って、バフによって強化されたそれで人形を次々と破壊していく。
今まで灯里の魔術の呪文しか聞いてこなかったが、ノタリコンで切り詰めずにしっかりと唱えると、あのようになるようだ。
ルナはノタリコン詠唱術を使えないようで、灯里が唱え切って最初に使った魔術を、呪文の中に組み込んでおいた再起動の術式でもう一度使う頃に、呪文を唱え切っていた。
ルナの方が使っている単語の数が少し多いが、それを抜きにしても灯里の詠唱速度が速すぎる。
「でも呪文を唱えるのが遅いからって、別にそれが不利になるわけじゃないみたいね。ノタリコンじゃなくても十分速い詠唱だったし」
足を破壊して地面に転ばせて、それでも美琴に縋りつくように細くも肉付きのいい足に向かって腕を伸ばしてきた人形を、雷薙の石突で殴って頭を破壊して動きを停止させる。
もうすでにかなりの数の人形を倒しているが、やはりレギオン本体を倒さない限り、無尽蔵に軍勢が追加されて行く。
このまま戦い続けるのは体力と魔力の無駄にしかならないが、美琴は敢えて自分から本体に攻撃を仕掛けないようにしている。
美琴は幾度となくここのボスをぶちのめしており、視聴者達も何度もそれを見ている。
下層のボスをソロでハイスピード殲滅する様は、何度観ても飽きないもののようで毎度コメントが盛り上がりを見せるが、せっかく下層ボスデビューした新人ちゃんがいるのだから、周りの雑魚は美琴が相手して本体を任せようとしているのだ。
『灯里様にボスを任せるおつもりで?』
ピアスの通話機能を使ってアイリが話しかけてくる。
前触れなく来るので体を少しだけびくりと震わせ、着信音を付けるように言った方がいいなと思いながら、稲魂を作って前方の人形をまとめて破壊する。
「まあね。……灯里ちゃん! ここのボスの本体、灯里ちゃんに任せちゃいたいんだけどいいかしら!?」
「えぇ!? わ、私ですか!?」
わらわらと集まってくる人形を雷で破壊し、雷薙で薙ぎ払い時折崩拳も交えて粉砕しながら、離れた場所にいる灯里に向かって声を張り上げる。
ルナは自分でサポート型と言っているし、灯里と一緒になって攻撃魔術を連発しているが、やはり杖による威力と精度の補助がある灯里の方が殲滅規模が大きい。
いきなり自分に任せると言われて少し困惑した様子だったが、初めての下層ボス戦で花を持たせてくれるのだと受け取った灯里は、緊張した面立ちで力強く頷く。
”前の餓者髑髏と似た感じで行くんだ”
”体の大きさはあれほどじゃないけど、ここのボスはそう簡単にはくたばらんぞ~”
”どれだけ灯里ちゃんが苦戦してても、最終的には美琴ちゃんがどうにかしてくれる安心感がある”
”ルナちゃんの防御とかもぶっ壊れレベルだし、怪我はしないだろうな”
”がんばれー!”
”くそぅ! 灯里ちゃんが個人のチャンネルを持って収益化してたら、応援スパチャ送ったのに!”
”¥30000:ならば俺は、美琴ちゃんに灯里ちゃんへの応援スパチャを送る。こうしておけば、美琴ちゃんから灯里ちゃんへ給料という形で届いてくれるから”
”¥50000:名案じゃねーか!”
”¥50000:灯里ちゃんの給料にオナシャス”
頑張ってボスを倒そうと意気込む灯里を見た視聴者達が、応援するようにスパチャを投げてくる。
灯里は自分で配信は行っていないので、美琴を通して来月から渡される給料の足しにというコメントを添えて、どんどんコメント欄が赤く染まっていく。
「ある意味、クランを建ててよかったのかもね。灯里ちゃんにお給料渡せるし、こうしたスパチャや広告から入ってくるお金の節税とかにもなるし」
『そうですね。あとはこれで、経費という手も使えますし。至れり尽くせりです』
「灯里ちゃんの保護のために建てたようなクランだけど、灯里ちゃんを狙っていたクランがもうほぼ機能していないから、もうよく分からなくなってきたわね」
『まだあと一回、地雷を踏み抜かなければ生きられますから。どのみち確定だそうですけど』
「最後の一回はいつなのかしらね」
アイリとそんな会話をしながら雷薙を鋭く振るい、拳で殴って長い足で鞭のように鋭い蹴りを叩き込み、人形を破壊していく。
灯里達も中々に大暴れしているが、彼女ら二人以上に脅威認定を食らっているので、人形が流れ込んでくる量が変わらない。
こうした複数対一、それも人形とはいえ人に近いものとできる経験は中々ないので、いい訓練になると薙ぎ倒していく。
正面から隊列を組んで迫ってくる人形を、雷を刀身にまとわせて間合いを拡張し、まとめて切り伏せ、後ろに回り込んできた人形は振り返らずにノールックで上に蹴り上げてから、体の周りに大量の稲魂を生成して蹴り上げた人形を一つの稲魂で破壊。
その後、他の稲魂を灯里達の方に向かないように位置を調整してから一斉射出し、包囲網が徐々に狭まってきているのを感じたので、自分を雷として撃ち出しながら人形が集まっていない空いている大きなスペースに移動する。
「ギ、ギガガガガガ!」
レギオン本体が、人形が美琴を倒すどころかそこに止めることができないでいることに怒ったのか、地団駄を踏みながら追加で大量の人形を召喚する。
それは十や二十とかそんなレベルの話ではなく、一気に三百体が増加した。つまるところ、本気を出してきたようだ。
「灰は灰に、塵は塵に!」
「月夜の繚歌・月華美人!」
千の軍勢となったが、それでも美琴を止めるほどの強さはなく、前に進みながら次々と薙ぎ払い、殴り、蹴り壊し、雷で粉砕して進む。
再び人形の包囲網ができ、じわじわと狭くなってきたのでまた同じように穴を開けて広いところに出ようとすると、灯里が基礎の炎魔術を使い、それに合わせてルナが初めて見る月魔術を使用する。
月華美人というがどんなものなのだろうと見ると、灯里が放った炎の周りに白い美しい花が大量に咲いて、それが炎で燃やされて行くのと比例して炎の規模が大きくなっていく。
術を対象としたバフ魔術はすでに使っていて見ていたが、他にも術が対象の月魔術があったのかと、想像以上の多彩さに驚く。
火力が強化された炎は、驚くような精密操作で人形達を焼き崩していき、美琴の周りのものを軒並み消し炭にした後に追加詠唱でもしたのか、上に炎が集まっていき、細分化されて大量の槍となって雨のように本体に向かって降り注いでいく。
美琴のすぐ近くにいて難を逃れた人形が、胸目がけて腕を伸ばしてきたので顔面を崩拳で粉砕してから体を細切れにして、炎の槍の雨が降り注いでいく方を見る。
レギオンは瞬時に大量の人形を自分の周りに生成し、それを幾重にも折り重ねるようにして自分を覆い、壁を作って灯里の攻撃を防ぐ。
炎の槍が着弾する音、人形が砕ける音が響き渡る。元々下層を十分に攻略できるであろう実力を持っている灯里が、反則級の支援を得て魔術を放てば、本体が弱いとはいえど防御に専念しなければいけなくなるほど強くなるようだ。
しかし、やはり教え方があまり上手ではないので、また近いうちに彩音達とコラボをするなり、臨時パーティーを組んで新人の連携教育などをしたほうがいいかもしれない。
もちろん美琴もそこに参加して、連携などについての知識を身に付けていくつもりだ。そもそも、美琴だって登録して一年足らずの新人の部類に入るのだから、混じっていても違和感はない……はずだ。
「それにしても、何度も戦っているから知っているとはいえ、こうも無尽蔵に出てくるとちょっとうんざりよね」
灯里の炎の槍の雨が止み、瞬時に攻勢に転じたレギオンが失った分の人形を一瞬で作り上げて、軍勢をけしかける。
今のでいくらか灯里を脅威認定したのか、先ほどよりも彼女達の方に向かう人形の数が増えている。シンプルに数が千になったからかもしれないが、それにしたって少し増えている。
自分の方にもゆっくりとした足取りで迫ってくる人形達は、のっぺらぼうではなくしっかりと顔が作られているのだが、全て全く同じ顔で表情も何もないので、ちょっとしたホラーだ。
ホラー系が何よりも苦手な美琴は、ぶるりと背筋を震わせてからそれを払拭するように人形を破壊していく。
だが、一度ホラーのようだと思ってしまうと、全部がだんだんとそう見えてきてしまうのが人間の不思議なところだ。
歩く音も、関節を曲げる時の軋みのような音も、何もかもが少しずつ怖く感じてきた。
そんな風に思うようになったのも、全ては最近人形系のホラー映画鑑賞を強制してきた昌とマラブのせいだ。
もし美琴が灯里達とマリオネット・レギオンに挑むことを、彼女の権能で知ったうえで映画鑑賞に誘ったのなら、それは確信犯だ。
次会った時に問い詰めて、本当にそうだったら超激辛料理を口直しなしでたらふく御馳走してやると、まだ決まってもいないのに怒りを向ける。
全く同じ顔、全く同じ表情の人形がぞろぞろと迫ってくるという地味なホラー光景に肌を粟立たせながら、じわじわと雷主体の攻撃になっていく。
「風は自由に、|思いのままに吹き抜ける《AAIW》。汝、その音を聞き、どこから生まれ、|どこへ去っていくのかを知ることはない《YNKWYGTL》!」
倒しても倒してもやってくる人形に、背中を虫が這いずり回るような気味の悪い感じを味わっていると、灯里の呪文が聞こえてくる。
最初は小さな、ひゅう、という音だったが瞬く間に嵐の時に聞くような激しい暴風の音に変わっていき、それが部屋全体ではなくピンポイントで操作されて暴嵐の塔を築き上げる。
軽い人形達はそれに巻き上げられていき、竜巻の中で衝突し合って砕けていく。
「すっご……」
猛烈に吹き荒れる風に遊ばれて乱れる髪を左手で少し押さえながら見上げ、人形は生成されたところから片っ端から巻き上げて、同じ末路を辿らされていく。
”やっぱ灯里ちゃんすげええええええええええええええええええええ!?”
”なあにこれえ……”
”氷もすごかったけど、風もすごいの反則過ぎるwww”
”四大元素は使える発言を餓者髑髏の時に言ってたし、そこまで驚かないと言いたいけどこんなの見て驚かない人はいない”
”で、でも、ルナちゃんのバフ魔術もかかっているから(震え声)”
”かかっているにしたって規模がデカすぎる”
”知ってるか? こんなにエッグいことやっておきながら、魔法使いじゃないんだぜ?”
”マジで魔法使いどうなってんだよwwwww”
”魔法使いの戦いを見てみたくなってきたわ”
作っても作っても片っ端から破壊されて行く人形を見て、レギオンも困惑しているのか、変な挙動をする。
「月夜の繚歌・繊月!」
「ッッッ───!?」
何度も人形を作ってもすぐに壊され困惑していると、ルナが三日月を生成してそれをレギオンにぶつける。
ゴォンッ! という鈍い音を立てて衝突し、そのまま後ろの壁にも激突するが、初めて会った時ミノタウロスを両断した際に使っていた、綺麗な満月を背後に出す魔術を使っていないからか、大きな損傷を与えてはいるが倒しきれていない。
「駆け抜けるは一陣の風。|集う暴嵐は全てを奪い命を刈り取り《TGSTEARL》、空を断つ鎌。|一切の慈悲なく万象より《FATWM》一切を奪い去れ。今宵は殺戮の宴なり。終わりなき死と絶望を、嵐が過ぎ去る地に残せ!」
ここからどうするのだろうかと見ていると、暴風の塔がより細く形を明確にしていく。
それはやがて巨大な風の大鎌となり、その中に捕らわれている人形はますます粉々になっていく。
灯里の方を見ると、少し辛そうに顔を歪めており、あの規模の魔術を長時間維持するのは難しいようだ。
それでもあんなものを使っている時点で賞賛に値するほどで、きっとあれならばレギオン本体を容易く両断できるだろう。
指揮をするように持っている杖を振るうと、大鎌が大きく振り上げられて、猛烈な速度で振り下ろされる。
「月夜の繚歌・銀光の王座!」
完全に振り下ろされるよりも先にルナが月魔術を使う。
それは、彼女がミノタウロスを両断した時に使った、恐らく強力なデバフ系の魔術だ。
美しい銀の光を放つ満月が現れ、その光を受けたレギオンは何かに激しく怯えるように体を縮こませる。
もちろんそんな行動を取れば回避行動なんてとれるはずもなく、振り下ろされた風の大鎌から放たれた風の斬撃がレギオンを襲い、豆腐でも斬るようにあっさりと両断する。
壁に斬撃の跡を浅くも残すほどの威力の風の刃は、衝突した瞬間に部屋全体に吹き荒れる暴風となった。
髪が風にもてあそばれ、丈の短い着物の裾が捲れないように押さえる。
「やっぱり、灯里ちゃんってすごいや」
両断されて体をぼろぼろと崩壊させていくレギオンを、あぜんとした表情を浮かべながら遠巻きから見る灯里に、ぽそりと彼女には聞こえない声量で賞賛の言葉を呟いた。
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