いつも誰かの記念日
「あ」
・・・近くで音が聞こえる。聞きなれた大好きな曲に導かれて意識が浮上する。
上下左右がわからないけど、とりあえず「着うた」が流れる方に手を伸ばす。
ひんやりした感覚。LEDライトがバックライトの折り畳み式携帯電話を掴む。
うっすらと目を開けて、右手で掴んだ折り畳みを右手の親指で弾く。
横目で通話ボタンを押すと、小さく「ツー、ツー」と聞こえた。
あれ?どこだっけ、ここ。
視界は病院のような青い布を映しており、俺はどうやら青くて硬いベッドの上にいるようだ。
改めて少し傾いた首を身体の正面に戻し、ゆっくりと上半身を起こすと、薄い毛布がずり落ちた。
寒い。眠気が落ちて、頭が回り始める。
ああ、そうだ。今日、卒業式だからみんなと大学にいたんだった。
学生生活が最期だからってみんなで食べ物持ち寄って、食べて話して夜を明かした。
バイト帰りにそのまま来たから、疲れて寝たか。
ベッドに入った記憶はないが、誰か運んだのだろう。靴のまま寝っ転がっていた。
枕元にはさっきまで一緒に騒いでいた見知った奴ら。
揃いも揃って、典型的な「オタク」って奴ら。マジでアニメやゲームの話しかしない。
だけど、余計な詮索もしてこないし、工業大学機械科では珍しいからと、色恋やら爪弾きの対象になりやすい俺に対しても「三次元に興味なし!!」と力説するこいつらは一緒に居易かった。
「起きたのか、おまえさん」
「相変わらずよく寝てるよね」
「携帯鳴らしたら確実に起きるから、ある意味すげー」
「社畜乙、あれ?違った?バイト戦士?」
「水飲む?」
「なにちげーよ、もっとなんかかっこいい起こし方とかあんだろ」
「いや、白雪姫がこいつなら、目覚めない方が世界平和だろ」
「ばっか、違うって。世界に混沌をもたらすかもしれないだろ!寝起きでイラついたからって熊谷で路上スピーカーを蹴り飛ばすとか普通しないし」
「バカだ」
「バカだな」
「それがいいとこじゃないかな。1人キラーマシン」
口々に喋る8人。あれ、あいつらはどこ行った?
あーうるせーな。とりあえず、黙らせるか。
「・・・んだよ?うっせー」
口の中が張り付いて、うまく声が出ない。
「おー、起きたか。ほれ」
手を伸ばして、差し出された水を飲む。味がしない。
いつも黒い服がいう。
「そろそろ時間だぞ?」
「ああ、夜明けか」
そうだ、夜明けを見たいと話していた。
地球が生まれてから今日まで繰り返されてきた「夜明け」。
だけど、俺たちにとっては記念日の朝が来る。
「おまえ、何で夜明けなんかみたいんだよ?」
「そういうロマンなとこがいいよね」
「俺はねみー」
本っ当に情緒が無い奴らだな。
「まあ、いいじゃねーか。最期ぐらい俺に付き合えよ。どうせもう会うことないし」
「それはちょっと寂しいんじゃないか」
「事実だろ」
「まあ、そうなんだけど、さ」
ベッドから飛び出し、ジャケット羽織って、冷たい取っ手に手を掛けて。
俺は扉を開けた。