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逆境のダイヤモンド少女たち  作者: 秋山如雪
第6章 再びの夏
61/124

第61話 サブマリン VS 猛打(前編)

 準々決勝。

 場所は、去年と同じくさいたま市営大宮球場だった。


 だが、この試合が行われる直前。

 潮崎が対戦を熱望していた、浦山学院が負けた。

 相手は、去年の埼玉県大会優勝校にして、我が校も負けた、あの「春日部共心」だった。

 同校は、昨年よりさらに進化して、強くなっているという評判だった。


 そんな中、阿波野と対戦できず、心底残念そうにしている潮崎だったが、俺の注目は別のところにあった。

 試合前に、三塁側にはスタンドに駆けつけてきた、辻孝宏の姿があった。

 元・プロ野球選手にして、かつて首位打者も取った、アベレージヒッター。辻香菜の父親にして、現在は大学で野球を教える指導者だというが。


 正直、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 目が怖い。


 皺の多い顔立ちで、鋭い目つきで娘を見つめ、というか睨んでいた。彼がプロ野球選手だった時のことを俺は覚えているが、そんなに怖そうな印象ではなかったのだが。


 その辻孝宏が、ネット越しに娘と対面していた。

「香菜。今日の試合、3安打以上打て」

「はい」

 しかも、実の娘に向かって、いきなりそんな難題を吹っ掛けていた。

 おまけに冗談でないらしく、目が全然笑っていない。


 腕組みをしたまま、厳しい瞳で、娘を睨む父親。それが辻孝宏という男だったのだ。


 こんな父親が相手だと、苦労しそうだ。

 内心、心配になって、父の元から戻ってきた彼女に声をかける。

「辻、大丈夫か? いきなりあんな無茶言われて」

 遠巻きに見ていた俺の心配を余所に、辻は、

「大丈夫です。絶対打ちます」

 今まで見たことがないような、強い決意の瞳を宿していた。


(辻の奴。お父さんが怖いのかな)

 羽生田にとっては、緊張にもなるが、それでも明るく応援の声を上げてくれる家族。


 対して、辻の場合は、それが「強烈なプレッシャー」として、襲いかかっているように見えた。

 良くも悪くも、辻孝宏は「野球バカ」なのだろう。

 それを娘にまで託すのは過酷だと思うが、他人の家の親子関係というのは、他人が見ても、本当のところはわからないものであり、これはこれで一つの「親子の形」なのかもしれないが。


 スタメンオーダーは、次のように決めた。


1番(一) 吉竹

2番(右) 笘篠

3番(二) 辻

4番(遊) 石毛

5番(三) 清原

6番(中) 羽生田

7番(捕) 伊東

8番(左) 平野

9番(投) 潮崎


 ようやく戻ってきた、潮崎。そして、彼女にとって最も投げやすいであろう、気心の知れた捕手の伊東。このバッテリーが復活した。


 一塁側は後攻の聖毛学園。三塁側は先攻の我が校となる。


 マウンドに立つ、3年生の山田明里(あかり)。元々が堂々としたマウンドさばきには定評があったのだが、その日は、威圧感すら感じるような、威風堂々とした、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。


「ストライク! バッターアウト!」

 先頭バッターの切り込み隊長役、去年の練習試合ではいきなり山田のシンカーを打ち返していた吉竹が三球三振に倒れていた。


 続く2番の笘篠もまたシンカーを引っかけてセカンドゴロ。一気に2アウト。


 戻ってきた彼女たちに話を聞くと。

「去年と全然違いますわ。緩急自在のシンカーが打てませんでした」

「ボールが下から浮き上がってくるわ。あれはマジ、ヤバい」

 確実に進化した、サブマリンの山田に翻弄されていた。


 そして3番の辻。

 父親から、「今日は3安打以上打て」と無茶な課題を与えられていた彼女は、それでも山田の投球をよく見て、3ボール2ストライクとフルカウントまで粘っていた。


 しかし、1球ファール後の7球目。

 決め球の速いシンカーをアウトコースに決められて、三振に終わる。


 戻ってくる途中で、辻がスタンドを横目で見ていた。俺もつられて見ると。

 父親の辻孝宏の表情が固いように見えた。一見、怒っているようにも見える。恐らく彼女にとって、「父」は畏怖する存在なのであろう。


 通常、1試合に4打席から5打席のチャンスがあると考えると、早くも1打席をフイにしていたわけだから。


 1回裏。1回戦で負傷して以来、久しぶりに先発マウンドに立った潮崎。久しぶりに思いっきり投げれることで、彼女自身は、野球を「楽しんで」いるように見える、本来の彼女のピッチングに戻っていた。


 伊東のリードも良かったが、内と外を使い分け、高低差も利用し、おまけにその日はコントロールがいつも以上に抜群に良かった。


 結局、三者凡退に抑えてしまう。


 だが、我が校もまた、「進化したサブマリン」に苦戦し、1~3回まで完璧に抑えられていた。


 4回表。武州中川の攻撃。

 先頭バッターは、切り込み隊長の吉竹。


 事前に、俺たちは「アンダースロー対策」を一応はやっていたのだが。それでも打てなかった。


 だが。

「ボール、フォア!」

 山田の、コーナーを突く投球に戸惑いながらも、彼女は何とか見極めて四球で出塁する。


 去年の練習試合では、フィールディングが上手い山田に、牽制球で刺された吉竹だったが。


 この時は違った。ちらちらとランナーを気にする山田の動きをしっかり見極めた上で、ボールが先行していた山田の配球も見ていた。


 3ボール後。次がボールなら四球になるというタイミングで走った。

 辻はそれを見て、見送ったがわずかにストライク。


 吉竹は悠々と二塁を陥れて、ノーアウト二塁の得点圏のチャンスを演出。

 その辻にとって第2打席。


 3ボール1ストライクの状況から、山田は1球スライダーを放つ。

 辻はそれを空振りして、フルカウント。


 6球目は、ボールになることを警戒してか、緩いチェンジアップを放ってきた。

 それを待っていたかのように、辻が鋭くバットを振り抜いていた。


 綺麗な流し打ちになって、左中間を深々と破っていた。

 二塁ランナーの吉竹は、自慢の俊足を生かして、三塁を蹴る。外野から返球が来るも、さすがに吉竹の足には叶わなかった。辻は二塁まで到達する。タイムリー2ベースヒットだった。

 早くも1安打1打点と貢献し、先制点を入れる。


 後続の4番の石毛と、5番の清原は、まだ山田の浮き上がるような速球と2種類のシンカーに苦戦し、凡退するも、欲しかった先制点が転がり込んできた。


 試合は予断を許さないまま、中盤に向かう。

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