噂
三題噺もどきーにじゅうはち。
お題:ブーツ・コーヒー・月
カツン―
森の奥の小さな屋敷。
誰もいなさそうな、廃墟のような屋敷。
ブーツの音が鳴り響く。
湯気が立っているコップを片手に、テラスへと出てきた。
影が浮かび上がったように見えた。
月に照らされるその姿は、人の形をしているものの、ただならぬ空気がまとわりついていた。
大きな黒いマントに、黒いブーツ。
黒いシャツに、黒いパンツ。
真黒な頭髪は、きれいに整えられていた。
瞳は、影になっているのか、よく見えない。
まるで、暗闇に溶け込むためにあつらえたような格好。
―唯一、首元のネクタイだけが、異様な程に赤かった。
「今夜は、いい月だな。」
ぽつりと、呟いた彼は椅子に静かに腰掛け、コーヒーを啜った。
ベランダに置かれた椅子は、ギーと音を立てる。
「うむ。コーヒーも最高だ。」
―さすが私。
そう笑った彼の口元には、キラリと鋭い八重歯が月明かりに照らされていた。
近くの村でこんなウワサが立っている。
「森の奥の屋敷には、1匹の吸血鬼が住んでいる。そいつに見つかれば、2度とここへは戻ってこれない。奴の餌になり、死ぬだけだ。だから、あの森には近づいちゃいけない。
「吸血鬼は太陽の光に弱いと言うが、奴は違う。光なんぞものともしない。
「十字架も効かない。聖水だって何の意味もない。ものともせずに、飲み込んでいく。
「だから、奴は昼間にも外にいる。森に1歩でも入れば奴に捕まる。」
そんなウワサが後を絶たない。
「おや?誰かいるのかな?」
突然、こちらに顔を向ける。
きらりと光るは、紅。
「隠れていないで出てきなさい。」
息を殺して後ずさりをする。
「逃げてはいけないなぁ。」
後ろで声がした。
振り向くと、そこには―
「君はこんな噂を知っているかい?この屋敷には、吸血鬼が住んでいると」
その後、どうなったかなど、誰も知らないし、知りたくもない。