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逆境のダイヤモンド少女たち  作者: 秋山如雪
第10章 甲子園への道
100/124

第100話 逆境の決勝戦(前編)

 準決勝で、花崎実業を破った我が校。創部以来初の地区大会決勝戦に進出。


 だが、決勝戦の相手は、やはりというか、因縁のある春日部共心だった。一昨年は準々決勝、昨年は準決勝で当たり、共に敗戦している。


 つまり、どの道、この高校を破らない限り、「甲子園」への道は開かれない。


 試合の1日前。

 例によって、ミーティングをした。


「4番で主砲の3年生、中村さんはもちろん、皆さんご存じのように脅威ですが」

 前置きしてから、マネージャーの鹿取が、口を開く。


「今年は、エースが脅威です」


「西崎みたいなものか」

 俺の問いに、彼女は首を振る。


「西崎さん以上の、逸材です」

長谷川はせがわか?」

 すでに情報を掴んでいる、笘篠が口を開く。


「そうです。長谷川すずこさん。右投右打の3年生。スリークォーターから投げ込む最速120キロを越える速球以外に、ツーシーム、スライダー、縦スライダー、チェンジアップ、シンカー、フォークまで扱う、超高校級の逸材です。すでにプロのスカウトの目に止まっているそうです」

 俺も噂は聞いていた。


 高校生とは思えない勝負度胸を持ち、コントロールの良さと、決め球の縦スライダーを駆使する3年生。前の2年間ではそれほど目立たなかった存在だったが、去年の秋以降、一気に才能が開花したという。


「それに加え、2年生ながら3番を打つ、片岡かたおか佳奈かなさん。中村さんの前に彼女がいるのが、最大の強みでしょうね」

 もう1人のマネージャーの奈良原も指摘する。


 一応、彼女たちのデータは取っていたが、いずれも全国レベルの実力者と言える。


「ここまで来たからには、とにかくやるしかありませんわ」

 新リーダーの吉竹が吠えるように、気合いの入った声を上げるが、


「それはいいが、策はあるのか?」

 俺が尋ねるも、彼女は逆に、意志の強そうな瞳で俺を睨みつけてくる有り様だった。


「それを考えるのが、監督さんの役目でしょう?」

「まあ、そうだが」


 思わず苦笑していると、

「大丈夫ですわ。わたくしたちは、これまで様々な逆境を乗り越えて、ここまで来たんです。もう腹をくくるしかありませんわ」

 具体性がない、根性論に近いような吉竹の言ではあったが、元リーダーの潮崎は、冷静だった。


「愛衣ちゃんの言う通り。私は精一杯投げるし、みんなもデータから、これまでの経験、あらゆるものを駆使して、『壁』を乗り越えよう」

 潮崎の一言に、みんなは一様に頷く。



 そして、相手に対する、「決定的な」策がないまま、運命の試合は展開されることになる。


 場所は、さいたま市営大宮球場。ここでの試合もさすがに慣れてきていた。


 この日は先攻が我が校で三塁側、後攻が春日部共心で一塁側だったのだが。

 その三塁側スタンドには、多くの観客が詰めかけていた。

 我が校の吹奏楽部、男子硬式野球部、顧問の渡辺先生、そして校長の姿もあったが。

 その最前列で、大きく手を振る人影と、その横でじっとこちらを見つめる人影があった。


「みんなー。がんばってねー!」

 その元気な声に聞き覚えがあり、近づいてみると、羽生田だった。


「羽生田。応援に来てくれたのか?」

「羽生田先輩」

 元々、愛想が良くて、明るい彼女は、我が部の中でも、目立つ存在で、人望もあったから、彼女を知る2年生以上が、三塁側のネット近くに集まり、ネット越しに会話を交わす。


 隣にいたのは、もちろん、辻だった。

「今のあなたたちならきっと大丈夫。私たちが叶えられなかった夢を叶えて」

 言葉が少ないながらも、野球に対する情熱は人一倍強い彼女は、いつも通り無表情だったが、力強く声を発していた。


 そんな先輩たちに勇気づけられた彼女たちだったが。


 試合前の一時。


 潮崎のライバルの中村が挨拶に来た。


「しっかし、ホンマによう当たるなあ、あんたらとは」

 若干呆れたような口調で、彼女は我がチームを見回していた。


「そうですね。でも、今年こそ負けません!」

 そんな彼女に強い言葉を向ける潮崎に、中村は微笑んでいた。


「ええ気合いや。せやけど、ウチらかて、負けるわけにはいかへん。全力で行くで」

「望むところです」

 潮崎と中村。2人のライバルの固い握手が交わされる。



 ついにプレイボールの時間になる。

 スタメンは、以下の通り。


1番(一) 吉竹

2番(左) 平野

3番(中) 笘篠

4番(三) 清原

5番(遊) 石毛

6番(捕) 伊東

7番(二) 田辺

8番(右) 佐々木

9番(投) 潮崎


 小技が上手くなり、少しずつ成長してきた平野を、初の2番に器用。


 マウンドに立つのは、現在の春日部共心のエースナンバーをつける、長谷川すずこ。

 ショートカットのおかっぱ頭みたいな髪型が特徴的で、身長が175センチを越える長身の選手だ。


 だが、その幼い見た目とは裏腹に、計算し尽くしたような、圧倒的な投球を披露してきた。


 ストレートの球速は120キロ前後と、速いには速いが、特段、ものすごく速いわけではなかったが。


 コントロールが抜群に良く、おまけに球種が高校生離れしていた。

 ツーシーム、スライダー、縦スライダー、チェンジアップ、シンカー、フォーク。決め球は主に縦に変化するスライダー。


 実際、打てなかった。

 初回に、いきなり吉竹が内野安打で出塁し、盗塁を決めるものの、顔色一つ変えずに、後続は打ち取られていたし、3回までの一巡はほぼ全滅なくらい抑えられていた。


 一方で、我が校のダブルエース、とは言っても実質的にはエースの潮崎も躍動。

 得意の高低シンカーを生かし、相手打線に付け入る隙を与えず、3回までパーフェクトピッチング。


 注目の4番中村との対戦でも、コーナーを突き、緩急をつける投球で完璧に抑えていた。


 試合は予想がつかないまま、4回表。


 2番平野の打席。

 今までずっと下位打線を打たせていた彼女。初の上位打線で、気合いが入っていたのか。

 追い込まれてから、長谷川のスライダーを弾き返し、一・二塁間を破るヒットで出塁。


 3番の笘篠。


「天ちゃん!」

「かっ飛ばせ!」

 ご大層に、ブラスバンドには専用のバッティングテーマまで用意させていた、目立ちたがりの彼女だったが。


「ストライーク、バッターアウト!」

 あっさり三振していた。


 どうも最近、調子がイマイチな気がする彼女。


 続く4番の清原。

 恐らくは狙っていたのだろう。

 一巡しかしていない二巡目にして、彼女は「読んで」いた。


 2ボール2ストライクに、ファールを挟んだ6球目。

 長谷川は、直前に投げた速いツーシームと緩急をつける、ゆるいチェンジアップを放ってきた。


 それを思いきり強振。


―カキン!―

 まさに「目の覚める」ような一打で、打球は引っ張ってレフトからセンター方向へ。


 あっさりスタンドインして、2-0と幸先よく先制点を上げていた。


 ところが。

 その4回裏。


 1、2番を打ち取り、3番の2年生、片岡。

 左打席に入った彼女。


 がに股気味に足を開き、球を惹きつけ、腰を沈めながら足を高く上げてフルスイングする特徴的な一本足打法だった。


 カーブを捕らえられて、センター前ヒット。

 4番の中村を迎える。


 本日、2度目の対戦。

 「ランナーがいる場面では中村と勝負しない」がセオリーだったが、俺はあえて「勝負をさせた」。


 どの道、この中村を「乗り越えないと」、この先の甲子園でも苦戦すると思ったからだ。


 だが。

 初球からフルスイング。


 どうやら、狙っていたツーシームだったようで、中村は確信したように、もうバットを放り投げていた。


 あっさりと、センター頭上の越えていた。

 センターについていた笘篠が、泥臭く走ってバックスクリーンまで駆ける。


 その伸ばしたグラブの、ほんのわずかな先をボールが通過していた。

 バックスクリーン直撃の2ランホームラン。たちまち2-2に追いつかれていた。


(やはり相性が悪いのか)

 俺としては、そう思わざるを得なかったが。


 それでも、俺はしばらく彼女を交代する気はなかった。

 高校野球とは、一戦負けただけで、夏が終わる。


 つまり、裏を返せば、「一番優れた投手」を使い続けるしかない。プロ野球とは違い、投手の分業制が生まれにくいのが、高校野球でもあった。


 現状、俺の判断として、潮崎>工藤>郭>石井の順に、勝星が計算できる。いくらダブルエース制を取ったとしても、打たれたからすぐに交代とはいかなかった。


 試合は、同点のまま、中盤に向かう。

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