第25話 投手戦と打撃戦(前編)
3回戦を、無事に突破した彼女たち。
続く相手は、花崎実業。
かつては、男子硬式野球部が強く、甲子園常連校でもあったが、最近は遠ざかっており、「古豪」と呼ばれる高校であった。
だが、ここ数年は力をつけており、男子はこの年の春には久しぶりに選抜甲子園に出場しており、女子は昨年夏には埼玉県予選で決勝まで進んで、準優勝している。
4回戦からは、場所が変わった。
さいたま市営大宮球場。
プロ野球イースタン・リーグ(二軍)公式戦でも使われるグラウンドで、センター122メートル、両翼91メートル、収容人員は約1万人。内野はクレー舗装の土、外野は天然芝で、スコアボードが電光掲示板である。
今までの球場とは規模が違う。
いよいよこの辺りから、本格的な「戦い」が幕を開けるわけだが。
俺は、またもスタメンの打順で迷い、羽生田に例の質問をしていた。つまり、辻の調子についてだ。
本人に直接聞くのが一番早いのだが、無口な辻はあまりそういうのは語ってくれないし、辻と付き合いの長い羽生田の情報は正確だった。
「今日は、調子いいと思うよー」
それを聞いて、
「まるで『天気予報』みたいだな」
と俺が笑っていると、
「あはは。それいいねー、カントク。辻ちゃん天気予報。なら、今日は多分、『晴れ』だね」
羽生田のツボに入ったのか、彼女は大袈裟に笑っていた。
プロ野球選手でも、実際にその日によって、調子の良し悪しはあるし、人間だからある程度は仕方がないのだが、辻はそれが極端だった。
それだけに、調子がいいと打ってくれる。
ということで、考慮して打順を決めた。
1番(一) 吉竹
2番(右) 笘篠
3番(二) 辻
4番(三) 清原
5番(遊) 石毛
6番(中) 羽生田
7番(捕) 伊東
8番(左) 平野
9番(投) 潮崎
思い切って、辻を3番にしてみた。このチームになってから、彼女は初の3番だが、相手が強豪である以上、藁にもすがる思いで、調子がいい彼女を起用してみる。
一方、2番になった笘篠は、
「えー、目立たないじゃん。2番って地味ぃ」
と、文句を垂れていたが、繋ぐ能力が高いから2番にした、と説得すると渋々ながらも納得してくれるのだった。
そして、スタンドを見ると。
この日は先攻が我が校で三塁側、後攻が花崎実業で一塁側だったのだが。
三塁側スタンドには、いつも見に来る男子野球部員が数名と、前回はいなかった秋山校長の姿があり、吹奏楽部もようやく来ていたが、それよりも目立つ一団がいた。
例の笘篠私設応援団のような連中が旗を振って、一角に陣取っていた。しかも、人数が以前より増えて、50人近くもいた。もちろん男ばかりだったが。
「なんだ、ありゃ。人数増えてないか?」
俺が怪訝そうに眺めていると。
「当たり前じゃん。私はネットアイドルだよ」
事も無げにそう言った笘篠に驚き、
「ネットアイドル? お前、ネットに何か配信してるのか?」
尋ねると。
「ふふーん。私の実力を侮ってもらっちゃ困るな、カントクちゃん。サイトのURL教えるから、見てみなよ」
いつものドヤ顔で言って、女子野球部で使っている共通LINEグループとは別に、俺個人に宛ててLINEメッセージを送ってきた。
見ると、URLが貼りつけてあり、それをクリックすると。
「かわいすぎる女子高生野球アイドル、笘篠天」
とデカデカと書いてあるサイトに案内された。
「自分でかわいいって言うか、普通」
試合前のわずかな時間に、ちらっと見ただけだったが、自意識過剰すぎるくらいに、アピールしていた。
それは画像、文章に始まり、いつの間に撮ったのか、実際に野球をやっているシーンまで動画で撮影されていた。
そして、明らかにカメラを意識した上目遣いの目、男をたらし込むような潤んだような視線と笑顔と表情が、あざとく見えて仕方がないのであった。
まあ、確かに笘篠は可愛いのだが、これはやりすぎだ、と思うと共に、笑ってしまい、試合前の緊張感が、少しだけほぐれていた。
「監督。何してるんですか? 相手校の監督が来ましたよ」
いつの間にか、平野に呼ばれてようやく我に返って携帯をポケットにしまう。
見ると、紫色の野球帽をかぶり、野球部のユニフォームを着た若い女性がベンチ前まで来ていた。
若い。年齢的には20代後半から30代前半くらい。長く艶のある髪の毛を背中で縛り、小綺麗な化粧が印象的な女性だった。
「花崎実業の監督、堀梨香です。あの浦山学院を破った武州中川さんと当たるのは光栄です。本日はよろしくお願いします」
丁寧なお辞儀で挨拶に来たのは、相手校の監督だった。
「こちらこそ。胸を借りるつもりで挑ませていただきます」
両高校の生徒が整列して、試合が始まる。
スタンドには、両校共に予想以上にたくさんの客が来ていた。その多くが花崎実業目当ての客だったが、学校の生徒、生徒たちの父兄、吹奏楽部、そして高校野球ファンなど。
中には、テレビ局と思われる人たちまで来ており、注目度が窺える。
そんな中。
ついに試合が始まる。
先攻は我がチーム。紫色の帽子とラインが目立つユニフォームを着た、花崎実業の女子野球部がグラウンドに散っていく。
ようやく駆けつけた、吹奏楽部の演奏が、場を盛り上げてくれる。
マウンドに上がったのは、相手エースの2年生、今井みゆき。身長は160センチくらいと平均的だったが、天然パーマのようなくるくると巻いた頭が特徴的な右ピッチャーだった。
事前に得た情報や、マネージャーからの情報では、シュートやシンカーを使う技巧派ピッチャーで、決め球はシュートだという。
打つ方でも3番を任されており、投打での活躍を期待されているらしい。
まずは、我が校の1番が左打席に入る。吉竹だ。
彼女の足は、強力な武器で、その俊足で何度もチームを助けてきた。すでに名前が知られてきており、恐らくは相手も警戒しているだろう。
球のスピードは80キロから100キロくらいと、潮崎と変わらない遅いピッチャーだったが。
内外角を上手く投げ分ける投球術が光っていた。
特に追い込んでから、投げられたシュート。
左バッターの吉竹の内角を突くシンカーを投げ、一瞬、死球かと思うくらいにボールゾーンに入り込み、そこからストライクに曲がる球で三振を奪っていた。
「フロントドアだな」
俺がベンチで腕を組みながら、呟いていると。
「何、それ?」
羽生田が明るい声で聞いてきた。
「体に当たりそうなインコースからストライクゾーンに投げるのがフロントドア、逆に外角のボールゾーンからストライクゾーンに投げるのがバックドアって言うんだ。バッターからすれば、体に当たるようにも見えるし、ボール球にも見える」
「そうですね。投球術としてはメジャーリーグなどで有名ですね」
元・マネージャーで、野球部一とも言える野球知識を持つ平野が頷いていた。
続く2番の笘篠の場合は、逆に右バッターだからか、シュートをストライクゾーンからボールゾーンに逃げるように投げ込み、それに対応しようと体を開いたところで、外角のボール球を投げて、スイングが崩れたところを打ち取っていた。
結局、3番の辻も詰まらされてセカンドゴロで、三者凡退。
打たせて取る投球術はさすがだった。
対して、1回裏にマウンドに上がった潮崎。
彼女もまた、同じような戦術を使っていた。あるいは、キャッチャーの伊東が指示しているのかもしれない。
右打者には一瞬体に当たりそうにも見えるカーブを使った上で、バックドアで外角に決め球のシンカーを使い、左打者には逆にシンカーをバックドアに使い、決め球に緩いカーブを使って、凡打と三振を築く。
1回裏の相手も三者凡退。
そのまま、5回まで両者譲らず。四球や単打によるヒットはあったものの、互いに同じようなタイプの軟投派のピッチャーの投球術に手こずり、決定打が出なかった。
(投手戦になるか)
俺は、そう思っていたのだが。
6回表から、試合は徐々に奇妙な方向に変わっていく。