閑散とした池のほとりの 2つの満開の桜の木
「ねぇ、お隣さん、お隣さん。今年はお人が少ないねぇ」
「よしてくれよ、お隣さんなんて。ちゃんと名前で呼んでくれ」
「そんなこと言われたってさぁ、お隣さん。私も貴方も同じ名前よ。ソメイヨシノじゃぁ、ありませんか」
「そりゃそうだけどさ、俺はあんたに、ソヨって名乗れって言って、俺はヨシだって言ったじゃないか」
「センスが皆無なんですよ、お隣さん。安直すぎます!考え直して下さい!」
「んなこと言われたってさぁ、桜のあんたに桃子さんとか名付けたら、桃の花に迷惑だろう?」
「ま、何よ。その言い方、桜が桃より劣っているみたいじゃない」
「そういう話じゃあないんだけどなぁ」
閑散とした池のほとりに、2つの桜の木が並んで満開になっていた。
「それにしてもですよ、お隣さん。私たちったら去年の今頃、沢山の人に囲まれては、綺麗だねぇ、綺麗だねぇって、言われている時期じゃありません?」
「あんた、花より団子って言葉知らねぇの?あいつらちっとも見向きしないで、飯食って喋ってんじゃあねぇか」
「あら、そんなことありませんわ。ちゃんと見てくださる人もいます。ほら、人間の手のひらの中で、時々、キラキラした目で見てくる1つ目の子もいたでしょう?」
「あれはカメラって言うんだよ。機械だ。俺たちの絵を写してんだ。時代遅れだなぁ、ソヨさん」
「もう!馬鹿にしないで欲しいわ!でもそうねぇ、ここ最近、小さな四角を眺めながら、下を向いている人が増えたけれど、あれが何なのかは、よく分からないわ」
「あー、それは俺も、よく分からない。時々あの四角を、こちらに見せびらかしてくる奴もいるけれど、黒い丸がある以外は、絵が書いてあったりするだけで、何が何だか。あいつら、ずっと見てるけど、あんなもの、何か楽しいのかな」
「分からないわねぇ。池に来る白サギ達を眺める方が、よほど楽しい筈なのに」
「俺は白サギは楽しくないや。空に時々白い線が描かれる方が面白い。なぁ、あれ、大概は雨の日の前に描かれるんだ。知ってたか?」
「その話はもう何十回と聞いた!」
閑散とした池のほとりで騒ぐのは、2つの並んだ桜の木だけ。
「ねぇお隣さん。やっぱりおかしいわ。何で誰も来ないのかしら。子供も、お年寄りも」
「確かになぁ。今が1番の花盛りってぇのに。明日は雨だ。雨で散った花弁なんて、見れたもんじゃあないだろう」
「池に浮かぶ花弁は、少し綺麗だと思うけれど」
「それでも満開を喜ばない人間が、今までいただろうか?」
「そうよねぇ。どうして誰も来ないのかしら」
閑散とした池のほとりで、無風になったら、あたり1帯の音が消えた。
「ねぇ」
「……」
「ねぇ、お隣さん」
「空」
「空が、何?」
「明日は雨が降るのに、白い線が、描かれてない」
「あら、本当?」
「今日みたいな日は、1本くらい描いてあるものなのに」
「でも、描き忘れる日だって、あるわよ、きっと」
「そうかなぁ。描き間違える日の方が、多い気がしてたのだけれど」
「描き忘れる日も、あるわ」
「そうかなぁ」
閑散とした池のほとりに、二つの桜の木が並んで満開になっていた。
「ねぇ、……ヨシくん」
「おわぁ、初めて名前を呼んでくれた。ソヨさん、どうかした?」
「さみしいわ」
「……」
「騒いでいた人たち、どこに行っちゃったのかしら」
「で、でもさ、ほら、あの人達って、よく僕らのこと、踏んだり、蹴ったり、枝折ったりしていくじゃん。それが無い分、快適じゃないか」
「1年にいっぺんくらい、ちやほやされたいの。多少、傷つけられても」
「……もしかしたら明日」
「明日は雨よ」
「……じゃあ、明後日……」
「今が1番綺麗なの。それを私は知っていますわ。明後日来た人は、ちょっぴりつまらない顔をするのですよ。あぁ、もうこんなに散っちゃったって」
「……池に浮かぶ花弁!」
「何よ、いきなり大きな声を出して」
「さっきソヨさん、あんたは、池に浮かぶ花弁も綺麗って言っていた。だから」
「でもそれはもう、私じゃあないわ!」
「そんな……じゃあ、どうしろって言うのさ」
「知らないわよ」
「ソヨさん……」
「さみしい。さみしいわ」
閑散とした池のほとりの桜は、ひらひらと花弁を舞わせて零す。
「ねぇ、ソヨさん」
「何」
「あんたさ、来年も、きっと綺麗だよ」
「……そりゃ、そうよ」
「わぁ、すごい自信」
「貴方も綺麗よ。来年も、再来年も、その次も、ずっと。でも、今年は今年だけだもの。今年おしゃべりしたいことと、来年おしゃべりしたいことは、違うわ」
「そうだね」
「今年おしゃべりしたいことは、今年に伝えなくては、意味がないの」
「空のお絵かき忘れてるよ、とかね」
「本当に、どうしてこんなに静かなのかしら」
「今年の綺麗なあんたも、見せてやりたいのにね」
閑散とした池のほとりの 2つの満開の桜の木
「今年はお人が少ないねぇ、……ヨシくん」
「なんでだろうね。ソヨさん」
明日は、雨が降る。




