第70話 取材
そのまま部室に笘篠と二人で向かって、部員に取材の件を報告すると。
「おお、すげーじゃん!」
清原が大袈裟に喜ぶ中、
「何で、先生と天ちゃんだけ。ズルい」
潮崎は明らかに不満そうに顔を膨らませ、
「何で、あたしじゃないんすか?」
工藤は工藤で、別の意味で不服そうだった。
だが、ともかく、翌日の放課後、取材を受けることになった。
翌日の放課後。
メディアはやって来た。
場所は、部室の中。
俺は笘篠以外の全員をグラウンドに先に行かせて、念のために笘篠にもユニフォームに着替えてもらってから、部室に呼んだ。
入ってきたのは、3人。
1人は取材のメインを務めるという若手の女性。小綺麗なスーツを着た、ちょっとテレビ映えのするような女性だった。
もう1人は、その助手のような立場に思える若手の男性。もう1人はカメラマンだった。
「はじめまして。私たち、こういう者です」
女性が差し出した名刺を見ると、全国ネットの某有名テレビ局だった。
そのことに驚いていると、
「去年の男子との戦いでも、少し取材したと思うんですが」
と前置きしてきたから、ようやく思い出した。
去年の秋、秩父第一高校との対戦後に、テレビ局からインタビューを受けていた。確か、
-これをきっかけに、女子野球の新しい大会が開かれるかもしれませんが、参加はしますか?-
などと言われて、言葉を濁したことを、わずかに覚えている。
そう思い出していると、女性は続けた。
「実は、今年の秋に、全国規模で、アマチュアの女子野球の大会が開かれることになりました」
「いつ頃ですか?」
「11月です」
今が9月だから、まだ時間はある。
「そこで、男子にも勝ち、少ない人数で夏の県予選でも活躍し、しかも笘篠さんみたいなアイドル的美少女までいる。そんな武州中川高校さんにも是非参加して欲しいと思いまして、主催者からの依頼を伝えに、今日は伺いました」
つまり、大会主催者の代わりに大会への参加を打診に来たというところか。
「アイドル的美少女」と言われ、すっかり顔が弛緩しきって、ダラしない表情を見せて、舞い上がっている笘篠は置いておいて、話を詳しく聞いてみた。
すると、どうやらそれは「プリンセストーナメント」と呼ばれる大会らしい。
全国規模で、「アマチュア女子野球」を対象としているトーナメントで、プロ以外の女子チームを呼ぶ大会らしい。
つまり、高校、大学、社会人を対象としている。
同時に、女子が高校野球で甲子園を目指せるようになり、女子プロ野球選手まで出てきているが、それでもまだ男子に比べて人気が劣る「女子野球の振興」に一役買うものとして、企画されたものらしい。
確かにそんな大会に呼ばれるだけで、名誉なことだとは思う。
勝てるかどうかは、この際、別問題だが。
「何チームくらい出る予定ですか?」
「32チームです」
32チームのトーナメント。つまり、その大会で優勝するためには、5回は勝たなくてはならないし、トーナメントだから1回負けたら、即敗退。
おまけに、相手は高校野球どころか、大学野球や社会人野球も加わる。
これは想像以上に厳しい大会になりそうだ。
ぬか喜びしている笘篠とは裏腹に、俺は不安な気持ちが優先していた。
「一旦、校長に相談します」
俺が即断せずに、そう答えたのが、隣にいた笘篠には、明らかに不服だったのだろう。
「えーっ。何で参加しないの、カントクちゃん?」
大袈裟な声が響いてきて、テレビ局の取材陣が逆に笑っていた。
「うるさい。ちょっと黙ってろ」
そう制した後、とりあえず取材陣には帰ってもらった。
「カントクちゃんのバカ! 参加しない理由なんてないじゃん!」
そう捨て台詞を残して、笘篠は練習に向かって行った。
彼女の気持ちもわからなくはないが、これは俺独断で決められる問題ではないし、そもそも勝てるかどうかもわからない。下手をすれば、初戦で大敗して、単に世間に恥を晒すだけで終わりそうだ。
ところが。
校長室に向かった俺の目に、飛び込んできたのは。
たまたま用事で校長室に来ていた渡辺先生だった。
仕方がないから、渡辺先生を交えて、先程の取材の話をすると。
「いいね! 是非参加したまえ!」
校長はいつになく乗り気だった。
嫌な予感がしたが、当たってしまった。
しかも、
「いいじゃないですか、森先生。ここで活躍すれば、一気に学校の知名度は上がりますよ。もう廃校なんて言わせません」
渡辺先生まで、示し合わせたように乗り気だった。
「いや、しかし。相手は高校生どころか、大学生や社会人ですよ。相手にならないんじゃ。大体、どれくらい勝てば、廃校阻止になります?」
「そうだなあ。32チームなら、せめてベスト4、いやベスト8くらいか」
校長は、またそんな無茶ぶりを言ってきた。
(大学生や社会人相手に、ベスト4もベスト8も無理だ)
俺には内心、そう思えてならなかった。
なので、仕方がないので、その場では、
「わかりました」
と言っておき、参加表明を明示しながらも、部室に向かって、早速ある生徒を個人的に呼んだ。
伊東だ。
チーム一の冷静沈着さと、頭脳明晰を持つ。
ある意味、俺がチームで最も頼りにしているのが、彼女であった。
「なあ。伊東。大学生や社会人相手にウチが勝てると思うか?」
先程の取材の内容を明かし、さらに校長との話を加え、総合的に判断を仰いでみた。
彼女は、いつも通り、冷静な眼鏡の奥で考え込んいるように見えたが、やがて、目を向けて、
「そうですね。可能性がないわけではありません」
伊東にしては、何とも煮え切らない、曖昧な答えだった。
「どういう意味だ?」
「野球は、頭を使うスポーツです。相手が格上だから勝てない、格下だから勝てる。そういう風に簡単に割り切れるわけでないんです」
なるほど。それには一理ある。
格上が必ず勝っていれば、高校野球はつまらなくなる。
だが、そう言うからには、彼女には戦略があるのだろう。
「まずは徹底的なデータ集めからですね。参加チームのデータをかき集め、苦手なコース、得意なコース、癖を全て洗い出します」
さすがにチームの頭脳派にして司令塔。
すでに、眼鏡の奥で、深く考えているように見えた。
「わかった。その辺はお前や鹿取に任せる」
「はい。では、先生には別のことをお願いします」
「別のこと?」
「はい。恐らく先生なら気づいているとは思いますが、継投についてです」
ドキっとした。俺が継投について悩んでいることを彼女は見通していたのだ。
「唯は優れたコントロールを持つピッチャーですが、唯一、スタミナがありません。その問題を抱えたまま、この大会に挑むのは危険だと私は思います。ですから、何らかの対策を練って下さい」
「わかった」
さすがだと少し感心した。
内心、県大会予選の時から、俺が感じていた潮崎の問題について、彼女はとっくに気づいていたのだ。
同時に、勝つための戦略を練ろうと真剣になってくれる。
ある意味、チームの中心人物、本当の意味でのキャプテンは彼女なのかもしれない。
「他には?」
念の為に聞くと、彼女は少し微笑んでから、口に出した。
「大会まであと2か月あります。その間に、全体的な戦力の底上げが必要ですね。新しく入った1年生も含めて。一度、全員の特徴をもう一度洗い出して、デメリットを補い、メリットを伸ばす。そういった地道な作業が必要かもしれません」
「難しいな」
俺が少し考え込むように、腕組みをしたのを見て、彼女は柔らかく微笑みながら、
「別に難しくはありません。先生はすでにみんなの特徴を掴んでいるでしょう? それなら後は上手く導けばいいだけです」
聞いてると、まるで、どっちが教師かわからなくなってくる。
それくらい、彼女は高校生らしくないくらい、しっかりしている。
というより、老成している、とすら思えた。
なおも、俺が考え込んでいると、
「たった10人しかいないんですよ。何十人も相手にする必要がある、他の部や他の学校と違って、楽じゃないですか?」
逆に彼女に発破をかけられた。
ある意味、この部の一番の精神的な支えになっていて、本当に「監督」しているのは、俺ではなく、伊東なのかもしれない。
ともかく、伊東の言いたいことはわかったので、俺は個人的にまた面談をして、彼女たちを伸ばしていこうと考えるのだった。
プリンセストーナメントまであと2か月。
今度は、別の意味での「面談」を彼女たちとしないといけないようだった。