第二十二話 緩やかな正午
僕はポケットから屋上の鍵を取りした。
普段は立ち入り禁止のため硬く閉ざされているのだが、鍵穴にそれを入れ込むと横に回した。
かちゃりと音がしたのを認識すると、鍵を引き抜いた。
そして硬く閉ざされた鉄扉を押しのけるように開いた。
「今日も天気がいいな」
僕は屋上に降り立つと、肺の奥に空気を送り込む。
村一番高いところから見る空は果て無くどこまでも続いているように広い。
僕は手の甲で太陽を遮りながら晴天の空を眺めた。
冬の空気は透き通っていて、まぶしかった。
「けどちょっと寒いかな」
僕は苦笑いを浮かべながら、持ってきたひざ掛けを結衣子の肩に掛けた。
「あっ、ありがとうございます」
「どこか空き教室にすればよかったかな」
屋上が寒いと思っていたがここまでだとは思っていなかった。
結衣子のことを考えると、あったかい教室で弁当を食べたほうがいいのかもしれない。
「私はここでもかまいませんよ。空気が美味しいですし」
そういって結衣子は微笑んだ。
「なら良いか」
そう言って僕は屋上にあるベンチに座った。
なぜ立ち入り禁止の屋上にベンチがあるのかはこの学校の七不思議らしい。
と、いっても他の六個については僕は知らないのだが。
「早速だが、もうお腹は限界のようだ」
僕は先ほどから手にしている弁当をいまかいまかと待ちわびていた。
「お口に合うかどうか……」
結衣子は僕の隣に座ると、僕から赤い包みの弁当を受け取り、恥ずかしそうにした。
「美味しいに決まってるじゃないか。それよりも頂いて良いかな」
結衣子は顎を少しだけ下げるように頷いた。
僕はそれを確認すると、丁寧に包まれた取り払い、弁当箱を開ける。
「すごい」
僕はその中身に感嘆の声を上げていた。
二段に分かれている弁当の上段には配色豊かにおかずが並んでいた。
玉子焼きに、ポテトサラダに、煮豆に、焼き鮭に、昨日僕が結衣子のレシピをみておいしそうと思った、里芋のあんかけそぼろ和え。
下段には山菜のおこわが所狭しと押し込まれていた。
どれも僕の好物と呼べるものだった。
「いただきます」
僕は結衣子にそういうと箸をもって玉子焼きをつつく。
シンプルな料理ほど作る人の技量が試されるというが、結衣子のこれは極上だった。
「う、うま」
味をどうこう言えるほど今まで良い物食べてきたわけではないが、これほど美味しいと思えるのは初めてだった。
「結衣子、本当に美味しいよ」
「お、お口にあって良かった」
彼女は心底ほっとした表情を浮かべると弁当の包みを開けた。
僕が感想を言うまで食べることが出来なかったのだろうなと思い、僕はちょと可笑しかった。
僕は次に里芋を口にする。
「これ、昨日レシピに載ってたやつだよね」
僕は行儀悪く思いながらも、里芋を口に含んだまま結衣子に尋ねた。
僕のそんな様子が可笑しかったのか、彼女はくすくす笑っている。
「はい、昨日悠二さんが美味しそうって言っていたものですから作ってみたのですが」
「もう、味付けとか最高だよ」
僕は満面の笑みを浮かべた。
「よ、喜んでもらえましたか」
「喜ぶもなにも、もう幸せだよ」
そう言うと、同じく里芋を口にした結衣子も笑った。
「おこわはどうですか。もしかしたらお米の炊き加減が合わなかったり」
僕は首を振った。
「とんでもない。非の付け所がないくらいだよ。味も良く出ているし」
結衣子は良かったといって、おこわを食べている。
「そういえば昔から結衣子は料理が得意だったよね」
僕は過去を振り返るように思い出した。
あれは僕が中学生ぐらいの年齢のころだろうか。
結衣子と有香が家庭科の調理実習で作ったからといって、僕にクッキーを焼いて持ってきた。
有香のほうは味はまあまあだったのだが、腹に入れば形なんて気にならないだろといって見た目は最悪だった。
それに比べて結衣子のクッキーは味はしつこくなく、ほのかにいい匂いが香り、形も整った完璧といえるクッキーだった。
それと同時に紅茶も持ってきてくれて、お茶会としては申し分なかった。
「クッキー覚えているかな」
その問いかけに彼女は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
そんな表情を見ていたときだった。
「あれ?」
違和感を感じたのはたった一瞬で、すぐにそれは消えて言った。
「どうしたのですか」
「いや、なんか、少し夢見ているよな感覚になって」
「だ、大丈夫ですか」
慣れない授業に疲れてしまったのかあくびが出た。
「うーん、久しぶりの授業でちょっと疲れているのかもしれない」
それに弁当を食べ終えて満腹になったからだろうか。
妙に心地良い気分だった。
「ちょっと昼寝しますか」
時計を見るに次の授業まで二十分ぐらいあった。仮眠をするのにはちょうど良いかもしれない。
「けど寝るって言ってもな」
この寒さだし、寝過ごす恐れもあり躊躇われた。
「あ、あのよければ膝使いますか」
「へ?」
あまりの唐突な問いかけに僕は間抜けな声を上げてしまった。
結衣子は恥ずかしげに俯いている。
「ごめん、ちょっと聞きそびれちゃって。もう一回言ってもらえる?」
「あ、あうう」
彼女は下を見たまま真っ赤に顔を染めている。
「あ、あの、よければ、よければですね膝をお貸ししてあげましょうか」
「ほ、本当に」
こくんと彼女の顔が縦に動いた。
「け、けどさすがにそれは悪いよ」
僕はどうして良いか分からず慌てていた。
「い、いえ悪くなんか。むしろ嬉しいかな、なんちゃって」
えへへと首を傾げながら弱々しく笑っている。
本当にいいのだろうかと僕は僕に問いかけた。
どこぞのコメディーならここで天使と悪魔の葛藤が起こるんだろうと思うのだが、僕の頭にはそういった輩は住み着いてはいない。
けれど完全に、流れに身をまかせちゃいなよと、誰かが囁いているのが聞こえる。
彼女も嬉しいって言ってるじゃねえかよと、まるで悪魔のように囁いている。
つーか僕の頭にもいるじゃんか悪魔。
僕はもちろん悪魔に勝てるほど真人間ではないので、すぐに降伏を宣言する。
ええ、どうせ僕の頭のなかは煩悩だらけですよ。
「じゃ、じゃあ少し膝借りちゃおうかな」
僕はベンチに横になった。
「は、は、はいいい」
彼女は心の準備が出来ていなかったのかいきなり倒れこんだ僕にびっくりした。
けれどすぐに冷静さを保つと、落ち着いた。
「じゃ、じゃあ五分前くらいに起こしますのでゆっくり休んでください」
あまりの心地良さからだろうか。
女の子の膝は温もりがあり、柔らかかった。
僕は本当に疲れていたのだろうか。
僕はその感触を長く感じることなく眠りに落ちていった。
彼女が何を呟いていたのかすら次の瞬間には分からなくなっていた。
お久しぶりです。憐夏です。
なんか段々と意味不明になってきた最近です。
とりあえず、これ恋愛中心に書こうと思ったのですが、始めは雰囲気暗くなってしまい。
シリアス方向で何とかしようと思えば、若干明るくなったり。
ジャンルこれいいのかな?
そんなわけで更新遅いですがこれからもよろしくお願いします。
それではありがとうございました。




