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第十九話 潜む闇

 二人の帰路は無言だった。


 聞きたいことはあった。道中なんども言いかけた言葉があった。


 けれどその言葉は喉の奥まで出掛かって、それ以上先に進むことはなかった。



 本当に父さんが殺したのか。



 僕は目を瞑っていて銃声しか認識できなかった。


 目を開ければそこには父さんと数名の男がいた。


 見たところ拳銃を腰に携えているのは父さんしかいなかった。


 あの狂った男を銃で殺せるのは父さんしかいなかった。


 そこまで考えると疑問は再び疑問を生む。


 あのときの様子を、光景を手繰り寄せるように描き出す。


 僕が見た父さんの姿は、しっかりと思い出せる。


 父さんは平然と迷いもなく殺しを行っていた。


 拳銃を手にした父さんは僕がいたにも関わらず迷うことなく引き金を引いた。


 きっと僕に当たるとは微塵も思っていなかったのだろう。


 熟練者だから見せることの出来る芸当。


 素人があんなに的確に射殺することができるはずはない。


 それになぜ父さんだけが銃を持っているのかは分からない。


 この日本で拳銃の所持を許可されるのは特殊な人のみ。


 故に一般人の所持は銃刀法違反が適応される。


 そして父さんの後ろで控えるように現れた男たち。


 たった一言の指示で動き、死体があるのにも関わらずうろたえることなく処理していった。


 組織のような連携さ。迅速な対応。


 その光景は昨日、今日学んだものではない。


 現実に起こりうる可能性としてシュミュレートされた動き。


 まるで日常茶飯事の何気ないことをこなす作業だった。


 何かこの村にある異常さを垣間見た瞬間だったのかもしれない。


 血なまぐさい歴史か、儀式的なものか、呪術なのか。


 村に根底の深くに病みきったものがあるのは良くあることだ。


 それは天災だったり、疫病だあったり、儀礼だったり。


 それらが今回の事件に関わっているのではないだろうか。


 それにしても……。


 僕は芽生え始めた奇妙な感覚に囚われた。


 それは極度の緊張下であの男の瘴気に当てられたからだろうか。


 僕はあの男の異常性が気になった。


 人はあれほど狂うものなのだろうか。


 あの男が叫んでいたこと。


 今となってはそれほど覚えてはいないけれど、聞いていて良いものではなかった。


 人を食い殺すようなそんな表現。


 カニバリズム。


 あの男は別に人を食ったわけではないだろう。


 狂言に過ぎない。


 けど。


 人を食う、か。


 なぜかそれは、本当に僅かだけど。


 心地良いなんて思ってしまった。


 思ってはいけないのだけれど。


 人間に染み付いた厳守のルールを、人肉を食すことを許さないというルールを。


 破ることに甘美な誘惑を少しだけ感じていた。



 それらを統合して出た結論は、運の悪いことだった片付けたかった。


 何もかもが規格外過ぎたのだ。


 父さんも、組織だった男たちも、あの男も。


 僕に芽生えた、奇妙な感覚も。


 なにもかもが僕を悩ませる種だった。


 僕はしばしもの思いに耽る。


 答えの見出せない回廊をしばし彷徨っていた。





 なんで人が一人死んだというのにこうも静かな朝なのだろうか。


 朝日は既に昇っていた。


 まるで何事もなかったように。今日も始まる。


 村のみんなは知っているのだろうか、この出来事に。


 少なくとも僕は知ってしまった。


 それが良いことだったのか、悪いことだったのかは知らない。


 それでも……。


「着いたな」


 やはり今日は始まる。


 それは昨日とは少し違った今日。


 どこでずれたかなんてわからない。


 どこが原点なんか知らない。


 けれど、そんなことは今は関係のないことだと知る。


 父さんが玄関を開く。


 そこからは平和な空気に流れ込んでくる。


「ただいま」


 僕にはその言葉を放てば返してくれる人がいる。


 今はそれで十分ではないかと誰かが問うた。


 今朝起きた不可思議な現象は、悪い夢だったのではないかと。


 別に深く考えるな、答えはやがて出る。


 それは僕の望む形であろうが、なかろうが。


 せめて過酷な未来なら。


 今この時間でも大切にしなくてはいけないのだと。


「おかえり」


 忘れたいことがあれば忘れればいい。


 知りたくないことがあれば、目を瞑ればいい。


 流されることが必要な時もある。


 だから僕は目を瞑った。


 父さんがなぜか僕の頭に手のひらを押し付けた。


「せめて、今は笑ってくれ」


 僕は子ども扱いされていることに少しだけ不貞腐れたが、すぐに笑顔を向ける。


 変わらない今日があり続けるのらそれで良いではないか。


「聞きたいことは後で聞いてやる。だからどうか家族の前では笑っていてくれ」


 そうだ。僕が笑っていればそれですむことなのだ。


 演じよう。


 腑に落ちないことは心の中で渦巻いていた。


 けれどそれよりもなぜか、僕にとって家族に不安を見せるのが嫌だと思った。


 だから僕は不安を奥底に置き去りにすると、いつもどおり笑ってい見せた。


「もう大丈夫だから」


 そう言って父さんの手を丁寧に払うと、洗面所に向かって歩き出した。





 あんなものを見たというのに僕はお腹は正直なのか、いつも通り朝食をとった。


 食べ終わった後、僕は父さんに書斎に呼ばれた。


「ちょっといいか」


 朝食時にはいつもみたいにふざけていた父さんもこのときは真剣な顔をしていた。


 僕は深く頷くと父さんに連れられて歩いた。


 書斎は萎びた匂いがした。


 萎びた匂いといわれても想像がつかないと思うが、部屋一面を覆っている本の匂いだろう。


 そこは異常なくらいの冊子に囲まれていた。


 いつの時代に作られたのかもわからない本。


 あらゆる年代を経て今もなお、そこに大切に仕舞われているのだろうと思った。


 書斎自体はあまり広くなかった。


 せいぜい五、六畳だろうか。


 所狭しと大きな茶色の机が中心を占領し、二つの椅子があった。


 父さんが、片方の椅子に座ったものだから、僕はその反対側に座る。


「聞きたいことがあるのだろう」


 二人が腰掛けるとすかさず父さんが口にする。


「はい」


 僕はあえて隠しもせずに、そう言った。


 隠し事なんか必要ないだろう。


「あの男は、父さんが殺したんですか」


「あぁ、そうきたか」


 回りくどい言い方なんて必要ない。今必要なのはこと結果を知ること。


「確かに俺が撃って……殺した」


 そういって机の引き出しから一丁の銃を取り出す。


 銃に関しては無知であったため、それがリボルバーであるということしか分からなかった。


 僕はその銃から目を離すと父さんの目を見る。


 目には人の心が宿るといわれている。


 そのものに曇るものがあれば、目もまた曇り。


 強い意志があれば、その思いが目にも宿る。


「それは正当防衛?それとも私怨?」


「仕事だ」


 父さんの目に揺らぎはない。


「村を守らなくてはいけない、それが俺の仕事だから」


 強い信念が感じられた。


「確かに、あれは狂っていた。もしかしたら僕は殺されていたかも知れないだろう」


 そう言って、あの時の事を思い出すと背筋が凍った。


「村を守るという具体的な仕事ってなに?」


 僕は父さんの仕事が気になった。


「そっちの世界で言う、警察だよ。村の治安を守ることを生業としている」


「それはみんなも……母さんも有里たちも知っているの?」


「知っているよ」


 それが稼ぎだからねと付け加えた。


「じゃ、今朝の殺しに関してはみんな知っているの?」


「それは、違う。知っているのは母さんだけだ」


 この分だと村人の大半も知らないのだろう。


「あの男は罪を犯した咎人だったの?」


 僕にはただ狂っているようにしか見えなかった。


「……いや。昨日までは善良な村民だったよ。犯罪なんて無縁のな」


 なら何で殺さなくてはいけないのか。あそこまで狂っていたのかと言いかけて口を噤む。


 僕は望んだのではないか。


 現実を壊すことよりも、今のままで流されることを。


 この先はなぜか僕が聞いてはいけないと思った。


 僕はこれ以上先を聞いてしまえば、後戻りはかなわないと頭のどこかで理解してしまった。


「これ以上先を聞けば、僕は何か失うだろうか」


「……、そうだろうな」


 父さんは静かに目を瞑った。


「ここから先は、この村の禍々しい呪いに触れる。もし知ってしまえば後戻りは出来ない」


 そして目を開くとなぜか悲しそうな顔した。


「僕は知るべきではないと」


「少なくとも、自分の行動で認識しない以上、すぐに忘れてしまうだろう」


 それが、この村を腐らせている病だからなと、聞こえないぐらい小さな声で言った。


「たとえば次言うことはなんて聞こえるか言ってみろ」



「がが……じゅ……ぼぎゅ」



 父さんの口が開いた。けれどそれは言語と呼ぶには程遠いものだった。


 そして僕はあの男もそんな言葉を話していたと知り、身を震わせた。


「多分、言葉には聞こえないだろう」


「父さんは今、言葉で話したの?」


 それだけ聞くと父さんは首を振って立ち上がった。


「今日はここまでだ。これ以上は悪戯に恐怖心を煽るだけだろう」


「ちょ、ちょっと待って」


 そう言って、書斎から出て行こうとする父さんを捕まえる。


「悪いけど、無駄なんだ。これから先は知覚しなくてはだめなんだ」


 それが###の呪いなんだと。


「それにほら支度しないと、有香が怒鳴りだすぞ」


 そう言って時計を指差す。


 既に学校に行く時間には良い感じになっていた。


「久々の出勤で遅刻とは俺の息子らしいが、それじゃ生徒に示しがつかんだろう」


 そう言われて、僕は父さんの手を離した。


 それから階下に下りていく父さんを見送ると、僕は仕方なく学校に行く準備を始めた。

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