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第五話 悪夢

 午前とは一変として、空は灰色で重い雲で覆われていた。窓から映る景色に少しだけ憂鬱になる。


「これは、雪でも降りそうだな」


 いつの間にか隣に立っていたのか、教授はそんなことを呟いた。


「雪は、嫌いです」


 僕はそれだけ言うと目を瞑った。


 脳裏に映るのはどこかわからない世界。


 そこは酷く儚く。酷く純粋な世界だった。


 夢だった。幻だった。


 僕を悩ませる悪夢だった。


「どうしてだい」


 教授が、いや、義父がそんなことを問うてきたからだろうか。僕は少しだけ最近見る夢を打ち明けてみようと思った。





「僕は毎夜夢を見るのです」


 そうあれは夢だ。それ以上でも、それ以下でもない。


 僕はあの夢の中で泣いている。なぜだかは分からないけど、ひどく悲しいことが起こったのだと思う。それと同時に自らを殺したいと思うほど憎んでいる。


 あの僕は自責の念で押しつぶされてしまいそうな状況にあった。例えるのなら、きっと誰かを殺してしまったのだろう。それがなぜだが一番しっくりときた。


 場面はいつも雪だった。白く世界を染めていく様子に僕は狂ってしまいそうだった。いや、たしか狂っていたのだ。


 みんな狂っていたのだ。


 人が人を殺していた。


 人が人を喰っていた。


 悲鳴に似た叫び声が木霊し、人の形をした何かが殺し合いをしていた。


 それは多分見知った顔。いや知るはずがない。けど知っていた。


 知り合いが、知り合いを殺し。友人が友人を殺し。家族が家族を殺していた。


 変わらないのは深々と降りつもる雪だけ。増えていくのは、白く純粋な雪を汚す血飛沫だけ。


 そこは狂った世界だった。


 あたりを見回しても、動き回っている人よりも地面に這いつくばっている人の方が多い。


 ある人は首を探し回るように蠢き、ある人は自分の取れた片腕を持ちながら、助けてくれと泣き叫んでいた。


 僕は震えていた。家の下にある隙間に隠れながらその様子を見ながら震えていた。


 次々に殺されていく子供たちを見ながら次は僕が見つかるのではないかと怯えていた。


「みーつけた」


 だからその掛け声が聞こえた時には僕は心臓が凍りついたかのように震えた。


 目の前には僕の前で屈んでいる女の子。


「そーくんの隠れそうな場所は分かってたよ」

 

 そんなことを言いながら無邪気に笑っている。


 異質だ。とても異質だった。


 この世界で、辺りでは殺戮が起きているのに、こんなにもあどけない笑顔で見つめてくることに恐怖を覚えた。


「ほらほらそーくん、そんなとこにいないで早く出ておいでよ」


 僕に片腕を差し出しながら、促す。


 何よりも恐怖を抱いたのは、僕に差し出されている方ではない手。その手には子供では扱いきれないほどの危険なものを持っていた。


 いったいその子はこれまで何人殺してきたのだろうか。


 その子が後ろ手に持っていたもの。


 それは返り血によって真っ赤に染まった、巨大な鎌だった。


「早く、みんなが待っているから」


 にっこりと笑いながら巨大な鎌を振り上げる。いったい彼女のどこにそんな力があるのだろうか。


「ね、ほらみんなのところに……イこ」


 振り上げた鎌の刃が僕の脳天を掻っ攫おうとした瞬間、そこから一気に場面が変わった。


 雪は依然として降り積もっていたのだが、僕の手には一人の少女がいる。


 僕はその女の子を抱えたまま泣き続けるのだ。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさイ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごメんなさい。ゴめんなさい。ごめんなさい。ごめんナさい。ごめんなさい。


 きっとその彼女に対して謝っているのだろう。


 けれど僕の声には一向に反応せず、目を瞑ったままじっと動かない。


 そこでようやく気付くのだ。


 あぁこれが死なのかと。


 そしてせめて彼女の顔を見ようとする。けれど、なぜか顔だけが抜けていて、次第に彼女はに雪になって飛んで行ってしまう。


 確かに喪失していく存在に恐怖を覚えていく。


 顔も名も知らないその子が一片のかけらも残らなくなったところで、いつも目が覚めてしまう。


 僕はそれでも永遠に謝り続けるのだ。永遠に呪い続けるのだ。

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