(1)遥ちゃんは宵ちゃんのおでこに触りたい?
ベイクドチキン食べたい先生とDMチャットしていたらひょんなことから性癖である眼鏡の子を掻いてもらいました。
お礼に先生のキャラで短編の小説を書くことにしました。
帷垂宵は図書委員
みなさんは図書委員の仕事って知ってますか?
私は本が好きで、放課後誰にも邪魔されぜ、静かな図書館で本を読むために図書委員に立候補しました。
あまり利用者のいないうちの高校の図書館はさぞ快適で、静かな時間を提供してくれるのだろうと心をときめかせていました。
実際は本の整理、新刊のブッカー貼り、台帳管理とかとか、想像とちょっと違っていました。
あ、申し遅れましたが、私の名前は但馬遥、海の無い、うどん消費量全国二位というちょっと特徴が薄い県の県立高校に通う高校一年生です。
えっと、みんなからは「はるか」「はるるん」とか呼ばれてます。
あ、決して「タージマハール」とは言わないで下さいよね!
小学校の頃、さんざんからかわれたんですから!
え? 何それ? うーん確かインドの…建物? みたいなヤツです、あはは。
あと、何故か侍みたいな苗字とか、柳生但馬守! とか言われるんですけど、女の子に柳生とか言われてもって感じで、とにかく!
私は「はるかちゃん」と呼ばれたいんです!
だから今日から「はるかちゃん」ですからね? 約束ですよ!
ー放課後の図書室
「宵ちゃんおっはよー! 今日は新刊が入る日だよね? ねえねえ、もう来てる? あーん私の希望図書入ってるかな? 司書の先生ったら教えてくれないんだもん! ドキドキするよね?」
挨拶もそこそこ同じ図書委員の帷垂宵に話しかける。
「おはよう、はるか。というか放課後におはようって業界人?_」
この子は帷垂宵。
同じ学年の隣のクラス。
眼鏡と広いおでこが超キュートなの。
つるっとした知性を感じる広いおでこを思う存分触りたいけど、パーソナルスペースについて延々と怒られるから私の密かな野望になっている。
「んーなんかさ、おはよー! の方が元気でない? 私だけ?」
「まあいいんじゃない? はるかがそう挨拶するなら私もそう挨拶するわ」
と唇の端を少し上げる。
宵ちゃんの唇は中央が少しぷっくりとして可愛い。
「あーっ! はるかちゃん! って呼んでよー!」
「気にするところそこなの?」
「高校からはね、みんなに『はるかちゃん』って呼ばれたいの!」
「そうね、小学校のあなたのあだ名、タージマハルとか柳生だったものね」
「黒歴史! 黒歴史だからそれ! 宵ちゃんの意地悪ぅ!」
「ごめんなさい、ふふふ、ちょっと、はるかの反応が可愛くて」
「むう…いいけど」
我ながらチョロい。
「そういえば宵ちゃん今日はなんか疲れてる?」
「なんでもないわ、ちょっと夢見が悪くて」
「へえ、どんな夢?」
「本を開いたら小さな鍵が入っていて、…そのカギで開いた扉の先に吸い込まれて死ぬ? みたいな夢」
「なんかラノベ展開だと異世界に飛ばされそうね」
「本当に死んだかはわからない、けど奈落に吸い込まれるような落下感」
「落ちる夢ってなんか怖いよね」
「一般的には不安やトラブルを抱えている時に見るというけれど…トラブルはそうね、はるかが私のおでこを触りに来ることぐらいしか…」
「それトラブルなの? ひどいよー」
「そうやって抱きつくふりして。どさくさに紛れて私の額を触るつもりでそう?」
「ばれた?」
「わかるわよ、はるかってわかりやすいから」
と私はむうう、と唇を尖らせた。
「そうだ! 宵ちゃん! 新刊届いた? 私はラノベ中心に頼んだんだけど、宵ちゃんは?」
「ドナ・ジョー・ナポリの逃れの森の魔女を頼んだわ」
「誰それ? どんな本?」
「質問はひとつずつよ? はるか」
「あはは、じゃあどんな本?」
宵はラノベ中心の私よりもいろいろな本を読む。その話を聞くのは私の密かな楽しみでもある。
「簡単に言うと、ヘンゼルとグレーテルの二次創作小説って感じかしら」
「へえ、おもしろそう!」
「ヘンゼルとグレーテルに出て来る魔女が主人公なのよ」
「それ読みたいかも!」
「2000年に刊行されたものだから希望図書には入らないかもね」
「じゃあ、なんで希望出したの?」
「ダメもと」
と笑う。
なんてことない仕草だがすごくかわいい。
声を大にして叫びたいぐらい「おでこかわいい」
「声に出てるわよ、はるか」
「あははは」
「そんなに私のおでこ好き?」
「好き!」
「私はちょっとコンプレックスなのよ、髪の毛も薄いし」
「ええー? おでこ広い人は知的でかわいくて、うらやましいのに、って何でデコだしロングへアーなの?」
「はるかが褒めるから」
「あ、あはは、そ、そうなんだ、へえー…」
「なんで赤くなるの?」
「ちょっと今日は暑いかなって、あははは」
「そんなことより、今日は新刊どっさり来てるから早めにブッカー作業と、図書カード仕込まないと」
「いっけない! そうだった!」
ブッカーというのはあれです! 図書館の本にかかってるビニールのカバーの事です。
みんなが読む本なので汚れたり、破けたりしない様にするヤツです!
「たくさんあるから手分けしましょう?」
「先輩方は?」
「サボり」
「なっちゃんは?」
「塾」
「ちーちゃんは?」
「彼氏とデート」
「ええ? って事はこの量、二人でやるの? 宵ちゃああああん!」
「泣き言いっても始まらないけど、まあそうね、奴らの分は残しておきましょう、それが公平というものよ」
「先輩方のも?」
「ええ」
「それ、後で何か言われない?」
「私に何か言うと思う?」
そういえば仕事をしない先輩たちから文句を言われたときにぐうの音も出ないほど論破して、先輩たち涙目になってたっけ。
「言わないと思う」
「まあ、私から言えば角が立つので司書の先生に今日の作業進捗を報告して相談しましょう」と少し悪い顔になる。
宵ちゃんを敵に回すのはやめようと、常々思う。
「でも、新刊待ってる人もいるから優先順位つけて片付けましょう?」
そう言って宵ちゃんはブッカーをかけやすいラノベの新刊をどっさり持ってくるとニッっと白い歯を見せて笑った。
めんどくさい大判の本のブッカーは経験のある先輩たちに任せると顔に書いてある。
屈託なく笑うその顔はズルい。ああもう! おでこ触りたい!
「あ、じゃあ背表紙に貼るタグと、台帳持ってくるね!」
「あ、私も行くわ、ちょっと先生の蔵書も見てみたい」
宵ちゃんは初めて入る司書室に興味深々のようすだった。
涼しげな表情に少しだけワクワクが漏れている。
二人で薄暗い司書室に入ると、そこは先生の趣味なのだろうか革の背表紙の本や、古書が並ぶ。
ハードカバーにパラフィン紙に包まれた古書たち。
井伏鱒二全集とか、少年少女世界推理文学全集なんかもある。
宵ちゃんが隣で目を輝かせている。
タイトルを見ていくと洋書もありミステリーにドキュメンタリーとけっこう雑食のようだ。
「若い先生だけど、古い本、結構あるんだね」
「そうね、いい趣味…本棚を見るとその人の人生が解るというものね」
宵ちゃんはそういってうっとりと本を眺める。
「そういえば宵ちゃん、台帳何処かな?」
「学校関係のものは手前の棚じゃない?」
「は行のところからのが見当たらなくって」
「先生の机じゃないかしら?」
宵ちゃんに言われて先生の机を見る。
司書の先生の机は雑然としていた。
本棚はきちんと整理されているのに、机の上は雑然としているのは何か違和感を感じる。
「はるか、あった?」
と宵ちゃんは覗き込むなり「え?」と息をのんだ。
「この本…」
それは英語じゃない何かの言語で書かれた革の表紙の本だった。
しばらく固まると、本の表紙に書かれた文字をなぞる。
「これ、私の夢に出てきた本だわ」
本のタイトルも同じだった。
「グリモワール…魔導書?」
眼鏡凸美人帷垂宵ちゃんとおしゃべりな遥の図書室内冒険譚。
短く収めるつもりですが、長くなってもお付き合いください。