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第十二話 暖かな、けれど一部冷たい食卓

「うちのどら息子はいったい誰に似たのだか、勝手にどことなりに消えやがって」


 先ほどまで襖ことフスマーを演じていた父さんが母さんからご飯の盛った茶碗を受取りながら僕に箸を向けてくる。


「きっと、お父さんに似たのですよ。それと人に箸を向けちゃ駄目ですよ」


 そんな父さんの発言と行動を否定するように母さんが口を挟む。


 僕を囲うように座った二人の姉妹も、なぜか父さんに冷めた視線を向けながら頷いている。


「おおう、息子が帰ってきたというのに、この扱い。せめて息子の前では威厳が欲しかったぞ」


 それならもうすでに、威厳など微塵も残っていませんから安心をと心の中で呟く。


「だが、父さんは諦めんぞ。父さんから威厳を取ったら何が残るかみんな知っているか」


 その言葉に、まるで何事もなかったようにみんながことごとく無視を決め込む。


 母さんから有里がご飯を受け取るようすなんて、まるで父さんの存在を否定しているようだった。


 そんな様子を見ていると横から耳打ちが聞こえる。


「父上は兄上がいなくなってからますますたちが悪くなった。絶対に反応しないでくれ、すぐ調子に乗る」


 父上と言いながらまったくも敬意を表してない有香がそんなことを言ってきたので、僕は無視を決め込むことにした。


「三、二、一、はい、ぶっぶー。みんな正解が分からないようだね、ふははは」


 とは言うものの、無視してもどんどんテンションがあがっていっているではないか。


 なんか、僕がいない間の苦労がわかったような気がする。確かにこれは疲れる。


「正解は、ハイテンションでした」

「はい、悠にい」


 わざと父さんの声に被せるかのように有里が僕にご飯を渡してくる。


「正解は、ハイテンションでした」

「ありがと」


 父さんは娘に声を被されたことにもめげずに今度は先ほどより大きな声で、同じ事を言う。

けれどそれももちろん僕が阻止する。


 と、言うよりも一度ですでにみんなに聞こえているから別に繰り返さなくてもいいのにと思うが誰も何も言わない。


「正解は、」

「じゃあ、みんなにご飯が渡ったことだし食べ始めましょうか」


 母さんのそんな言葉にみんな箸を手にする。無論父親は箸を持っていない。


「ハイテンションでしたー」

「いただきます」


 そして各自、フスマー以外が思い思いのおかずに手をつけていく。


「すいませんでしたー。重要なので三回言いました」


 父さんの言葉が居間に響き渡る。しかしそれすらも誰も反応しない。


 そんな様子に少しだけ悔しかったのか、父さんが唇をめちゃくちゃ噛んでいた。


 もちろん血が流れてきた。


「ちょっ、父さんの口から血が流れてきましたよー。これが吸血鬼か。男前な吸血鬼なのか」


 また一人テンションが上がるが、それすらもみんな無視を続ける。


 いい加減にしろよと、内心呆れるが、もう末期なのかもしれないと諦めた。


「お母さん、この里芋の煮つけおいしいね」


 有里が母さんと何やら微笑ましい会話を繰り広げている。


「その里芋は、お向かいさんから貰ったのよ」


 まったくうちの父さんもこんな微笑ましい会話が出来ないのかと、父さんに顔を向けると、まずいことに目線があってしまった。


 すぐに目線をそらそうとするが、早くも父さんが先制攻撃を仕掛けてくる。


「よかったな、悠二。お前は俺の男前な吸血鬼の力を受け継いだ男なのだぞ」


 言っていることが意味不明なうえ、あまりにも深くまで唇を噛んでしまったから血が止まらず、ティッシュを口に含んだままでそんなことを言わないで欲しい。ぶっちゃけ自分の血もどうにかできないくせに吸血鬼とかって、そりゃ吸血鬼に失礼ですよ。


「あ、悠にいも里芋食べる」


 有里の冴えた気遣いに感謝したくなった。


「あ、うん貰う」


 食卓を眺めても昼食にしては異様なぐらい豪華だった。


 先ほどから有里が会話に出していた煮物に、水菜ときゅうりを基調とした歯ごたえの良いサラダ。つけものに、味噌汁に、丁度よい硬さのごはん。


「これ全部、村で作ったものなの」


 これほど都市圏から隔絶された場所で、食材の供給はどのように行われているのか興味があった。


「そうね、これは安藤さんから貰ったものだし、これは笹草さんからいただいたものね」


 そして次々とどこの誰だか知らない名前が出てくる。どうやら全部の食材はこの村で賄われているようだった。


 そういえばと、先ほどから何も喋らずに黙々とご飯を食べ続けていた有香が顔を上げる。


「笹草と言えば、もう結衣子には会ってきたのか」


 結衣子……、それは誰のことだろうか。僕はここで何か迂闊なことを口にすべきか、しないかを考えていると、有里が口を出した。


「あっ、さっきの用事ってもしかして結衣子さんに会っていたの」


 有里がそうなのかと勝手に納得して、うんうんと首を振った。


「いや、結衣子にはまだ会っていないよ」


 どうやらこれらの会話から推測するに、結衣子とは僕がこの村に帰ってきたら家族同様すぐに会わなくてはいけない人らしい。


 察するに恋人かなんかではないだろうか。若干言ってみてから少しだけ恥ずかしくなった。


「まったく、結衣子は兄上のことを心配していたぞ。待てども待てども文は来ないと枕を涙で濡らしていたぞ」


 それはどこの古典だよと、突っ込みたくなったが、今は結衣子のことを考えているふりをしなくてはいけない。


「いや、こっちも立て込んでいてね、悲しませていたとは申し訳ない」


 少しだけ悲しげな表情を作る。演出過剰ではなかっただろうか。


「そうだよ、悠にいはもっと女心を理解しないと。これ以上婚約者を悲しませちゃだめだよ」


 こらこら、父さんが箸を向けちゃダメだって言われたばかりでしょ。


 って、それよりなにかさらりと聞き逃してはいけない所を流してしまったような。


「そうだぞ、ふははは、結衣子のような可愛い可愛い子を、お前のような愚息の嫁にするために何度も何度も土下座しに行ったからには、泣かせたら許さないぞ」


 よ、余計なことにいちいち土下座なんかするなよ。つーか父さんこの機を窺っていたね。なんか目がとても嬉しそうだよ。


「って、え、ちょっ、婚約者」


 僕は目眩がしそうになる。


「どうだ、嬉しいか。嬉しいよな。嬉しくて目眩しそうになっているな」


 いや、別に嬉しくて目眩がしそうなわけじゃないよ。そんな人いるのかよ。


 なにか、ものすごいことが僕の周りでは起こっているのかもしれない。僕の知らない人がいつの間にか婚約者です、と言われても甚だ迷惑な話だ。


 今回ばかりは異を唱えたくなる。


「ちょっと、ストップ、ストップ」


 僕は慌てふためき、大声を出していた。


「ストップ、ストップ、ドント、プッシュ、イット」


 なぜかそれに呼応するように父さんも叫び声をあげる。


 ああ、もう本当に厄介だよ、この親父。


 状況がついていけないこともあり、そこを茶化されてしまったため、僕の怒りは抑えどころがなくなってしまった。


「さっきからうるさいんだよ、フスマーとか、テンションだの、吸血鬼だの存在すらスルーされているのにいい加減気づけよ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるなんて言葉あるけど、鉄砲が不良品だったら玉も出ないんだよ。当たんないんだよ。父さんの発言は不良品なんだよ。分かったか、分かったよな。分かったら金輪際喋るのを止めると誓え。あぁもうなんだよ、僕のキャラ崩壊してきたじゃないか。僕こんな喋る人だったっけ。違うよ。もうどれもこれもフスマーのせいだ。そうだ、そうにちがいない」


 それだけを息も切れ切れ一気に捲し立てると、父さんが項垂れた。


 なんで僕はこんなに喚き散らしているのだろうと思うが、もうこれからこういうキャラを貫こうと誓った。


「か、母さん。息子が、息子が遅すぎた反抗期だよ」


 そう言って、父さん涙を流しながら居間から出て行った。


 そんな様子になぜか、女性陣は満足げな表情を見せる。


 少なくとも罪悪感を受けているのは僕だけのようだった。


 僕は一人居心地の悪くなるのを感じて、ごちそうさまと立ち上がった。


 もういいの、と母さんが首を傾げるけど、僕はお腹をさすってもう入らないことを告げた。


 茶碗や食器を台所に行って水に浸しておくと、有香がやってきた。


「これを頼まれてくれないだろうか」


 有香が何やらごそごそとポケットに手を突っ込むと小さなメモ帳のようなものを差し出してくる。


「これを結衣子に返しに行ってくれないか」


 諸々のついでにな、と有香の口が変に釣り上がるのを見てわかる。


 これから別段することもなかったし、丁度結衣子という人物を探してみようかなと思っていたところだったので軽く引き受ける。


「ああ、いいよ」


 そのメモ帳を受け取るに、少しだけ開きたくなる好奇心に苛まれる。


 僕は断られると分かりながらも有香に尋ねてみる。


「中身を見てもいい」


「駄目だ」


 分かっていたとはいえ即答されると悲しいものがある。


「それと分かっていると思うが、抜けている兄上のために」


 そう言って、有香が結衣子の家の道なりを大雑把に伝えてくれる。言われなくても分かっているよと言ってみたものの、それはありがたかった。


「そして最後に、それを結衣子にかえしたら、ありがとう、実に興味深かったと言ってくれ」


 そう言ってやはり口元をいやらしくあげる。


 今の発言でこのメモ帳の中身がより一層気になってきた。


 道すがら内緒に開いてみるか、と考えてポケットに突っ込んでいく。


「じゃ、行ってくる」


 そう言うと、台所を背にして歩きだす。


「くれぐれも粗相のないように」


 別に、初対面の人に手を出すような真似はしませんよ、と心の中で呆れる。例えそれが婚約者と呼ばれる人でも。


 僕は有香に手をあげて返事をすると、そのまま玄関を出た。


 少しだけ、僕の婚約者とばれる人が気になってしまっていた。

今週の分はこれだけです。

以降、今回ので多少ペースをつかんだのでこれからは不定期に投稿することにしようか考えております。

それではここまで読んでいただきありがとうございます。

ではまたの機会に会いましょう。

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