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逆境のダイヤモンド少女たち  作者: 秋山如雪
第3章 初めての夏
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第28話 超高校級

「ありがとうございました!」

 試合は7-6と僅差で勝利し、我が校は創部以来初の準々決勝行きを果たすことになる。


 すでにこの時点で、ベスト8入りを果たしている。

 初心者が半数以上で、人数もギリギリの女子硬式野球部のまさかの快進撃だった。


 相手の花崎実業は、古豪とはいえ、強豪校。

 しかもこれで3年生の夏は終わる。

 主砲で、4番の3年生、藤井ことりが泣いていた。彼女の夏は終わったのだ。


 それを横目に見ていた潮崎が、

「これで彼女の夏が終わるんだね。何だか寂しいなあ。もう少し対戦したかったなあ」

 と呟いていた。


 彼女にとって、せっかく当たる有力なライバルたちが、ほとんど3年生だから、一度の対戦で終わってしまうのが寂しいようだった。


 その気持ちはわからなくもない。

 潮崎自身が、野球をどちらかというと「楽しんで」やっている節がある。「好きこそ物の上手なれ」を地で行く彼女らしい。


「いやー、それにしても勝ててよかったー」

 羽生田が嬉しそうに口に出していたが、


「お前は、ちょっと打たれすぎだ」

 満塁ホームランまで打たれていた彼女にそう返すと、


「ごめんごめん。でも、あのバッターはマジですごかったよー。それに私、ちゃんとタイムリー打ったじゃん」

 相変わらず、緊張感のない明るい声が返ってきた。落ち込まないムードメーカーな彼女は貴重だが、どうも反省してないようにも見える。


 だが、それでも投手としては二人しかいないのが現状だ。

 出来れば、もう少し三振が取れる、速球に強みがあるピッチャーが欲しいと改めて俺は思うのであった。



「お疲れ様でした。いい試合でした」

 試合後に、相手チームの堀監督と挨拶を交わす。


「いや、奇跡的に勝ちましたよ。ハラハラしました」

 と俺が緊張と共に投げかけると、彼女はある有名なセリフを引用した。


「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし、ですよ」

 それは、かつて活躍した名捕手にして、名監督のあの人の言葉だった。


「ありがとうございます」

「次も楽しみにしてますね。それと、これはプレゼントです」

 そう言って、彼女が渡してくれたのは、一冊のノートだった。


 そこには、それまで花崎実業が戦ってきた相手高校のデータが載っていたが、すごいのは、それだけでなく、埼玉県内の有名な高校の女子野球部のデータまでもが詳細に記載されていた。


 これを有効に使えば、甲子園への道が近くなる。

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げ、彼女に礼を言って、別れた。



 だが、その次の相手は。

「ここで迎えるは、4番の中村」

 準々決勝までは、中1日という日程だったが、その日の別の試合が気になっていた部員たちが、学校に戻り、部室に戻るとすぐにネットで動画を見ていた。


 それは、4回戦の別の試合。この試合の勝者が、次の準々決勝の相手となる。

 試合は、春日部共心かすかべきょうしん高校対埼玉境(さいたまさかい)高校との一戦。

 どちらも、強豪校として知られているが、特に春日部共心高校の4番がすごかった。


 身長が174センチ、大柄な体躯で一際存在感を放つバッターで、狭いスタンスでバットを上段に構え、足を軽く上げてタイミングを取るのが特徴的なバッターだった。


「あ、この方。ニュースで見たことありますわ。確か、超高校級と騒がれていたスラッガーで、中村遥なかむらはるかさん、だったかしら」

 その吉竹のセリフの直後。


 1アウト一・二塁の場面で。

「打った! 大きい!」

 その中村がバットをフルスイングしていた。アナウンサーが興奮気味に大袈裟なくらい声を張り上げる。


 しかも、中村は打った直後にそのバットを豪快に放り投げていた。

 すでにホームランを確信したかのように、勝ち誇った表情を見て、

「何、こいつ。カッコつけてんじゃねーよ」

 笘篠が画面の向こうに対抗心を抱くように、口汚く罵っていたが。


 そのバットのスイングスピードは恐ろしいほどに速く、そして正確にバットの芯でボールを捉えていた。

 まるでピンポン玉を打ち返すかのように、打球はぐんぐん伸びてスタンドイン。

 球場が歓声に包まれていた。


 その打ち込みの速さ、正確な打撃力と長打力。

(これはマジでヤバい)

 かつては一応、高校球児として甲子園にも行ったことがある、ピッチャー出身の俺の頭が警鐘を鳴らしていた。

 あれは、間違いなく本物の「スラッガー」だ。


「これは手強いですね。恐らく、大島さんや藤井さんよりも実力は上です」

 冷静な判断力を有する伊東が、いつになく難しい顔をしていた。

 彼女はこの大会の予選で対戦し、いずれもホームランを打たれてきた、浦山学院の大島、花崎実業の藤井よりも脅威とみなしていた。


「しかも、まだ1年なんですって。怖いですよね」

 今度は、平野が呟くが。


「中村さんか。早く対戦してみたいなあ」

 1人、潮崎だけは、キラキラと目を輝かせて画面を見つめていた。


 今まで、強打者で言えば、2年生や3年生ばかりと対戦してきた彼女。ようやく訪れるようとしていた中村という「ライバル」の出現に、燃えると共に心を躍らせているようだった。


 そして、その中村がいる春日部共心が5-2で埼玉境を破り、準々決勝に進出。


 しかも、明後日の対戦相手となった。


 春日部共心は、昨年の夏の埼玉県予選優勝校だった。毎年のように勝ち上がる甲子園常連校にして、強豪で、女子硬式野球部の部員は100人以上もいるらしい。

 おまけに、積極的に外部からも人を呼び込んでいるらしく、この中村という選手も、関西からの野球留学組だという。


 そこで、残り1日は、その春日部共心対策として、先日貰い受けたデータが記載されたノートを参考に、対策を練るためにも練習をした。


 春日部共心の試合を想定し、ケースノックをする。

 そして、対策を話し合う。


 伊東と、マネージャーの鹿取が中心になって、披露した情報によると。

「1年生ながら4番を打つ中村さん。彼女はもちろん別格に要注意ですが」

 と前置きした後、伊東が語る。


「2年生の3番、松永まつながさんも全国クラスの実力者です。リストの柔らかさが抜群で、広角に打ち分ける技術は、プロ注目の超高校級だそうです」


「2年生エースの西崎にしざきさんもすごいですね。最速115キロ。カーブ、スライダー、フォークを投げ分け、決め球はカットボール。こちらも超高校級です」

 鹿取が補足する。


 もはや超高校級のオンパレード状態だ。

 これは、さすがにウチのチームじゃ相手にならない。


 そろそろ負ける時がきたか。

 彼女たちはもちろん負ける気などないだろうし、負ければ廃部どころか、学校がなくなるという危機すらあるのだろうが。


 俺個人としては、本当にそろそろ「負ける」気はしていた。

 がんばってきた彼女たちには悪いが、何しろ、今までが「奇跡」のようなものだと思っていた。


 そして、奇跡はそう何度も起こらない。

 ただ、彼女たちを信じて、戦うしかないのだが。

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