04 VS魔王!! 勝てる気がしません。
「なゼだ。なぜナんだぁ!」
「ひぃぃぃ! 誰か助けて下さ~い!」
「うぉぉ。どうなっているんだ。魔王様の攻撃が全て見切られているだと」
「初めて見た時から、ただの兎じゃあないと思っていたんだ」
「あいつ、魔王様を手玉に取ってやがる。おっかねぇ」
魔王の八本の腕に追われ、瑠娜は小一時間大量の涙を流しながら逃げ回っていた。
ユニークスキル『脱兎』は、回避時のみという限定的な場面において極限値までその性能を向上させるという特殊な効果を持っていた。その驚異的な瞬発回避力によりあの危機的状況からするりと魔王の一撃を避けることに成功したのだが、それが魔王の逆鱗に触れてしまったようであった。
プライドを傷つけられた魔王は何としてでも瑠娜を叩き潰そうと執拗に猛攻を加えていた。しかし、『脱兎』の効果はすさまじく、八本全ての腕を持ってしても一向に当たる気配すらしない。どんな体勢からでも、たとえ空中であったとしても、見事なまでにあらゆる攻撃を避けてしまうのだ。
その光景を見た魔王の手下たちは口々に瑠娜を讃えるのだが、それが更に魔王の自尊心を抉った。
当の瑠娜はと言うと、
「ひぎゃぁぁ。かすった! 今かすりましたよね! ひぃぃ! 助けて!」
と、ご覧の有様であった。余裕のよの字もないようではあるが、そんな本人の心境など露知らず、周りはひたすらに感心するばかりだ。
「もウ、ヤメだ。はぁ。ハぁ。ゼンぶ、ケチらス。はァ」
いつぞやのガゼルの様に、息を荒げ大粒の汗を流す魔王。ちなみに、ガゼルはというと魔王の拳の直撃を受け勇者のはるか後方で伸びてしまっていた。原型を留めているところは、さすが魔人というべきか。かなり丈夫な体を持っているようだ。
「はァぁぁァァぁァ」と、魔王が力を溜め始める。周囲の空気が振動し強力な闇の魔力が魔王の元へと集約していった。
「やばいぞ。魔王様の究極魔法だ!」
「城が壊れちまうよ」
「巻き込まれたら死ぬぞぉ」
魔王の手下たちが揃って慌てだす。中には、両手を組んで天を仰ぎながら神頼みするものまでいた。その様子から魔王が唱えようとしている魔法がどれほど強力なものなのかが伺えた。勇者もごくりと生唾を飲み込む。
魔王は、八本の腕を自らの胸の前に移動させ手の付け根を合わせるような形で開く。その中心部にみるみるうちに巨大な闇の塊が形成されていった。その塊はどんどん大きさを増していく。しかも、その軌道上には瑠娜だけでなく勇者とその仲間、おまけにガゼルも含まれているようであった。最悪、瑠娜だけなら避けることができるのだろうが、満身創痍の彼らには難しいだろう。
「えっと、一体どうすれば・・・」
「兎のお方。恥を忍んでお願いがございます」
あたふたとする瑠娜の背後から、勇者が声をかけた。
「ほぇ、は、はい。何でしょうか?」
「私には、もう魔王を倒すだけの力が残っておりません。拝見させていただいたところ、貴方のそのスピードは魔王をも凌ぐ。私の代わりに、この伝説の聖剣で魔王を倒しては頂けませんか?」
「わ、私がですか!! そんな大役。私なんかでは到底・・・」
「いいえ。貴方しかいないのです。この状況下において、混沌の世界を救えるのは、貴方だけなのです」
「うっ」
勇者の熱い眼差しを受けてたじろぐ。元々、人の頼みを断れない性格の瑠娜は少し迷ったようではあったがすぐに一大決心をした。
「はい。できるかどうかは分かりませんが、やってみます!」
ガッツポーズをする瑠娜。
「おぉ。なんとも頼もしい。時間がありません。まずはこの剣をお持ちください。聖剣に選ばれし者の名で命ずる。一時的に聖剣の所有者を彼の者に委任する」
そう唱えて、薄く光る剣の柄を瑠娜に差し出した。瑠娜は、「わ、分かりました」と勇者から剣を受け取る。勇者と瑠娜は視線を合わせてから無言で頷きあった。
――後は任せました。
勇者の表情には瑠娜への信頼と期待が込められていた。瑠娜が剣をしっかりと握ったことを確認してから、勇者はそっと手を離した。が、
がつんっ
「え?」
「お、重すぎますぅ」
勢いよく剣の切っ先を地面に落下させる瑠娜。それでも柄を離さなかったのはせめてもの根性なのか。勇者は一瞬面くらったようであったが、すかさず瑠娜のフォローに回った。剣を跨ぐようにして瑠娜のぷるぷると震える手を握る。
「すみません。レディにこのような重いものを持たせてしまって。振った際の威力は落ちてしまいますが、致し方ありませんね。聖剣に選ばれし者の名で命ずる。彼の者が自由に扱える程度の質量となれ」
「あっ」
ふわっと腕にかかる重さが軽減されたのを感じた。勇者は優しく微笑み、ぽんぽんと瑠娜の手を叩く。
「これで、大丈夫です」
瑠娜もにこりと笑顔を返す。
「本当ですね。これなら、私でもっ」
瑠娜は、軽くなった聖剣を持ち上げた。勇者がそれを跨いでいることも忘れて・・・
ごずんっという鈍い音と共に、勇者の『子供勇者』に思いっきり聖剣が突き立てられた。
「あ・・・」
やってしまったと瑠娜の顔が青ざめる。しかし、もっと青ざめているのは勇者の方であった。
数秒の空白の後、「いっでぇぇぇえぇぇ」と、甘いマスクをぐちゃぐちゃにしながら悶絶する。ぴょんぴょんとその場で飛び跳ね、痛みを和らげようと必死であった。
「おぉ、あの兎。勇者に攻撃しやがった。一体どちらの味方なんだ。狂ってやがるぜ」
瑠娜の不注意は、周囲に混乱を波及させた。
「くぅぅぅ。いっつぅぅぅ。あれ?」
脂汗をにじませ股間を抑えて跳ね回っていた勇者だが、体力的な限界もあったのだろう。着地のタイミングで両足を同時にぐねってしまった。そして、踏ん張ることもできずにそのままの体勢で後頭部から転倒する。
ごちんっという衝突音。
勇者がこけた先にたまたま、気を失う仲間が腰に差している短剣の柄があったのだ。勇者は「うっ」と短いうめき声をあげて動かなくなった。
「勇者を、倒しやがった、だと・・・」
魔王の手下の内の一体が驚嘆の声をあげた。
しかし、この偶然の連鎖は終わらなかった。勇者の後頭部が仲間の短剣の柄に激突した際の衝撃がきっかけで、その短剣に込められた風魔法が発動する。ぽんっという破裂音が響き短剣の先端で空気が弾けた。それによりその仲間が腰から下げていた道具袋から丸い球体が真上に飛び出す。
同時に、力を溜め終わった魔王が「こレで、おワリだ」と叫んだ。直径五メートル近くにまで膨れ上がった闇が波打つ。
「ファイナルデスビーム」
魔王が詠唱するのとほぼ同時に、道具袋から飛び出した球体が弾け、眩い光を放った。
「な、閃光玉だと!」
強烈な光に視界を奪われ究極魔法の標準がずれる。闇の塊から放出された超破壊光線は当初の軌道を外れ瑠娜の耳のすぐ上部を通過した。
「あ、聖剣が!」
その際に、瑠娜が持ち上げていた剣の先端をかすめ、あまりの衝撃にそれを手放してしまう。カーン、カーン、カーンと、聖剣が部屋中の壁やら柱やらにぶつかりながら飛んでいく音が聞こえたが、視界を焼き尽くす閃光を前に誰もその行方を追うことはできなかった。
そして、
「ギャぁぁぁぁぁァァァあぁぁぁァぁアぁ!!」
けたたましい声量で、魔王の悲鳴がこだました。
おまー!!モフモフは正義!
勇者の将来が心配ですね。『子供勇者』は無事なんでしょうか・・・・
〇評価、感想、レビューなんて頂けたら、喜びのあまり、毎日実家の母親に感謝の電話を掛けるようにします。