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逆境のダイヤモンド少女たち  作者: 秋山如雪
第3章 初めての夏
25/124

第25話 投手戦と打撃戦(前編)

 3回戦を、無事に突破した彼女たち。

 続く相手は、花崎実業。

 かつては、男子硬式野球部が強く、甲子園常連校でもあったが、最近は遠ざかっており、「古豪」と呼ばれる高校であった。


 だが、ここ数年は力をつけており、男子はこの年の春には久しぶりに選抜甲子園に出場しており、女子は昨年夏には埼玉県予選で決勝まで進んで、準優勝している。


 4回戦からは、場所が変わった。


 さいたま市営大宮球場。

 プロ野球イースタン・リーグ(二軍)公式戦でも使われるグラウンドで、センター122メートル、両翼91メートル、収容人員は約1万人。内野はクレー舗装の土、外野は天然芝で、スコアボードが電光掲示板である。


 今までの球場とは規模が違う。

 いよいよこの辺りから、本格的な「戦い」が幕を開けるわけだが。


 俺は、またもスタメンの打順で迷い、羽生田に例の質問をしていた。つまり、辻の調子についてだ。

 本人に直接聞くのが一番早いのだが、無口な辻はあまりそういうのは語ってくれないし、辻と付き合いの長い羽生田の情報は正確だった。


「今日は、調子いいと思うよー」

 それを聞いて、


「まるで『天気予報』みたいだな」

と俺が笑っていると、


「あはは。それいいねー、カントク。辻ちゃん天気予報。なら、今日は多分、『晴れ』だね」

 羽生田のツボに入ったのか、彼女は大袈裟に笑っていた。


 プロ野球選手でも、実際にその日によって、調子の良し悪しはあるし、人間だからある程度は仕方がないのだが、辻はそれが極端だった。

 それだけに、調子がいいと打ってくれる。


 ということで、考慮して打順を決めた。


1番(一) 吉竹

2番(右) 笘篠

3番(二) 辻

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(中) 羽生田

7番(捕) 伊東

8番(左) 平野

9番(投) 潮崎


 思い切って、辻を3番にしてみた。このチームになってから、彼女は初の3番だが、相手が強豪である以上、わらにもすがる思いで、調子がいい彼女を起用してみる。


 一方、2番になった笘篠は、

「えー、目立たないじゃん。2番って地味ぃ」

 と、文句を垂れていたが、繋ぐ能力が高いから2番にした、と説得すると渋々ながらも納得してくれるのだった。


 そして、スタンドを見ると。

 この日は先攻が我が校で三塁側、後攻が花崎実業で一塁側だったのだが。


 三塁側スタンドには、いつも見に来る男子野球部員が数名と、前回はいなかった秋山校長の姿があり、吹奏楽部もようやく来ていたが、それよりも目立つ一団がいた。

 例の笘篠私設応援団のような連中が旗を振って、一角に陣取っていた。しかも、人数が以前より増えて、50人近くもいた。もちろん男ばかりだったが。


「なんだ、ありゃ。人数増えてないか?」

 俺が怪訝そうに眺めていると。


「当たり前じゃん。私はネットアイドルだよ」

 事も無げにそう言った笘篠に驚き、


「ネットアイドル? お前、ネットに何か配信してるのか?」

 尋ねると。


「ふふーん。私の実力を侮ってもらっちゃ困るな、カントクちゃん。サイトのURL教えるから、見てみなよ」

 いつものドヤ顔で言って、女子野球部で使っている共通LINEグループとは別に、俺個人に宛ててLINEメッセージを送ってきた。


 見ると、URLが貼りつけてあり、それをクリックすると。


「かわいすぎる女子高生野球アイドル、笘篠天」

 とデカデカと書いてあるサイトに案内された。


「自分でかわいいって言うか、普通」

 試合前のわずかな時間に、ちらっと見ただけだったが、自意識過剰すぎるくらいに、アピールしていた。


 それは画像、文章に始まり、いつの間に撮ったのか、実際に野球をやっているシーンまで動画で撮影されていた。


 そして、明らかにカメラを意識した上目遣いの目、男をたらし込むような潤んだような視線と笑顔と表情が、あざとく見えて仕方がないのであった。


 まあ、確かに笘篠は可愛いのだが、これはやりすぎだ、と思うと共に、笑ってしまい、試合前の緊張感が、少しだけほぐれていた。


「監督。何してるんですか? 相手校の監督が来ましたよ」

 いつの間にか、平野に呼ばれてようやく我に返って携帯をポケットにしまう。


 見ると、紫色の野球帽をかぶり、野球部のユニフォームを着た若い女性がベンチ前まで来ていた。

 若い。年齢的には20代後半から30代前半くらい。長く艶のある髪の毛を背中で縛り、小綺麗な化粧が印象的な女性だった。


「花崎実業の監督、堀梨香ほりりかです。あの浦山学院を破った武州中川さんと当たるのは光栄です。本日はよろしくお願いします」

 丁寧なお辞儀で挨拶に来たのは、相手校の監督だった。


「こちらこそ。胸を借りるつもりで挑ませていただきます」


 両高校の生徒が整列して、試合が始まる。


 スタンドには、両校共に予想以上にたくさんの客が来ていた。その多くが花崎実業目当ての客だったが、学校の生徒、生徒たちの父兄、吹奏楽部、そして高校野球ファンなど。

 中には、テレビ局と思われる人たちまで来ており、注目度が窺える。


 そんな中。


 ついに試合が始まる。


 先攻は我がチーム。紫色の帽子とラインが目立つユニフォームを着た、花崎実業の女子野球部がグラウンドに散っていく。


 ようやく駆けつけた、吹奏楽部の演奏が、場を盛り上げてくれる。


 マウンドに上がったのは、相手エースの2年生、今井みゆき。身長は160センチくらいと平均的だったが、天然パーマのようなくるくると巻いた頭が特徴的な右ピッチャーだった。

 事前に得た情報や、マネージャーからの情報では、シュートやシンカーを使う技巧派ピッチャーで、決め球はシュートだという。

 打つ方でも3番を任されており、投打での活躍を期待されているらしい。


 まずは、我が校の1番が左打席に入る。吉竹だ。

 彼女の足は、強力な武器で、その俊足で何度もチームを助けてきた。すでに名前が知られてきており、恐らくは相手も警戒しているだろう。


 球のスピードは80キロから100キロくらいと、潮崎と変わらない遅いピッチャーだったが。


 内外角を上手く投げ分ける投球術が光っていた。


 特に追い込んでから、投げられたシュート。

 左バッターの吉竹の内角を突くシンカーを投げ、一瞬、死球かと思うくらいにボールゾーンに入り込み、そこからストライクに曲がる球で三振を奪っていた。


「フロントドアだな」

 俺がベンチで腕を組みながら、呟いていると。


「何、それ?」

 羽生田が明るい声で聞いてきた。


「体に当たりそうなインコースからストライクゾーンに投げるのがフロントドア、逆に外角のボールゾーンからストライクゾーンに投げるのがバックドアって言うんだ。バッターからすれば、体に当たるようにも見えるし、ボール球にも見える」


「そうですね。投球術としてはメジャーリーグなどで有名ですね」

 元・マネージャーで、野球部一とも言える野球知識を持つ平野が頷いていた。


 続く2番の笘篠の場合は、逆に右バッターだからか、シュートをストライクゾーンからボールゾーンに逃げるように投げ込み、それに対応しようと体を開いたところで、外角のボール球を投げて、スイングが崩れたところを打ち取っていた。


 結局、3番の辻も詰まらされてセカンドゴロで、三者凡退。

 打たせて取る投球術はさすがだった。


 対して、1回裏にマウンドに上がった潮崎。

 彼女もまた、同じような戦術を使っていた。あるいは、キャッチャーの伊東が指示しているのかもしれない。


 右打者には一瞬体に当たりそうにも見えるカーブを使った上で、バックドアで外角に決め球のシンカーを使い、左打者には逆にシンカーをバックドアに使い、決め球に緩いカーブを使って、凡打と三振を築く。


 1回裏の相手も三者凡退。


 そのまま、5回まで両者譲らず。四球や単打によるヒットはあったものの、互いに同じようなタイプの軟投派のピッチャーの投球術に手こずり、決定打が出なかった。


(投手戦になるか)

 俺は、そう思っていたのだが。


 6回表から、試合は徐々に奇妙な方向に変わっていく。

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