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逆境のダイヤモンド少女たち  作者: 秋山如雪
第10章 甲子園への道
98/124

第98話 恐怖の6番と内角攻め(前編)

 無事に準決勝に進んだ我が校。


 だが、次の対戦相手は名門にして、因縁のある花崎実業。

 そして、その主力メンバーが曲者だった。


 3番ピッチャーの牛島恵美。

 ベンチから見ると、牛島はウルフカットが特徴的な選手で、目つきが異様に鋭い。筋肉質で、どこか怪しげな雰囲気が、清原に似ている。


 一方で、6番の高橋楓は、大柄な体格で、高身長だが、見た目は平凡なショートカットの子だった。


 試合が始まる。

 先攻は花崎実業、後攻は我が校。


 スタメンは、


1番(一) 吉竹

2番(二) 田辺

3番(中) 笘篠

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(投) 工藤

7番(捕) 伊東

8番(左) 平野

9番(右) 佐々木


 ほとんど固定メンバーで、先発の工藤の打順だけを上げた。


 その日の先発は、工藤を指名した。前の試合で、潮崎が捕まって、大量失点をしていたからだ。


 ところが。


 1回表。

 1、2番を無難にストレートの球威で抑えていた工藤だったが。


 3番は牛島だ。


 右打席に入る。特徴的な足幅を広げるスタンスのフォームだった。

 そこから1、2、3球と見極めて、カウント2-1。


 危険な香りがする見た目とは裏腹に、妙にボールを見て来る慎重な選手だと思った。


 そして、


―キン!―


 4球目の外のスライダーを狙い打ちされていた。


 工藤の球速は、1年時に比べるとアップしており、最速120キロを越える。

 スライダーでも常時110キロ台の球速を持っていたが。


 あっさりと飛ばされた打球は、ぐんぐんと左中間に延びていき、そしてスタンドインしていた。


 0-1。波乱の幕開けだった。


 しかも、その裏にマウンドに立った牛島。


 彼女がえげつない投球を見せてきた。

 徹底したインコース攻めだった。


 ほとんどデッドボールに近いくらいの球を投げ込んでくるが、度胸だけでなく、コントロールも良かったため、ボールかストライクか判定が難しい球を空振りしたり、見送ったりで、結局、三者凡退。


 2回表。


 ついに花崎実業の「秘密兵器」が目を醒ます。


 俺は、薄っすらと気づいていたが、相手のクリーンナップは、とにかく「見て」くる。クサい球でも、ギリギリのコースでも見極めるので、工藤は球数が増えていた。


 6番、高橋楓。


 大柄な体格に似合うような、豪快なスイングを誇る選手で、今まで散々ボールを「見られて」、ボール先行になっていた工藤が初球から、インコース高めにストレートを投げ込んだ。


 が、


―カン!―


 あっさりとフルスイングした打球が、完璧に捕らえられていた。打球は引っ張られて、レフト方向へ。


 レフトの平野が懸命に走るも、打球の勢いは衰えず、そのままレフトスタンドへ。


 ソロホームランだった。


 牛島、高橋という、このチームの主力に早くも捕まっていたが、幸いだったのは、どちらもソロホームランだったことだった。


 相手ベンチが盛り上がる。


 後続を抑えて、戻ってきた工藤に話を聞く。


「すいません」

 とは言っていたが、彼女らしくなく、どこか沈んだような顔立ちだった。


「どうした?」

 聞くと、神妙な面持ちで、彼女は答えた。


「ボールをやたらと見てきますね。悔しいっすけど、こういう相手には、潮崎先輩の方がいいかもっす」

 自らの特徴を工藤は理解している。

 つまり、球威で押すタイプの工藤は、コントロールが甘いところがある。決してノーコンではないが、精密機械のような潮崎に比べると、コントロールの精度が落ちる。


 そこを狙われた、と。


「気にするな。もう少しがんばれ」

 俺としては、そんな工藤に発破をかけて、これを乗り越えて欲しかったための一言だったが。


「了解っす。監督サンに言われたら、がんばるしかないっす」

 俺に言われたことで、少しだけ元気を取り戻していた工藤だったが。


 逆に今度は、こちらの打線が振るわなかった。


 続く2回裏、3回裏も、好調の石毛が単打で出塁しただけで、後は凡退。牛島の徹底したインコース攻めに翻弄されていた。


 4回表。

 工藤にはまだ投げさせていたが。


 3番、牛島との2度目の対戦。


 初球から決め球のフォークボール。空振り。

 2球目はムービングファスト。外れてボール。


 3球目。

 渾身のストレート。


 牛島は鋭く振り抜いて、打球は二遊間を抜けて、ヒット。

 続く4番と5番。本来なら、クリーンナップを担っているはずだが。


 彼女たちは、とにかくボールを「よく見る」。ギリギリのコースを攻めることには向いていない工藤の球は、ボール先行が多くなり、連続で4球を与え、気がつけばノーアウト満塁になっていた。


 6番高橋。


 俺は敬遠を考えて、立ち上がったが、それに「待った」をかけたのは、意外な人物だった。


「待って下さい」

 俺を制したのは、工藤のライバルのはずの、潮崎だった。


「なんだ?」

「敬遠はしない方がいいです」


「何故だ? ここでホームランを打たれたら、終わりだぞ」

「大丈夫です。きっと打たれません」


「何でそんなことが言える?」

 俺には、そんなことを口走る潮崎の根拠がわからなかった。


 少し考えた後、彼女は、

「うーん。私の勘ですけどね。さっき先生が、工藤さんに声をかけたので、多少は『気合い』が入ったかと」

 などと言っていたものの、


「そんなんで、変わるか?」

 俺には疑問だったのだが、


「変わりますよ。悔しいですけど、工藤さんは先生のことを、誰よりも信頼してますからね。とりあえず、勝負させてみて下さい」

 いつになく強気な瞳を向ける潮崎だった。


「まあ、いい。だが、もしホームラン打たれたら、お前が責任取って、後続を全部抑えろよ」

 一見、無茶にも思えるこの提案に、潮崎は笑顔で、


「わかりました」

 とだけ返して、再びマウンドを見つめた。


 そして、結果的には。


 高橋には2ストライクと追い込んでから、三遊間を破られるヒットを打たれていたが、潮崎の言う通り、ホームランにはならなかった。


 さらにそこから圧巻のピッチングが繰り出されていた。


 ノーアウト満塁の絶対絶命のピンチとはいえ、相手打線は下位打線の7番から。


「ストライク、バッターアウト!」

 ここに来て、一段ギアが上がったかのように、球速が伸び、いつも以上にストレートが「走っていた」。


 7番を三球三振。


 さらに8番もムービングファストでキャッチャーフライ。

 内野に転がされるだけで、下手したら点が入る場面にも関わらず、工藤の「勝負根性」はさすがだった。


 そして9番。

 渾身のストレート、スライダーで追い込み、最後は決め球のフォークボールで見逃し三振。


 ノーアウト満塁のピンチを、たった1点だけで切り抜けて、ベンチに戻ってきた工藤。


「おつかれ。いいピッチングだった」

 率直に褒めると、彼女は、照れ笑いを浮かべ、


「ありがとうございます」

 珍しく素直に大きな声を上げていた。


 こうして、4回表まで進んだものの、得点は0-3。

 我が校は、「曲者」の牛島を攻略できずにいた。


 試合は、後半戦に進んで行く。

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