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逆境のダイヤモンド少女たち  作者: 秋山如雪
第7章 新しい大会に向けて
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第74話 守備職人への道

 残るは4人。キャッチャーの伊東、レフトの平野、センターの佐々木、そしてセカンドの田辺。


 俺は当初、2人ずつ分けて、指導をする予定だったが。


 次の日。またもグラウンドに現れた渡辺先生に相談すると、

「でしたら、4人一遍にやった方が早いです」

 そう言って、キャッチャーの伊東以外の三人を、それぞれの守備位置に就かせた。


 後は、渡辺先生が指導してくれるという。


 そして、そこで再びあの「悪夢」が展開されることになる。


 地獄のノックだった。


 渡辺先生曰く。

「守備は数をこなして、経験を積むのが重要」

 だそうで。


 他の部員には脇で個別練習をさせておき、その間に3人に対して、徹底的なノックをやって、守備を強化し始めた。


 特に新1年生で、去年の秋の「地獄」の特訓を知らない2人には酷な練習だった。


 去年のアメリカンノックやコロンビアノックを彷彿とさせるような、過激なノック。それも練習時間いっぱいを使って、ひたすらノックという、文字通りの「千本ノック」が展開されていた。


 しかも、

「平野! きちんと目を切って、打球を追え!」

「佐々木! 走り出しが遅い!」

「田辺! 捕球してからの送球動作が遅い!」

 グラウンドいっぱいに、渡辺先生の罵声に近い、怒声が飛んでいた。


(やれやれ)

 選手には気の毒に思えるくらいの千本ノックに、俺は溜め息を突いて、ベンチで見守っていた。


 すると、残った捕手の伊東が、近づいてきた。

「先生。キャッチャーの私はどうすれば?」

 他の3人と違い、内野や外野に入ることがない彼女は、所在なさげに、困惑したような表情を浮かべていた。


「ああ。渡辺先生に任せている。お前はその間、潮崎とキャッチボールでもしてろ」

 少々、投げやりになったような俺の態度に、苦笑しながらも彼女は潮崎を誘ってグランドへ戻って行った。


 結局、この地獄の千本ノックが数時間続き、ようやく伊東の番になった。


 彼女の場合は、キャッチャーという特性上、いかに確実に「捕球」をできるか、そして素早く「送球」できるか、が鍵になり、そこを重点的に、マンツーマンで渡辺先生に指導されていた。


 特に、「肩の弱さ」が以前から指摘されていたから、投手に潮崎や工藤、一塁に俊足の吉竹を置き、ランナーを想定して、実践的な試合形式で、やっていた。


 もちろん、一塁ランナーの吉竹には、好きなタイミングで盗塁をさせた。


 結果的に、この守備特訓は、特別なことをやっている、というよりも、ほとんど「根性論」に近い気もしたが、平野はもちろん、初心者の佐々木、ソフトボール経験者の田辺の守備力も多少は上がったように見えた。


 夕方。

 すでに漆黒の闇が辺りを覆う頃。

 渡辺先生は、一仕事を終えたサラリーマンのように、疲れ切った表情で、グランドを後にしていた。


 千本ノックとは、球を受ける方ももちろん大変だが、ノックをする方も想像以上に疲れる行為なのだ。


 平野が、汗だくのまま、死んだ魚のような表情で、外野からベンチに戻ってきた。

「先生。水ー。死んじゃいます」

 泣きそうな表情の彼女がさすがに哀れに思えて、近くにあった、スポーツドリンクを渡すと、物凄い勢いで飲み干していた。


「どうだ、平野? 守備は慣れたか?」

「こんなにやれば、嫌でも慣れますよー」


 そんな彼女の言動に苦笑していると、

「お疲れ様でしたー。いやー、キッツいっすねー」

「あの先生、鬼ですね」

 続いて、同じように汗だくの佐々木と田辺が、戻ってきた。


 他の部員はとっくに帰宅していた。

「お疲れ。悪かったな。俺は肩を負傷してるから、ほとんどノックは出来ないんだ」

 そう告げると、


「いや、先生は悪くないですよ。むしろいつもありがとうございます」

 疲れた表情に無理矢理、笑顔を浮かべた平野が、慌てたようにお礼を告げてきた。


「ま、監督は優しいですからね。時には厳しく指導してくれる人がいた方がいいんじゃないですか」

「ソフトでもこんなにやることはなかったです。いい経験になりました」

 お茶目な性格の佐々木が、おどけたような表情で、そして生真面目で冷静なところがある田辺が、いつもと変わらない真っ直ぐな瞳を向けてきた。


「とりあえず、大変だろうけど、このチームは人数がギリギリだ。ケガにだけは気をつけて、プリンセストーナメント、勝ち抜こう」

 その俺の言葉に、3人は、静かに頷き、あるいは疲労感の残る笑顔を見せていた。


 そして、いよいよ、アマチュア女子野球の大会、プリンセストーナメントが始まろうとしていた。

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