(4)
「おぬし、なぜわらわを助けたのじゃ?」
「……わ、わかんねーよ……身体が勝手に……。いや、今はそんなこと話してる場合じゃないだろっ……」
早くこの場から逃げないと、今度は確実に殺られる。しかし足が震えて動かない。
「なに、あれ……私、あんなの見たことないっ……」
「鈴音、走れ! 今すぐ墓地から出ろ!」
「……霧島くんっ……」
青ざめて身体を硬直させる鈴音を奮い立たせるために、虎太郎は腹の底から叫ぶ。
「くそっ、しっかりしろ、俺!」
そして震える自分の足をガンガン叩いた。
「霧島くんっ……」
「行け、鈴音! 早く!」
鈴音のあんなに自信満々だった表情は消えていた。泣きそうな顔で頷くと、出口へ向かって走り出す。
が、黒い塊がその後を追おうとした。
「……させるかよっ! ノウマクサマンダ、バザラダンカン!」
虎太郎は両手を使って印を結び、真言を唱えた。黒い塊の化け物は一瞬揺らぐ。しかし何事もなかったように再び動きだした。
「無駄じゃ。おぬしの霊力では足止めにもならぬ」
「!」
どうやらおかっぱの頭の少女には、自分の能力を見抜かれているようだ。
父親のやり方を真似て真言を唱えてはみたものの、効力がないのなら意味がない。
「くそっ……」
真面目に修行しなかったことを今更後悔する。しかし目の前には巨大な黒い塊の化け物がいて、鈴音が狙われているという状況は変わらない。なんとかしなければ──!
「……霊力が足りねぇんなら、腕力でぶっ飛ばしてやるよ!」
虎太郎は雄叫びを上げながら、黒い塊の化け物に立ち向かっていった。四方八方を向いていた目玉たちは、一斉に虎太郎に集中する。
黒い塊から何本もの長い手が伸びてきたが、虎太郎はそれを素早く避けて、力の限り殴り付けた。
ぶしゅっ、と目玉が潰れる。
しかしすぐに複数の手に腕と足を掴まれ、黒い塊の中に引きずりこまれそうになった。
ドンッ!!
瞬間、背中に強い衝撃を受けた。誰かと一緒に地面に倒れ込む。そのおかげで危機一髪、黒い塊から逃れることができた。
「バカっ!! 死ぬ気なの!?」
耳元で怒鳴られキーンとなる。
「鈴音!? なんで戻っ……」
「なんで戻ってきたかわかる!? あんな化け物、あんただけで倒せるわけないじゃない!!」
「!」
鈴音は虎太郎に怒鳴りながら泣いていた。
「やめてよね、そういうの! 自分の命、粗末にしないで!!」
「……っ……」
別に死ぬつもりはなかった。
でも流石に無鉄砲過ぎたと、虎太郎は反省した。
「……ごめん。何か別の方法を探そう」
鈴音は涙目で頷く。そんな鈴音の姿を見て、虎太郎の心に灯がともる。
鈴音は命の恩人だ。鈴音が戻ってきてくれなかったら、自分は死んでいた。そして「命を粗末にするな」と自分のために涙まで流してくれた。
鈴音を守らなければ。
──いや、守るんだ。
だけど真言で祓うこともできないなら、どうすればいい? 自分はだめでも、父親なら祓えるのか?
「おお~、キラキラして楽しいのじゃ」
緊迫している状況で、おかっぱ頭の少女は呑気に万華鏡を覗いて遊んでいる。
「お前……まるっきり他人事だな」
そういえばさっき無意識に助けたが、よくよく考えてみればおかっぱ頭の少女は幽霊だ。物理的なダメージはないはず。
それに思い返せば少女が姿を現してから、あの化け物が現れた。これは偶然か?
一体、少女は何者なのか?