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S級魔王様がこの国の未来について御憂慮あそばれます

 次に魔王バンドールが阿臥王国に訪れると、王都はまるでスラム街のような有り様になっていた。

 町中に薄暗い瘴気が立ち込め、不穏な空気や肌をぴりぴり刺す視線が感じられる。

 仕事を失った下級冒険者達が道ばたに座り込み、上級冒険者は『迷宮都市』に出稼ぎにいって、街から姿を消してしまっていたという。


「誰かーッ! 泥棒よ! 誰か、助けてーッ!」


 助けを求める声が響くが、冒険者達は誰も顔をあげようとしない。

 酸鼻を極める王都の荒廃ぶりになぜか既視感を覚えながら、魔王バンドールは町中を歩いて行った。


 モッチの店の扉を叩くと、隣の酒場にいても聞こえてくるいつもの溌剌とした返事がない。

 酒場で誰かが酔い潰れているのが見えたが、また勇者プレミールだったら面倒なので無視した。


 恐る恐る、と言った感じで静かに扉を開けたモッチが、バンドールの顔を見たとたん、ほっと安堵の笑みを浮かべた。


「バンドーさん! ご無事でしたか!?」


「我に大事などあろうはずもない、一体何があった」


 モッチは、犬の尻尾がはち切れそうなほどぶんぶん振りながら、魔王バンドールのマントをぐいぐいと引っ張っていった。


 こっち、こっち、と招かれるままに店の奥へと向かうと、物置でなるべく目立たないように布をかぶせられていた、木製の作業台があった。


 ばさっと布をはぎとると、作業台の上には作りかけの魔法道具がいくつも置かれていた。


 モッチは、両手を広げて「じゃじゃーん」と楽しげに効果音を鳴らして、この暗黒のドトール界におけるゆいいつの癒しっぷりを発揮していた。


「……お前が作ったのか」


「はい。しーですよ、バンドーさん。誰にもないしょですよ?」


「なぜ誰にも言ってはならぬのだ?」


「つい先日、阿臥王国では、魔法道具を所持したり作ったりすることが禁止されたんです。悲しいことに」


 モッチは、犬耳をぺたん、とさげて悲しげに言った。


「魔法道具が普及したお陰で、昔からあった産業が次々とつぶれてしまっているらしいんですよ。薪屋さんや、ロウソク屋さんが。それでお上が魔法道具の禁止令を出したんだって、ギルド長が言ってました」


「たかだか100年前にぽっと生まれたような産業を国がそこまで保護する必要はあるまい」


「そうなんです?」


「失業が増えたなら再就職の機会を増やすのが本来の国の取るべき指針であろう」


 就学率の低いこの国で、こんなことを言ってもどうにもならないだろうが。

 ともかく、それによって国内の魔法道具の販売者と製造者が次々と摘発されているのは事実らしい。

 こんなものを作っていることが知られれば、モッチもただでは済まないだろう。


「けれど、こんな楽しいものをやめられません。あ、バンドーさんの調理道具は無事です、ばっちりメンテナンスもしておきましたよー!」


 ほめて、ほめて、と嬉しそうに尻尾をふっているモッチの頭にぽすん、と手を置いて、魔王バンドールは言った。


「もう魔法道具を作るのはやめろ」


「ふえぇっ!?」


 ……まあ、裏で誰が手を引いているのかは、だいたい予想がつくというものだ。


 このままモッチが王国に捕まってしまえば、モッチに魔法道具を教えた自分にまでその目が届く可能性もある。

 またうかつに出歩けなくなるのは面倒だった。


 目を白黒させるモッチに、魔王バンドールは、言い含めるように忠告した。


「不便な生活に戻るだけですむのなら、それに甘んじておくがいい。国に逆らったところで、お前の益にはならん」


「でも……でも……私、どうしても魔法道具を作らなきゃ、いけないんです!」


 魔王バンドールは、むっと眉根を寄せた。

 魔王様の意見に異をとなえるなど、本来なら不敬罪でその尻尾をもぎ取っているところである。

 しかし、今の彼はただの旅人なので、そのような事はしない。

 ただ、彼の怒りによって地底のマグマが活発化し、この地域の年間降水量が1日あたり20パーセント増量して水害に苦しむことになるのだが。

 そんな天罰めいた運命など露知らず、モッチはおろおろして言った。


「じつは、プレミールが王様から重大なクエストをうけているんです……私がなんとか傍で支えてあげないと」


「勇者プレミールのことか……あんな女たらしの女の事など放っておけ?」


「ダメなんです!」


 ぶんぶん、とモッチは顔をふった。


「このクエストは、絶対に成功させてあげないと……! だって、あの子の未来がかかっているんです!」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇


 モッチが必死にいうので、魔王はタブレットを操作して様子をうかがってみた。


 そのとき勇者プレミールの姿が見受けられたのは、なんと阿附王国の王城の一室である。

 豪奢な装飾が一面にほどこされたその部屋で、勇者プレミールと対面しているのは、彼女と同い年ぐらいの青年であった。


 阿臥王国の王子、イリヒサである。

 この土地に住まうものなら常識かと思い、魔王も一応顔は覚えておいた。


 真面目で浮ついた噂のひとつもない好青年だったが、まもなく、王位継承の儀式を間近に控えていることもあってか、緊張の面持ちは隠せない。


「諸君、いよいよ試練の日はあと5日後に近づいている! 心して挑むのだ!」


 彼は、王位継承の試練に同行する従者たちの顔を見渡して、多少声を上ずらせながら言った。

 各地の名士が派遣した騎士の中に、Aランク冒険者のプレミールの姿がある。

 冒険者をこの顔触れのなかにねじ込んだのは、さすがはギルド長の手腕といったところである。


 うやうやしく跪いている10数名からなる騎士の中から、プレミールを見つけ出すと、イリヒサ王子はほっとしたような面持ちになって、さっそく近づいて行った。


「やあ、久しぶりだね、プレミール。モッチは元気か?」


「元気にしております、王子」


「他人行儀な口ぶりはやめてくれ。また君と冒険ができるようになって、嬉しいんだ」


 跪いているプレミールの手をそっと握って、にこり、と微笑む王子。

 いささか熱のこもった握手に、同席していた騎士達や王家の者たちも、眉をひそめていた。


 どうやら、王子はプレミールたちとは旧知の仲であったらしい。

 それどころか、王子の方はかなりプレミールの事を気に入っているみたいだった。


「このクエストが成功すれば、まもなく僕が父上の代わりに王位につくことになる」


「はい」


「魔族の文化を否定する今の阿臥王国は間違っているよ。変化を受け入れて、その先に進まなければ」


「それは承知しています」


「そしてそれが完了したら……いつか、君を王室に迎え入れたい。待っていてくれ」


 顔をきらきらさせて、臆面もなくプロポーズをするイリヒサ王子。

 対する勇者プレミールは、げんなりして、心の底から気持ち悪そうな顔をしていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇


 そんな王室の様子を映し出していたタブレットから、魔王が顔をあげると、モッチも同じものをのぞき込んで、目をキラキラさせていた。

 はうー、と息をもらして、なにやら嬉しそうである。


「……なるほど、このクエストは成功させたほうがいいのか」


「でしょう!? この先いったいどうなるんだーって感じでしょう!」


 モッチは、くはぁー、と息をまいていた。

 これは使えるかも知れない、と魔王は考えた。


 勇者プレミールを通じて、王室との繋がりができるのならば、阿臥王国に女神の思い出の地を保護させることができる。

 今後の女神とのデートにも大事であるし、上手くすれば、邪魔なスパイを王国から追放させることも可能かもしれない。


 だが、モッチにそんな政治的な意図があるとは思えない。

 恐らく、単純にこの2人をくっつけたいだけだろう。


 プレミールにとっての幸福を、切実に考えているのだ。

 彼女はそこまで戦いに向いているわけではない。


「バンドーさんは、プレミールのことを知らないんです。あの子は勇者なんて言われていますけど、本当は弱い子で、必死に虚栄を張って生きているんです」


「ああ、うすうす気づいてはいた」


「さすがです、バンドーさん。あの子には、いつも頼れる誰かがそばにいてあげないといけないんです……だから私、知恵の悪魔に力を借りて……」


「なんだって?」


 魔王は、驚いて思わず聞き返した。

 モッチは、真剣なまなざしでうなずき返した。


「知恵の悪魔に力を借りて、魔法道具を作る能力を授かったんですよ! ほら、この指輪、見てください!」


 契約者の証である指輪を見せるモッチに対し、魔王はぽかんと口を開きっぱなしにさせていた。


「どうしたんですか? ……ひゃう」


 魔王はその手を引っ張って、指輪を間近で確認した。

 そこには、骨を組み合わせてできた鳥の模型のような刻印が刻まれている。


 100年前、6つの大陸に君臨していた大魔族。

 6大悪魔の1人、ラウムの紋章である。


「……悪魔と契約したのか」


「は、はい……」


「愚かな、なぜそのようなことをした」


「な、なぜそのようなことを?」


 モッチは、質問をおうむ返しして、むーん、と首を傾げた。


「だって、プレミールはいつも命を賭けて戦っているでしょう? だったら、私も命くらい賭けるのは当然ではないの」


 さも当然、といった風に言うモッチ。

 魔王は、呆れて首を振った。


「……悪魔が契約で求めるのは命ではない、魂だ」

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