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08 形から入るタイプの魔王です。

「ふわぁ。随分と立派に見えるものですねぇ」


 ルナは鏡に映る自身の姿に、感嘆の声を漏らした。


 黄金色で壮観な胸当てと腰当て。金属製ではあるが、可能な限り軽量化されたそれは、俊敏なルナの動きを阻害する心配は無さそうだ。腹部等に無駄な鎧を装着していないのは、動きやすさを重視したためだという。その上から、深い漆黒のマントを羽織る。足首に届くほどの長さで、両の肩口にはおぞましく、さも魔王らしいドラゴンの頭蓋骨を模した装飾が施されていた。首から下げたネックレスの先端には、漆を塗ったように輝く濃紫色の飾りが装着されている。球体状のそれは、何かの魔道具なのだろうか。イヤリングにも同様な球がみられた。


ルナの言葉通り、現在の見た目は只者でない雰囲気を放っていた。ただ、魔王かといわれると、あまりにも小柄で可愛らしい・・・・


「何をおっしゃっているのですか。初めから御立派でございますよ」


 背後に回り、寝起きでぼさぼさであったルナの髪を櫛で丁寧にとかしながら、召使の女性が言った。穏やかな笑顔が特徴的な美人で、頭部から生えた三角形の耳とメイド服のスカートを力強く持ち上げるふさふさの尻尾が彼女の種族を物語っていた。


「ありがとうございます。メアリーさん」


「『さん』だなんて、おやめください。魔王様らしく、メアリーとお呼びください」


 魔王直属の召使として働く、狐人族の女性。名をメアリーといった。


 幼少期は裕福な貴族の家庭で育ったのだが、血で血を洗う親族との後継ぎ争いに敗れ、『九尾の大妖怪』になれなかった悲しい過去を持つらしい。家から追い出され、死にかけていたところを魔王軍に拾われたのだと、身支度を手伝いながら自己紹介をしていた。八本に分かれた尻尾は、それぞれが意志を持っているかのようにゆらゆらと揺れていた。


「はい、では、遠慮なく。メアリーさっ、おっと、メアリー。実はね、成り行きで魔王になってしまいましたが、今になって私ごときにそんな大役が務まるのかと不安になってきまして・・・・」


 他人に髪をすかれるという、なんとも言えない心地よい感覚を堪能しながら、相談を持ち掛ける。それを受けたメアリーは、目を丸くした。


「まぁ。御謙遜を。昨日の前魔王様との死闘、とても素晴らしいものでした。目で追うこともできない程の圧倒的な速さと、一瞬の隙も見逃さない集中力。しかも、勇者まで倒してしまわれるとは。あれ程の力を手に入れる為に、どれだけの努力を積み重ねてこられたのか、私程度では想像もつきません。それに、少なくとも私は、貴方様が魔王になられて喜んでいるのです。前魔王様はとても大きく、性格も厳格な御方でしたから、御召し物を着る手伝いをさせて頂いたり、髪を結ったり、こうして楽しくおしゃべりをしたりということがかないませんでしたので」


 そう言ってメアリーは、器用にルナの髪をくるくると編み込みながら、鏡越しににこりと笑った。ルナも若干恥ずかしそうに笑い返す。穏やかな空気が流れていた。


「それにしても、あの体格差をひっくり返してしまわれるとはさすがに驚きました。やはり、齢六つにして、エンシェントダークドラゴンを一人で討伐されたというのは、本当なのですね」


「へ?」


エンシェ? ドラゴン?


聞き慣れない単語と、謎の逸話。嫌な予感がして、ルナの笑顔が引きつる。


「あ! 申し訳ありません。これから忠誠を尽くす御方のことが気になりまして、ガゼル様から、ルナ様の過去を教えていただいたのです。御気分を害されましたか?」


「え? いや、そういう訳では」


「なら、良かったです。涙無くしては語れない壮絶な人生・・・・とても苦労をされてきたのですね」


 眉毛を八の字にして、少し涙ぐむメアリー。一体、ガゼルにどんな嘘を吹き込まれたというのか?

 ルナは、気になって尋ねてみた。


「あのぅ。ガゼルさっ、えっと、ガゼルは何と?」


「はい。生まれたばかりの頃に、同種族からその非凡なる才能を疎まれ迫害を受けてこられたと。齢二つにして、群れから追放され、この過酷な魔界をずっと一人で生き抜いてこられたのですよね。力無き種族でありながら、生きる為に両親を殺しその血肉を喰らい、外道に手を染め、立ちはだかる者は全て跡形もなく葬る・・・・その内に、気付くと獣人を超え、最強の魔人になっていたと聞きました。ガゼル様も、かつて危ないところを救っていただいた恩があると、感謝しておられましたよ」


(・・・・話、盛り過ぎでしょ!! 私、いつの間にか両親食べちゃってるし! 外道って何!? もっと具体的に教えてくださいよ! というか、こういう設定でいくなら、まず私に伝えておいてください。うっかり変なことしゃべっちゃったら大変ですよ)


「おや、少し暑いですか? 部屋の温度を下げましょうか?」


 だらだらと冷や汗を流すルナを気遣うメアリー。


「いいえ。全然。むしろ、適温です」


 ルナは、慌てて平静を装った。


「そうですか。まぁ、とにかく自信を御持ちください。貴方は、生まれながらにして最強であった歴代の魔王様方とは異なる背景を持っておられます。弱小種族に生まれながらも、自らの努力で最強になられた唯一無二の魔王なのです。弱きを知り、同時に強きも知る、稀有な存在。もっと誇るべきです。王座に君臨する者として、貴方ほどの適任者はいないと思います。心配せずとも、すぐに皆が慕うでしょう」


「・・・・ありがとうございます。少し、自信が湧いてきた気がします」


 誤って転生させられたこと、自らの生い立ち、そしていつの間にか創りだされていた数々の武勇伝。自身を形成するあらゆる情報が、嘘で塗り固められていくことに不安を覚えながらも、既に取り返しのつかない所まで来てしまっていることを実感した。


(今更、全部嘘でした。なんて、口が裂けても言えないですよね・・・・とにかく、メアリーの言う通り、自分を信じてやってみましょうか)


 ガゼルと、メアリー、そしてまだ見ぬ数多の部下達による、胸焼けをするほどの期待を背に、『頑張るぞ!』と意気込んだ。駄目だったら、その時に考えればよい。とりあえず今は、目の前のことから順番に乗り越えていくのだ。


 ルナは、心の中で力強く頷き、ガッツポーズをする。と、不思議と力が漲ってきた。今なら何でも出来そうな気がする。そうルナは思った。


「そういえば、メアリー?」


「はい。何でしょう?」


「メアリーのレベルってどれくらいなんですか? 参考までに教えてもらえませんか?」


「はい、構いませんが・・・・笑わないでくださいね。実は、まだステータスレベルは三百十六でございます」


(前言撤回です! やっぱり私に魔王は無理でした)


 世界最速の前言撤回記録を打ち出した。単純計算で、二十四倍。あと、どれだけの年月を過ごせば一介の召使に追いつくことができるのだろうか。メアリーは恥ずかしそうに頬を赤らめている。ルナにとっては途方もない数字だが、彼女にとってはそうでもないらしい。


 膝から崩れ落ちそうになるのを踏ん張り、「へぇー。そうですかぁ。悪くはないですねぇ」と、震える声で芝居を打った。


 そうこうしている間に、身支度が整ったようで、メアリーがルナの肩をぽんぽんと叩いた。


「はい。完成しましたよ」


「わぁ。凄いですね。ありがとうございました」


「いいえ。御手間をとらせました」


 綺麗に編み込まれたまるで一つの芸術品のようなハーフアップに、ルナは満足しているようであった。顔を左右に捻り、ちらちらと横目でチェックしながら、「おぉ」とか「へぇ」とか、感激の声をあげる。


 ちょうどその時、こんこんと扉をノックする音が聞こえた。


「ガゼルです。入室の許可を」


「どうぞー」


 扉が開き、ガゼルが一礼をして入ってくる。


「おぉ! 御立派でございます」


 大げさに両手を広げる。ルナは、少しだけ顔を赤らめてぼりぼりと頭をかいた。


「お待たせいたしました」


「うむ。良い仕事ぶりだなメアリー。御苦労であった」


「もったいない御言葉です」


「それでは、ルナ様。早速他の四天王の元へ向かいましょう」


「は、はい。と、その前に」


「いかがいたしましたか?」


「ガゼルのレベルっていくつなんですか?」


「私は五百四十三です」


 撃沈することは分かりきったうえで、それでも気になったため尋ねてみたが、案の定撃沈した。


 がっくりと肩を落とすルナ。


 その姿を見て、何かを察したガゼルは、「因みにグリムは四百八十九、ゴルダンは六百三十二です。ルナ様の足元にも及ばぬ不甲斐ない我等ですが、どうかお許しください」と、追い打ちをかける。その口元は、意地悪気にひん曲がっていた。


「さぁ、行きましょうか」


 無言でしょんぼりとするルナに、言葉をかけてから、さっと踵を返す。


 ルナは、「はい・・・・」と、短く答えその後ろに続いた。メアリーからしたら、自分の部下のステータスが予想以上に低いことに気を落としているように見えるのだろうな思い、ちらっと背後を振り返ると、想定通りそこには申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女の姿があった。


(ごめんなさい。逆です)


 都合の良い勘違いが頻発する現状に心を痛める。誰にも聞こえないようにため息を吐いた。


「ルナ様」


 部屋を出る間際、メアリーが呼び止めた。ルナは「何でしょう?」と、振り返る。


「風格とは、その衣装のように着飾るものではございません。貴方の優しさのように自然と纏うものです。どうか、自信を御持ちください」


 優しく微笑み、頭を下げる。ルナも、軽く会釈を返し、先を行くガゼルを追って部屋を後にした。

おまー。モフモフのモフ。

最近、黒い砂漠にはまっております。あの広大な世界を自分も幼女に転生して、旅したいと切に願う毎日です。あぁー。転生したい。という訳で、次回はツンツン幼女グリムの登場です。

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