05 私、魔王様になりました。
「嘘だろ。魔王様。そんなばかな・・・」
「一体、何が起きたんだ?」
瑠娜が眩しさから解放された時、そこには気を失う伝説の勇者一行と左胸に聖剣が突き刺さり絶命している魔王の姿があった。
瑠娜が手放してしまった聖剣は究極魔法の衝撃で加速し壁や柱に跳ね返され、最終的には魔王の心臓に辿り着いたらしい。魔王の手下は皆、ぽかんと口を開けて唖然としており誰一人として現実を受け止めきれずにいた。あの、最強災厄の魔王が殺られた。あり得ないことであった。
「過去数百万年にも及ぶ魔族の歴史の中でも歴代魔王中一番強いと言われていたあのお方が・・・」
「俺たちは一体どうすれば」
途方に暮れる化物たち。
「私も一体どうすればいいのでしょう・・・」
と、同様に瑠娜も呆然と立ち尽くしていた。
魔王と勇者を交互に見つめ、はぁっとため息をつく。通常の物語であれば、勇者の活躍で魔王が倒され世界は平和になりました。めでたしめでたしという幕引きになるのだろうが、当の勇者は白目を剥いて気絶している。瑠娜はとりあえず、勇者を起こそうとつんつんとおでこを突いてみた。
「あのぅ、終わったみたいなんですが。大丈夫ですかぁ?」
だが、勇者が目を覚ます様子はなかった。すると、
「ドロップ ウォーターマス」
突如として、勇者たちに向かって大量の水塊がどぼどぼと降り注いだ。
「ひゃあ! つべたい!」
瑠娜は、咄嗟に飛び跳ねて直撃を回避するが、跳ね返った水滴に悲鳴をあげた。一同は、揃って詠唱主の方に顔を向ける。そこには、眉間に皺を寄せた捻じれ角の魔人、ガゼルが腕を組んで立っていた。魔王に殴打された際の衝撃によるものだろうか、右側の角の先端が折れてしまっている。
「うぅ」
「あれ?生きてる?」
「私は、魔王にやられたはずでは?」
「んぁ?」
びしょびしょに濡れた勇者一行が、ガゼルの水魔法により覚醒する。四人で支え合って何とか立ち上がり、目の前の光景を見て驚愕した。
「魔王が死んでいる」
「信じられん」
「勝ったのか?」
「兎のお方。貴方が成し遂げてくださったのですね」
勇者は、仲間に肩を支えられた状態で瑠娜に右腕を伸ばした。広げた手の平は、間違いなく握手を求めるものだった。
「本当にありがとうございました。貴方は英雄です。貴方のおかげで、この長く苦しい魔族との戦争を終わらせることが出来ました。是非、その功績を我らの王に伝えさせてください」
そう言って、にこりと笑う。その顔には、戦いを終えた戦士の安堵が浮かんでいた。
「え? あ、は、はい」
瑠娜は、全部ただの偶然なんだけどと、内心思いながらも、せっかくの雰囲気をぶち壊すのも癪だと思いぎこちない笑顔で返した。
そこで、瑠娜はようやく気付く。自分がこの異世界に転生した理由を。そうか、私は英雄になるためにこの世界に召喚されたのか。魔王を倒した者として、皆からちやほやされながら、王宮で贅沢な暮らしを満喫する運命だったのだ。そうか、それで合点がいった。
――と。
瑠奈は、差し出された勇者の手を握り返そうと右腕をあげた。しかし、運命はそんなに優しいものではなかった。
「何が終わるって?」
瑠娜の右腕が輝かしい未来の種に辿り着く前に、ガゼルの両手にしっかりと包み込まれてしまった。
「はれ?」
「勘違いしないでもらいたい。何も終わってなどいない。むしろここから始まるのだ」
ガゼルは、蔑むように勇者の顔を横目で見下ろす。
「何が、始まるというのだ! 魔王は死んだ。これ以上争う必要はっ」
「貴様は阿保なのか。魔界規定第九千二百六条第四項『魔王と闘いこれに勝利した者は、新たな魔王となる。ただし、勇者を除く』。つまりは、貴様らの目の前におわすこの御方こそが、新たな魔王様である。始まるのだよ。前魔王を遥かに凌ぐ力を持った新魔王による侵略がな!」
「なっ!!」
勇者と瑠娜が同時に目を見開いた。
そして、ガゼルは瑠娜の目前で跪き、頭を下げた。
「おぉ。偉大なる新魔王よ。上級魔人ガゼル。貴方に忠誠を誓います」
その姿を見て次々と膝まずく化物たち。
「おぉ、崇高なる主よ。我らも忠誠を誓います」
口々に勝手な誓約が立てられていく。その姿をあんぐりと口を開けて眺める瑠娜。
ガゼルは、にやりと口の端を吊り上げると顔をあげた。
「貴方の名をお聞かせください」
瑠娜は混乱しながらも、とりあえず返答した。
「る、瑠娜でしゅ」
盛大に噛み散らかすが、ガゼルは気にしない。ばっと立ち上がると、右手だけ離してそのまま身を翻す。
そして、高らかに叫んだ。
「魔王様の命令だ! 勇者どもを摘み出せ! しかし、絶対に傷つけるなよ。必ず生きたまま王国へ送還するのだ! 我らの新たな主人の誕生を知らしめる生き証人として、一役買ってもらおうではないか!」
「はい! 承知しましたぁ!」
ガゼルの号令により、数体のバキバキに切れた筋肉を持つ黒光りするマッチョの魔物が現れ勇者たちを持ち上げた。そしてそのまま部屋の入口へと運んでいく。瑠娜は、「あ、私の未来が・・・」と、涙目になりながらその姿を目で追うが、もうどうすることもできなかった。
――さらば、私の希望。さらば、私の夢。さらば、私の英雄伝説。
「わっしょいわっしょい」と、暴れる勇者たちをお祭り気分で部屋から排除する化物。その姿が完全に見えなくなったところで、瑠娜は潔く諦めた。
ガゼルは、左手で握ったままの瑠娜の腕を高々と持ちあげて叫んだ。
「魔王ルナ様の誕生だぁ! 万歳!」
「万歳!!」
「万歳!!」
「万歳!!」
最大級の熱気に包まれる魔王城。興奮は最高潮であった。ただ一人、がっくしと肩を落とす瑠娜を除いて。
(天国のパパ。現世のママ。私、高校を卒業する前に就職が決まりました。勤務地は異世界です。役職は、『魔王』だそうです)
ピロピロピーン
《ステータスの変更を確認しました。貴方は、檜渡 瑠娜様、改め、ルナ様になりました。職業は『魔王』です》
感情が微塵も感じられない冷徹な口調で、恒例となりつつあるアナウンスが流れた。
おま。モフモフは世界!
ついに、魔王になりました。万歳、万歳w
〇評価、感想、レビューなんて頂けたら、感動のあまり、ボーナスをラブライブのフィギュアにつぎ込みます。