第10話 ダンジョン攻略開始
「もうデジタルは信用できない……。いっそのこと全ての機器をアナログに変えてしまおうかしら……」
『申し訳ありませんお嬢様。まさかそこまで凹むとは、演算できませんでした』
アイリの裏切りによる実は配信していましたドッキリが発覚してから五分が過ぎ、美琴はダンジョンの壁のほうを向いて膝を抱えて座り込んでいじけていた。
その背中と未だに頭上に浮かぶ一つ巴が、なんとも哀愁を漂わせている。
”美琴ちゃんいじけちゃった”
”いじいじ美琴ちゃん可愛い”
”何しても可愛いなこの子”
”でも流石に相棒AIに騙されるのはかわいそう”
”おかげで本人の預かり知らぬところで開幕十分でとんでもねえの見れたけど”
”元気出して!”
”かっこかわいかったよ!”
”薙刀持った和装美少女の真剣な表情ほどそそるものはない”
『ほらお嬢様。視聴者の皆様も慰めのコメントをたくさん送ってくださっていますよ。いつまでも壁のほうを向いていじけていないで、視聴者と配信を楽しみましょう』
「私がこうなる原因となったアイリがよく言うよ……」
しかし確かにすでに配信が始まっているのだから、これ以上無様を晒すわけにもいかないなと立ち上がり、お尻に付いた土をぱぱっと払って落としカメラに向きなおる。
「えっと、まず先にごめんなさい。あんな無様な姿を見せっ……!?」
五分間もいじけっぱなしだったことについて先に謝罪しようとするが、画面に表示されている七万五千というとんでもない数字を目撃して、びきりと硬直する。
その数字は今も伸びているので最初からこの数字だったわけではないだろうが、少し冷静になって、いじけている姿が数万人に見られていることを自覚して、顔が急速湯沸し器のように一気に熱くなるのを感じる。
「いやああああああああああああああああ!!! もうおうち帰りたいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
真っ赤になった顔を隠すように両手で覆い、悲鳴を上げながらその場にしゃがみ込む。
結局まともに活動できるようになるまでに十分かかり、配信開始から二十五分が経過するまで、事態の進行がリトル・マリオネットの瞬殺以外になかった。
のちにアイリがこの一連のやり取りを切り抜いて動画にして投稿したことを知り、恥ずかしさのあまり発狂するのは別の話。
♢
『今日は随分とポンコツぶりをお見せしますね』
「諸悪の根源が何を言う」
やっとの思いで立ち直った美琴は、何事もなかったかのようにしているアイリをジトっと睨む。
”あ、可愛い”
”うっ(心停止)”
”み゜っ(昇天)”
”スクショ必須”
”ジト目最高すぎる”
”美琴ちゃんのジト目撮影会”
”まだちょっと顔が赤いの可愛い”
”ちょっと涙目気味なのも高得点”
”可哀そうだけど、アイリちゃんはいい仕事をしてくれた”
”まだちょっと顔の赤いほんのり涙目&ジト目美琴ちゃんを壁紙にしました”
「今スクショしたもの今すぐ消してくれません!?」
『諦めましょうお嬢様。それと、いい加減に進めましょう。さっきから景色が何一つ変わっていませんよ』
浮遊カメラを掴んでぶんぶんと上下に振って今すぐ消すようにと要求する。
ただ美琴は気付いていないが、普段着ている着物はオフショルダー着物に分類できるもので、肩は結構露出しているし二の腕も少し見えている。
何より十七歳にしては中々なスタイルをしているため、実は谷間がはっきりと映っていて、両手でカメラを上下にぶんぶんと振っているが、あとで配信を見返していいタイミングで止めれば上のアングルから見えるようになってしまっている。
なので美琴の配信に来ている視聴者達は、画面シェイクされているにも関わらずいいアングルをありがとうとコメントで感謝を述べている。
知らぬ場所でサービスを提供していることに気付かない美琴はアイリに説得されて、ようやく本来の目的に戻る。
「色々とごめん。相棒だと思ってたアイリに裏切られるわ、とても恥ずかしい姿を数万人の前で晒しちゃうわで、冷静じゃなくなってた」
”全然いいよー”
”むしろ可愛い一面見られてラッキーだった”
”どんなに強くても、やっぱりちゃんと女の子なんだなって”
”ダンジョン攻略配信のはずなのにいまだダンジョンの攻略をせず、なのに満足感でもう一杯なのはなあぜなあぜ?”
”美少女のポンな部分を二十分も観られたから”
”おうち帰りたいは可愛すぎて死ぬかと思った”
”その前のいじいじ美琴ちゃんも最高でした。ごちそうさまです”
「できれば忘れてほしいなあ……」
『きっとそれは無理でしょう。何度忘れるように言っても、きっと繰り返しあの場面を見にアーカイブを開くことでしょう』
”アイリちゃん、正解”
”これはヘビロテ確定ですわ”
”美琴ちゃんの音声を抽出して、目覚ましにしようかなって考えてます”
”それくれ”
”くれ!”
”その手があったか!”
”ぎぶみー!”
「やめてええええええええ!?」
どこを抽出するのか分からないが、もう最初の二十五分は黒歴史みたいなものなので勘弁してほしい。
頼むからやめてくれと懇願していると、騒ぎすぎたからかモンスターが寄ってきた。
”あ、モンスターきた!”
”やべ、美琴ちゃんからかいすぎてた”
”美琴ちゃん、後ろー!”
”後ろー! モンスター来てるー!”
”コメント欄凝視していないでモンスター見て!”
後ろから来ている、気をつけろ、といったコメントが一斉に流れだすが、美琴はそれよりもとにかく音声の抽出をやめてほしいと懇願することを優先する。
「オォオオオオオオオオオオ!!」
現れたモンスターはレッドボアという、真っ赤な毛皮で覆われているイノシシのようなモンスターだ。
上層では割と強いほうに部類されており、初心者がよくこのモンスターの突進を受けて骨折などの重傷を負う。
美琴は昨日の雑談配信で魔力も呪力もないことを明かしているため、それらを使っての自己強化や防御が行えない。
そう思っているのか、視聴者は土煙を上げながら突っ込んでくるレッドボアのほうを見ろとコメントを送る。
「うるさいっ!」
まだ頭上にある一つ巴、つまり諸願七雷・一鳴はまだ継続中で、ただの後ろ回し蹴りがすさまじい速度で繰り出されて、ドパァン!!!! というとても蹴りを受けた時のものとは思えない音を鳴らして相手の体を粉砕する。
「あ」
地面にころんと核石が落ちるのを見て、一鳴を解除するのを忘れていることを思い出す。
この状態は雷と同じ速度で移動できるだけでなく、魔力と呪力をそれぞれの魔術回路、呪術回路に流し込んで励起状態にして魔力強化や呪力強化と、よく似た状態になる。
その上ですさまじい速度での蹴りを繰り出されれば、当然上層のモンスターなどワンパンである。
”蹴りの威力じゃねえwww”
”もはや砲撃なんよそれ”
”やっばwwww”
”蹴りが当たった時の音えぐwwww”
”ふぁーwwwwww”
”上層だから大したことないだろうと思ってたけど、全然そんなことねえ。大したことあるわ”
”上層ですら見どころ満載ってマジですか”
下層でスタンピード殲滅というトンデモ偉業を成し遂げた美琴のことを動画で知っている視聴者達は、どうやら上層は見どころのないものになるものだと思っていたようだが、当てが外れたようでコメントが盛り上がる。
『憐れ、レッドボアは無謀にもお嬢様に突進攻撃を仕掛け、文字通り粉々となってしまいました』
そこにアイリの謎の語り部が入り、それが受けたのかよりコメントが加速する。
「私が怪物みたいな言い方するのやめて」
『あら、自覚がないので?』
「……上層のモンスターワンパンできるけどっ。それでも私は現役女子高生なの! 怪物呼ばわりは禁止っ。ほら、早く行くわよ」
一鳴ですら過剰戦力になるので解除して、一番の目的地である下層を目指して歩き始める。
『かしこまりましたお嬢様。その勇姿とポンコツ具合をしかとカメラにお収めいたします』
「ポンコツは余計よ!」
余計なものまで撮るなと警告し、上層よりも脅威が圧倒的に多い下層を目指す。
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