思い出の日
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少年は友達の家からの帰り道、道路の脇に男がいることに気付いた。
男はガードレールの外側の柵に寄りかかっていた。海を眺めているようだった。
男が気になった少年は、声を掛ける。
「こんにちは。何やってるんですか?」
「......海を見てたんだ。」
男は少年を一瞥し答えると、再び海の方を向いた。
少年も男を真似て柵に寄りかかると、「そうですか。」と答えた。
「......何でこの時期に、わざわざ海を見てるのか気になるか?」
「はい。」
「ははは。まあ、正月も明けてすぐだ。こんな時季に海に入る馬鹿はいないし、しかも今日はここ最近でも一番寒いときた。それに、この柵が海を見るのを邪魔しちまう。こんなところに立ってる意味もないわな。」
少年は自嘲するように笑う男に少し驚いたが、何も言わず、続きを待った。
男もそんな彼の表情を読み取ると、再び口を開いた。
「......今日はな、記念日なんだよ。いや、もう、思い出の日、って言った方が近いかもしれねぇがな。......俺が丁度お前くらいの頃だ。年末に、幼馴染と喧嘩しちまってな。顔を合わせるのも嫌で、毎年そいつの家に遊びに行ってたんだけど、その年はなしになった。......でも、それがなんか引っ掛かっててな。昼過ぎになって、謝ることに決めたんだ。それで、そいつの家に行って、ごめんって、謝ったんだよ。そしたら、急に立ち上がったあいつに、外に連れ出されてな。やっと足を止めたのが、ここだった。当時はまだ、この柵はなくてな。海がよく見えたんだ。あいつは、『私こそごめーん!』って、大声で、海に向かって叫んだ。後で聞いたら、正面から言うのが恥ずかしかったんだとよ。でかい声で叫ぶ方が、よっぽど恥ずかしいと思うんだけどな。」
男は言葉を切ると、深く息を吐いた。
そして、もう茜色に染まりきっていた空を指さした。
「夕焼け、綺麗だろ。......あいつが叫んだのが、なんかおかしくなってな。俺も色々叫んでたんだよ。そしたら、あいつがこう、夕焼けを指さして、綺麗だね、って言ったんだ。確かに夕焼けは綺麗だった。今見てるこれと同じくらいにな。でも俺は、夕焼けよりも、あいつの横顔に惹かれた。......まあ、ざっとこんなところだ。後の話は別にそんな面白いもんでもないしな。」
「......おじさんは、何でここに?」
「久々に、喧嘩しちまったんだ。」
「じゃあ、また、ごめんって言えば......。」
「ははは、そうだな。それでも、許してくれるかねぇ......。」
男が力なく笑ったとき、後ろから足音が届いた。
振り向くと、そこには男の妻がいた。
「やっぱりここにいた。」
「お前、どうして......。」
「お昼過ぎにね、昔のことを思い出したの。それで、ここにいるんじゃないか、って。」
「そうか......。」
「うん。」
彼女は男のそばに寄りかかると、柵に手を触れた。
「昔はこんなのなかったよねぇ。」
「そう、だな......。」
「それで......?」
「それでって、何がだ?」
「分からない......?」
男は妻の問いに答えず、目を逸らした。
しかし、一呼吸置くと、海に向かって叫んだ。
「俺が悪かったー!」
妻は笑うと、「私こそごめーん!」と、男の声より更に大きな声で叫んだ。
「ははは、俺たちガキみてぇだ......。」
「そうだね。もう大人なのにね。」
二人は顔を見合わせ、笑った。
少年も笑みを浮かべる。
もう空は夜闇が茜色を殆ど押し出していた。
「ほんとにごめんね。こんなに暗くなっちゃって。」
男の妻は車の中で、少年に頭を下げた。
「いえ、おじさんの昔話、面白かったので、大丈夫です。」
「そ、そうか?」
「照れてないでちゃんと運転して。この子の親御さんには私から言うから。」
「はい......。」
「あーあ、ほんと、昔は格好良かったのになぁ......。」
妻は溜め息をつくが、その口元には確かに微笑が浮かんでいた。
「それじゃ、お世話になりました。」
少年は家の前で、母親とともにぺこりと頭を下げる。
「本当にこんな遅くまで、すみませんでした。......坊や、ありがとうね。」
妻は窓越しに手を振ると、男の方を向き、「ほら。」と促す。
男は窓を開け、「ありがとうな。元気でいろよ。」と告げ、手を振った。
少年は頷き、手を振り返す。
夫婦はそれを見て満足げに笑った。
そして男は、ゆっくりと車を出すのだった。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今作は、本日で活動1周年となることを記念したものになります。
そのまま「記念日」を書いても良いかと思ったのですが、未来が明るいものである、と願って、「思い出の日に出発する」話としました。
読者の皆様、これからもよろしくお願いします。