03 それは、本当にチートですか? 嫌な予感しかしないです。
世界が静止していた。
魔王の一撃による風圧で巻きあがった床等の破片は空中で動きを止めていた。巻き込まれまいと飛び上がったガゼルも、瑠娜を庇おうとするも敵わず空しく手を伸ばす勇者も、外野で騒ぎ立てる化物たちも、もちろん振り下ろした拳により今にも邪魔な兎を押し潰さんとしている魔王でさえも、時間という概念が一時的に取っ払われすべてが静止していた。
その中で、瑠娜だけがこの瞬間を観測できていた。しっかりとした意識を保ったまま認識していた。かといって、自由に動けるという訳ではない。瑠娜の体もまた、時間を失っていたのだ。『死』がすぐ目前まで迫っているというのに、避けることはおろか視線をずらすことも、瞼を閉じることもできない。
《極限値の恐怖を観測しました。ユニークスキル『草食動物の生存本能』の発動条件を満たしています。いかがしますか?》
淡々とした口調でナビゲーションが始まる。
――沈黙。
《失礼しました。時を刻まないこの空間では瑠娜様であっても回答するのは困難でしたね。うっかりしておりました。おそらく瑠娜様が疑問に思われているであろうことを、簡潔に説明させていただきます。もしスキルを発動した場合、現状を打開できるかもしれません。保証はできませんが。もちろん代償はあります。代償は、今後攻撃系のスキル及び魔法の一切を習得することが不可能になります。》
『可能性がある』瑠娜にはその言葉が引っ掛かった。
絶対に助かる訳ではないという事が推測できたからだ。しかも、発動には代償が付くとのことだ。この世界のことを詳しくは知らない瑠娜にとって、それが今後の異世界生活においてどれほど支障をきたすのかは想像もつかなかった。慎重に選択しなければ、後で後悔することになるかもしれない。この一時的な休息がいつまで続くか分からないため、瑠娜は必死で思慮をめぐらした。
だが、ナビゲーターが放った次の言葉により、即決することとなった。
《もしスキルを発動しなかった場合は、死にます》
(じゃあ、前者しか選びようがないじゃないですか!)
と心の中で激しくツッコミを入れる。
《発動には瑠娜様の許可が必要です。合図をしたら、時が刻み始めますので、手遅れになる前に回答をお願いします・・・はい》
そして、止まった際と同様に突然世界は動き始めた。
「許可許可許可許可許可ぁーーー!」
口が動かせるようになるや否や、瑠娜は腹の底から叫んだ。時間を取り戻した魔王の拳が瑠娜の鼻先に到達する。
「ひぃぃ」
その一瞬の間に、とんでもない量の情報が瑠娜の頭を駆け巡った。
《スキルマスターの承認を確認しました。ユニークスキル『草食動物の生存本能』を発動。今後の攻撃系スキル及び魔法の習得を制限します。また、習得済みの攻撃系スキル及び魔法をすべて破棄します・・・・完了しました。スキルの効果により恐怖を数値化。計算中・・・・完了しました。恐怖値を全てスキルポイントに振り替えます・・・・完了しました。スキルポイントの累計が五億七千六百六十一万三千八百二十四になりました。これらを現在の保有スキルの内、優先度が高いと考えられる順に振り分けます。『回避性能壱 レベル壱』が『回避性能壱 レベル拾』に変化しました。レベル上限に達したので『回避性能弐 レベル壱』に進化します。『回避性能弐 レベル壱』が『回避性能弐 レベル拾』に変化しました。レベル上限に・・・・・・》
おびただしい程の文字列が次々と叩き込まれていく。
《・・・・・・『激運 レベル拾』に変化しました。なお、『穴掘り名人 レベル壱』、『発情期 レベル壱』、『寂しがり屋 レベル壱』、『抜け毛 レベル壱』については緊急性が低いためスキルポイントの振り分けは行いません。現在、スキルポイントの累計は五億七千二百十三万四百五十一です。残りのスキルポイントを全て使用し、ユニークスキルを作成します。作成中・・・・完了しました。おめでとうございます。ユニークスキル『脱兎』を習得しました。それに伴い『回避性能強化参』、『異常聴覚』、『跳躍距離補正』、『危機探知能力向上』の全てを破棄します。さらに、残りのスキルポイントでユニークスキルを作成します。作成中・・・・完了しました。申し訳ありません。予定していたユニークスキル『超激運』の作成に失敗しました。代わりにユニークスキル『死神王の太鼓判』を習得しました。それに伴い『激運』を破棄します。現在のスキルポイントの累計は八です。以上でユニークスキル『草食動物の生存本能』の発動を解除します。最後に、ユニークスキル『草食動物の生存本能』を破棄します》
どごぉぉん。
ナビゲーターのアナウンスの終了と同時に魔王の拳が振り下ろされた。
おまー!モフモフは正義!!
今回は、ついにタイトルに書いた最弱チートの登場です。
瑠娜はまだ知りません。このスキルのデメリットの大きさにw
〇評価、感想、レビューなんて頂けたら、喜びの極みのあまり毎日腹筋100回します。