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第十六話 歴史の講師

 だれかの声に、世界が暗転した。


「悠にい、起きて、悠にい」


 その声に暗かった視界が一気に明るくなる。初めは眩しい光によってぼやけていた世界が、しだいに明るさに慣れてくると、有里が僕を起こしているのだということに気がついた。


「夢、か」


 あの鮮明に脳裏に今しがた見ていたものが夢だと気付いたときに、同時に眠っていたことに気づいた。


「もう、こんなふうに布団もかけないで寝ていたら風邪ひくからね」


 それに電気もつけっぱなしだと妹は怒鳴りかけてくる。


「うん、ちょっと疲れているのかな」


 中途半端に眠ったために、気を抜けば意識が眠気に持って行かれそうだった。


 掛け時計を見てみれば十時を過ぎたころ。風呂でも入って体を温めた後寝た方がいいだろう。


「風呂に入って寝るよ」


 少しだけ不機嫌そうな顔した妹にそう言うと、階段を下りて風呂場に向かう。


「明日学校なんだからしっかりしてよね」


 僕の後をついてきながら有里はそんなことを言った。


「学校……有里が?」


「私もそうだけど悠にいもだよ」


 当たり前のように言い放つ彼女にしばし考え込む。


「あぁ、歴史か」


 そう言えば教師として存在している自分を思い出す。


 それにしても明日からだったとはなんて急だろうか。


 別に教えるほど頭は……よくないと思う。


 さてどうしたものだろうかと、考えてみるが、すでに日は落ちてしまっている。


 これから怪しまれずに教壇に建てるまでのレベルに持ってこられるまでどれくらい時間がかかるだろうか。


 考えても結論は出ず。少しだけ眠気をはらんだ頭は諦めろと諭してきた。


「その様子だと、すっかり忘れていたみたいだね」


 僕のため息に有里は勘付いたのかやれやれと首を振った。


 ちょっと待ってと僕に告げると、居間の方に向かっていった。


 居間に入って数十秒も掛からないうちに出てくると、その隣には少しだけ不機嫌そうな有香がいた。


「兄上、ことの成り行きは有里から聞いたよ」


 そして彼女は告げた。


 僕がいない間の臨時講師として有香が代わりに歴史を教えていたこと。


 僕が帰ってきたことにより、ようやく。強調するが本当にようやく臨時講師から解放されてやりたいことがやれると楽しんでいたこと。


「仕方ない、ここは兄上のためもうひと肌脱ごう」


 一週間だけ、有香は手伝う事を承諾してくれた。


「ごめんな」


「いいさ、けど今回は借りにさせてもらうよ


 そういって、私の計画が、実験がなどがとぶつぶつと呟きながら居間に戻って行った。


「大丈夫なのかな」


 呟いたのは有香にか、それとも自分にか。


 当面の行動は歴史の教師を演じることから始まりそうだった。


「ひどく目眩がしそうだ」


 知らない人の前で、ものを教えることがどれだけ苦手なのかは自分がよく知っている。


「大丈夫だよ」


「えっ?」


「悠にいなら大丈夫だよ」


 そんな僕を励ますのは有里。


 その瞳は僕の何を見ているのか。心の底まで見透かされているような気がする。


「そ、そうかな」


 僕はそんな瞳から逃れるように風呂場に向かう。


「どこに行くの」


「お風呂に入ってくるよ」


 そう言うが有里とは目を合わせず洗面所の戸を開く。


「そ、ごゆっくり」


 扉を閉めるまで僕は後ろを振り向けなかった。


 なぜか誰かに見られているような気がした


 扉を閉めても、その向こうでこちらを見つめ続ける有里の姿が容易に想像できた。


 あの瞳が、僕は厭だった。


 僕の気も知らないくせに、けれど僕を見透かしたように大丈夫と声をかけた有里が僕はなぜかひどく気持ちが悪かった。

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