第六話 そして物語は幕を開ける
「ちょっと、最近自分を苦しめすぎなのではないかな」
三杯目の珈琲を啜りながら、僕の夢の話を聞いた後、少しだけ考えて義父は言った。
「……僕が図書館で缶詰になっていることですか」
それなら大丈夫です、と言いかけるが義父の不安そうな顔に言葉が詰まる。
確かに最近は、今までと比べると格段と自由な時間が減っているけれども、自らが率先していることだから苦でもなんでもなかった。
けれど義父の顔を見るにそうでもないのかもしれない。
僕はいつも通りに過ごしていると思っていただけで、周りから見ればひどくやつれた顔をしているのかもしれない。そういえば、最近鏡すらまともに見ていないかもしれない。
僕は疲れているのかな。
そう自らに問いかけると、もう一人の自分がやれやれと呆れているような気がした。それに半ば最近見る悪夢は伝記を読み貪っているからだと自覚していたではないか。
それでも、と僕はやはり首を振る。
「時間が、ないのですよ」
大学生活、気づけば単位所得のため決められた道を歩いてきたように思える。
思えば三年と半年。僕はただ惰性に過ごしてきた。
充実した生活とは言い難いだろう。
残りの半年、僕はこの期間が与えられた唯一の自由な機会だとしたら、それを無駄に過ごすのは愚の骨頂ではないだろうか。
卒論を提出し、後は就職先を見つけるといったこの期間。僕は就職活動をかなぐり捨てて、最後にやり遂げなくてはいけなかった。
それは中途半端であってもいい。
むしろ、解決なんてない難題を吹っ掛けた。
ただ許せないことは問題を途中で諦めてしまうこと。僕にはこの残りの大学生活を賭けてその問題に挑戦しなくてはいけなかった。
「だからといって、今のやり方は有効ではないと思うな」
そんなことは分かっていた。毎日のように図書館で本を読み、夜に伝奇のレポートをまとめる。また次の日に関連する本を読みそれをまとめる。こんなやり方ではK村の問題は解決されない。
いや問題にすらたどり着けない。
でも僕にはそれ以外方法を知らないのだ。僕はひどく不器用な部類の人間だった。
「どうせ、不器用な自分にはそれしか方法がないと思っていたのだろう」
どうやら、僕の考えは見透かされているようだった。
それ以上何も言えなくなり黙ってしまう。
そんな沈黙を察したのか義父は笑顔を向けてくる。
「だからこれは提案なのだがね。一応私にもこの問題について調べてみろと課題を出した責任はある」
そうだ。もとよりこの課題を勧めたのは義父だった。
何か手伝うことはないかと尋ねた僕に義父はこの課題を示した。僕はこれまで受けてきた恩を返そうと思って手伝おうとしたのだ。もちろんこれくらいの手伝いでは義父に育ててくれたことの恩にはほど遠いことは自覚している。
それでもいつの間にか、僕はこの問題に必死に取り組むようになっていた。
それも、なにかに取り憑かれたように。狂ったように。
「K村に養生も兼ねて、実地調査に行ってみるのはどうかな」
僕は突然のその言葉に、心を打たれた。




